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2-7 紋章


 リットは中々の慌て振りで皿の上を片付けている。

 パン、シチュー、肉、パン……喋ってばかりで食事の手が止まっていた為に、既に食べ終わったミライとダスティンから見つめられる事でようやく足並みが揃っていない事に気が付いたのだ。


「くっ……会話しながら食事するのは苦手だ……!」

「ほらほら口はご飯食べる為に使おうねー」

「良い食べっぷりですよリット様!」


 2人がかりでリットを揶揄う──もとい応援していると、テーブルの高さとそう変わらない大きさの物体がダスティンへと飛び掛かる。

 その衝撃に体を揺らしつつ、その姿を見て今日一日番の明るい声を上げて抱き抱えれば、それが幼い子供である事が分かる。


「父ちゃん!」

「オリバー!はは、自分の息子です」

「わぁ!初めまして!元気いっぱいだね!」


 ダスティン似の快活な笑顔の少年は父の脚に座って挨拶をする。

 小さな手を振り笑顔を振り撒くその姿にミライは夢中だ。

 リットは喉を中々通らない固いパンの相手でそれどころではない。


「ほらほら!今じゃないの!?渡すなら!」

「何故ミライ様はそんなにはしゃいでいるのですか……?」


 背嚢から人形を取り出して息子に見せるダスティンの穏やかな表情はリットやミライへ向けるものとは違う、やはり父としての顔なのだろう。

 人形について話す親子を眺めてミライは心温まり、そしてかつての自分を重ねて胸が締め付けられる。


「君も大概じゃないか?」

「……なんのこと?」

「いや、心に柔らかいとこ多いなって」

「そんなことない」

「ほら言ってみなよ。今度は僕が受け止めてみよう」

「いいって……」

「一連托生だろ?楽しい事でも話してみなよ」


 ようやく完食して口がフリーになったリットの執拗な絡みにうざったく思うミライは、あしらう為の話題を探し腰に付けたベルトポーチを指差す。

 それはアイテムボックス。リットの物とは多少デザインが異なるが【WoS】でよく見られる機能を同じくする物。


「これは父さんから誕生日に貰ったの」

「……それだけ?」

「ダメだった?」

「いや、僕の聴き方が良くなかったのかな」

「ようやく気付いた?」

「どうやら君のように上手くは出来なかったみたいだね」

「あたしの真似してあれだったの……?」


 ミライは薄々気付いていたのだが、リットは人とのコミュニケーションがそこまで得意ではないのである。

 賑やかなのが苦手であったり考え込み過ぎる性格は、他者と距離を取りたい生来の性質によるものだ。

 普段の柔和な口調はリットなりの緩衝材的工夫であった。


「まぁ、ミライお姉さんが努力は認めてあげましょう」

「次はもっと上手くやるさ」

「安心して頼れる同行者になってよねー?」


 脇腹に刺さる肘打ちは信頼の証。

 とはいえ食後の胃を揺さぶられるのは堪えるものがあるのでリットとしては、これを見習いたくはないなと思うばかりだった。


「ほら父ちゃんはまだ仕事があるから、人形自慢しておいで」

「うん!ありがと!!」


 ダスティンの膝から飛び降り、ドタドタと音を立てて店の裏へと走ってゆく姿はやはり彼の息子だなと思う力強さに溢れている。


「可愛いねぇ」

「えぇ!あの笑顔を見れば力がいくらでも湧いて来ます!!」

「じゃあ早速その力を使って仕事をしますか!」


 膝に手を突き食後の重い体を持ち上げたリットの宣言で、ミライとダスティンも動き出す。

 支払いは既にダスティンが行なっており、その事について払う払わないの問答もあったのだが、最終的にはダスティンの厚意に甘える形となって昼食の時間は終わったのだった。


◆◆◆


 食堂を出て、腹ごなしがてら歩き始めた3人の向かう先は鍛冶屋が集中するエリア。

 立ち並ぶ工房からは鉄を叩く硬質で力強い音が聞こえてくる。


「さて、まずはこの街の鍛冶屋についてお話を」

「いいね。実は結構楽しみだったんだ」

「リット様もやはり戦士ですね!分かりますともその気持ち!」

「あくまで目的は父さんの友達を探す事だからね!?」

 

 ミライの言葉でヒートアップした気持ちは少し冷え、ダスティンは咳払いをひとつして説明を再開する。


「他の街がそうであるように、この街にも鍛冶職人はギルドに属しています。今日はまずそこへ行き、目的の竜と槌を看板に掲げた鍛冶屋について聞いてみましょう!……おそらく多くの店の名前が上がるでしょうが」

「他の手掛かりはないのかい?思い出せたりとか」

「無い!店に行って父さんの名前出すのを繰り返すしか無いね!」

「脚で稼ぐってやつか……なんて面倒なクエストだ」


 ミライの堂々たる立ち姿に、かかる手間を思って目が眩みそうなリットはクエストマーカーを懐かしむ。

 結局ダスティンの案内でギルドへ向かう短い道中で追加の手掛かりを記憶の奥底から掘り出せるような事はなく、ギルドへと辿り着くのだった。


「こちらです!まずは中へ」


 飾りがある訳でも無い、材質に特別さがある訳でもないその建物が他と違うのはやはり大きさ、堅牢さ。

 質実剛健といったその造りは城から感じるものと同じ、街の気風といったところだろうか。

 

 大きな木の扉を開けば中には職人達やその徒弟が色々と言葉を交わしている様子が目に入る。

 奥にある受付には人が並び、何やら手続きを行なって声を荒げる者もいるのだが、それを上回る声量で受付担当の女性が怒鳴りつけるのでなんとも張り詰めた空気が満ちている。

 

「受付にいるのは伯母なんです!自分が話を聞いてきますから、少々お待ちください!」


 そう言い残して嵐の只中のような受付へと向かったダスティンを見送って、明らかに浮いている2人は隅に寄って身を寄せ合う。

 

「竜と槌か……竜のモチーフは随分人気なんだな」

「恐ろしさの理由は圧倒的な力だからね、それにあやかろうって考えもあるし」

「理由なんてそんなもんか」

「あたしとしてはリットの紋章が気になるけどなぁ」

 

 そう言ってミライが見るのはリットの左腰、そこにある剣……厳密にはその鞘だ。

 3本の剣と月桂樹の紋章、それを撫でてリットは目を細める。


「これはクランの紋章だよ。これを付けた帽子とかメダリオンとか色々作った」


 他のオンラインゲームと同じように【WoS】にもクランというものが存在した。

 複数人のプレイヤーが寄り集まり、自分達の拠点を持ったり大規模戦闘を行ったりと所属する事への恩恵もある。


「へぇー!クランってあれだよね?〈鋼の民〉はクラン単位で行動するって」

「そういう奴もいるけど全員って訳でもない。4、5人で集まる奴もいるし1人で傭兵みたいにブラブラしてるのも居る」


 【WoS】はソロでも遊べるゲームだった。

 ダンジョンの攻略やレイドボスなども存在はしたが募集を掛ければすぐに血気盛んなプレイヤーが集まっていたし、PVPも頻繁に行われており……特に1v1の決闘が盛んだったのだ。


「へぇー……氏族クランって程だし結束はやっぱり強いの?族長とか居る?」

「全員〈鋼の民〉だからクランって名称使ってるだけだとは思うけどな。別に家族とかじゃないし思ってるような感じじゃない。少なくとも僕が居た所はね」

「そうなんだ。あたしはてっきり1番強い戦士が長になるのだー!的な感じかと」

「強い奴が偉いってとこも確かにあるね。うちのオーナーも強かったけどそれ以上に人を集める奴だったからさ、自然とアイツがオーナーになってた」


 リットの脳裏に数多の冒険の記憶が蘇って、頭が揺さぶられるような陶酔に浸りそうになる。

 それを現実に連れ戻したのはミライの声。


「その人ってどんな人?……聞いちゃった後に言うのもなんだけど、聞いてもいいなら」

「いいよ。ギデオンはまぁ、子供が集まるとさデカくて強いのが1人は居るだろ?そんな感じの性格してる」

「なんだか賑やかそうだね」

「ホントうるさいくらいさ」


 突発的に思い立ち、高難易度のダンジョンへと引き摺られた思い出。

 クラン拠点の調度品を集める為にオークションに参加したものの手持ちが足りず、有り金を毟り取られた思い出。

 ギデオンはいつも破茶滅茶な事をして、安定思考のリットを引っ張って楽しませていた。


「楽しい事が大好きですぐ仲間を誘って遊びに連れ出す。最初は2人だけだったけど急にクランを立ち上げるって言い出して、名前も紋章も決めてあるって有無を言わせないんだ」

「名前?」

「ソリチュードアライアンス……きっと僕の為に作ってくれたんだろうな」


 リットは恥ずかしげに頬を掻きながら、苦笑いして紋章を撫でる。


「他にはどんな人が居たの?」

「他はそうだな、入れ替わりが多かったから長く居た人だと……酒好き世話好きのユリエ、弱いくせにいつも賭け事をしてるトリアム。何でも集めないと気が済まない収集院に変な戦法を思い付く和人鶏──」



 とめどなく続く仲間の紹介の中でリットはとても安らいだ表情をしていた。

 楽しかったあの時の事、姿を見せなくなった者を含めてリットは全員を覚えている。

 

「色んな人が居たんだね。やっぱりギデオンさんが1番仲良かったの?」

「幼馴染だからね。小さな子供の頃からの付き合いさ」

「おぉ、幼馴染と2人で成り上がるって感じでカッコいいね」

「ははは、ギデオンも似たような事を言ってたよ。3本の剣は僕の剣とギデオンの二刀流を表してるんだってさ」

「友情だねぇ」

「あぁ、そうだね……親友なんだ」


 腕を組み、壁にもたれかかる。

 部屋を見渡せば鍛冶屋の徒弟が肩を組み、希望に満ちた笑顔を向け合っている。

 いつか成り上がって2人で国1番の……という言葉すら聞こえて、リットの胸をざわつかせる。

 目を閉じようとも聞こえる音から感じるのは自身の孤独。


(賑やかなのは苦手な癖に1人は嫌なんて、本当に機嫌を取るのが難しい奴だよ)


 内省して深く息を吐くとリットは眠るように黙りこくる。

 ミライもその隣で髪飾りを撫でて、ゆったりと時間を過ごした。


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