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俺は攻略対象者


 次に目が覚めたのは、ベッドの上。1つの部屋に10個ほどの小さいベッドが並べられていた。

 隣にはセドリックがすやすやと寝ていた。その姿に安心感を覚えたけれど、この部屋は誘拐された子どもがいるにはあまりにも丁重に扱っている。

 きっと俺たちは助かったんだろう。

 子供達の拘束は解かれて、麻袋も見当たらない。周りには、寝ている子供もいればずっと泣いている子供もいる。

 天井に近い壁には、ステンドグラスがある。そこには4つの風景が描かれていて、季節を描いているものだと分かった。でも、そこに写っている植物や木は見覚えのないものしかなく、それなのにただただ美しかった。ぼうっとステンドグラスをみていたら、教会でよく流れる音楽が静かに聞こえてきた。

 ああ、そうか。ここは教会だ。

 誘拐されて助けられたのはわかったけど、教会に保護されるのか。

 ガチャ。と音がして、扉に視線を向けると、そこには女性がいた。

 黒を基調にしたワンピースの鎖骨部分は開いていて、ロングスカートの部分に大きく十字が描かれている。シスターの格好にしては少し上半身の露出はある気がするけど。

 目は大きく薄い青で、まるで昼の澄んだ空みたいだ。だけど、なんというか……ギラギラしている。

 ん?でもおかしい。

 シスターの首の中心には見慣れない紋章のタトゥーがあった。耳には大量のピアス。優しい顔で大丈夫?と言っているその姿はまさにシスターだけど、舌にもピアスがある。こんなにピアスやタトゥーをして、それでシスターの恰好をしているのが不思議で仕方なかった。

 1人に声をかけ、連れていく。戻ってくるとまた1人声をかけ、連れていく。寝ている子供はそっと抱きかかえて連れていく。徐々に近づいていく。

「次は君だよ。いこっか」

 小さくうなずき、俺はついていった。



 



 部屋は、どうやらこの女性の部屋のようだった。簡素な部屋だが、どこかいい香りがする。

「まずは自己紹介するね。私はリメウィリー、気軽にメウィて呼んでいいし、敬語もいらないから」

 そう言いながら微笑むその声に既視感があった。

 君は?という質問が来て、ノエルと答えた。フルネームの方がよかったのだろうか。

「……ノエル。ノエルね!よろしくねぇ」

 一瞬表情が曇った気がしたが、すぐに笑顔になった。

「大体わかっていると思うけど。ここは教会で、ノエル達が誘拐されているところを偶然私が見つけてね。端的にいえば、誘拐を阻止した形になるのかな?それでそのままここに連れてきたんだけど、体調はどう?」

 やっぱり、俺たちは助かったんだ。

「大丈夫」

 そう小さくうなずく。

 少し目を細めて俺のことを見るメウィは、なにかに思いを馳せているようだった。でも俺は、こんな奇抜なシスターを見たことがない。


「ねえ、ノエル。あなた、今日不思議なこと起こらなかった?」


 見つめ合いの沈黙の後聞かれたそれは、予想外だった。大方、家はどことか親は何してるのとか聞かれると思っていた。

「え?特に、何も」

「本当に?不意に目を逸らせないようなくらい印象的な女性に会わなかった?」

「……え」

 確かに今日、リーナに会ったとき、なぜか目を逸らせなかった。ずっと見ていたいような引き付けるようなそんな不思議な感覚。だから、セドリックと楽しく話すリーナの顔を見ていたくなくて空を見ていた。

「やっぱり。物語はちゃんと進んでいるようね」

 呆れたように座るメウィは少し力なかった。

「物語?」

 なんでそこでその単語が出てくるんだ。

「この世界は、ある物語の1つが具現化してしまったものなの」

 そこから語られた話は、到底信じられないものだった。

 この世界は、別の世界線では『げえむ』という物の中で存在している物語である。

 その物語は、主人公である花屋の少女が聖魔法に目覚め、王宮の中に行き、攻略対象と恋愛して幸せな結婚をする。

 攻略対象は複数人いて、この国の第2王子、宰相の息子、騎士団長の息子、そして教師。

 そして物語の初めは、主人公が花屋で攻略対象と会うところから始まる。

「俺はその攻略対象の1人……?」

「そうよ。信じられないと思うけど、もう物語は始まっているわ。だって、攻略対象者であるノエルと、あの隣にいた子。あの子も、攻略対象者でしょ。そしてあの花屋の少女であるリーナに会った」

 今日起こったことを何もかも言い当てられた。花屋の少女の名前も、その時抱いた不思議な感覚も。嘘だというには精巧すぎる。

「じゃあ、もしそれが本当なら、俺はあの少女と結婚することになる?」

「さあ?もしかしたら今あげた攻略対象者全員と愛し合う場合もあるから、必ずしも結婚するとは限らないわ」

 は?涼しい顔で紅茶を嗜みながら言っているけど、俺にとっては一大事だ。全員と愛し合う?この国は一妻多夫の法律はないぞ?

 体に悪寒が走る。たった1人の女性を囲って面倒な男同士で奪い合う。そんなこと想像するだけで気持ちが悪い。

 それでもまだ、今話したことが嘘である可能性の方が高い。でも、リーナを見て何かしらの感情が出た自分を否定することができない。

 少なくともセドリックは惚れているだろうし、もしこのリーナを見て出てきた感情が、物語によって仕組まれた感情なら、怒りが湧き上がってくる。このままだと俺は、物語の中に組み込まれるかもしれない。得体のしれない恐怖が俺のまわりを渦巻いているようだった。

「ノエルは、自分の道は自分で決めたい?盲目的に平民出の聖女様に恋い焦がれるような人間にはなりたくない?」

「ありえない……」

「本当にありえないと思う?あの時、リーナしか見えなかったんじゃない?」

 盲目的になる……リーナを見たときの感覚はそれと似たような感覚だった。

 もし俺が、盲目的に恋い焦がれるような人間になるとしても、セドリックのような恋愛脳と同じになるのは嫌だ。

 俺は、父さんの跡を継いでいきたい。家族にだけは迷惑かけたくない。

「じゃあ、物語に逆らわなくちゃね?」

 途端に近づいてくるメウィに俺は身構えた。お互いの鼻がくっつきそうになるほど近くまできたメウィの目は吸い込まれそうなほど綺麗だった。

 

「このまま、この教会にいなさい。それが、この物語から外れる一歩になるわ」


 少しだけ押し返して距離を取った。

「どうしてそう断言できる?この教会も物語の中にあるかもしれないのに」

 今この世界はそこからどこまで『物語』なのか俺にはわからない。

「いや、それはないわ。だってこの教会は私が作ったから」

 わざわざ立って圧倒的な自信で言うメウィの意味が分からなかった。

「ふふっ。困惑している表情いいわね。もし今の物語が本当だとしたら、どうしてそれを知っていると思う?この物語は世界を作っているはずなのに、なぜその世界を知っているんでしょう?」

 先生が生徒に出すような初歩的な問題の感じで出すけど、俺にはいまいち理解できなかった。でも、1つだけありえない仮説はできる。

「世界の『外』から来た?」

「正解!良く分かったわね。さすが攻略対象者」

 大きい拍手をもらっても何1つ嬉しくなかった。

「……どうも」

「私はね、別の世界からきているの。だから、この世界の物語を知っている」

「何の目的で?」

「仕事、かな。人間みんな仕事するものでしょ?私の世界は、別世界のすべてを調べるのが仕事なの。国政から農作物、どんな動物がいるか流行の服までいろいろ。とにかく全部。私の仕事は、この物語について調べること」

 メウィの言う事を全て信じることはできない。でも確かに言えることは、首にある紋章は全く見たことないものだし、耳や舌にもピアスがあるシスターなんて見たことがない。この世界に存在しない人かもしれない。それだけは薄々思えてきた。

「でも、物語を調べるならなんで俺に選択肢を与えられている?そのまま帰らせて本当に物語が進行するか調べるんじゃないの」

 すっかり夜になった窓の外を見つめてるメウィ。

「私のお気に入りの子に似ているから、助けてあげようかなあってだけ」

 少しだけ目を細めてどこか懐かしそうにしている。

「セド……セドリックは、どうなる?セドリックもこの教会にいさせる?」

「……いや、それは無いわ。あの子は第2王子でしょ。こんな教会にはいれないのがオチ。あ、ノエルは教会にいるでしょ?」

「無理だと言ったら?」

「少女と恋に落ちるだけよ。よかったわね」

 無関心のような突き放し方。俺がここに残ることは確定のようだ。

「いる。教会に」

「そう、分かったわ。じゃあそろそろ戻ろうか」

 少しの優しい微笑みを向けられるとどうしていいか分からなくなる。

「うん」

 俺はもう、屋敷へ戻ることなく教会にいることが決定した。

 自分の運命を、自分で決めるために。


 



 結局セドリックはそのまま寝かせたままで、ほかの子供を連れて行った。きっと今日はこのまま寝かせていくんだろう。

 さっきまで騒がしかったこの部屋も、徐々にまた寝る子供が多くなってきた気がする。まるで嵐のようだ。いったいこの中で何人が残るのだろう。

 俺はこれからどうなるんだろう。

 『物語』が本当だとすると、俺は本来であればリーナと恋に落ちる運命であるらしい。

 この教会にいれば、『物語』の外側でいられるらしい。

 全部が可能性の中の話だけど、使い物にならない未来より、俺は、自分で考えられる未来を選びたい。

 家族に手紙鳩の魔法を使い、今の状況と俺はこの教会にしばらくいることを伝える。少し開いている窓から手紙鳩が飛ぶ。

 ぼんやりとベッドで転がりながら今後のことを考えていると、自然と瞼は落ちていた。



 



 ぱち。目が覚めた。

 外はまだ夜で、部屋の中も少しの明かりだけだった。他の子供もみんな寝ていた。横を向く。

「あれ……いない」

 セドリックがいない。俺はベッドから降りて部屋の外に出る。まずは、メウィの部屋に行く。

 そこには、メウィとまったく知らない女性。その女性がお姫様抱っこしているのはセドリックだった。

 その女性には、とても珍しいネックレスがかけられていた。しかも、随分と珍しい宝石を使ったネックレス。

「あ、ノエル」

「セド……」

 セドリックはすやすやと寝ていた。

「あぁ、この子を返しに行こうと思ってね」

 じゃあこの状態は何だ。

「誰、この人」

「そんなに警戒しなくても大丈夫よ?これは、私の命令に従ってくれる人だから」

 その女性の目には生気が宿っていないようだった。それに人に対して『これ』というのはおかしい。

「大丈夫なの?」

「平気よ、そんな怖い顔で見つめないであげて?」

「俺もついていく」

 街にそのまま置かれたりされたらまた誘拐される。それに今、父さんが探しているはずだし説明するにはちょうどいい。

「ダメよ。転送魔法で飛ばすのはこの子と彼女だけ。私が一緒に行くわけではないから、ノエルもついて行けないわ」

「転送魔法が使える……?」

 転送魔法は王国魔術師くらいの魔力が高い人のなかでも限られた人しか使えない。

 しかも1回で大量の魔力を消費するため、重要なことにしか使えないはず……それをただのシスターが?いや、ただのシスターではないか……。

「ふふ、疑ってる。疑うことは正気の道に進んでいる何よりの証拠だからもっと疑いなさい?」

 生気のない女性の横で妖艶に微笑んでいるメウィは、まるで魔獣に遭遇したかのような恐怖があった。

「……じゃあ、転送魔法の行先を指定させて。レオナルド・ガレッティがいる場所にしてほしい」

「レオナルド・ガレッティ?」

「俺の父親で王国騎士団長。誘拐されたとき追跡の魔法は残しているから、誘拐されたことは気付いているはず。それに今日出かけることも言っている」

「そう、わかった。見た目を教えて」

 紙とペンを取り出したメウィ。どこか面倒くさそう。俺はメウィに身長と体格、ボサボサの肩まである目と同じ赤い髪、濃い髭、豪快な人柄だと伝えた。

「ふぅん、こんな感じかな」

 チラッと見た紙にはレオナルド・ガレッティが描かれていた。

「この人間を探す、その人間にこの子を渡して終わり。いいね?」

 人相の紙を女性に向け、呪文のように話すメウィとこくりと静かに頷く女性。俺は、この女性が生きているのかわからなくなった。

「じゃあよろしくね」

 メウィが魔法を唱えると、女性とセドリックの下に魔法陣が現れ、消えていった。

「セドは無事に戻れる?」

「大丈夫よ。そんなに心配しなくても平気。もうこんな時間だから、戻りましょう」

 メウィは俺と一緒に、俺がいた部屋へと戻りベッドに入るまで見守っていた。

 俺は急にきた眠気に耐えられなくなり、瞳を閉じた。






よろしくお願いいたします!

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