2-2 歓待
ホワイトファングへ到着した最初の夜、リットとミライはこの城で歓待を受け、部屋を用意されて一泊する事になった。
これは全てシグルドの殆ど強引な提案と好奇心を抑えようとしないミライに反抗する形で豪華さを抑え込んだリットによる譲歩案だった。
大物を倒したのならば、宴で派手に盛り上がるのがこの国の戦士の気風なのだとか。
「本来ならもっと贅を凝らした料理で迎えたかったのだかなぁ」
「報奨金を貰って頼みまで聞いてもらってる身なのにそれは流石に……」
「あたしはどれだけ豪華な料理でも歓迎だよ!」
結果として今晩の夕食は戦士団一同での大きな食堂での宴。
リットとミライは戦士団でも幹部クラスが集まる卓に同席する事になった。
「ミライ殿は健啖家ですなぁ!ウチのひ孫もそれくらい健康に育って欲しいものです!」
シグルドの隣に座るのは戦士団の最年長、シグルドの教育係も勤めた彼の信頼する右腕であるブリンジャー。
長い髭を編み込んで豪快に笑う姿はまさに戦士。
長く生きた事に裏打ちされた知識には戦士団の誰もが──シグルドも頼るほど。
「爺はひ孫の事ばかり話すなぁ。そんなに好きならもう引退して時間を作っても良いだろうに」
「もう子供にも孫にもひ孫にも遺すべき物はもう全て遺しましたからな!あとは殿下と共に戦場にて果てるのみ!」
「俺の戦場で負けは許さんぞ?」
「この岩砕きのブリンジャーを戦場以外で死なせる者など殿下くらいのものでしょうなぁ!」
大口を開けて笑い合う2人に圧倒されるリットとミライ。
いかにも戦士、戦場の住人と言うべき豪快な生き方は、物語のような勇ましい輝きを放ち見る者を魅了する。
この食堂に居る戦士団の面々は皆そうだ。
団長であるシグルドの他、様々な偉大な戦士に憧れて同じ道を進んだ者。
その道の最前線がいま目の前にあるのだと、リットはかつてこれが遊戯だった頃を思い出して郷愁にかられる。
「ならば酒で試してみようか!」
「ハハハ!この大酒飲みのブリンジャーを潰せますかなぁ!?」
そう言ってシグルドはブリンジャーの杯に酒を注ぐ。
並々と注がれた深い赤の液体は杯の蓋をなぞって決壊寸前のダムのように、木の葉を濡らす雨露の曲線を描いて張り詰める。
「ほら!リットとミライも飲むか?」
次いでシグルドは注ぎ口を対面のリットとミライへ向けて尋ねる。
容器の中で酒が波打ち、くらりとするような香りが広がった。
「じゃあ僕は少しだけ」
「あたしは……辞めておく。お酒はね、危ないよ」
「暴れるタイプかい?意外……でもないな。君は陽気さが爆発するタイプだ」
「うーむ。流石に城を燃やされてはかなわんからなぁ」
「そこまで酷くないし!?」
リットの元にも酒が届き、それを口内を湿らすように口に含めば果実の香りが鼻を抜ける。
甘味や苦味や渋みが舌を撫でて喉へと落ちてゆき、後味も少し。
「おぉそうだ。ミライに頼まれていた探し物についてだが……」
「何か分かった?」
「いや、戦士団の連中に聞いたが分からなかった。父の友人の鍛冶屋だったな?この街には鍛冶屋が多い。探すのは苦労しそうだぞ」
「そっかぁ……まずはここだと思ってたんだけどなぁ」
ミライの頼み事、それは人探し。
そもそもミライはこの旅の最初の目的地としてホワイトファングを決めており、リットと出会おうと出会うまいとこの街には来る予定だったのだ。
その理由が父親の友人だとして幼い頃に話を聞いていた鍛冶屋、彼に話を聞く事だったのだ。
「名前も分からずに店の看板だけで探すとは中々の無茶をしますなぁ」
「話を聞いたのがちっちゃい頃だったから覚えてないんだよぉ……」
「ハンマーと竜なんてありふれたモチーフだ、探すのは苦労するぞ。災難だったなリット」
「ゆっくり観光気分で付き合うとするよ」
揶揄うように眉を吊り上げるシグルドに対して楽しげに笑って酒に口を付けるリット。
正確な物価を理解はしていないものの、シグルドから貰った報奨金でなんとかなると分かっている為リットは現状を多少は楽しむ余裕も生まれている。
「ならば空いた時間にでも戦士団の稽古を付けてやってくれないか。模擬戦程度でも良いんだ、若い連中にはきっと得るものがある」
「僕に何か教えられるとは思えないけど……まぁそれくらいなら喜んで」
「じゃああたしも参加しようかなぁ」
「ほう!ミライ殿も戦われるのですか!得物を持たんので気付きませんでしたわい」
「いやぁ、実は埃を被った武器でして……魔法なら使えるんだけど武器がからっきし」
ミライは武器を持たない。
両親から武器の扱いを教わった事も過去にはあったのだが、それよりも母から魔法を教わる方が好きで母亡き後も1人で鍛錬を続けたのは魔法の方だった。
「手から火を出していたね」
「火打石要らずで便利なんだよねー」
「ミライ殿は〈鋼の民〉の血を引き魔法も使えるとなれば優れた戦士となるでしょうな」
「どうだろ?純血の〈鋼の民〉でもなければその力を全部発揮出来るかは個人差あるし」
「そうなのか?」
魔法とは【WoS】には無かったこの世界独自のモノ。
リットは自分が知らないその力をミライは使う事が出来、それに加えて〈鋼の民〉の力を使えるとなれば戦いで相当有利だと思っていたのだが実際には少し違っていた。
「うん、力の一部だけ使えるって人からまるで使えないって人まで。あたしはどうだろうなぁ」
「シグルドは使えるのか?」
「あぁ、スキルから"戦神化"……"コントラクトウェポン"もな」
"コントラクトウェポン"──いわゆる必殺技のようなモノ。
【WoS】の戦闘における駆け引きはシンプルな剣戟、そしてスキルと"コントラクトウェポン"の発動タイミングにある。
この技は武器ごとに設定された特殊効果を発動させるもので、ステータス増加というシンプルな効果からビームを撃つ派手な効果まで様々。
グランドイーター戦では意味がなかった為、この世界に来てからリットは使わないままだった。
「じゃあ魔法は?」
「サッパリだな!俺はやはり己の肉体を動かして武器を敵へと打ち据える方が性に合っている」
「確かにそんな感じだ。僕は魔法使えないのかな?」
「純血の〈鋼の民〉は無理だね。魔力を体内で循環させているから、それを外に出す魔法を使えないんだって」
「……それは初めてのパターンだ」
これまでは【WoS】に存在した事柄はそういうものとして受け入れられていた。
少なくともリットはそのように認識していたのだが、魔法に関しては明確に理屈が存在するというのは新しい発見だった。
「それじゃあ僕らの使うスキルはどういったものなんだい?これは魔力とは関係ない?」
「あるよ。〈鋼の民〉は武器を通して魔力を扱うの、それがスキル」
「……【WoS】における設定もそんな感じだったか。魔力って言い方ではなかったけど。フレーバーテキストに書かれてるような事も思い出す必要ありそうだな……」
酒を啜りながら眉間に皺を寄せ、難しい顔をして考え込み出したリットを見て、シグルドは豪快に笑って自分の杯を呷る。
「リット!悩むのも良いが常にそんな事をしていては潰れてしまうぞ?楽しむ時は楽しむ!悩む時は短く悩め!どうせひとりで長々考えた所で大して内容は変わらん、そういう時は人を頼るなり酒に頼るなりして気分を変えろ!」
「そうだよ〜リットはもっとはしゃいでみるべき!」
「……ふぅ、どうにも考え過ぎるのが僕の悪い癖らしいね。でも酒はコレで十分だ、少し暑くなってきた」
シグルドもブリンジャーもまだまだ余裕といった顔色だが、リットは襟元を手で扇いで少し赤らんだ顔で笑う。
「少し風に当たってくるよ」
そう言ってリットはカップに注いだ水を一気に飲み干して立ち上がる。
賑やかな食堂に並べられた長机、そこで楽しげに仲間と語らい食事と酒を楽しむ戦士達。
その間を通り抜けてリットが向かうのはバルコニー。
扉を抜けて賑やかさに背を向けて夜の暗闇と静寂へと足を運べばそこへ辿り着く。
ホワイトファング城の裏手側、切り立った崖の側にあるバルコニーのひんやりと冷たい手すりにもたれかかれば城下町がよく見える。
とはいえ電気程強い明かりではないので朧げな家屋のシルエットが見えるだけなのだが。
「賑やかなのは苦手だな」
いつかの世界の終わりの日、自分が背を向けたものを思い出し、リットは空を見上げて呟いた。
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