2-10 亜竜退治①
「討伐隊は既に編成され出発している頃でしょう。今から追えば……」
「間に合うのなら行こうか。実戦で試したい事も色々とある事だし」
今朝方にシグルドから聞いた色々を試す良い機会だと、リットはなんて事ないように要請に応える。
反面にミライは拳を握り締め、顔は緊張で強張っていた。
「リット……大丈夫?危険なんだよ、そんな簡単に決めていい事じゃ……」
「でも旅をするなら避けられない戦いだろ?それにこのまま見捨てるような事するのは後味悪いしね」
この1週間、戦士団と共に過ごしてきたリットは当然、ダスティンをはじめとする団員達とも交友を深めていた。
既に顔見知りとなった人々が、自分の選択によって死んでしまうかもしれない、自分が決断すれば皆無事に帰れるかもしれないとなればリットはこの選択をせざるを得なかった。
「さて、ミライの武器はまだお直し中だ。僕が頑張るよ」
「ありがとうございますリット様……!単独で大型亜竜を撃ち倒したその腕、頼りにさせていただきます!」
いざ亜竜退治と気合をひとつ入れ、胸を張り勇んで鍛冶屋を出ようとしたリットを背後から呼び止める声が掛かる。
「待て、ひとつ頼みたい事がある」
声を掛けたのはブレンダ。
真剣な目付きの奥には燃えたぎるものが見え隠れして、口の端は僅かに吊り上がっている。
「私には分かる。お前の剣、それもあの時の大業物と同じだろう。使い手であるお前自身もそれに見合う優れた戦士……違うか?」
「まぁ……多分そうだ。強さはそう変わらないと思う」
ミライの父、キョウヤも他の大半の〈プレイヤー〉と同じならばそのレベルは100。
装備もそれに見合った【WoS】の最高品質の物だろう。
「そうか、そうか……なら取引しないか。この双刃剣とお前のその剣をタダで整備して、研ぎ直す」
「代わりに僕に何をさせる?今は少し、急いでいるんだ」
「私が打った武器を使って亜竜を殺してくれ」
リットを見据える目は力強く、もはや恫喝に近い程の圧を放って離さない。
まるで猛獣と対峙しているかのような緊張感が、ほんの数瞬を長く引き延ばしたように錯覚させる。
「分かった、いいよ。そこまで凄まれちゃあね。それにお得だし」
「ありがとう。私の武器があの域に到達しているのか知りたいんだ、好きな物を使ってくれ」
ブレンダが指し示した方向には武器棚があり、様々な武器が並べられている。
薄く光を反射する剣、槍、斧……etc。
飾り気のない無骨な造りだがそのどれもが一級品で、相応しい使い手の元に収まるのを待っていた。
「じゃあ……これだ。これが気に入った」
リットが手にしたのは鈍色の鋼で作られた戦斧。
緩やかに反った刃の大きな斧を掴み取り、両手で軽く振るえば空を斬る重たい音が鳴る。
リットが普段使うバスタードソードとは重さも、そのバランスもまるで異なる武器であるが、それが全く気にならなずに良く手に馴染む。
「リット様は斧も使われるのですか?〈鋼の民〉は生涯を通してひとつの武器を極めると聞きますが……」
「僕は色々使えるのさ。剣だろうが斧だろうがなんだってね」
手に馴染むのは【武王】のパッシブスキルによるもの。
リット自身も内心ここまで違和感無く振るえるものかと驚いていたが、ダスティンへは当然のように言ってみせる。
「よし、遅れないうちに行こう……大丈夫さミライ、僕を信じて」
「分かった……お願いだから、これを杞憂にしてね」
斧を肩に担いでリットはミライへ笑いかける。
それでもやはり不安は残り、しかし武器を──戦う術を持たないミライはリットの背を追うことしか出来なかった。
◆◆◆
ドラゲンティアは約500年前のプロロ王の時代に竜が討たれて以来、亜竜であっても竜禍に晒される事は稀だった。
しかし1週間前のセビア村に襲来したグランドイーターの件を受けて、シグルドは領内の巡回を増やすように命じていた。
グランドイーター自体はリットと共に転移したものであったが、その強大な力故に生態系のバランスを崩して生息域が変わるなどの副次的な影響を危惧しての事だったのだか……それが功を奏した。
ホワイトファング近く、農耕を行っている村へ近くの飛行亜竜の襲来は比較的早期に発見され、村民の避難も順調。
リット達が到着するより早くに到着した戦士団の面々は弓、投げ槍、魔法にて亜竜の翼に傷を負わせて地上に引き下ろそうと奮闘している。
「よし!良いぞぉ!更に勢いを高めるぞ!"アタックコマンド"!」
その中で一層激しい戦いぶりを見せるのがシグルドの右腕、老戦士ブリンジャー。
上級クラスである【司令官】──武器種に紐付かない戦い方に影響するクラス、スタンスクラス──の集団へのバフスキルを使いながらタワーシールドとメイスを構えて油断なく空飛ぶ深緑色の亜竜を睨みつける。
「ひぃ……なんて大きさだ」
「ちっとばかし図体のデカいだけの飛びトカゲじゃあ!臆するでないわ!」
「こっちに来るぞぉぉっ!?」
鼓舞の言葉を飛ばしていたブリンジャーは慌てて空を見る。
先程までは円を描くように飛びながら火を吹いていた亜竜が今度は地面を掠める軌道をとって滑空し始めていたのだ。
位置エネルギーを速度に変えて、巨体はみるみる近づき鱗の一枚一枚が鮮明になりつつある。
「向こうから近づいてくれるとはなぁ!行幸よ!盾持ちは備ええぃ!!残りは撃ちまくれぇぇ!!」
盾を持った戦士達がまるでひとつの生き物のように一糸乱れぬ動きで盾を構える。
相手が鱗を持つのならば、と張り合うように構えられた盾は鱗のようにガッシリと組み合って堅牢な守りを形作って不動の構え。
しかしただ受け身の防御姿勢だけでなく、迫る脅威を前に一歩も引かずに守りから僅かに身を乗り出して矢が、槍が、魔法が絶え間なく飛び続ける。
「ハハハ!どんどんデカくなる的なんて当てやすくて助かるぜ!」
「弦が切れるまで射ってやる!」
「"ウインドカッター"!」
だがしかし、相対するのはこの世界の生物の頂点。
そう容易く落とされる事はなく、攻撃の大半は鱗に弾かれ手傷には至らず。
だがそれでも諦める者などこの戦士団にはひとりとして居るものか。
「衝撃に備えろぉぉ!!"ファランクス"ッ!」
続いてブリンジャーが発動したのは盾利用の中級クラス【守護者】のスキル。
それは一時的な盾による防御力の向上効果を齎し、今まさに最高速へと到達した亜竜の、その後ろ脚の巨大な爪を受け止めて脅威を背後へと受け流す事に成功する。
金属と木が等しく削れ、何枚もの盾へ一直線の傷跡を残しつつも、その破壊力は盾で留まり戦士は未だ健在。
「反転ッ!背中が撃ち放題だ!」
隊列の先端で攻撃を真正面から受け止めていた筈のブリンジャーが最も早く、状況を把握して次の指示を出す。
降下時には畳んでいた翼も上昇時には広げざるを得ない。
故にこの攻撃を凌ぎ切った今こそ亜竜を地に落とす好機だと老戦士は経験で知っている。
そして戦士達は最も厳しい攻撃を受け切った後でも万全の備えで反撃出来るように普段から鍛錬を欠かさない。
今こそその成果を発揮する時だと隊列は一斉に反転し遠ざかる亜竜の背へと狙いを定める。
亜竜の空からの一撃が降り注いでからここまでほんの数秒。
追撃を警戒しつつチャンスを最大限に活かす完璧な動きで、再び空へと舞い戻るその背へ向けて無数の攻撃が追いすがる。
「撃て!射て!討て!あの翼をもいでやれ!」
「翼さえ無けりゃあただの案山子よ!ここが正念場だ!」
ここが戦士団の勢いの最高潮。
確実に翼膜へダメージを蓄積させて、飛行の負荷に耐えきれずに巨体の向こう側の空の青が見え始める。
空へと遠ざかるその巨体へのあと一押し、それだけで飛竜は翼を失い地に落ちる。
だがしかし、空は翼を持つ者の領域。
地に足つけた人間の攻撃はもはや届かない高度へ到達し、手傷を追った竜は悠々と逃げる事すら出来るだろう……それでも老戦士は備えていた。
「練り終わったッ!ゆくぞ!"ヒートジャベリン"ッッ!」
掲げたメイスはこの時、魔法の杖と変わった。
練り上げた魔力は噴き上がる炎へと変換され、それは収束して一本の投槍の形をとる。
穂先を空を舞う飛竜へと向けて猛然と飛翔する魔法にはブリンジャーの必殺が込められている。
それは"ファランクス"のもうひとつの効果によるもの。
防御の強化に加えてこのスキルには更に、攻撃を受け止めたあとの反撃の威力を向上させる効果がある。
それは世界を超えて【WoS】に存在しない魔法にも適応され、"ヒートジャベリン"と共にブリンジャーの必殺として数多の戦場を生き残らせ続けて来たのだ。
飛翔速度は極めて速い。
傷ついた翼で飛行する亜竜程度ならば容易く追い付ける速さで駆け上がり、風を捉える飛膜へ突き刺さった。
「ヨォォシ!命中じゃぁ!!」
「見ろ!落ちるぞ!」
翼を引き裂かれ、飛行に必要な能力を失った亜竜は無事とも言い難いもう片方の翼を駆使してなんとか滑空を保ち徐々に高度を落としてゆく。
その様を見て戦士達は歓声を上げて喜び、しかし手負いの獣が最も恐ろしい事を知っている。
土埃を巻き上げて激しい着陸を行った亜竜の顔は、恐ろしく怒りに歪んでいる。
地に突き立てた黒い爪は怒りのまま深々と地を握り締めて離さない。
振り乱す尾が地面を叩くたび、地鳴りのような振動が響いて、翼など無くても未だ絶大な力を持つ上位者である事を誇示している。
「クククッ……心踊るわい」
「気を付けてくださいよご老人、貴方はもう昔のようには動けない」
「舐めるでないわ、亜竜との戦闘経験が無い若造共よりは戦えるとも」
亜竜の咆哮が空を叩く。
ビリビリと痺れるような衝撃に、戦士達は肝が縮み上がるような思いで武器を構え直す。
盾の留め具を締め直し、籠手の内側で溜まった汗を握り込む。
「さぁ……こっからが楽しいところ。気合い入れてかかれぃ!」
盾を打ち鳴らし、ブリンジャーの号令と共に戦士達は死地へと駆け出した。
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