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2-3 宴を抜け出して


 遠く聞こえる賑やかさを意識の外へと追いやって、リットは夜空に浮かぶ星を眺める。

 もたれかかったバルコニーの手摺は硬く、背もたれとしては居心地の悪いものだったが、かまわず床へ深々と腰を落とす。

 リットは酒で温まった体を冷ます以上に心を冷まして、落ち着けていた。


「北極星に当たる星はこの世界にもあるのかな」


 星座を意識しなければ沢山の輝きが散りばめられた美しい景色として、地球と同じように星空を楽しめる。

 だがよく見れば見知った輝きはひとつもない事に気がつく。

 月も見知らぬこの星の衛星だ。

 一度覚えた違和感は常に意識の側に居座ってリットを苛むものになる。


「地球とはまるで違う……冬の大三角もないのか?はぁ、楽しみがひとつ減った」


 地面に向かってポツリと呟いた言葉は薄れて消えて、ただぼんやりと石畳の蓋を目線で辿る無為な時間が過ぎてゆく。


「リット?大丈夫?」


 そんな時間に終わりを告げる来訪者がひとり。

 ミライは石畳を爪先で叩く音を楽しみながら近づいて、リットの隣で手すりに肘をかける。


「いつも心配されてる気がするよ」

「落っこちたんじゃないかーって気が気じゃないよね」


 冗談めかして笑うミライに釣られてリットも軽く笑い、無言の余韻を少し楽しむ。


「どうしたの?アンニュイな顔してる」

「そう?そうかもしれないね」

「あたしで良ければ話を聞くよ?無言で横に居てもいいし」

「なら弱音を吐き出そうかな」

「どんとこい」


 息をひとつ吐いたあと、リットは内心を少しづつ話し始める。


「考えていたんだ。この城を築いた〈プレイヤー〉はどんな気持ちでこの景色を眺めていたのかって。このどこを見ても故郷とはまるで違う土地でさ」

「つまり……ホームシック?」

「それもあるけど、少し違うかな。僕はここの常識を学んで、ここの人達と親しくなって、少しづつ馴染んできてる」

「馬はまだぎこちなく乗るけどね」

「でもそれだって慣れればぎこちなさは消えるさ。そうやってかつての僕は消えてゆく。故郷を忘れ、ここで生きていくリットに変わるんだ」

 

 立ち上がり、ミライの隣でバルコニーへ座ったリットは固い座り心地の中に落ち着く位置を探してモゾモゾと動く。


「その時僕はどんな人間になっている?もしかしたら力に溺れて簡単に人を傷付ける人間になっているかもしれない。君と旅をするって選択は、その恐怖から逃れる術でもあるんだ。それなら常に僕は異邦人であれる。新たな景色を見続けて、自分には遠い故郷がある事を忘れないようにしないと。何処かに腰を落ち着ける選択肢は今の僕には怖くて選べない。あくまで観光、腰掛けじゃないとね」

 

 丁度良い座り位置を見つけてバルコニーを叩いてみせたリットに対して掛ける言葉を考えて、ミライはうんうんと唸った後思い付いた言葉を発する。


「リットはさ、考えすぎなんだよ」

「自覚してる」

「そうかな?きっとリットは今凄い混乱してる。でも考える事はやめないから頭の中がゴチャゴチャになっちゃってるんじゃないかな?」

「じゃあシグルドのアドバイスに従ってミライに頼ってみようかな。僕はどうしたらいいんだろうね」

「そんなの自分で考えなさい!」

「身も蓋もないな……」


 突き放すような言葉にリットは脱力して苦笑する。


「でもあたしから言えるのはさ、リットは自分の思ってる事全部を状況に結び付けすぎてるんだよ。帰りたいって思いは知らない土地に来たんだから当然!そしてその逆の選択肢に極端過ぎなものを置いてるからどっちに行っても苦しいの。若者なら旅をしたいって思うのも当然だよ!なにせあたしがそうだからね!」


 怒涛の捲し立てにリットは後退り、ミライは勇んで前進する。

 ミライの気勢に押されて目を逸らし、リットは自嘲して笑う。


「僕はそんなに若者然としてる?」

「そんな変な……特別な存在だなんて意気込まなくてもいいんだよ。母さんが言ってたの、自分を特別な存在だと思って全部の重荷を背負わなくてもいいって」


 優しい声色のミライは自分にも言い聞かせるように、過去を懐かしんでその言葉をなぞる。

 

「じゃあもっと……単純な心の動きに従ってみるかな」

「それがいいよ。時には単純な事が効いたりするでしょ?リットにはないの?好きで、これなら嫌な事全部忘れられる事」


 好きな事、と考えてリットは剣の柄を撫でる。

 かつてはこれが1番好きだった。

 この剣を振り回して敵を倒すのが好きだった。

 【WoS】をプレイする事は何より楽しかったのだが、今は少し剣は重たくなってしまったのだ。

 剣から手を離し、しかしそのまま置き場所を失い不自然に宙に留まる手を眺めながらリットは考えた。


「ここには無い、かな。少なくとも今はまだ」

「そっか、やっぱり故郷に帰りたい?」

「それを……諦めかけている。少なくとも500年でその方法は見つかっていない訳だしね。帰るのではなくこの地に家庭を持って、骨を埋める事を選んだプロロ王や君のお父さんを否定する訳じゃないけど、妥協でそれは選びたくないよ」


 また難しく考えているぞ、とミライはクスリと笑うがリットには意味が分からず首を傾げる。

 染み付いたものはそう簡単には抜けやしないものだが、先の事は分からない。


「そのうちリットもここで暮らしたい、ここに帰りたいって思える場所が出来るかもしれない。そう思った時はその気持ちを否定しないでね?」

「あぁ、でもそれはここじゃ無いかな」

「どうして?」

「お酒は正直なところあんまり好きじゃない。この町ではやっていけなさそうだ」


 リットの冗談めかした言葉にミライは目を見合わせて……笑い出す。

 釣られて笑い出したリットの声とミライの声が混ざって夜空へと霧散して消える。

 賑やかさからは離れたバルコニーで少しの間、静寂を2人の笑い声で塗り替え続けた。


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