68話。幼馴染、聖竜機バハムートの真の主となる
【聖女ティア視点】
「きゃああああッ!?」
シルヴィアの身体が浮いて、空の彼方に飛んで行く。
ロイのくれた空飛ぶ腕輪の使い方は、ここ数日でマスターしていた。シルヴィアは鷹も追いつけない速度で、しばらく飛び続けるわ。
「助かった。聖女よ。我が主を逃してくれたことを感謝する」
「フンッ! こんな裏切り者の思い通りになんてさせないわ!」
風竜機が厳かな声で感謝を述べる。
私は腕組みをして、精一杯強がった。
ランディが私たちを人質にするつもりなら、最悪殺されることは無いハズよ……!
「ランディ、シルヴィアさえ無事ならロイは、きっと思いっきり戦えるわ。聖竜機バハムートと【竜融合】した機神ドラグーンはすごいんだからね。降伏するなら今のうちよ!」
私は指をランディに突きつける。内心は怖くて足が震えていた。
できれば、コイツには改心してもらいたいところだけど……
「ハッ! 浅知恵だな。時間稼ぎにもならねぇよ。まず風竜機をぶち壊して、お前の息の根を止める。それから下級悪魔どもを使ってシルヴィアを捕まえても十分、余裕がある。俺の計画に、なんの支障もねぇ」
「えっ……?」
「まさか、自分は殺されないとでも思ったか? おめでたいなティア。お前の言う通り、シルヴィアさえ確保しておけば、ロイに対する人質は十分だ。お前らはダメ押しのオマケだ。めんどくせぇ抵抗をするようなら、殺って終わりにするだけだ」
「うっ、うううう……ッ!」
あまりにも強烈な殺意を浴びせられて、私はたじろいだ。
「あんま俺を舐めるなと、最初に教育しておいたハズだぜ。分をわきまえろよ、Dランク」
ランディは嘲笑った。
すごく怖い。すごく怖いけど、もう賽は投げられた。
「そ、そうよ、私はバカで実力もないわ! でも、それでも、あの人の……ロイの幼馴染だって、胸を張って言いたいのよ!」
「なにっ!?」
私は【ドラウプニルの指輪】をポケットから取り出して嵌めた。
これは村で再会したロイが、コッソリ私に渡してくれたものだった。使う寸前まで、隠しておくように言われていた。
もしかするとこういった事態を、ロイはある程度、予測していのかも知れないわ。
「輝け【聖拳】!」
風竜機の拳を、聖なる輝きがコーティングする。これは打撃武器に聖属性を付与するバフ魔法よ。
「聖女よ。ありがたい。これでベヒーモスに対抗できる」
風竜機が拳を構える。
指輪の力で5倍にまで効果を高めた【聖拳】なら、ベヒーモスにもダメージを与えられるようになるハズだわ。
「ロイは私をずっと助けてくれた。こっ、こここ、今度は私が命がけで応える番よ!」
どうせ殺されるなら、全力で戦ってやるわ。
時間さえ稼げば、きっとロイが戻ってきて、お父さんやみんなを救ってくれるハズ……ッ!
突然出現した巨大モンスター【 ベヒーモス】に、村は大混乱に陥っていた。
「ティア、逃げろ! この村は放棄する!」
お父さんの大声が聞こえる。みんなは、逃げることにしたみたいだった。
だったら、私がコイツらを足止めをしなくちゃね。
「ハッ! しょせん、ロイの力を借りなければ何もできねぇ【お漏らし聖女】が! イキがるんじゃねぇ」
ランディが地面を蹴って、私に猛然と突っ込んできた。目にも止まらないスピード。
「させぬ!」
風竜機の輝く拳が、ランディを打ち据えた。ランディは腕をクロスしてガードしながらも、顔を痛みに歪める。
「やった。効いているわよ!」
「我が主、シルヴィアの命令だ。聖女ティアを全力で守るようにとな」
「えっ!? ホント!?」
これで、ほんの少しだけど希望が出た。なにより、シルヴィアが私をちょっとでも認めてくれたことが嬉しかった。
「ちっ、スピードだけはありやがるな!」
ランディは舌打ちと同時に、風竜機を殴り返す。両者の拳が激しくぶつかり合い、空気が震えた。
生身でオリハルコンの巨大ドラゴンと殴り合うなんて、ランディは完全に人間を超越しているわ。
「ベヒーモス、ティアを踏み潰ぜ! ソイツを殺れば、風竜機にかけられた聖魔法も消える!」
「はぅ!?」
ベヒーモスが私に突進してきた。
こんな化け物に対抗できるような魔法は、持っていないわ。
「聖女よ!」
風竜機が風の刃を撃ち込んで、ベヒーモスを止めようとする。けれども、その巨体は小揺るぎもしない。
思わず死を意識したその時……!
目前で爆発的な光が溢れて、ベヒーモスの巨体が弾かれた。
「えっ? ル、ルーチェ……?」
輝きを発するのは、一糸まとわぬ姿の大聖女ルーチェだった。その姿は透けており、空中に浮かんでいた。
ど、どうして彼女が、ここに? 確か、S級ダンジョン最下層は、空間転移が封じられているって、ランディが……
「私はルーチェであって、ルーチェではありません。ロイの母、セリカです」
「はっ?」
言っている意味がまったくわからなかった。
ロイのお母さんは亡くなったハズだし、彼女の外見は10代の少女だった。
「私は天に召された後、天使に昇格しました。そして、あの子らを守るために、天の理に背いて、再び降りてきたのです。ルーチェの中に宿って」
ルーチェの背には、輝く翼が生えていた。
清らかで荘厳な雰囲気。ま、まさか、本当に天使なの?
「ティア。私はあなたに【聖竜機バハムート】の主たる資格有りと認めました。どうか聖竜機で戦ってください」
私はビックリ仰天した。
「えっ……? でも、聖竜機の主はルーチェなんじゃ?」
「正確にはルーチェは聖竜機の頭脳であり、主と聖竜機を繋ぐインターフェイスです。聖竜機の真の力を引き出すためには、主たる者を必要とするのです」
突然のことに、私の理解が追いつかない。
うれしい気持ちもあるけど、私の実力はDランク並よ。とてもレナ王女やシルヴィアみたいに、竜機シリーズの力を引き出せるとは思えないわ。
度重なる挫折で、私は自分の才能の限界を思い知らされていた。
「大丈夫です。今のあなたになら、聖竜機を使いこなせます。自分の弱さを知りながらも、愛する人のために戦おうと決意したあなたになら。さあ。呼んでください……」
それだけ告げると、ルーチェは幻のように空中に溶け消えた。
「なにッ!? 天使だと!?」
それが白昼夢ではなかったことは、ランディが目を剝いていることからも明らかよ。
……な、なら、私のやるべきことはひとつよね。
「お願い来て! 聖竜機バハムート!」
ズドォオオオオオーン!
巨躯が空間転移してきた。
威風堂々たる聖銀製の白竜。聖なる力を宿した聖竜機バハムートが、私の呼びかけに応えて、出現した。