2-8 教導
「結構良い感じになって来たんじゃないか?」
「っ!そう!?あたしはもうその顔に一発喰らわせるまで成長は実感出来ないかな!?」
リット達がホワイトファングにやって来て1週間。
捜索は確実に進展していた……少なくともここでは無いと判明した鍛冶屋の数がリストの過半数を占めるようになっている。
朝は毎日ミライの稽古、それから捜索および戦士団の手伝いという時間の使い方で得られた物は多い。肝心の目的以外は大変に充実した1週間だろう。
特に大きい収穫はミライの戦闘能力の向上。
技術面は勿論の事、それ以外の肉体及び精神の練磨も順調。
以前とは異なりリットと打ち合っても及び腰になる事はなく、むしろ一発くらい有効打を当ててやろうという気概すらある程。
「はあぁぁっ!」
棒を左右、上下に打ち分けた縦横無尽の攻撃は間隙なくリットを襲い、しかしその全てを防いで涼しい顔で打ち返してすらいる。
「まだ、まだぁっ!」
「頑張れ頑張れ。まだやれるぞ!」
気の抜けるような励ましをしつつもリットの攻撃は防御の合間に、ミライのテンポを乱すタイミングで差し込まれている。
絶え間なかった連撃は次第に調子を崩して惑う時間が多くなる。
そのままミライは何も出来ずに、攻守のバランスが逆転してリットの一撃がミライを捉える──かと思われたその時。
「"ファストスラッシュ"!」
ミライのスキルが発動、加速した一撃がリットの顔面へと向かい……しかし木剣に阻まれる。
そのまま鍔迫り合いの形に持ち込まれたミライに為す術はない。
「スキルの発動までは良かったよ」
「総括しないでくれる?まだまだやれるけど!?」
「えぇ……痛い思いするだけじゃないか」
押し込まれ続けて体が反り出したとしてもミライの闘志はいまだ健在。
しかし悲しいかな元よりこの2人には抗いようのない差があるのだ。
それは経験の差、身体能力の差。
力をある程度加減して相手をしているリットだが、それを止めれば無駄に長引く拮抗状態など一瞬で覆る。
「はい、お終い。素直に負けを認めましょう」
「うひゃっ!」
軽く押し出せばミライは尻餅をついて倒れてしまう。
結局本日もミライは一本も入れる事なく負けてしまった訳だがそれでも大きな進歩なのだ。
「"ファストスラッシュ"が使えるって事は下級の【速剣士】に就いたって事だ。取り敢えずこれで10レベル分は安心できる」
「ぜぇ……はぁ、これぐらいラクショーですよ……」
仰向けに倒れて胸を上下させ、荒く息をするミライは気丈に手を振ってみせるが腕は殆ど上がっていない。
「スタミナの無さが課題だな」と呟きミライを眺めながらリットはこの1週間で分かった事を反芻する。
(【WoS】におけるクラスシステムなら【速剣士】にいきなり就くなんて出来ない、これは前提条件を満たしてその上でようやく取れるクラスだ。クラスの付け替えが出来ないから前提を無視出来るようになっているのか?まぁ、とにかくこれで下級クラスで大半の枠が埋まるなんて事がなくなったと考えていい……上級と中級にコストあたりのステータス差は殆ど無いけど中級と下級にはそこそこあるから、これは良い状態だ)
【WoS】におけるクラスは100を上限としたコスト制。
そして上位のクラスほど前提条件が多くなり、その中には複数のクラスの習熟を求められる物も多く存在する。
その為、仮にクラスを外す事を禁止したならば最大限効率的にクラスを習熟したとしてもコスト20の中級を2つに10の下級を6つが限度。
(下級がひとつ入った事で目指すビルドは中級3積み。僕と同じスキルの数と扱い易さを重視した型になる)
ビルド論はプレイヤー間で特に熱く、盛んに議論されてきた話題だ。
最強とされる1つはなく、対人ならば常に流行りのビルドに対するメタが回っていたのだが、不変とされてきた型という物は存在する。
それが中級3積みと上級2積み。
この2つの型は安定性を求めた前者と瞬間的な突破力を求めた後者、という特徴がある。
【WoS】のスキルとはクラスに紐づけて下級、中級、上級と階位を分かるが、上位のスキルになる程クセが出てくるのだ。
長い溜め、複雑な条件、発動時のデメリット。
引き換えに多大な効果を齎すそのスキル群は当てれば戦況を変える力を持つ……そう、当たりさえすれば。
そのデメリットを大きく見た者達が選んだのが中級3積み型だ。
上級2積み型では4つのクラスをコスト内に収めるが、このビルドならば5つ。
比較的扱い易い中級スキルを3クラス分と取り回しの良い下級、そして切り札の上級とバランスよく配して手札を多く持つ。
「〈鋼の民〉の技とか型とか……教えてもらったけどあたしじゃそこまで辿り着ける気がしない……」
「そんな事ないさ。確実に進歩してる、少なくともスキルは使えるようになっただろ?」
ミライが見ているものはレベル100の先達だ。
そこだけを見上げていては自分の立ち位置を見失うもの。
リットとしても手探りの中でミライを鍛えているので、どうにも手が届かない部分もある。
(つくづくステータスってのは便利だな……成長度合いが数値で分かるだけで段違いにやり易くなる。モチベーションも、現状確認も)
これはミライだけに限った話ではない。
リット自身も自らの事が分からないのだ。
大まかなステータスや習得したスキルは覚えているが、頭を悩ませるのはまた別の事。
「励んでいるな」
「おはようシグルド。ミライは結構頑張っているよ」
背後やや上方から掛かる野太い声に挨拶をして共にミライを眺める。
リットは指導者として未熟であると自覚しているが、ミライはそんな師の元でも確実に成長している事に満足と歯痒さを覚えていた。
「問題は僕だな。自分の事すらよく分からず他人に教えるなんて出来るものか」
「自分探しをしているのでなければ俺でも力になれそうだが……どうする?」
片眉を吊り上げてリットへ尋ねるシグルドは楽しげに笑みを浮かべる。
内心ようやく自分の番が来たかと心が躍っているのだ。
ホワイトファングに来てから戦士団に世話になっているリットだが、結局シグルド個人へは特に頼る事は無かった為。
「そうだな……"戦神化"が使えないんだ。あと奥義も」
「奥義はともかく戦神化に関してはあの亜竜を倒した時に使ったのだろう?」
「だけどあの時だけだ。あれから戦士団についてって外に出た時に何度か試してみたんだけどまるで使えない」
この1週間、家賃代わりに戦士団の任務に同行し、剣を振るう機会が何度かあった。
リットはその度に実践でしか確かめられない事をひとつずつ確認して、その中でいまだに判然としない事柄がそのふたつ。
「成る程な。まずひとつ言える事はお前ならば心配はない、という事」
シグルドは強く頷く。
間違いないと確信して何度も頷きその度リットの背中を叩く。
「そして奥義は〈鋼の民〉の技の秘奥だ。戦いの中の極限の集中の中にあっても尚、発動は難しい。俺でも今使ってみせろと言われても困ってしまう」
奥義──それはスキルの中でも最上位のモノ。
上級クラスが試練を突破してようやく獲得する事が出来るそのスキルは、まさに切り札。
出す時は勝負が決する時となる程強力で、反面容易に出せるものではない。
スキルの階位が上がれば条件が複雑になるそのルールは奥義にも適応されて、最上位のそれならば使い所は限られる。
とはいえそれが手札にあるかないかで戦略は大きく変わる。
リットは様々なスキルの検証を進める中で当然、奥義についても調べようとした……のだが。
【WoS】では発動出来たそれが発動出来ず、途方に暮れていたところだったのだ。
(フレーバーテキストにもそんな事が書いてあったな……ただでさえ発動が面倒な奥義がそうなるか。当面は使えないものとして考えておこう)
疑問がひとつ解消され、またひとつ新たに現れた形にはなったものの発動が可能である、という情報があるだけで大きな進展だ。
少なくともリットは満足してるし、このような手探り感はゲーマーとして嫌いではなかった。
「そして"戦神化"に関しては慣れが大きいな。基本的には精神の昂りによって起こるもの……使いたい時には胸を叩いて俺はやれる!と叫んでみたらどうだ?」
「精神論かぁ……」
「だがそれで最初の取っ掛かりを得なければな。後は他人の"戦神化"に共鳴するとかだろう」
それは【WoS】には無かったもの。
相当なデータを覚えているリットでも聞いた事が無かった。
そうなれば当然リットは俄然興味が湧いてくるというもの。
顎に手を当て期待に緩む口を抑え、尋ね返す言葉には前のめりな気持ちが乗る。
「共鳴?初めて聞いたな」
「我が王家に伝わるちょっとした話がある。王家の血……〈鋼の民〉の血を濃く受け継いだ2人の姫が居た。仲睦まじい姉妹で2人ともよく学び、よく愛されたそうだ。しかし父王が不在のある時、些細な事で喧嘩になってしまった。しかし子供同士の喧嘩だ、家臣も慌てつつも微笑ましく思っていた次の瞬間!」
よく通る声で行う語りは大変に耳目を引く。
訓練中の戦士達も驚いて何事かとシグルドを見るが、意気揚々と昔話をするその姿を見ていつもの事かと止まった手を再び動かす。
それを近距離で喰らったリットは鼓膜に受けたた衝撃に脳を震わせ歯を食いしばるが、声を発した当人はここが盛り上がり所だとますます意気が揚がって止まることを知らない。
「なんと妹の方が光を放ち鋼の巨人と化してしまった!そして更に!!姉の方も触発されて巨人に!!!大変なのはここから、なにせ巨大な鋼の塊の取っ組み合いだ。恐ろしくて誰も止められず、丁度戦帰りの父王が諌めなければ大変な事になっていただろう……という話だ」
「とんでもないな……その声も。姉妹喧嘩が原因で国が絶えていた可能性すらある」
全身が痺れるような大声を浴びたリットが言葉の間にボソリと呟いた言葉は誰にも届かず、前後だけが語り終えて満足気なシグルドへ届いて深く頷かせる。
「つまり力を持つ自らを律せよ、という話だな。〈鋼の民〉にはスキル、"コントラクトウェポン"、"戦神化"……そして武器を手にした時や戦神化した時の戦意の高揚といった能力がある」
戦意の高揚はリットも実感している事だった。
剣を持つと恐怖が薄れて痛みを感じなくなる。
セビアの村を守る為の戦いで特に実感したそれは何度かの実験も経てそれは確信に変わっていたので、こうして積み重ねた経験から来る情報はありがたかった。
「純血の〈鋼の民〉ならばそれらの力は全て持っているものだ。だから心配する必要は無い」
そう断定するシグルドはリットの肩に手を乗せる。
些か力強過ぎるのは問題ではあるが、シグルドは戦士団の良き兄貴分だ。
身分の違いはあれど共に戦えば皆兄弟。
それはリットもミライも変わらない。
だからこそ、その目はミライも見ている。
「だが心配なのはミライだ。彼女は俺と同じ混血、その血の力の全てを扱えるとは限らない。特に戦意の高揚だ。見たところ大きな変化はない」
「そうかな?」
リットの裏に浮かぶのは一本入れてやると息巻く姿。
近頃はやる気に満ち満ちている。
「あれは単なる負けず嫌いだ。元の性格だろう」
「そうか……なら敵を前に動けなくなる事を見越してフォローしないとね」
ミライは武器を用いた実戦はまだ未経験だ。
切羽詰まった状況になる前に、それに慣れる必要があるかというリットの思考を遮るように、シグルドが呟いた。
「いや違うな、その逆だ。戦った後にこそ助けが必要かもしれん。居るんだよ、自らの力の大きさに恐れを抱く者がな……」
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