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2-11 亜竜退治②  


 飛行していると分かりづらいが、戦士団が相対する亜竜は大型の部類。

 大きさを比較するならば建造物を並べ立てるような生物の巨体を維持するのは、その身を構成する魔力に他ならない。

 魔力とは自在の力、思うままに世界を変える事が出来る万能のリソース。

 そんな物で肉体を構成する竜種はただの膂力に任せた薙ぎ払いですら破城の一撃に等しい。


 ましてそんなものが《《2体》》も現れては。


「親子か兄弟か……くっ……抜かったな」


 最初の1体を倒したところまでは良かった、しかし生き絶える同族を見つけた似た姿のもう1体の強襲がまともに入ってしまったのだ。

 ユルドラには亜竜が現れる事が稀、目の前の敵さえ倒せば終わりだという油断が招いた結果。

 ブリンジャーは歯噛みする。

 老いて判断を誤った自分自身の不甲斐なさ、そしてそれに若人を付き合わせてしまった申し訳なさに。

 飛竜との戦いの定石に従い、現れた襲撃者へも同じ対応をして翼を潰すまではなんとか、決死の覚悟でやり遂げたのだが彼等はそこまで。

 既に力を使い果たした戦士達は地上に降りた飛竜相手にただ蹴散らされ、抵抗はただの時間稼ぎにすらなっていない。


 仕方のない事なのだ。

 人が超常の存在に敵わない事は自然の理に沿っている。

 盾は砕け、武器は折れ、戦士は地に伏す……そうでなくては竜殺しが英雄の行いである筈がない。


 戦士団にはブリンジャーをはじめとした、薄くとも〈鋼の民〉の血が流れる者が何人か居る。

 しかしそれでは足りないのだ。

 残酷な事に生まれ持った資質の多寡が人を英雄たらしめる。

 〈鋼の民〉の血を受け継いだ者でもその全ての力を扱える訳ではない。

 仮にクラスの力を持とうとも、レベル100まで到達する者はそこまで多くはないのだ。

 この場で最もレベルが高いブリンジャーとてレベルは70が上限。

 英雄とはごく一部の選ばれし者の事、ただ鍛錬を重ねただけでは辿り着けない領域に彼等は到達している。


「強いなぁ……やはり戦いとはままならないものだ」

「老骨には堪えるのでは?隠居を決断するには良い機会かと」

「ほざけ。戦場で生まれ戦場で死ぬ!これこそ儂の生き様よ」


 ブリンジャーのそんな強がりも、タワーシールドを支えになんとか立っている浅い呼吸が痛々しく直視に耐えないものになっている。

 肋骨を折られ、呼吸のたびに痛みが刺して、しかしその痛みが未だ脚を折らせずに敵へと立ち向かう支えとなっていた。


「……ブリンジャー殿、お逃げを。戦士団には貴方が必要です」

「いいや、その必要はない。生き残るのは若い連中でなくてはなぁ……殿は儂が務める」

「それでは皆あの世までついて行ってしまいますよ……貴方の背を追いかけて成長した者達ですから」


 絶望的な状況にあっても敵に背を向ける者は1人たりともこの場に存在しない。

 仰ぎ見る師父、ブリンジャーが戦うのならばその背には続く者が現れる。

 亜竜の腕に吹き飛ばされて密集陣形は解かれても、その結束は決して揺らぐ事はない。


「大馬鹿物共が……儂の真似事ばかりしおって」


 皆揃って死地へと行かんと一歩踏み出したその時、蹄の音が近づいてくる。

 3頭並んで駆ける馬の先頭にはダスティンが騎乗して先導し、続く2頭はリットとミライ。


「どうやら死に損ねたようですよ」

「全くままならないものよなぁ……客人に良いところを見せたかったわい」


 馬の加速は最高に到達し、頭を揺らして戦場へと早駆ける。

 しかしそれでも距離は開いて、大きく開かれた顎は獲物を噛み砕かんと倒れ伏した戦士へと近づく。

 鼻息が傷口を撫でる程近づき、しかしリットは未だ遠く間に合いそうもない。


「馬はここまででいい。先に行くよ、自分で走った方が速そうだ」

「はっ?ちょっとリット──!?」


 鐙から足を外して馬上から躍り出たリットは自ら大地を踏み締める。

 馬より後方にあったのは着地の一瞬のみ。

 強く地面を踏み込めばその加速は馬力を超えて風となり、斧を抱えて駆けるリットは亜竜を目指す。


「せっかくだし初撃は強めにやろうか……3重スキルだ。秘技"羅星貫芒"」


 リットは更に加速する。

 景色は高速で背後へと流れて行き、視界には打ち倒す敵のみが鮮明に映る。

 これは秘技によるもの、3重に発動したスキルの2つは加速を伴う突進スキルの"ランスチャージ"と"ラムホーンアタック"。

 急加速する【槍騎兵(キャバルリー)】のスキルと移動距離に応じて加速し破壊力を増す【破壊者(デバステーター)】のスキルの合わせ技はリットならではの強力な一撃を齎す必殺のひとつ。


 迫るリットを認めつつも目の前の獲物を食ってしまう方が早いと思考していた亜竜が、駆けるリットを目で追えていたのはスキルを発動するまで。

 次の瞬間には加速に目が追いつかなくなり、横っ面に受けた衝撃で敵の現在地を把握していた。


「マトモに入ったな。これは痛そうだ」


 脳を揺らす一撃にたたらを踏む亜竜を前に、リットは余裕の態度で観察を行う。

 戦いをどのように終わらせるか、その組み立てを脳内で行い、納得した様子で頷くと目眩にふらつく亜竜へ歩き出す。


「さて、どう出る?僕の気分を昂らせてみてくれよ」


 何度も瞬きをして、ふらつく体を立て直した亜竜の次の行動は前脚での薙ぎ払い。

 これを受け止める事が出来るのは要塞に匹敵する防御のみ。

 風が唸って土埃を巻き上げ、黒々とした爪は太陽の光を反射して厳しく輝く。

 触れるものを全て打ち砕くその暴威はリットへ迫る。


「良いね!」


 しかしその攻撃はリットの望むもの。

 大振りの軌道は単調で、その速さに目が追いつくのなら避けるのは容易。

 リットは攻撃が通り過ぎる半歩後ろへ位置取ると、意趣返しのように斧を大振りに構える。


「"クラッシュブロウ"……"ファストスラッシュ"」


 発動するのは2つのバフスキル。

 次の一撃の高速化ともうひとつ。

 それらが乗った一撃は目の前を通り過ぎる亜竜の腕、その黒曜石の如く輝く爪へと命中し、斧は深々とめり込む。

 刃を深く埋め込んで、柄を弓形に歪ませた斧の破壊が伝わるのはここからが本番だ。


「う、おおおォォ!!」


 裂帛の気合いと共に振り抜いた斧は、ミシリと音を立ててひび割れ始めた丸太のような太さの爪を打ち砕く。

 砕け散り大小様々な破片と化した爪は、それを為した衝撃のままに飛散して散弾と化した。

 狙うのは禍々しく縦に割れた瞳孔を収縮させる黄金色の眼球。

 獲物を捉えようと見開かれたそれは都合の良い的になり、宝石のように輝く黄金は血塗れの玉と変わった。


「少し危ないかと思ったけど……これは良い斧だ」


 無茶な使い方をしても傷ひとつない斧に対してリットは満足げだ。

 目を潰され、血の涙を流して苦悶の声を上げる亜竜へと追撃する時も、その斧は頼もしく力を発揮する。


「"ムーンライズ"ッ!」


 苦痛に振り乱される首の動きを見定めて、腰だめから放たれた一撃は振り上げ。

 下顎を打ち上げるアッパー攻撃は見事に入り、口の端から飛び出ていた舌を自ら噛み切らせる事にすら成功する。


 しかし特段の痛みが正気を取り戻すのは人も竜種も同じ事。

 ブリンジャーがそうであったように、この亜竜もただ生き残る為には目の前の矮小な体躯の強敵を殺さなくてはならないと、意思が肉体を支配する。


「本気モードかな?でも──」


 リットが言葉を発し終わるより先に、大きく息を吸った亜竜が大口を開けて竜種の奥義、息吹が吹き荒れる。

 魔力によって呼気は炎となり、真紅が地を撫で轟々と流れて広がる。

 原理は魔法と変わらない。

 体内の魔力を用いて炎吹き出す竜種ならば用いる事が出来る技能。

 体の大きさは魔力の大きさであり、これ程の大魔法を操る竜種はまさしく上位存在。


 しかし、それを殺す人間を英雄と呼ぶのだ。


「──精神の昂りは然程ないな。なにせこのまま倒せてしまう」


 炎に飲まれるより先に、亜竜の体を駆け上って踏み台にしたリットは背の上を跳ぶ。

 上昇しきったアーチの頂点で発動するのは、これもまた意趣返しとなる位置エネルギーを破壊力に変える技。

 上位者はこちらであると、そう示すように斧は振り下ろされる。


「"フォールンスラスト"」


 眉間を撃ち抜く衝撃は大きな脳を破壊して、火を吹く顎は上方からの衝撃と地面の間に挟まれ無理矢理閉じる。

 吹き荒れる炎が消えて、そこに見えるのは上位者の首の垂れさせたリットの姿。


 これこそが英雄の成せる事。

 ただ単純に暴力で相手を屈服させる荒技こそ戦士の誉。


「結局"戦神化"は出来なかったな」


 リットはぽつりと、不満げに呟いた。


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