2-9 鍛冶屋
「ここも違うかぁ……」
「ナイストライ、次行こうか」
槌と竜の看板を掲げる鍛冶屋から出てリットがミライの健闘を讃える。
毎日何度も繰り返しているやり取りだ。
今2人が居るのはこの街に幾つかある鍛冶屋通りのひとつ。
もくもくと立ち昇る煙と鉄を打つ音がここがどのような場所かを示している。
「この調子ならあと1週間頑張ればリストは消化し終わる。それが良い事かは置いておくとしてね」
「見つからなかった場合は流石に次の街を目指すからね……あたし達の旅はここで終わるわけにはいかないんだから!」
拳を握り締めて心を燃やすミライは早速次の店を目指して歩き出す。
2人の他にこの通りを歩く者はやはり職人か、鍛冶屋に用がある者達……荒事を解決する為の道具を求めている兵士、傭兵、無頼漢などである為に独特の空気が流れている。
わざわざ通りで商売道具を使ってやろうという者など居ないので一触即発のような張り詰めたものではないが、それでも緊張感はある。
「リットと特訓するようになって何となくだけどすれ違う人が強い人なのか分かるようになったよ」
「へぇ……じゃあ僕が実は世界で1番強いって事がバレてしまうな」
「シグルドと同じくらいでしょ」
「そうだね、なら1番は2人居たって事だ」
実際ミライの見立ては当たっている。
シグルドもリットと同じレベル100。短期間の訓練のみでレベルが上がっているミライの事を考えれば、実戦を経ているシグルドがそこまで到達しているのは当然の事。
格闘武器を使うシグルドのビルドをリットは暇な時に予想して時間を潰したりする。
それほどビルド予想は【WoS】の戦闘の基本だった。
相手の武器や戦い方からビルドを予想し、手札を暴く。
これがリットは特別得意だったのだ。
とはいえ現状では仲良くやっているシグルドのビルドを予想するのは暇つぶしの範疇を出る事はないのだが。
「冗談はさておき、僕は特段強いって訳でもないんだよ。現状では僕の方が君より強くて、僕と同格なんてのはきっと山程存在する。だからヤバくなったら逃げるのも手だよ」
「逃げるのは……なんか悔しい」
「君は案外プライドが高いな」
その後も歩いて、歩いて幾つかの店を回った。
しかしその全てが外れで、金を落とす訳でもない2人組は雑に追い出されすらする。
そんな事を繰り返していれば肉体も精神も疲弊して、次へ向かう脚も重くなるというもの。
「この街には余裕が足りないね!」
「他人に原因を求め出すといよいよって感じだ」
「でも普通物投げる!?金属製品だよ!?」
「君だって開口1番に私のお父さん知ってますか!?はいくら面倒臭くなってるからって早まりすぎだ」
「親を探す健気な旅人を助けようという人情ってものを信じてるんだよ!」
ゲームのストーリーなら感動モノだが、などとリットが考えているうちに早くも次の店へと辿り着く。
槌と竜の看板を掲げたその店は、やはり他の店と同じく一定の間隔で鉄を叩く音が聞こえてくる。
ミライが扉に手を掛けて、リットはその後ろを付いてゆく。ミライが自分でやるのだと言い出した為に、リットがやる事と言えば後ろで威圧感を放ってみたりして舐められないようにする程度。
「ごめんくださーい!」
ミライが店内に入るなり元気よく発した言葉は誰も受け取る事なく消えてゆく。
店内には人は居ない。しかし奥の鍛冶場からは鉄を叩く音がするのでそこには作業中の職人が居るのだろう。
リットとミライは顔を見合わせた後、鍛冶場へ向けて歩き出す。
作業の邪魔をしないようにと足音をひそめて一歩一歩を踏み締めれば、少しばかりの緊張感が胸を締め付ける。
「あのー……」
声を掛けども誰も応えず、鉄を叩く一定のリズムが崩れる事はない為に、ミライは気圧されて声はか細くなってゆく。
それでもゆっくりと、息すらひそめて店舗の奥にある鍛冶場へと足を踏み入れればこの店の主の姿が見えてくる。
炉の前にかがみ込み、汗の滲む浅黒い背中に盛り上がる筋肉が、炎の光を反射してテラテラと凹凸を強調する。
丸太のように太い腕を振り上げて槌を振るう様は後ろ姿だけでも鬼気迫るものを感じる程。
「……客か?」
「ひぇっ!?客……です!」
背を向けながら突如として発した声に驚いたミライは声を上擦らせながら答える。
驚いたのは急に声を発したからだけではない。
その声は巌のような筋肉からは想像しづらい女性の声だったからだ。
「待っていろ。今焼き入れする」
赤熱する鋼を水に浸け、じゅうじゅうと水分の爆ぜる音がしたならこれで工程は一区切り。
硬化した鋼を作業台に置いて職人は立ち上がる。
「うぉ……デカ……」
上背はリットを遥かに超える、およそ2m超の長身。
ボサボサのダークブラウンの髪を肩へと垂らし、火花が散る事を気にしない薄手の服装は汗でピッタリと肌に張り付き筋骨隆々とした様を見せつけるよう。
「戦士に間違えられる事もある。それで?何が欲しい。このブレンダが最高の武器を用意しよう」
「え?いやぁその……」
見下ろされて完全に萎縮したミライはなんとか薄ら笑いを浮かべてリットへ助けを求めて視線を送る。
「おいおい……はぁ、少し尋ねたい事があるんだ。な?」
「は、はい!あたしのお父さんの友達を探してまして……」
「申し訳ないが交友関係が広い人間じゃないんだ、力になれるかは分からない」
眉尻を下げ、大きな体躯からは想像出来ない程に申し訳なさそうな顔をしてブレンダは頭を掻く。
「あはは、多分父さんと同じくらいの歳だろうからきっとこの店は違うと思うんです。だから気にしないで」
「そうか……すまないな。そちらの剣士さんは何か必要か?」
「僕は付き添いだから特には。ミライ、一応ダメ元で聞いてみたら?」
「そうだね。あたしのお父さん、キョウヤって名前なんですけど……珍しい名前だから聞いた事ないかなーって」
その名を聞いて、ブレンダは唸り出す。
懸命に脳内の何処かに引っかかるものはないかと大きな頭を捻り、低い声で何やらブツブツと呟いている。
「その、力になってくれようとするその気持ちだけで嬉しいですから!」
「いや待て。キョウヤ、キョウヤ……聞いた覚えが──そうかっ!!」
鍛冶場を揺らすような大声を上げて手を叩くその音に驚く2人を放って、思い出せた事にスッキリとした表情でブレンダは頷く。
「──ッッ!この街には声のデカいヤツしか居ないのか……!?」
「何か知ってるんですか!?」
「あぁ、10年程前か?尋ねて来た我が師の友人がそのような名だった。私がまだ弟子になりたての頃、師を訪ねてやって来た彼の得物を今なお鮮明に覚えている……あの大業物、師からこれに並ぶものを打てるようになれと言われたんだ。武器の事ばかり覚えていたが成る程キョウヤか、そういえば何やら声を荒げていたが……いやしかしあの剣の持ち主の名前は忘れていたな」
自身の原点、かつて憧れていたものを思い出し、緩む口元を抑えてブレンダは自分の打った武器を見る。
作業台の上に置いた、焼き入れまで行った剣の原型はあの域まで辿り着いているだろうか?
熱く燃える炉のように、鍛えられる鋼のように心臓が脈打つのを感じていた。
しかしリットが俄然気になるのは、ミライの父親が声を荒げていた事だ。
「ふーん?必死になってたのか。ミライのお母さんの治療法を探してたとかだっけ?」
「治療?しかし師は鍛治を生業とする人だ。確かに幅広く深い知識を持った方ではあるが、人を癒す術を求めて頼るような人ではない」
疑問符を浮かべるリットとブレンダだが、ミライは黙して考え込んでハッと顔を上げた。
「あの!それでお師匠さんは何処に……?」
「師は旅立たれたよ」
「えっと、それはご愁傷様で──」
「いや、都市連合の方へと旅に出ただけだ」
「紛らわしい言い方するなよ……!」
「すまない。戦場が近い方が儲かるからと店を移したんだ」
都市連合は現在ドラゲンティアと戦争中。
武器や防具の需要は限りなく高まっている状態だろう。
儲けよう、名を高めようとする鍛冶屋は大勢戦いの匂いに誘われて集まっている。
ならば何故彼女はそのような場所へ向かった師に着いて行かずに、この地に残ったのかが気になるところ。
「なら何故君は1人で残ったんだい?仕事なら都市連合の方がありそうだけど」
「師に一人前だと言われてな、この店を任されたんだ。ならば私のやるべきはここで槌を振るう事だ」
「凄い!職人さんだよリット……!」
「カッコいいよな……そうだ、ほらせっかくなら仕事を頼んだら?」
カッコいいと言われて満更でもない表情をする大女を尻目にリットはミライへ耳打ちする。
それを聞いてハッとした表情をしたミライはアイテムボックスの中から長い包みを取り出す。
それは布に巻かれて中身を完全に覆い隠したミライの得物。
長柄武器というには短く、剣ならば長い部類の包みを見ればブレンダも真剣な表情をする。
「これを使えるようにして欲しいの。父さんの友達……のお弟子さんなら信用出来ると思うから」
「ふむ、まずは見てもいいか?」
コクリと頷き包みを渡して、ミライは落ち着きなさそうに手や髪を触り出す。
対するブレンダは丁寧に丁寧に、まるで貴人の衣服を脱がせるように包みを開いて中を検める。
「!……これは、双刃剣か。流石に初めて見るな」
包みの中には銀の双刃剣──2つの剣の柄頭を合わせたような武器──が収められていた。
かつては美しかったのであろう銀の刃には錆が浮かんで忍びなく、ブレンダは悲しげに剣を撫でる。
「これは竜騎士の得物だ。この辺りではまず見かける事がない……貴重な物だ」
「竜騎士ってドラゲンティアの?随分変わった武器を使うんだな」
「逆手の刃で騎竜の身を斬り、〈竜血魔法〉を使う為の武器だと聞く。信用出来る出来ないというのも納得だ、これは悪目立ちし過ぎる」
〈竜血魔法〉──身体の一部を魔力によって構成する竜であるから、当然その血にも魔力は多く含まれる。
〈竜血魔法〉とはその魔力を利用する術の事、竜騎士とは何より竜を尊ぶドラゲンティアにおいて竜の血の祝福を受けた者の事なのである。
そして〈竜血魔法〉はリットも見た事がある。
聖騎士クルージがまさにそれを使っていたのだから、ドラゲンティアを由来とするこの武器を何故ミライが持っているのか。
リットは当然気にはなったが、そこへは踏み込みかねて、勇気も足りなかった。
「出来そう?できればその武器と旅がしたいの」
「問題ない。私が完璧な状態にしてみせよう」
「いやった!」
小さくガッツポーズをして喜ぶミライは無邪気な子供の笑顔を浮かべている。
早速ブツブツと作業について呟き始めたブレンダはもはや周囲の一切が意識の外で、彼女の世界には双刃剣のみがある。
(長かったけどようやく進展……いや、目的の人が居なかった訳だし進んでるとは言い難いのか?)
1週間掛けて辿り着いた事に安堵と疑問を浮かべたリットは息を吐く。
しかし安堵は長く続かず。
鍛冶屋の扉を荒々しく開け放つ音で3人は急に現実へと引き戻されて、音の方向を見る。
するとそこからは肩で息をする皮鎧の男、ダスティンが現れた。
「ダスティン!?どうしたんだ!?」
「はぁ、はぁ……ようやく見つけた……リット様、ミライ様、お力をお貸し頂けませんか……!」
「とにかく落ち着いて!どうしたのそんなに慌てて」
「大丈夫!大丈夫です……それより亜竜が、現れたんです。討伐に、ご助力を」
駆け寄るミライを制止して荒れる呼吸の中で放ったその言葉。
リットは無意識のうちに、愛剣の柄を握り締めていた。
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