2-15 襲撃
リットは人気のない道を駆け抜ける。
ホワイトファング城を中心に放射状、そして同心円状に大通りが伸びる城下町ならば大路を行けば歩みを遮る物は無い。
しかしそれすら焦ったく思うリットは更に脚を早めて、全身に浴びる風の冷たさが体の表面を次第に冷やす。
(城へと通じる道はひとつ、ならそこまでわざわざ道を通るのはロスだな)
小高い丘の上に築かれた城へ入る為にはその麓に設けられた門を潜らなければならない。
円をなぞるように走って行けば、いつかはその門の正面に伸びる通りへと出るのだが、それには大回りのカーブを走り続ける事となる。
その為リットが選んだのは道を無視した目的地への直線移動。
「──ふっ!」
冷たい空気を吸い込んで、鋭く吐き出し脚に力を込める。
それにより飛び上がったリットは建物の壁へと取り付き、出っ張りをとっかかりに再び宙へと身を躍らせ屋根へ乗った。
3階建の建物の屋根からは、目的である門が遮る物も無くよく見える。
そして空を飛ぶ竜の姿も。
(こんな夜にわざわざ上空を飛行して、城下町には一切目をくれずに中心部……ホワイトファング城へ。竜騎士なんてのが居ると知ってしまったらそれにしか見えない行動だな)
屋根から屋根へと飛び移りながらリットはこの状況を推察する。
政治的な話はリットには分からないが、それでもこれは奇襲にしか思えない。
そう思考した次の瞬間には城から火の手が上がったのが見えた。
(やっぱり攻撃だよな!嫌な答え合わせだ……!今の戦士団には負傷者が多い……いや、それも亜竜の襲撃によるもので……クソッ、今考えても仕方ない事だろ!)
今は目の前を見る時だと門へと向き直れば既に格子が落とされて、その上には昼間リットが戦ったものよりは小柄な、乗用車程の大きさの亜竜が3体留まっている。
屋根を駆け、門へと通じる道へと飛び降り直進で歩みを早めれば、亜竜に騎乗する騎士の姿も見てとれた。
(1対6、しかも飛ぶんだろ?圧倒的不利──でも!)
更に全力で脚に力を込めて、被害も気にせず丁寧に敷かれた石畳を踏み抜く。
尋常ではない脚力の一歩一歩を職人の仕事に刻みつけ、ひたすら走るリットの姿を敵方も認めて亜竜は翼をはためかせる。
「俺はやれる!俺はやれる!俺はやれる!これで良いんだろシグルド──!!」
拳で胸を叩き叫ぶのはシグルドから聞いたおまじない。
自らを奮い立たせて、行手を阻む障害を睨み付ける。
(今はわざわざ戦う時間が惜しい。やるんだったら速攻、強行突破だ!)
物を壊す事になる申し訳なさを置き去りにして猛然と進むリットの胸に熱い物が灯る。
「来た──いける、いける!オオオオッッッ!」
心臓の鼓動と共に明滅する赤い輝きがリットを包み、光の奔流が天へと伸びた。
夜の帳が下りる城下町を煌々と照らす赤い光は竜騎士達を驚愕させ、動揺が騎竜をも伝播する。
「馬鹿な!?王子以外の戦神だと!?」
「作戦の前提が崩壊したぞ……!」
そして光の膨張は最高に達して、それを切り裂くように戦神が現れた。
巨大な金属塊の衝突だ、破城槌としては充分効果を発揮する。
落とし格子ごと突っ切ってやろうとリットは身体中を漲る力を脚力に変え、足跡を刻み込みながら更に加速しゴウゴウと風を巻き上げ進む。
「オオオオォォッ!!」
裂帛の声と共に門へと突っ込み衝撃が周囲を伝播する。
それは音として城下町を駆け巡り、格子はひしゃげて石を積み上げた門構えは崩れ落ちた。
すんでのところで空中へと退避した竜騎士達は難を逃れたが、判断の遅れがすれ違いざまに振り抜かれた巨剣の追い討ちという形で現れる。
途方もない力で衝突したそれら障害は、一瞬にして瓦礫と血肉の飛沫となって無惨に散った。
「このまま城まで!」
鎧袖一触。
そのままの勢いに乗って城への道を駆け上るリットはしかし、体を満たす力が突如失われてゆくのを感じ取る。
「何──!?」
風船から空気が抜けるように、急速にその存在が薄れてゆくように戦神は兜の奥の輝きを弱めて歩みを遅くする。
まともに動く力を失い膝から崩れ落ちればその衝撃だけで石畳が砕け散るが、支える力を失った今ではその巨体こそが重荷だ。
「動け、動けよ……!」
膝を突き、自らの重さに耐えて身体へ言うことを聞くよう願ってもまるで縫い付けられたように動かず、遂には儚い光となって戦神は消えてしまう。
光の中から現れたリットは少しはマシになったものの膝を突いて負荷に喘ぎ、今まで感じた事のない疲労に苦しめられている。
「はぁっ、くっ……上手く"戦神化"出来ていなかったのか……?」
元は能動的に発動できるものではない戦神化。
その発動は今のリットには難しく、不完全な顕現はリットの体力を大きく奪う。
そしてその力は魔力の賜物。
魔力を大きく消費した肉体を飢餓に似た感覚や口渇感が不快に苛む。
「どのみち城に入るにはデカ過ぎるからこれでちょうど良いさ、問題ない」
強がりを口にして膝に力を込め、先程とは比べ物にならない小さな幅の一歩の繰り返す。
それでも進み続け、城門を間近にする距離を行けば城内からの戦闘音が聞こえてくる。
武器を打ちつけ合う金属音に魔法が炸裂する爆発音、つんざくような飛竜の鳴き声がリットに焦りを生む。
「早く、行かないと」
火の手が上がる城を見上げて意を決し、先へ進もうとしたリットの前にふらりと人影が現れる。
篝火で照らされた広場の、濃い闇の中から現れたのはただ1人。
しかしそのような闇が点在するこの広場には倒れ伏した兵士の姿が多くある事にリットは気が付く。
(コイツがやったのか?数は5、10?きっと見えない所にもっと……)
仮面を付けて、動きを妨げる物を排したピッタリとした服装は人型のシルエットのみを強調したような個人を感じさせないもの。
後ろで纏めた長髪と曲線の多いボディラインから女と判断できる程度の情報量。
しかし何より理解出来るのはそれがリットの敵だという事。
手にする得物はトンファー、あるいは拐。
それらが放つ異様な気配にはリットにも覚えがあった。
「〈竜髄〉か」
「ココハ、通サナイ」
ゆらりと脱力し、しかし何人たりとも城へ入る事を許さない意を示すその女……聖騎士は立ちはだかる。
◆◆◆
ホワイトファング城、そのバルコニーへ次々と竜騎士達が降り立つ。
竜頭をあしらった兜は竜騎士の誉、手にする双刃剣は武勇の証。
ドラゲンティアの中でも特別優秀な戦力である竜騎士達が負傷者が多くいる戦士団相手に苦戦する道理もない。
既に城の内部まで戦力を押し込んだドラゲンティア側の奇襲は完全に成功し、城は混乱に包まれていた。
「上々、上々!」
状況の推移に満足し、笑顔で手を叩くのはこの作戦に参加した3人の聖騎士のひとり。
戦場に赴くとは思えないラフな格好に、血のように赤い髪を撫で付けた優男は隣に立つ同僚に咎めるような視線を向けられている。
「リーヴ、貴様の趣味にとやかく言うつもりはありませんが皮鎧くらいは身に付けて貰いたい」
「別にいいだろぉ?それ言うんだったらユイツーにも同じ事言えよなぁ!」
「ユイツーはともかく貴様には代わりが居ない。自分の価値を自覚し相応しい振る舞いを」
全身鎧に盾と剣。
盾に関しては竜の頭骨を盾にしたような厳しいもの。
そんな完全武装の同僚に服装を指摘されたリーヴが思い浮かべるのは城門にて侵入者を撃退する役割を担うもうひとりの同僚。
お世辞にも防御に優れているとは言い難い戦闘服はただひたすらに戦闘時の柔軟性を意識した物。
「もっと楽しくやろうぜ、ラウルス。あの第二王子でもなけりゃオレの肌に傷を付ける事も出来ない」
ニタリと笑うリーヴの言葉に過剰な自負は無い。
ただ単純に経験から来る事実を述べただけで実際その通りであると、隣に立つリーヴを見てラウルスは思う。
それはそれとしてリーヴのある特異性から失う訳にもいかない事情もあって彼を悩ませるのだが。
「フン……ならばその第二王子を足止めしている間に手早く仕事を済ませましょう。今回は遊びはナシだ」
「はいはい、どうせつまんない雑魚しか居ないんだろぉ?ま、豪快に薙ぎ払うのも好きだけどさ」
戦う事……否、その根本にある暴力が心底楽しいとリーヴは無邪気に笑う。
ラウルスもそこを咎めはしない。
個人的な感覚としてそれを良く思わない部分はあれど、仕事を遂行する能力に関してはこの上なくリーヴを認めている為に、ただ眉間の皺が深くなるだけ。
「ハァ……全く、好きにしろ。ただネズミが紛れ込んでいるようです。それだけは警戒を」
「ネズミ?──ああ!あの時の。おいおい殺し損ねたのかよ?」
「油断すればこうなると恥を忍んで忠告しましょう。こうなりたくなければ今は目の前の仕事に集中するんだな」
「へいへい」
苛立ちから言葉を崩しながら話すラウルスとそれを飄々と躱すリーヴ。
気の抜けるようなやり取りをしていても2人は聖騎士、ドラゲンティアの最高戦力だ。
それが今、状況を決定的なものにする為に入城する。
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