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1-2 ファーストインプレッション

本日2回更新の2回目です。


 大陸の辺境、大森林がほど近いセビアの村は主に薬草の栽培で成り立っている。村民はみな顔見知りであり、支え合って生きている。

 それは薬草という何処へ出しても値が付く品を取り扱う為に賊に狙われる事が昔はしばしばあった為。異物が紛れ込んだ時にすぐ分かるように、外敵から身を守るために身に付いた相互扶助は村の外と内を物理的に隔てる壁を築くまでに至った。

 丸太を地に打ち付けた防壁を備え、しかし現在では森から出てきたはぐれの魔物を追い返す程度の役割しか与えられていない。規模の割に防備の備わった長閑な田舎というアンバランスな印象を抱かせる村、それがセビアだ。


 薬草を売る為の荷車と兵士達による定期的な交易路の巡回以外で往来は殆ど存在せず、僅かな例外は村の中では賄えない物を得る為に狩りや薬草の採取の為に大森林へと向かう村人達のみ。

 わざわざ外からやってきてこの森に、特に村に近い場所までやって来る人は稀であり、それがフルプレートアーマーに上等な剣や槍で《《完全武装》》しているとなればそれは最早異常に他ならない。

 巡回の兵士が森に入るのは村人に請われて行方不明者や負傷者を救助する時程度であり、それならばこのように薬草摘みの少女1人を追い回す必要などない。


「逃げ場はもう無いのではないか?」

「あるよ、色々とね」


 大木を背にした少女を取り囲み、武装した騎士達はジワリジワリと距離を詰める。

 統一された装備を身に付けた騎士達の中でただ1人、怪しげな光を湛えた手斧を腰に下げた指揮官の男が、獲物を追い詰めた肉食獣めいた鋭い睨みで威圧する。


「無駄な足掻きだ。何処へ逃げようとも我が魂を見通す瞳が貴様を逃がしはしない」


 鋭い眼光には実際光が灯っているのだ。

 手斧が持つ光と同質の光、それが少女の内にある輝きを実像と重ねて視界に映す力を与えている。


「では──死んでもらおう」


 包囲は完成した。

 処刑場と化したその内に入るのは手斧の騎士。

 手にした得物は少女の細い首を容易く断ち切る事が可能だ。

 服の端を握りしめて迫り来る死を睨む事しかできない少女に出来る事などあるだろうか?そう誰もが思っていた──


「っ!"ファイアボルト"!」

「ッッ!?ぐっう!?」


 少女の声……力ある言葉によって突如として宙に火が迸り、それは一本の矢となって放たれた。

 狙うのは迫る騎士の顔。

 光る目は狙うには丁度良い目印として機能し、狙いを違わず魔法は眼球を焼いたのだ。


「ッッ!!随分と抵抗するじゃないか!」

「隊長!」

「なっ!?逃すな!」


 指揮官に起きたトラブルはそのまま全体へと伝播する。

 本人は顔を押さえて闘志を漲らせているが、やはり代えの効かない人物が傷を負った姿を見れば周囲は焦りもするもの。

 しかしその隙に木を駆け上り枝伝いで包囲を脱した少女は森の奥へと姿を隠してしまった。


「隊長!ご無事ですか!?」

「ぐっ……視力は、いや力さえ有れば魂を追える」

「そのお怪我です、ここは一度撤退を……」


 怪我を心配し、駆け寄って来た部下を払い除けて指揮官は少女が消えた森の奥を睨む。


「ここで退くなど聖騎士の名折れよ。魔女は確実に殺す。これは特別な任務なんだよ……確実に遂行し、あの首を刎ねるッ!」


 立ちを露わにして少女が消えた森の奥を睨み付け、流れる汗と忙しなく動く視線は痛みよりも焦りによるもの。


「この勅命……確実に遂行せねばなるまい。でなければ──」


 悍ましい想像が余計に冷や汗を促し、心臓が早鐘を打つ。


「クソックソクソッ!獣を放つ!我が目は尽きんぞ……行け!魔女を喰い殺せ!」


 主の命に従い、草葉の陰に潜んでいた狼が足跡と薬草の匂いを頼りに駆け出す。その先にある獲物を狙って口の端が獰猛に釣り上がる。獣も、その主も。


◆◆◆


「撒いた……かな?」

 

 目深に被ったフードを外しながら少女は走り通して額に伝う汗を拭って楽観的な希望に縋ってひとりごちる。

 木漏れ日を反射して輝く銀髪が揺れて、森の中ではよく目立つ。

 長髪が好きな為伸ばしているのだが、フードを被って走れば熱気が篭って鬱陶しさも湧いてくる。

 暑さにうだる頭を冷やす為、髪を掻き上げて首筋に手で風を送る。

 

「薬草摘みに来ただけでこんな事になる?普通さぁ……武器も置いてきちゃったし……」


 いつも通り薬草を摘んで帰るだけの日常は、謎の騎士達によって崩された。手元にあるナイフでは日常を取り戻すには力が足りず、《《狙われる心当たりがある》》だけに逃げ続けて解決とはいかない事も理解出来てしまうのた。


「喉乾い──うわ最悪、水筒壊れてるじゃん」


 逃げる最中に避けた攻撃が水筒には当たっていたのだろう底に開いた穴から水は残らず流れ落ち、辿った道に水滴を残していた。


「あぁ!もうまた逃げないとじゃん!水も飲みたいし川!水筒くんはバイバイ!」


 やむを得ず。捨てるのは良くないのだが水筒を投げ捨て少女は駆ける。根が這い起伏の多い悪路でも滑らかに進むのは、この森を遊び場に育った故の経験がなせる技。

 あの追跡者達からここまで逃げられたのも、鎧を着込んだ相手との速度の差もあるが何より悪路に対する慣れによる物が大きい。


「よっ、と。──誰か居る」


 目的の場所、木々を切り分けるように流れる清流のその傍らには先程の騎士達とは違う装備ではあるものの、戦いの為の装束を纏い剣を下げた茶髪の男が1人蹲って何事か呟いていた。


「うまい……水ってこんなにうまいかよ……!」

「あー……大丈夫?」


 襟から胸元まで濡らしながら一心不乱に水を飲み、感激の言葉を口にするその男のあまりの自然体に、少女は思わず声を掛けてしまった。


「アッ!?う、おっ……人だぁ!!?」

「遭難者だね、うん。間違いない」


 まるで怯える獣の如き反応をしたのちに、それが人だと分かるや否や喜色満面で振り返る。


「ここどこ!?てか何なの!?普通森の中から始まる時って分かりやすいガイドが必要じゃないかな!?あとめっちゃ喉乾くし腹が減る!!アイテムボックスの中に全然水入れてなかったから焦ったよね!!!」

「落ち着いて……大丈夫だから」

「あぁ!いやホント……助かったよ……」

(あーあ。そんな顔されたらもう見捨てるとか出来ないじゃん)


 異様な興奮で捲し立てる遭難者の喜びと安堵を思えば、適当に森から出る方角を教えて放り出すなど出来るはずもなく、少女は軽食代わりに持っていたドライフルーツの事を思い出し袋を手にする。


「お腹空いてるなら食べる?大した物じゃないけど」

「そりゃもうぜひ!何でも食べるさ!いただきます!」


 がっつく物ではないのだが、男はドライフルーツはみるみる袋から消えてゆき袋が空になるまでひとつも言葉発さずに一心不乱に貪り食う。


(よっぽど遭難してたんだね……あとでお腹痛くならないといいけど)


「はぁ、生き返る。体に力が満ちてる感じするよ!ありがとう!僕はリット!君は?」

「私はミライ。ごめんね、実は結構急いでてこの場を離れないといけないんだ」

「おいおいそんな状態なのに助けてくれたのかい?義を重んじる僕としては礼をしない訳にはいかないね」

「別に礼とかいらないから早く移動を──」


 言葉の続きは目の前を通り過ぎる剣によって遮られる。

 よく磨かれた剣身が鏡のようにミライの顔を反射して、瞬きの後には通り過ぎて目の前に居た筈のリットの姿も消えている。


「な──」

「なぁ、今のは追いかけてたのかい?それとも……けしかけたのかな?」


 声がした横を向けばそこには一刀のもとに切り伏せられた狼が3匹横たわり、剣を抜いたリットが森の奥を睨み付けている。


「ほう……速く、鋭い。しかし妙な魂だな……魔女の仲間か?構わん諸共殺せ」

「ハッ!」


 騎士達がリットとミライを包囲して、油断なく武器を構える。

 切先を向けられた状態でもリットは調子を崩さずミライへ笑みを向ける。


「状況が分からないけど、つまりこれは恩返しをするチャンスって事かな?」

「っ!リット!貴方は関係無い!逃げて!」

「いや──」


 リットが肩を回し、剣を構えて敵を見据えて不敵に笑みを浮かべる。


「逃してはくれないだろうし、僕もこの機会を逃すつもりは無い!」

「数で勝るこちらが有利だ!確実に仕留めるぞ!」

「いいね……"ファストスラッシュ"」


 リットが駆け出し、敵も迎え撃たんと油断なく剣の切先を──空へと向けていた。


「──は?」


 速過ぎたのだ。

 一足で彼我の距離を詰めたリットはそのまま相手の剣を打ち上げて懐へと潜り込み袈裟懸けに斬る。

 その一連の動作、特に打ち上げる剣撃などは喰らった後に腕の痺れでようやく気付く程。


「下級スキルは問題なく使えるか。なら!」

「ォォォ!!」


 長剣を裂帛の気合いと共に振り下ろす一撃は重量を活かした致命の一撃。まともに喰らえば死に至り、防ごうとも吹き飛ばされ今のリットの状態では避ける事すらままならない。


「"ブランディッシュ"──ッ!」


 ならばと剣を水平に振り抜く軌道で迎え撃つリットの身体はスキル名の宣誓によって大きな力に突き動かされ、剣は十字に交わる。


「馬鹿なッ!?」


 打ち合えば勝ると確信しての上段からの一撃が競り合えたのはほんの数瞬、僅かに遅れてまるで戦鎚と打ち合ったかのような衝撃が襲う。

 均衡は僅かな時間で崩れ、弾き飛ばされたのは騎士の方。

 兜のスリットからでも窺えるほどに驚愕に満ちた表情を見てリットはニヤリと笑い、僅かな悪戯心と共に体勢を崩した騎士を足場にして飛び上がった。


「キサマッ!」

「踏み台ご苦労さん!"フォールンスラスト"!」


 空中から騎兵の突撃の如く猛スピードで落下するリットは大地へ剣を突き立てれば地に放たれた衝撃波が群がる騎士を打ち払う。

 通常の物理法則ならばあり得ない現象ではあるがこれらは全てスキルによる物。


(【WoS】には無かった空腹や喉の渇きはあるもののスキルは問題なく……いや、むしろこの現実感(リアリティ)の中でスキルが存在する事が問題か)


 リットは周囲を見回して負傷した騎士達を眺め思案する。


(発動方法は【WoS】と同じく発動条件を満たす構えでスキル名を宣誓する事)


 しかしその隙を逃す程敵は間抜けではなく、目配せしてタイミングを合わせ四方から一度に襲い掛かる。


「驕るなよ!異端者が!」

「おっと、確かに片手間で相手するのは失礼だったね──"ソードヴォーテックス"!」


 繰り出されたのは周囲360度を攻撃範囲とする研ぎ澄まされた回転切り。鋭利な風が渦を巻き、触れたものを切り裂き吹き抜ける。

 タイミングを合わせた攻撃であった為に騎士達は一度に切り伏せられ、武器や……腕を取り落とす。


「があぁぁあぁあ!?」

「ぐっ……!?」


 痛みに呻きながら指揮官に頼るべくその側へと後退りする騎士達は最早戦力とは言えないだろう。

 リットの剣で傷を負っていないのは手斧を下げた指揮官のみであり、しかし顔面に火傷を負った彼は戦いに加わる様子もなくリットを観察していた。


「その力〈鋼の民〉ですか。愚かな……その力を持ちながら異端者の側に立つとは」

「……」


 その言葉はリットには届かず、しかし今は退却しかないと冷静に判断した騎士達は森の奥へと消えてゆく。


「あの、ありがとうリット。助けてくれて」

「あ、あぁ……そうだね。君を助けたいと思って……」


 硬直していたミライがリットへと礼を言うが、リットは地に残る鮮血から目が離せなかった。


(血が、出ている。これを、僕がやったのか?【WoS】ではこんなリアルな部位欠損なんて……いや当たり前だろ!こんな《《リアル》》なんだから)


 リットは自らの行いに恐怖した。

 それをやったのが自分だと、信じられなかった。

 少し前の自分はどうかしていたんじゃないかとすら思ってた。

 リアルだと、リアリティがあると思ってはいたが剣を振るえば血が出るなんて想像もしていなかった。


(昂っていた……戦う時、楽しかった。まるでゲームみたいに、人を殺すところだった)

 

「僕は今、どこに居るんだ……?」


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