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2-6 ホワイトファングの昼食


「それにしても亜竜デミドラゴンか。竜とは違うのかい?」


 リットの疑問は先程購入したミライの髪飾りの材料について露店商が言っていた言葉に関するものだ。


「形態が同じだけでかなり違うものだよ。分かりやすく強さが圧倒的に違う」


 ウインドウショッピングをしながら、しかし真剣さは商品を選ぶ目よりも言葉に篭っている。

 モチーフとしての竜を好んでいた為なんとなしに聞いてしまったが、ミライは竜について話す時は強い感情が見え隠れする。

 リットは楽しい時間に水を差してしまったかと自省して、しかしここで話題を打ち切るのも変なので続けて質問を重ねる。


「じゃあこの前戦ったあれは?正直かなり強かった」

「あれは亜竜だね。体は大きいけど〈竜脈〉から力を得ている様子がなかった」

「また新しい言葉だ。〈竜脈〉ね……それが力の源って事か」

「そう、1番の違いはそこにあるの。竜も亜竜も肉体の一部を魔力によって構成する。そこに竜脈から得た力を混ぜ合わせると竜の出来上がり。こうなるともう力は増大するし〈竜髄〉になる事も出来るしで被害はどんどん増えていく」


 気になる物が見当たらないのかミライは次々に見る店を変える。

 もしくは昂る感情の捌け口を歩く事に変えているのか。


「リットは何色が好き?」

「んー……特にこだわり無いかな」

「選ぶ側としては困るんだよね!ソレ」

「僕は聞かなかっただろ?」

「じゃあ……好きな食べ物とかないの?」

「そこからヒントになる情報出るかなぁ」


 食べ物の好みも大して差は無く、リットは今まで食べてきた物を思い返してミライの後ろを歩く。


「んー……パイナップルかな」

「なにそれ?」

「無いのかパイナップル……こう、イガイガした楕円形の……」


 強いて上げるなら、と言った様子で上げたパイナップルの見た目を説明する為に身振り手振りを交えた説明を行うリット。

 聞けば聞くほどミライの脳内のイメージは凶悪なシルエットを描き出す。


「武器みたいだね……」

「そしててっぺんから噴水みたいに葉っぱが生えてる」

「奇抜だねぇ」

「良いだろ?パイナップル。賑やかでさ」

「でもリットはさっきの《《アレ》》みたいなの嫌いなんでしょ?」


 今見ている露店にも並んでいる竜のキーホルダーを持ち出されリットは苦笑いするが、それを手に取り眺めて話す。


「食べる物と身に付ける物で好む理由は違うだろ?その形で生まれたパイナップルを嫌う理由にはならないさ」

「ふーん。リットはあたしの髪を変だって言ったりしない割に金ピカは嫌がったりよく分かんないね」

「髪?あぁ派手かな?銀髪なら割と居ないかい?」

「母さんとあたし以外には見た事ないなぁ」

「そうなのか。綺麗だし良いと思うよ」


 沈黙。

 ただ周囲の喧騒があり、ミライは無言で商品を眺める。

 ぎこちなく手をまごつかせて俯くミライの顔をリットからは見えないが、その顔はキツイ酒でも煽ったように耳まで真っ赤になっていた。


 リットとしてはアバターを褒める感覚の延長だった為、その言葉の距離の詰め方に気付く事はなく、会話中に不意に訪れた沈黙だと思って続く話題を考えている。


「そういうミライは何が好き?」

「……あたしはフライドチキンかなぁ」

「あるんだフライドチキン……」

「父さんが作ってくれたの、たまにね。硬くなったパンを粉にして、一緒に狩りに行ってとって来た鳥肉にまぶして揚げて」

「思い出の味なんだね」

「そ。あたし1人でも作っていたけど……やっぱり人と食べるのが美味しかったんだよね」


 再び訪れた沈黙はミライの郷愁の念が伝わって、リットもかける言葉に悩んでいた為。

 お互いに何を話してもこうなるな、とリットは昨夜の自分を思い返して息を吐く。


「そうか……よし!なら旅をして君のお父さんを見つけたら作って貰おうかな。僕も食べてみたいし、娘さんの子守り代としてフライドチキンを食わせろ!って」

「子守り!?火も起こせないリット君がそれを言いますか!」

「ハハハッ」

「ちょっと!?」


 露店を足早に眺めて通り過ぎるリットの背をミライが追う。

 結局このまま露店が並ぶ通りの終点まで納得出来る品は見つからず、露店で商人相手に白熱した値切り交渉を行うダスティンを見つけるに至った。


「買い物はいいかがでしたか?良い物は見つかりましたか?」

「ミライに髪飾りをね。ダスティンは何を買おうとしたたんだい?」

「えぇ息子への土産を」

「へぇ!子供いるんだ!」

「自慢の息子ですよ!将来は偉大な戦士になるやもしれません!」

「それでダスティンパパは良い物買えそうかい?」

「この兵士の人形が良いかと思うのですが……自分の財布では中々負担が」


 力なく笑うダスティンがチラリと商人を見るが、偏屈そうな顰めっ面に長い髭が威圧的。

 取り付くしまがない様子で腕を組み、値を変える素振りは微塵もない。


「そんなに良い物なのこれ?」

「さぁ?ただ良いと思ったのです。自分は戦士団の任務であちこちへ行って家を空けることが多いですから、これを父だと思ってくれればと」

「なるほどね。そう言われるとダスティンのような明るい笑顔のようにも見えるか……?」


 木彫りと塗装で形作られた人形は、その話を聞けばダスティンのようにも見える。

 きっとこれを父と思えと言われればその時々の必要とする父の姿が見出せる事だろう。


「だぁー!もう分かった!そんな話聞かされちゃぁ俺が悪い事してるみたいな感じになるじゃねぇか。いいぜ、特別に値下げしてやんよぉ!」

「本当ですか!!ありがとうございますっ!」

「良かったね!」

「人の良さが成せる技だなぁ」


 ダスティンは商人へ何度も礼を言い、ミライは良かった良かったと頷いて、リットは感心する。

 三者三様に買い物を終えて市場を抜けた一行はダスティンの案内でまた別の場所へと歩く。

 現在歩くその通りも賑わいは変わらず、しかし最も違うのは匂い。

 ここは飲食店が多いのだ。

 焼ける肉の思わず口の中に唾液が溢れる香りにパンの焼ける香ばしい香り。


「食事時と言ってよい時間でしょう。オススメの店があるんですよ!」

「おぉ!あたしのお腹はもう準備万端だよ!」


 そう言ってダスティンが案内したのは古めかしく、しかし丁寧に整備された食堂。

 ダークブラウンの板張りの床と淡褐色の石壁がヨーロッパベースのファンタジーの雰囲気を醸し出してリットは内心でワクワクとしていた。


「良いね。好きだよこういう店」

「そうでしょう!さぁこちらへ!」


 ダスティンに促されて着いた木製の長テーブルと椅子は僅かに軋む音を立てるものの、すり減った角からはしっかりとした造りで長く使われている事が伺える。

 3人が座るなり店の奥からやってきた給仕にダスティンは慣れた様子で言葉を交わした後に注文を済ませてテーブルへ肘をかける。


「この店にはよく来るの?」

「えぇ、そりゃもう……実家ですから!」

「これは謀られたな……」


 カラカラと笑うダスティンはこの店や自分の事について幾つか話した。

 この食堂は中々に歴史がある……この街でも有数の歴史がある店であると。

 とはいえ今も昔も大衆食堂である事に変わりはなく、この店を愛するのは町人や旅人。

 そんな家の長男として生まれたダスティンは店を継ぐ筈だったのだが、客としてやって来る兵士や旅人から聞く英雄譚に憧れて戦士団に入る夢を追ったのだとか。


「じゃあこの店はどうするの?」


 というミライの疑問に対してダスティンは所在なさげに頭を掻いて苦笑いしながらこう答えた。


「この店で働いていた女の子がお前が継がないなら私が貰う!と言って結婚を迫って来まして……」

「つまり財産目当ての結婚なのか」

「リットはもう少し言葉の裏に隠した女の子の心の機微を読み取った発言しようよ」


 リットがミライに小突かれてダスティンが笑う他愛のない時間を過ごして少し経ち、料理が運ばれて来た時には3人ともすっかり空腹で待ちかねたといった様子。

 時刻は正午に近く、客の入りも多くなる。


「シチューに黒パン、焼いた肉に果物。シンプルで良いね」

「安さが人気の秘訣ですね!当然美味しさも」

「美味しい!」


 いち早く食事に手をつけたミライが舌鼓を打ち、リットとダスティンも続いて食べ始める。

 湯気の立った温かいシチューは野菜の旨味がたっぷりと。

 黒パンは僅かな酸味を感じさせる硬い物。シチューに浸して食べている。

 

「これは何の肉なんだ……?いややっぱりいい、聞かないでおく」

「普通に家畜の肉ですよ。変な物は使っていませんから」

「リットは妙なところで繊細だよね。ほら、この野菜は〈鋼の民〉の野菜だよ」

「本当にありがたい事です。このような恵みを下さったプロロ王には感謝しなければ」

「確かに芋は色んな土地で育てやすい……と本で読んだな」

「ええ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とあれば国土の半分が魔力の吹雪に襲われる常冬のミスルトでも飢えを凌げますから」


 ダスティンの言葉にリットは驚き思わず目を見開いてスープを見る。

 スプーンで掬った何の変哲もないそれが、なにやら異様な物にすら見えてくる情報を聞いた為に。


「そんな妙な生態してるのか?これ……」

「知らなかったの?実を付けるまでも早いから〈鋼の民〉の野菜って言ったら凄い貴重なんだから!」

「株分けは?増やしたりは出来ないの?」

「中々魔力で成長する性質を受け継がないのですよ。それを抜きにしても数々の素晴らしい作物がこの地に齎されましたが」

「なるほどね……昔の王様がやたらと慕われてる理由が分かったよ。強いだけじゃなくて腹も満たしたとなれば英雄だけじゃなくて名君だ」


 同郷のかつての偉業と共に独特の臭みのある肉を噛み締めて、リットはふと浮かんだ疑問を口にする。


「食べる前のこう……祈りみたいなのは無いのかい?」

「祈りですか……戦の前には父祖や大地への感謝を捧げる事はありますが」

「あたしの村でも特に無かったかなぁ」

「そんなものか。そんなものかなぁ?」

「食い下がるじゃん」

「いや別に良いけどさ、信仰ってどんな場所でも存在するものかと」


 ちぎったパンをシチューに浸して柔らかくしながらリットは呟く。

 釈然としないその顔を見てダスティンはひとつ思い出し、口の中のものを飲み下す。


「南の竜拝はリット様の思うものに近いかと」

「竜を崇めてる感じかい?」

「えぇ、竜から受ける恩恵に預かる者達と聞きます。人を虫ケラのように潰せる遥かに大きな存在なんて個人的にはゾッとしますがね」

「同感」


 モソモソとパンを啄むミライは同意する言葉をひとつ残して黙りこくる。


「それはどれくらい広く信仰されてる?南って言ってもそもそも僕は地理をよく分かっていない」

「南にドラゲンティアという国がありまして、その国の国教なのですよ。ミスルトとは巨大な山脈を挟んでいるので隣接していませんが」

「その国ひとつだけなのかい?」


 あっという間にシチューを平らげたダスティンはそのまま残った赤い果実を食べながら脳内に浮かべた地図を確認しながら説明をする。


「まぁ、その国ひとつが問題でして。ミスルトと同盟関係にある都市連合はドラゲンティアと戦争状態。今は堰となって押し留めていますが万が一都市連合が落ちれば次はここです。彼らの異端者への扱いは有名ですからね」

「嫌になるな……勝算は?」

「当然あります、と言いたいところですがドラゲンティアは極めて強大な国。少なくとも軍事においては並ぶもの無しと言い切れます。国土の広さでは都市連合が勝り戦線も広く伸びていますが優勢なのはドラゲンティアと聞きますから」

「で、その軍事を支えるのが竜騎士と聖騎士」


 黙々と食べていたミライも粗方食べきってデザートへと手を伸ばしながら会話に加わる。

 

「飛行亜竜に乗った竜騎士と〈竜髄〉の力を振るう聖騎士は途方もない脅威。まさに竜禍だよ」

「自分は飛行亜竜と戦った事がありますがアレに人の知恵が加わって統率された動きをしたらと考えれば怖気が立ちます。火炎を吹き下ろされるだけで手が付けられないのに」


 つまりドラゲンティアはこの世界で唯一の航空戦力を保有する国家なのだ。

 そして竜騎士は地球で言うところの空挺部隊としての側面も持ち、騎竜から降りた彼らは全員が選ばれしエリート。

 並の兵では敵わない圧倒的強者。

 しかしそれは群の強さだ。

 

「それでもドラゲンティアを強国たらしめているのは間違いなく聖騎士の存在だよ」

「〈竜髄〉か……そんなに数がある物なのかい?」

「詳しいところまでは分かりませんが保有する数で言えばドラゲンティアは世界最多でしょうね。他国が〈竜髄〉を保有する事を許さずに戦争にまで踏み切る程ですから」

「なんて独占欲の強い……」

「でもそれが竜……大切なものを何もかも奪い去る存在」


 吐き捨てるように呟いて、ミライは果実を口に放り込み虚空を見つめる。

 テーブルに肘まで突いて顔を背けている為にリットからは表情が見えず、ただ銀の髪と竜鱗の髪飾りが視界で輝いていた。

 

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