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2-12 破壊の跡


 倒れた2体の飛竜の亡骸の側で、戦士達は作業を進める。

 このまま放置する訳にもいかず、解体と輸送も含めて仕事なのだ。

 この作業に取り掛かるのは怪我の程度の軽い者のみ。

 重症者には応急処置が施されて治療を行える場所へ移送、軽症者はミライがアイテムボックスに詰め込んだ薬で手当をして復帰した。


「お疲れ様。ミライのお陰で助かった人が大勢いるよ」

「そっちこそお疲れ様。リットは凄いね」


 手当を粗方終えて、ミライは草のカーペットに座り込む。

 生まれ育った村では中々見る事のない重症者への応急処置を手伝って、軽傷者とはいえ傷を無数に見ていれば精神が消耗する。

 反対にリットは手当において手伝える事は然程なく、人を運ぶ程度だったので体力には余裕があり壮健だ。


「そうかい?なら賞賛は素直に受け取っておこうかな。ただ暴力を振るっていただけの僕としては、純粋に命を救ったミライの方が凄いと思うよ」

「そんな事ない……結局これじゃ傷付いた人を治してるだけ、そうならない為の力が欲しいって思っちゃうかな」

「お互い無いものねだりしてばっかりだね。現状に満足出来ていないなら頑張るしかないさ」


 努力だけではどうにもならない事もある、と内心で思いつつもリットは体を伸ばして肩を回す。

 未だ有り余る力と不完全燃焼の昂りを持て余して、出来る事はないかと周囲を見回す。

 焼けた家屋に逃げ遅れた家畜、火はいずれも消された後だが破壊の跡が黒々と残る生活の場。

 焦げ臭い匂いと煙がが不快に鼻を刺激して、それを齎した竜禍と……打ち倒した自身の力を自覚してリットは顔を顰める。


(戦意の高揚……やっぱり影響はあるな。戦いの中では必要のない情報を無意識のうちにに遮断しているんだ。こんなに焦げ臭いのにこの瞬間までまるで気が付かなかった)


 戦いの為に最適化されているのだと、そう思うと得体の知れない何かに人格が弄られているようで気味が悪くなる。

 脳にこびりついた嫌な思考を振り払うように首を振り、それでも晴れない思考を誤魔化すようにリットは村の中を歩いて回り始めた。


「やあ、何か手伝える事はあるかな?」


 顔を見知った戦士を見つけてそのように声を掛けるが、返ってくるのは遠慮の言葉。

 実際出来る事はそう多くはないのだ。

 避難していた村人は徐々に戻り始めて、自らの手で村の被害を確認し修復の為に動き始めている。

 なんと逞しい事かと感心し、それでも何か出来る事を探すリットの視界に人影が入る。


「……?あれは……」


 何故その人物に目を引かれたのかはすぐに分かった。

 遠目に見ても分かる美しさ──銀髪のミライやアバターとして整った顔立ちに作られたリットも目立つ容姿をしているのだが、慣れと主観は置いておくとして──それは凄惨な破壊の跡でよく目立つ。

 悪く言えば浮いているその華やかな顔立ちにリットが感じたのはこれもまたアンバランスな感想は懐かしさだった。

 【WoS】なら状況に合わない見た目をしたプレイヤーは多く見た。

 火山の火口付近でフルプレートアーマーを身に付ける者に、氷海で水着のような装備をした者、どのような戦場でもスーツスタイルで整えるこだわりを見せる者など違和こそが親しんだ光景。

 そんな薄い薄紫の髪を肩に流した長身の女は物陰からリットを見つめ、しかしその目には熱いものというよりは背筋が凍るような……まるで獲物を睨めつけるようなモノが含まれている。

 影が落ちる程長いまつ毛に心がざわめくような薄い唇、それらが霞む冷徹な凶器の輝きを湛えた瞳の得体の知れなさは、整った目鼻立ちにより一層強調されていた。


 緊張と共に唾を飲み、リットはその女に話しかけてみようと決心して歩き出す。

 虎穴に入る緊張はあるが、踏み込まなければ何を得ることもない。

 自らを殺すかもしれない好奇心に突き動かされて近づくリットに対して女は何も反応を示さない。

 ただその場からリットを観察しているだけ。


「やぁ、この村の人かな?」


 違うと分かりつつも、当たり障りのない言葉を選んだのは恐怖に近い感情故か。

 自身の臆病さに歯噛みしつつ、リットは返事もなくただ見つめられている居心地の悪さに悶えるような心地だった。


「いえ、私は……そう、通りすがりね。ただの通りすがり」

「あー……そうか、通りすがりね。ここへは何か用事でも?」

「答える必要ある?……はぁ、探し物よ。当てが外れたみたいだけれど」


 リットを見据えて落胆した様子を隠そうともしないので、ただ一方的に気まずい状況が続く。


「じゃあ何か手伝える事はあるかな?」

「いえ、お気になさらず。私はもう行くわ」


 軽く手を振りその場を去る女の、有無を言わさぬ態度に取り付くしまなしと諦めたリットはその背を見送る。

 彼女がいた場所に残る花の香りが、やはりこの場には不釣り合いな華やかさを感じさせるのだった。


「……何か変な感じがするよなぁ」


 とはいえリットに警察のような権限がある訳でもなく、モヤモヤとした内心をひとりごちる事しか出来ないのだが。


 そんな不完全燃焼感に再び苛まれ始めたリットを引き戻したのはダスティンの声。

 リットを探して名前を呼んでいた彼の呼び声はやはり良く響く。


「こっちだ!」

「あぁ!リット様!こちらにいらっしゃいましたか。あとは後続の部隊に任せます、我々は帰る準備を」

「そうか。悪いね、迷子探しみたいになっちゃって」

「息子で慣れていますから!」


 ダスティンの先導で引き返す道は、ここに来た時よりも多くの人の姿が見えている。

 作業を進める人達の邪魔にならないように気を付けて、少し早足で通り抜ける2人は戦士団とは違う装備を身に着けたミスルト兵とすれ違う。


「そういえば戦士団ってどういった組織なんだい?」

「近衛兵が1番近いでしょうか。王が率いる精鋭達、それが戦士団です」

「だけど団長は第二王子のシグルドだ」

「今の王は……お身体が優れない為に団長の位を譲られたのですよ」

「第一王子じゃなくて?なんとも権力闘争に関わりそうな話だ」

「そうですね。第一王子は幼き頃より体が弱く、第二王子は父祖の血を受け継ぎ逞しい。派閥の争いもあると聞きます……とはいえシグルド殿下はそのような権謀術数から離れるようにしていますから」

「戦士である事を強調するのはそういう理由か……」


 豪快な偉丈夫の見た目と違って気を回している奴だと感心して、リットは感服の声を上げる。

 しかし図らずにシグルドの事を一方的に知ってしまったと、申し訳なさも感じつつ歩みを進めれば馬の元へ集う戦士団と合流した。

 あちこちに包帯を巻き付けた者や、折れた骨を何かの残骸から作った添木で支える者、皆傷ついているが、重症者は既に運ばれたあと。

 ここに居るのは自力で帰る事が出来ると判断されたり……そのように多少強がった者達だ。


「うむ、リット殿とダスティンを確認。これで最後ですな」

「待たせてしまったかな?これは申し訳ない」

「いんや、民の為にと力の振るい所を探していた事は知っていますからな。まっこと有難い事ですわい」


 ブリンジャーの戦士の顔は鳴りを潜めて、好好爺の顔でリットを迎える。

 よく見ると血の跡が残る白髭を撫で付けて笑う姿は多少痛々しいものではあるが、体は随分と楽になっていた。


「それでは帰りますぞ。早く帰って飯をかっ込みたい連中がウズウズしとりますでな」


 そう言って颯爽と馬に乗ったブリンジャーだったが、騎乗の衝撃が折れた肋骨に響いて苦痛に唸って悶絶している。

 他の団員はそれを見てナメクジが這うような乗り方をしていたが、それでも痛いものは痛い。


「ぐっ……ッッッ!」

「ふぅ、いぃつィィ!!痛くないがぁ?」

「ひっ、ひっ、ヒィンッ!」

「君ら強がりも程々にしなよ?」

「治療するのはあたしなんだから無茶しないで欲しいかなぁ!?」


 後片付けは後続の部隊に任せ、戦士団は帰路に着く。

 轡を並べて進む道は夕陽に照らされ赤く輝いている。


「いやしかし助けられましたなリット殿。シグルド殿下不在の今日、誰1人欠けずに帰路に着けたのは喜ばしいことです」


 この赤さが炎でないのは、ここにいる全員の力あってのもの。

 勝利を持ち帰る皆の顔は誇らしげで、ブリンジャーも心からの安堵によって感謝を告げる。

 それに対してリットは少し照れ臭そうに、そして気になる言葉に疑問を浮かべて口元に手を伸ばす。


「シグルドが不在?何かあったのかい?」

「本来忙しい方なのですよ、戦士として一流であるのとは別として王子としての責務もありますからの」

「大変なんだな……まぁ、帰ってきたシグルドに悲しい知らせを届ける事にならなくて良かったよ」


 少しの疲労と安心感で力が抜けて、リットの乗馬姿勢はは多少マシになっていた。

 

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