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1-1 世界の終わりと旅の始まり

本日2回更新の1回目です。


24/6/20 一部の書き換えと追加を行いました。

24/6/21 書き換えと追加を行いました。

 カーテンを閉め切った薄暗い室内。

 エアコンは常に稼働して、寒すぎず暑すぎない快適な温度を24時間365日維持し続けている。


 埃ひとつない清潔な部屋には殆ど家具はない。

 簡素なテーブルには部屋の主が珍しく両親へと頼んで購入して貰ったゲーミングPC。

 ファンを回転させ熱気を放出している最中のそれから伸びたケーブルは、隣のベッドまで続いている。

 皺ひとつない白いシーツの上に腰掛ける病的に細い……実際に病に苦しむ者がコードの先端、ヘッドギア型フルダイブ端末を抱えていた。


 青白く細い首に乗せるには些か厳ついハイエンドモデルのそれを被ってベッドに横たわり、筋肉も脂肪も薄い胸を上下させる。

 紙が擦れるような吐息はPCのファンとエアコンの駆動音に掻き消され、しかしヘッドギアの電源を入れた時から弱々しい心臓は高鳴り始める。


 そうして静かにヘッドギアの起動コマンドを唱えれば、身体は眠りに着くようにゆっくりと浮遊感に包まれ……五感は仮想のそれと接続される。


◆◆◆



 気持ちの良い風が吹く……と設定されたある日。まだ陽も高いというのにその要塞の中庭では酒をかっ喰らう者達で賑わっている。

 皆一様に鎧やそれに準ずる戦闘服を見に纏い、大小様々な獲物で武装していた。

 荒くれ者達の喧騒が向けられるのは中庭の中央に位置する開けた空間、アリーナだ。

 剣戟の響きの度に歓声が響くその中に、要塞から日差しの眩しさに目をくらませる、ひとりの青年が加わった。

 茶髪に白い革のコート。

 腰には他の者達と同じように剣を下げ、日陰を見つけてアリーナを見ていた。


「僕の番に間に合ったかな?」


 青年はそう近くにあるバースペースへと問い掛けた。


「えー……リットはそう、次ね。ギリギリじゃない、準備は?」

「バッチリ。常在戦場の心構えだね」


 茶髪の青年──リットが腰の剣を軽く叩いたその瞬間、アリーナではまさに今最後の一撃が放たれて、連勝記録の更新に沸く。

 その歓声の中からゆっくりと、リットがアリーナへと歩みを進めた。

 連勝記録を止める為に。


「よ!待ってました!」

「テーブル吹っ飛ばさないでくれよー!」


 歓声に後押しされてアリーナへと踏み入ったリットが相対するのは、勝利に勢いづく黒髪に黒い革鎧の青年。

 対照的なふたりが対峙する外で、2人の勝敗は賭けの対象にもなる。

 

「俺はリットが勝つのに30賭ける」

「えー?そんだけ?あたしギデオンに60なら賭けれるね」

「……40」

「アンタ自分が所属してるクランのナンバー1とナンバー2に対して40万ポッチしか賭けられないワケ?」


 バーカウンターの内外で、酒を片手に掛け金で揉める男女に対して喧騒の中心に居る茶髪の青年は堪らず声を投げ掛ける。


「なぁ!戦ってる僕らがその賭けで得るもの無いのおかしくないかな!」

「リット!アタシの財布を守ってくれるならいくらでも奢ってあげるわ!」

「キミ僕の負けに賭けてんだろ!?」

「くくっ……心配しなくても俺が勝つさ。なぁリット?」


 黒髪の青年──ギデオンが喉を鳴らして笑い、リットへと挑発的に問い掛けた。


「さてね?通算では僕が勝ってる気もするしさ」

「数えてるのか?」

「まさか。そんなに出来のいい頭してないよ」

「だろうな。なら都合の良い感覚を信じずに事実を見るんだ」


 そう言ってギデオンは手にした黒と銀、2振りの剣を掲げる。


「お前はひとつ、俺はふたつ……単純に考えて俺の方が強い」


 二刀流の剣士ギデオンは銀の剣を突き出す。

 それを見てリットは笑い、腰から剣を抜く。

 幅がやや広く、長さにおいてもやや長い、といった長剣を。


「それでも剣を扱う腕は2本だ。そう変わりはしないよ」


 リットも同じように銀の剣を突き出して、2つの剣は交差して互いに切先を向け合う。


「なら試してみようじゃないか?今日()俺が──」

「あぁ、今日()僕が──」


 相対するふたりは共に剣を構える。

 しかしその間に剣呑なものは無く、口元には笑みすら浮かべて戯れ合うよう。


「──勝つッ!」


 刀身がぶつかり合い、飛び散る火花とそれすら置き去りにして速く、速く駆ける剣戟。


 これはある輝かしい日の事。まだ終わりなど微塵も存在しなかった、永遠に続くと思った過去の事。


◆◆◆


VRMMO【WAR of STEAL】は比較的に長く続いたタイトルだった。

 戦闘の基本はシンプルな白兵戦。魔法や飛び道具を廃した拳から槍までのリーチで戦う単純かつ、それ故に奥深い戦闘は多くのプレイヤーに愛されてきた。


 しかしそれはVRゲームの技術の制約の中で生まれた傑作止まりでもあったのだ。

 白兵戦に絞ったのは仮想空間で多数の情報を取捨選択する術を持たなかった為。技術の進歩で制約が無くなれば、より優れたタイトルがリリースされて【WoS】からは人が徐々に減っていった。


 愛を持ったプレイヤー達の根強い人気で想定上のロングランとなったタイトルにも終わりの時は訪れる。

 サービスの終了の知らせは悲しみの声が多く上がったものの、長い間ありがとうと感謝の声も同じ……否、それ以上に聞こえる勇退と言えた。

 サービス終了当日に運営主導でイベントは行われなかったもののプレイヤー達が自主的にパーティを開き、全盛期に比べれば決して多いとは言えない人数ではあったがプレイヤー達がゲームを始めて最初に降り立つ拠点となる【フォージ】に集まった。


 それぞれが思い思いに騒ぎ、耽り、武器を交える。デフォルトのログイン地点である為によく目に馴染んだこの場所で、しかし馴染む事が出来ない者もいる。


 リットもその1人だった。

 彼はプレイヤーの中でも相当に熱心に【WoS】に打ち込んでいる、いわゆるヘビーユーザーと言える。実装されたコンテンツの大半は遊び尽くして、攻略の為のデータのほぼ全てが彼の頭の中に入っていた。

 1日の大半をゲームの中で過ごして、現実の体に戻る事を嫌った。

 何度同じ敵を倒しても新鮮な楽しみを見出して、強敵に挑む事をやめなかった。

 思い通りにならない現実からの逃避だったのかもしれないが、それ程までに彼は【WoS】を愛していたのだ。


「もうプレイ出来ないなんて実感湧かないなぁ……」


 自分に言い聞かせるように、あえて声に出したその想いは電子の夜空へと消えてゆく。

 【フォージ】から離れ、リットが自然と足を運んだのは【WoS】をプレイして最初に訪れる事になる戦闘エリアである森林、ヒルトフォレスト。


「懐かし……無駄に冒険心働かせちゃって迷ったんだよな。人が少ない方に進んでいってさ」


 かつての蛮勇に苦笑して、思わずそばに居た仲間を想起し横を見るが隣には誰も居ない。

 意識的に発した声は誰に届くことも無いのだ。

 リットは他の多くのプレイヤー達と違わずクランに属していた。

 しっかりとした連帯感の元に動くような集団性がある訳でも、決して一線級と言えるような強豪でもなかったものの、彼にとってはかけがえのない居場所だった……のだが。


 しかしその場所も【WoS】の衰退と共に人が減り、かつては賑わっていた本拠地である要塞も静寂が満ちるようになっていた。


 リットは悔しかったのだ。

 自分の大好きなモノが忘れられる事が。


 リットは嫉妬していたのだ。

 【フォージ】に集まるプレイヤーに思い出を分かち合う仲間がいる事に。


「お前まで離れていくのかよ、ギデオン……」


 【WoS】の拠点に汚れという概念はない。それ故にかつては賑わっていた場所から人が消え、使われる事がなくなったとしても清潔なまま……輝かしい思い出のままそこにある。

 だからこそリットには我が家とも言えるその場所ががらんどうになってしまった事が受け入れられない。無二の親友と思っていた存在が自分をこの世界に取り残していった事が信じられない。


 リットは腰に下げた愛剣の柄を撫で、冒険や決闘に思いを馳せる。

 

「お前ともお別れか?寂しくなるよ……ありがとうな、本当に」


 木々の隙間から差し込んだ月光が、銀の装飾を施された剣に反射して美しく輝く。

 殆ど意味のない細かな数値の大きさを求めて何度も狩りをして得た素材から作り上げた仮想の剣には、データ以上の重みが宿っていた。

 剣だけではない、このリットというアバターもそうだ。

 【WoS】がサービス終了したならば、リットはもう2度と冒険する事が出来なくなる。

 それは自らの一部……それ以上の半身とすら思う彼にとって、【WoS】の終焉とはある種の死でもあった。


「もっと……もっとここに居たかった。終わりたくない、終わって欲しくない」


 リットの感情の吐露が森の静寂へ溶け込む。


「だってまだ楽しいじゃないか!勝てない強いプレイヤーだって大勢居る!何度も倒した敵だってまだまだ倒し足りない!」


 堰を切ったように溢れるリットの言葉は悲しみも、当て所もない怒りも内包して消えてゆく。


「まだ……もっと……!ここが僕の全て──」


 その言葉を言い切る前に無慈悲にも【WoS】のサービスは終了し、世界は光に包まれる。

 現実の、ベッドの上でダイブ端末を被った身体へと引き戻される事に対する拒否から全身を強張らせるも、眩い光はリットの視界を埋め尽くし再現の甘い五感はその明瞭さを薄れさせ三半規管が狂い酩酊感を残して──


 ──五感は急速にその主張を強めた。


「っ……!?何が──」


 最初に復活した五感は聴覚。

 木々が揺れ、葉が擦れ、森の住人達の蠢く音。


「──起きた……」


 次に復活したのは視覚。網膜が捉えた光がリットの脳を刺激して、言葉を紡ぐ事を忘れて呆然と立ち尽くす。


「……森?」


 目の前に広がるのは視界が光に包まれる前と変わらず森。しかしそれは数秒前の景色とは明確に異なると、リットは全身を苛む違和感から察していた。


「違う。ここは、【WoS】じゃない」


 誰に語りかける訳でもなく、自分が状況を咀嚼する為に口にしたその言葉にリットは思わず苦笑する。


「でもこれは……さっきよりも数段《《リアル》》だ」


 揺れる木、震える枝、ひらめく木の葉は【WoS】にもあった。しかしそれらとは明確に異なる、現実感というものがそこにはあった。


「感覚もこんなに明瞭じゃな……?HUDがない。どこ行った?」


 本来ならば視界の左上に存在する見慣れた人工的な緑のHPバーはそこには無く、代わりに広がるのは自然の緑色。

 【WoS】の操作に倣い視界の外から画面を引っ張り出そうと、見えない壁を指でなぞるように奇怪な動作を続けどもリットの視界にはただ森があるだけ。


「これは……はは、エクストラステージってやつ?」


 内心に渦巻く不安を誤魔化すように呟いた強がりが夜の闇に消え、リットは見知らぬ土地に1人きりである事を否応なしに実感する。

 だがしかし、その胸中に確かにある期待は見て見ぬ振りが出来ない程に心臓を高鳴らせていた。


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