9話。幼馴染に戻って来いと言われるが、もう遅い
しまった。ティアがヘルメスから婚約破棄されたことは、まだ公式には発表されていなかった。
ヘルメスの正体を隠す上では、失言だった。
「くぅううう! そう、レナ王女から聞いたのね……!? なんで、レナ王女がヘルメス様の婚約者候補になっているのよぉおおお!」
地団駄を踏むティアは、いい感じに誤解してくれた。やっぱり、俺がヘルメスだとは思ってもいないようだ。
「……お父様が元々、わたくしとヘルメス様の婚約に前向きでしたので。今までは、ヘルメス様のお気持ちを優先して、ティア様にその座をお譲りしていたのです」
レナ王女は困り顔になりながらも品良く答える。
「ですが、すでにヘルメス様のお気持ちはティア様にはなくなってしまいました。そこで、わたくしが立候補させていただいたのです。残念ですが、これも我が王国の繁栄のため。どうか、ご理解いただけませんか?」
「バ、バカにして! 一昨日会った時に、内心では私のことを嘲笑っていたのね!? この泥棒猫ぉ! 絶対に許せない!」
ティアは目尻に涙を浮かべて、レナ王女を睨みつけた。
「ヘルメス様が、私を婚約破棄するなんてあり得ないわ! どうせ、あんたが私の悪口を有る事無い事、ヘルメス様に吹き込んだんでしょう! 悔しいぃいいい! 王女だからって、やりたい放題して!」
「お、おい、ティア。いくらなんでも、姫様に対して失礼だぞ」
場合によっては、不敬罪に問われかねない暴言だった。
レナ王女は権威を無闇に振りかざしたりはしないが、誰が聞いているかわからない。
「あんたは黙っていなさい! そもそも、なんで、そんなにレナ王女とくっついているのよ! レナ王女! ロイにまでチョッカイ出すなんて、どういうつもりなの!?」
「えっと、それは……」
レナ王女は返答に窮して口ごもった。
「俺のバフ魔法のためだよ。新しく覚えた魔法が、身体に触れないと使えないタイプだったから、レナ王女に練習に付き合ってもらっていたんだ。レナ王女、婚約者がいらっしゃるなら、今後はこういったことは慎みます。申し訳ありません」
俺はレナ王女から離れて、頭を下げた。
「ロイ様……! はい、わたくしは婚約者がいる身ですものね。今後、こういったのことは、婚約者のヘルメス様と励みますわ」
レナ王女は瞳を輝かせて、言い放つ。
しまった。まだ、レナ王女と婚約した訳ではなかったが、今ので半ば言質を取られてしまったかな。
「ヘルメス様と密着して、魔法の練習! えへへっ、今から楽しみです」
誰もそんなことをするとは言っていない。
姫様は若干、暴走気味だったが、ヘルメスではない俺に拒否する権利はない。
「はぁああああ……っ!? ヘルメス様が本当に愛しているのは私なのに、何、勝手なこと言っているのよ!?」
ティアが勝手なことを叫んだ。
何を根拠に、ヘルメスが自分を愛していると思い込んでいるんだ?
国王陛下から、ヘルメスとの婚約破棄を告げられたハズなのに、まだあきらめていないのか?
「ロイ! もう一度、私とパーティを組みなさい! 協力してヘルメス様を探し出して、なんとしても私の想いを伝えるのよ!」
「はぁ……っ!?」
俺は呆気に取られてしまう。
えっと、どこから突っ込めば良いんだ……?
「ティア様! ロイ様はすでにわたくしのパートナーです。横暴にも程がありますよ!?」
レナ王女が俺の右腕を、絶対に逃がすものかと言わんばかりに掴んだ。
「あっ、いや、姫様、またしても胸が当たっているんで、ちょっとやめてください!」
「はぁ!? ロイ、なにあんたデレデレしているのよ! 幼馴染なら、私の言うことを聞きなさい! あんたは私のモノなんだからね!」
ティアも俺の左腕を掴んで引っ張る。
私のモノってなんだ? 俺は物扱いか……?
「ティア。悪いけど、俺はお前に追放されて、もうレナ王女のパートナーになったんだ」
俺が断ると、ティアは心底信じられないといった顔をした。
「それにティアは、ヘルメスから婚約破棄されたんだろう? もし探し出せても、ガッカリする結果になるだけだと思うし、もうヘルメスのことは忘れて……」
「うるさい……っ!」
ティアは俺の話を怒号で遮った。
「ロイの癖に、この私の誘いを断るなんて生意気にも程があるわ! もう、いい! ひとりでヘルメス様を探し出してやるんだから!」
ティアは絶叫して、駆け出して行ってしまった。
「わ、わがままな方ですね……」
「昔は、こうじゃなかったんですけどね」
聖女、聖女と褒め称えられて、ティアはすっかり傲慢になってしてしまった。
幼馴染としては、心配になってしまうな……
その時、俺の【クリティオス・カスタム】に緊急通信が入った。相手は国王陛下だ。
なにごとかと、慌てて通信をオンにする。
「た、大変じゃ、ヘルメス様! 封印されていた終わりの魔獣【ケルベロス】が復活し、ヴァレンヌの街に向かっておるようじゃ!」
空中に投影された国王陛下の立体映像は、顔面蒼白になっていた。ヴァレンヌの街は、今、俺たちがいる場所だ。
「まさか……っ!」
この前のドラゴン召喚といい、これは偶然ではないな。
狙いはティアか。はたまた、ティアの婚約者と思われているヘルメス。つまりは、この俺だろう。
クソッ、もっと早くティアとの婚約破棄を発表すべきだったかも知れない。
「ティアが危ないかも知れない。レナ王女、急いで追いかけましょう!」
「はい!」
俺とレナ王女は、慌ててティアの後を追った。
ティアにはもはや愛想が尽きている。恋愛感情は残っていない。
それでも、ティアはずっと一緒に暮らしてきた幼馴染だ。その身を守らなくちゃならい。