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2-4 模擬戦の朝


 日の出が1日の始まりとなるこの世界の朝は、文明の快適さに慣れたリットには少々辛いものがある。

 とはいえ起きなければという義務感と冷たい水で行う洗顔、そして戦士団と共に行う朝の稽古が眠気などサッパリと消し去ってしまうのだが。


「ありがとうございましたッ!」

「よしっ……次っ!」

「お願いしますッ!」


 城の一角には様々な目的で使う開けた空間があり、そこは平時では訓練の為に利用されるのが主だ。

 今日も戦士団の面々が素振りに走り込み、筋力トレーニング──そして模擬戦を行なっている。

 味方の強者から学びを得られるとなればやらない理由は無い。

 参加する者は皆意欲的であり、今回は客人であるリットと戦えるとなればより一層の力が入るというもの。

 剣を交えたいと思う者達は長蛇の列を成して順番を待ち、リットは次々と叩きのめして待機列の消化を行っている。

 それでもなお列が長いのは、その戦いぶりに触発された者が最後尾を更新している故。

 

 とはいえ参加者は全員この国を守る猛者達。生半可な相手ではなく、本気でなければ訓練にもならない。

 使うのが模擬戦用の比較的安全な武器とはいえ、全力で打ち合えば相応に危険も増して破損もする。

 数戦こなす度にリットは破損した剣を交換して、その本数は賭けの対象になる程に積み上がり続ける。

 見かねたシグルドは、またひとつ連勝記録を更新したリットへタオルを投げて模擬戦を中止させる。


「そこまでだ」

「はぁ、はぁ……僕は、まだやれるけど?」

「お前が次々とへし折ってるその剣だってタダじゃないんだ。そろそろ翌日の訓練に支障が出る」


 まだ戦っていない戦士、そしてここで終わってしまっては賭けに負ける事になる戦士達から非難の声が上がるが、シグルドは爽やかな笑顔で手を振り黙らせる。

 黙したまま訓練場の片隅に集まって賭けの精算を行う部下を見て、シグルドは苦笑するが表情には楽しげなものも混ざる。


「良い奴らだろう。自慢の戦士団、自慢の仲間達だ」

「朝から元気すぎるのが玉に瑕かな」

「常在戦場の心構えが出来ている証拠だな。二日酔いを覚ますにも丁度良いだろう」

「じゃあシグルドもやるかい?随分飲んでただろ」

「遠慮しておこう、きっと夢中になってしまうからな。このあと仕事があるんだ」

「だったらあたしと勝負だ!」


 ハツラツとした声で乱入してきたのはミライ。

 朝一番の眠気を引きずりつつも、無理やり上げたテンションで気怠い朝を乗り切ろうと画策している。

 手にしているのは訓練用の長柄の木の棒。

 槍が何かに見立てた児戯のような……児戯そのものの演舞を披露しリットへ挑む。


「おっ良いね……やるか」


 不敵に笑うリットも剣を構えてミライと相対し──


「えぇっ?ホントにやるの!?」


 予想外といった様子でミライは慌てて両手を振って挑戦を取り消す。

 リットも拍子抜けして何事だったのかと力を抜いて構えを解く。


「言い出したの君だろ……」

「言葉のあや!じゃれあいだよ!あたしじゃ敵わないって」

「なら勝てるよう一緒に頑張ろうか」

「最初は優しく教えて欲しいなーって……」

「優れた戦士が優れた師となるかは見ものだが俺は行くとしよう。励めよミライ」

「頑張りはするよ。精一杯ね、うん」


 訓練場を去るシグルドを見送って、リットとミライの特訓が始まる。

 ミライは気合いは充分と勇ましい表情を……表情だけは勇ましく、しかしリットから距離を取り及び腰で棒を構えてか細く吠える。


「よ、よぉーし……来い!」

「流石にさっきの模擬戦みたいな事はしないよ……」


 ゲームに慣れたリットにも流石に同じ感覚でチュートリアルを行いはしない。

 ミライは明らかに脚がすくんでいるし、武器の持ち方も不慣れな人のそれだ。

 リットが打ち込めば容易くバランスを崩して次の瞬間にはたんこぶを作る事になるだろう。


「それでその棒は何なんだい?」

「木の棒だけど……?」

「そうじゃない。いや、杖術なり棒術使いなら良いんだけど僕は君の得物を知らないから」


 ミライは旅に出る時に一応と言って布に包まれた武器を自宅の物置から持ち出していた。

 その様子をリットは見ていたのだが、結局ホワイトファングまでの道中で謎の武器の封が解かれる事はなく、分かるのは何やら長い武器という情報のみ。


「うーん……ここからここまで、こう棒の真ん中に柄があるの」

「変わった武器だな。でも基本は長柄武器の扱いで良いのか……?」

「いやぁ……見せたいのは山々だけど何年も触ってないから酷い状態でして……」

「武器は定期的な手入れが重要なんだけどな……目的の鍛冶屋を見つけたら綺麗にしてもらおうか。今日は取り敢えず木の棒で」


 そう言ってリットは訓練場の隅にある棚からミライが持つ物と同じ棒を取り出し確かめるように握り込む。

 手首を回し、右手に持ち替え左手に持ち替え振り回す。


「突けば槍、払えば薙刀、打てば太刀、杖はかくにも外れざりけり──とは言っても真ん中に柄があるならリーチを活かせるわけも無いし……回転かな」

「回転?」

「クルクルっとさ、上段から打った後下段から2撃目を当てたりとか、同じ要領で相手の力を利用してカウンター当てたり」


 リットが手本の動きをしてみせたのだが、ミライはブツブツと呟きながら少し違う動きをして首を捻る。

 リットは何度も同じ動きを繰り返してミライが納得出来るまで教材に徹しようとしていたのだが、惜しい動きをする度に口を出しそうになっては堪えてフラストレーションが溜まっていった。


「こう?こーう!……こうか!」

「そうそれッ!!」


 ミライの試行錯誤の末に辿り着いた正解に対して、より大きな感嘆の声を上げたのはリットの方だった。

 そもそもリットは教える事を得意とはしていない。

 リットを含めた【WoS】のプレイヤーの大半の戦い方は我流──良く言えば実践派、悪く言えばツギハギのデタラメ──なのだ。

 術理が定まった《《正しい》》武術とは異なる無形のソレは他人へと伝承する事を想定していない。


 ならばリットに教えられる事とは何か。

 それはミライが自らと同じように我流を磨く為の基礎を作る事。

 いずれ捨てても構わない、ただ萌芽となれば良いと動き方だけ教えている。


「クルクルーっとね、うん。分かった」


 そう呟いてミライは棒を振り回す。

 円を描いて右へ左へ、それは演舞と言っても良い精密さと激しさを兼ね備える動作。

 先程ミライが適当に行った演舞もどきとはまるで違う、動作の理屈を理解し発展させたもの。


「凄いな……いきなりそこまで動けるものか」

「分かってしまえばコッチのもんよ!次はあれ教えてよ!スキル!」

「教えるって言ったってな……」


 【WoS】におけるスキルとはクラスに紐付けされたもの。

 クラスのレベルを上げる事で習得し、条件を満たしていれば発動する。

 直接の攻撃を行うスキルもバフスキルも発動するには発声を必要として、クールタイムが存在する。


(ステータスを見れない状態で何をすれば良いんだ……?自分が何のクラスをセットしていて、どんな効果のスキルを習得しているのか見る事が出来ないっていうのに)


 そう、これらは全てゲーム的なシステムに基づいた仕様なのだ。

 確認するにはメニューを開いてステータスを見る必要があり、それが出来なくてはクラスの付け替えも叶わない。

 レベルという絶対の指標も無く、HPが表示されなくてはどこまで戦えるか分からず……そもそもそんな数値による管理などされていない事はリットも実感していた。


(スキルのクールタイムは感覚で分かっている。肺に空気が満ちるように、スキルの準備が完了するのが身体感覚の一部のように理解出来る……ならクラスも同じなのか?)


 リットは自分のセットしているクラスを当然覚えているし、使えるスキルも同様。

 しかしそれは転移前のゲームの時点でステータスを見たからだ。

 この世界の〈鋼の民〉はどのようにそれらを把握しているのか、どのようにビルドを組むのかは大きな疑問となる。


「ミライは何かスキル使えるのかい?」

「あはは、まさか。全然武器なんて触ってきてないんだよ?」

「そうか……じゃあどうしたら良いんだろうね?」

「えっ?あたしが聞きたいんだけど……」


 はて、さて、と首を傾げて見合わせて、これより毎朝の日課となる2人の特訓が始まった。

 

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