2-16 聖騎士ユイツー
リットが相対する敵──ユイツーという名前も知らないその聖騎士に対する警戒を厳とするように、ユイツーの側も同様にリットを警戒している。
それはこの場においてリットが完全なイレギュラーであるから。
本来であればドラゲンティア側の作戦では大型亜竜2体を使って戦力を消耗させ、その後夜襲を仕掛ける手筈だった。
そこにレベル100である最大戦力のシグルドの留守は工作によって仕込んだ大前提で、今日このタイミングで作戦を決行したのだが。
しかし実際にはシグルドと同等の戦力であるリットがこの場には居て、組み立てられた予定には狂いが生じ始めていた。
「ココハ、通サナイ」
「そうか、悪いけど退いてもらうよ」
ならばそれを修正しようとユイツーは立ちはだかる。
そしてそれを突破するのはリットの本懐。
「シィッ!」
ユイツーの先手により張り詰めた空気はすぐに破られた。
独特の歩法にて距離を詰める敵を前にリットは剣を握り締め、後退しながら様子を伺う。
ユイツーの得物はトンファーあるいは拐。
【WoS】のカテゴリで判断するならばそれらは格闘武器に類するものだ。
その特徴は高速攻撃、そして間合の内側に入り込んでの一方的なラッシュ。
(間合いを意識しろ……リーチじゃこっちが勝っている)
切先をユイツーへと向けた迎撃態勢は槍の戦い方に近く、長めの剣身はこのように役に立つ。
牽制するように彼我の空間に剣を置き、リットは焦れる心を制して守に回る。
(格闘武器相手ならペースを乱すのが良いんだろうけれど、〈竜髄〉相手なら何してくるか分からない怖さがある)
本来ならば相手に何もさせない戦い方こそベストだが、明らかに危険な手札がある事を知っていればその立ち回りは慎重になるのがベター。
しかしそんな事はユイツーも承知の上。
ゆらり、ゆらりと風に揺れる柳のような、不規則で予兆を感じない動きを繰り返し、リットの認識の僅かな遅れを作り出そうとするそれは相手への心理的負荷を高める。
「フム……悪クナイ」
ユイツーは仮面の内側でポツリと呟き、トンファーを構えて急速に間合いを詰める。
姿勢は低く、リットの剣と自身の間にトンファーを挟んだ防御姿勢を取りながら攻撃にも転じる事が出来るのは諸手で武器を扱う利点のひとつ。
滑るようにリットの間合いの内側へと入り込み、腰だめに構えたトンファーの打突で腹を打ち抜こうとしたその動き、当然リットにも見えていた。
「"ブランディッシュ"!」
振り抜く余地がないこの状況で、リットが行ったのは剣ではなく自分自身の回転。
腰を回して剣をユイツーへと押し込むように発動したスキルは破壊力としては不足があれど、押し除ける力は有効に働く。
ただそれも当然ユイツーの想定の内。
「"化頸"」
それは適切なタイミングで発動する事で衝撃を吸収するスキル。
対するリットはスピードは乗り切らずとも馬力の差が出るワンインチパンチ。
それをいなすスキルによってユイツーの筋肉は蛇のようにしなり負荷を適切に受け流す。
「存外重イナ」
吸収した衝撃をそのまま回転としてユイツーは廻る。
正中線に棒でも刺さっているかのようにブレない体幹にてコマのように回転、放つのは手の中でトンファーの柄を回転させた二重の回転攻撃。
ユイツーの手を中心としたトンファーの回転は鋭く、そしてその終端は極めて速く鞭のように加速しリットを打ち据える……がしかし。
「……ソシテ硬イカ」
その攻撃をいなす為リットも回転をしたのだ。
振り抜いた剣の勢いそのままに回ってしまえば攻撃の勢いを多少殺して防御となる。
ダンスの如く2人は回り、再び距離を取って睨み合う。
ここまでは小手調べ。
互いに相手を倒す為ではなくどの程度やれるのかを知る為に行った事。
それによって分かった事は互いにやり辛い相手だという事だった。
(この聖騎士は【勁拳士】のクラスを修めた近距離型。長い得物を振り回す僕の戦い方だと一度間合いを詰められたら反撃に転じるのは難しい上に、防御手段をクラスによって確保されているとなると無理矢理詰められる可能性がある……)
【勁拳士】は比較的防御に寄った中級クラス。
"化勁"を始めとするスキルによって攻撃を受け流す事が可能だ。
防御の攻性利用は目まぐるしく攻守が入れ替わるような戦いで無理矢理に自分のターンを回す見せ札のひとつ。
それがあると知るだけで、意識の隅には常に反撃への警戒が居座って思考を圧迫する。
(剣士ニシテハ硬イナ)
対するユイツーの思考はリットの身体能力へと向けられる。
【WoS】におけるステータスとはクラスに紐付けされたもの。
傾向として剣を使うクラスならばAGIが高く、重量武器を使うクラスならばSTRやENDが高い。
そのステータスの偏りは数値という明確な指標が存在しないこの異世界でも同様に存在し、ユイツーはそれを経験で理解していた為に剣を使うならば、という予想から外れるリットの硬さと速さに驚いたのだ。
(ここからが本番。だが、どうだ?この体の重さは……)
リットが今苦しんでいたのは体を苛む倦怠感。
"戦神化"が解除された直後に感じたものと同じ重さがぶり返したのだ。
(体が、剣が重い……これは魔力の枯渇か?スキルとは魔力によって力を発揮すると聞いた。それは"戦神化"でも同じで、空に近づいたタンクに溜まった分を"ブランディッシュ"でまた使ってしまった……という事だろうか)
切先を微塵も下げず、楽な体勢を探りもしない。
疲労を悟られないようにリットはただ精神力で平静を装う。
それでも果敢な攻勢とはいかず、なるべく体力を温存したいリットは口を開く。
「なぁ、これはどういった目的の襲撃なんだい?」
「答エル義務ハ無イ」
「随分とそっけないな。そうだ、君の事を教えてくれよ、その仮面はなんだ?絶対視界が狭まるし息苦しいだろう」
「随分ト喧シイ奴ダ」
無駄口を叩けば多少は体を休める事が出来る。
わすがな時間であってもそれが勝利に繋がる一手を生み出すかもしれない。
みっともなく足掻きつつ、リットは敵の出方を慎重に窺う。
(【勁拳士】なら警戒すべきは攻撃スキルの"寸勁"。他のクラス次第ではあるけど、さっきの腹を掠めた一撃からして重い一撃を入れるタイプじゃないから他はあえて喰らう選択も取れる……ただ"寸勁"だけは無視出来ない)
"寸勁"は相手の防御をある程度無視する一撃。
"化勁"同様発動には技量を要するスキルではあるものの、ヒットしたならば副次効果のノックバックとスタンが入る。
そしてそのままラッシュで畳み掛ける流れが【WoS】における【頸拳士】による戦闘の定石だ。
「ヤケニ慎重ダナ」
軽いステップで接近するユイツーに反応し、リットは咄嗟に剣を防御姿勢にて構える。
腕を上げ、ファイティングポーズを取ったユイツーの腕が霞み、硬質な音が響いてようやくリットは防御に成功した事に気がつく。
半ば無意識の反応によって成功した防御に驚きつつも、リットは続けざまに放たれた攻撃に合わせて剣を動かして防御を合わせる。
「フッ!シッ!シィッ!」
トンファーを使った高速のジャブにてガードを揺さぶる。
それがユイツーのやっている事、繰り返される攻撃に対してリットはその速さに必死で追いつこうと喰らい付く。
ガンガンと打ち鳴らされる音はリットを追い込み、流れる汗の煩わしさに意識を割く余裕すらない。
「くっ……」
疲労が溜まり鉛のように重たくなる腕を動かしつつも、次第にブレが大きくなって隙が大きくなってゆく。
自らの体力の限界に焦るリットは歯噛みして、しかし事を急いてはそれこそ体力の限界を迎えてしまうと理性で努める冷静さに陰りが出始めた。
「シッ!」
「っ!?マズッ──!?」
仮面の奥で目ざとくタイミングを窺っていたユイツーのアッパーが防御をかち上げ、リットの胴体は格好の的となる。
晒された急所を前に狙い澄ましたユイツーのストレートの予兆を目にしてリットの背筋に冷たいものが走った。
(タイミングをずらして"寸勁"さえ避ければ!)
何より警戒するそれを喰らいさえしなければ良いと、リットが選んだのは体の軸をずらす事。
多少喰らってもその勢いのまま回り、脇腹を突き抜ける痛みに耐えながらユイツーとすれ違うように前へ出る。
「ぐ……っ!」
鮮烈な痛みが疲労に効いて、脚が動いた。
もたつく足取りで行った無様な回避行動ではあったものの、リットは未だ立っている。
脇腹を抑えながら肩を上下させる荒い呼吸を繰り返し、汗から体温が奪われてゆくのを感じ取る。
「う、おおッ!!」
叫んで痛みを誤魔化し、多少破れかぶれでも腕を動かし剣を振るう。
それらをユイツーは巧みにトンファーで防ぎ、いなすがそれでも構わないとリットは動き続ける。
体力を消費する無茶な動きに思えるが、しかしリットはむしろこれが楽な状態だと感じていた。
(あぁ、やっぱり。スキルさえ使わなければ疲労はそこまで溜まらない!強靭な肉体に感謝だ!)
徐々にキレを増すリットの剣撃は振るわれる時の音を次第に鋭くして、ユイツーの防御も多少揺れ始める。
前腕に這わせたトンファーが衝撃に震える音が骨へと不快に響いて苛立たしく、仮面の内で顔を顰めてリットを睨む。
「クッ!……調子ニ、乗ルナァッ!」
叫ぶユイツーは前へ出る。
攻勢に出る為にはリーチに劣る彼女はリットの攻撃の只中に身を置かなければならない。
取り回しの良い格闘武器を扱うならば絶対に行わなければならない前へのステップ。
「"化勁"!」
振り下ろされる剣へとトンファーを這わせ、スキルを発動し衝撃を吸収する。
一撃を掻い潜り自らのターンを差し込むそのスキルの発動をリットはずっと待っていた。
「"ファストスラッシュ"!」
仮にリットが一か八かのスキルを使っても、それをユイツーは"化勁"で防いでしまう。
同じ中級スキルの発動ならば、消耗の分だけリットが不利。
それ故にリットが待っていたのは、攻勢に転じる為に通常攻撃に対して"化勁"を使うそのタイミングだった。
スキルの発動直後であれば同様のスキルは使う事が出来ず、カウンターは機能する。
勢いを殺され、ボールでも弾くように宙へと放られた剣は再び加速した。
V字を描きユイツーへと再接近する斬撃は首を狙って振り下ろされて、申し分ない威力を発揮する──
「なっ──?」
──かと思われた。
ユイツーが防御に伸ばしたトンファーに剣が触れたその瞬間、剣が真逆の方向へと弾かれる。
通常ならばそのような事はあり得ない。
腰の入りは十分ではなかったが、上段からの斬撃をこのように触れただけで弾くなど、不自然極まる事。
「"フェザーダンス"、"縮地"」
続けてユイツーはスキルを発動。
中級クラス【軽拳士】のステップ高速化バフと上級クラス【拳聖】の短距離高速移動スキルの併用で、瞬間移動と見紛う速度でリットへ肉薄する。
ここに来てもはやリットに出来る事は覚悟のみ。
自身が出せる最高速に乗ったユイツーの一撃、トンファーによる打突がリットの正中線上を撃ち抜く。
「ぐっ──!?」
それは平凡な打突ではない。
加速した肉体を駆動させ、関節を動かし力を滑らかに移動させる技。
ただの体当たりではなく、力を一点に集中させる術。
("寸勁"か!)
内臓を揺らす衝撃に呻きながらもリットの思考が導き出したのは最も警戒していた一撃。
しかし同時にその考えを否定する自分自身をリットは認めている。
(だがスキル名を言っていなかった……つまりこれは純粋な技術による寸勁、ゲームプレイヤーではなく格闘家としての技能!)
敵ながら瞠目し、しかしその力に抱くのは畏怖。
腹にめり込むトンファーの圧に苦しみながら、その衝撃によって彼我の距離が離される時を待ち……しかし不自然にその時は訪れない。
「──"寸勁"」
衝撃。
内臓が震え、骨が軋み、脳まで響く。
リットの体を波撃たせる衝撃は、心臓の拍動すら乱して横隔膜は痙攣する。
視界がチラつき全身の筋肉が不規則に収縮を繰り返す。
「がっ……はっ、おぇ……」
生理的な反応に苦しみたたらを踏むリットの脳裏に浮かぶのは何が起きたのか、という疑問。
余裕が生まれない苦痛の中で思考は纏まりきらず、ただそれを為した敵を見つめる。
「耐エタカ。今ノ一撃ハ我ガ必殺……貴様ヲ〈拐乖棍〉ト聖騎士ユイツーニ相応シキ敵ト認メヨウ」
そうは言いつつもユイツーは止まらない。
リーチを補う為にトンファーを反転、柄の長い部分を前へと向けた攻撃的な構えへと変えリットを強烈に打ち据える。
「くっ……がはっ、う、くっ」
スタンの効果によって、必死の回避は指先がピクリと動く程度の無駄な足掻きとして出力された。
まともな防御も出来ぬまま叩きのめされ、スタンが解除された時点で既に無数の打撃を全身に隈無く浴びてリットはボロボロの状態。
リットが100レベルの剣士にしては比較的に耐久力《HP・防御力》が高く、ユイツーに一撃の重さが無かった為にこの程度で済んでいるが、これが通常の100レベル剣士であれば既にHPは危険域にまで減っているだろう。
しかし今はHPを見る事が出来ず、ただ全身が訴える痛みでしか現状を把握出来ないのでリットは目隠しして戦っているような不安とも戦う事になっている。
「ハアァッ!」
「っ!」
ユイツーによるロングレンジの打突、それをリットは剣の腹で受け止めて、しかし途方もない衝撃で弾き飛ばされ大きく地面を滑って後退する。
これもまた不自然な、得体の知れない力を受けてリットはひとつ確信を得た。
「そのトンファー……〈拐乖棍〉だったよな?それに触れると弾き飛ばす力と引き寄せる力が働く。これが、その〈竜髄〉の力だろ?」
スキルも使わない防御と2連の寸勁、それらの最中に起きた不自然な現象はやはり〈竜髄〉によるものだと、リットは突き付ける。
とはいえこれで勝ち誇った気になりたい訳でもなく、ただ知らないままでいるのは気持ち悪いという答え合わせを求めての発言ではあったのだが。
「ソウダ。知ッタトコロデ、何モ出来ナイ」
「そうかな?……そうかもしれないな。でも少し理解してきたよ、君の戦い方とか呼吸なんかをね」
目が慣れてきたのだ。
戦い方の基本はトンファーによる攻撃、防御に"化頸"を使い無理矢理に割り込む使い方も。
そして隙を見て"フェザーダンス"と"縮地"を併用して"寸勁"。
(ステータスにおいてはレベル100相当、だがスキルの使い方が下手くそだ。何故さっきのラッシュ時にアクティブスキルを使って畳み掛けなかった?)
【WoS】における【拳士】系統のクラスが習得するスキルは基本はバフであり、アクティブな攻撃スキルというものが少ない。
それは格闘武器という大雑把なカテゴリに籠手もトンファーも爪も一緒くたに放り込んだ為にひとつの動作では武器の違いでスキルの性能が大きく変化してしまうからこそのバランス調整。
より細かな武器種の分類に基づくクラスにはアクティブな攻撃スキルが備わって、瞬間的な火力はそちらの比重が大きくなるのだが。
(あの聖騎士──ユイツーがここまでに使ってきたスキルは4つ。それらは3つのクラスに集約されて、上級の【拳聖】と中級の【軽拳士】、【勁拳士】の計70レベル分。これはシグルドを除いた、この世界に来てから見てきたレベル上限に近い)
戦士団のブリンジャーは70レベル。その他にもこの1週間で街を歩き、すれ違う傭兵などを観察して導き出したレベル上限、それが70レベル。
リットが戦力として頼られる理由も、その埋めようがない30レベルの差によるものだ。
ステータスは勿論、30レベルならば強力なスキルを習得する上級クラスの有無や中級と下級の使い勝手の良いスキルの数で差が出てくる。
「ソウカ、ナラバ格ノ違イトイウモノヲ、教エテヤロウ」
「格、ね。30の差の埋め方が気になる所だが……」
この世界に来てからリットは相手の力量というものが何となく分かるようになっていた。
その感覚を信じるならば目の前の聖騎士のレベルは100、しかしそれにしては扱うスキルの数が少ない。
ステータスが100相当であってもスキルが伴わなければその強さは実の無いもの。
「装備なのか魔法なのか知らないけど、そんなハリボテの身体能力だけじゃもう底は見えた感じだな」
「ハリボテ……?ソノ言葉、改メサセテヤロウ」
ユイツーが構える。
それは見かけにおいては先程までと変わらず、しかし放つモノはまるで違う。
膨れ上がる力は周囲を威圧し、篝火が揺れる。
その見ているだけで精神を揺さぶられるような感覚にリットは思わず悪態をつく。
「クソッ……〈竜髄〉で何かする気か!」
高まる気はユイツーと〈竜髄〉、そして大地──〈竜脈〉とを結びつける。
「〈拐乖棍〉ヨ、潮汐ヲ為セ……"コントラクトウェポン"」
その瞬間、ユイツーは竜に等しい存在へと変わった。
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