67話。幼馴染、ヘルメスの正体を知って死ぬほど後悔する
【聖女ティア視点】
「あっ、あ、まさか、あなたは……っ!?」
シルヴィアがガタガタと歯の根も合わないほど、震えていた。その怯え方は、尋常ではない。
「よう。シルヴィアだったけか? あの時のガキが大きくなったな。まったく、俺に狙われて生き延びるなんざ、運の良い小娘だ」
「ちょっ、ちょっとランディ!? ロイがヘルメス様だって、どういうことなの!? それに殺すって……?」
私はシルヴィアを庇うように前に出た。
いざとなれば聖魔法の障壁で、いつでも彼女を守れるように準備する。
突然のランディの告白に、頭が激しく混乱していた。
「ティアからの依頼だったよな? ロイの正体を暴けってよ。いいぜ、解説してやる。決め手は、ヘルメスがこんな田舎村に、わざわざやってきたことだ。これが陽動で、その隙に王宮がまた襲われる可能性があるってのに、おかしいだろう? せいぜいレナ王女やそこのガキあたりを派遣するのが自然だ」
ランディは悪意の滴る声で続ける。
「それ以前に、ロイがお前に渡した空飛ぶ腕輪も、完全なオーバーテクノロジーだった。おそらく、ルドラを見て重力制御魔法の理論を完成させたんだろうな。婚約パーティーでの替え玉には、俺もまんまと騙されたが……まっ、バカな幼馴染を切り捨てることのできないヘルメスの甘さが招いたミスだってことだ」
えっ……ま、まさか、本当にロイがヘルメス様だったの?
婚約パーティーの最中に、冒険者ギルドにいたのは替え玉?
心臓を鷲掴みにされたように、胸が苦しくなった。
だ、だとしたら、私は今まで、なんてバカなことをしてきたの……?
4年前に魔物から私を助けてくれたのもロイだった。それからも、ずっと、ロイは陰ながら私を守って支えて……
なのに、私は感謝もせずにずっと、彼に尊大な態度を取っていたってこと?
羞恥と後悔に、身が押し潰されそうになる。
「それでヘルメスの正体は特定できた。ついでに弱点もな。ヤツは親しくなった人間を切り捨てられないクソ甘ちゃんだ。錬金術師としては天才かも知れねぇが、戦士としては三流以下のゴミだな。そういうヤツは、すぐにおっ死ぬのさ。俺は何度も目の当たりにしてきた」
「お、お兄ちゃんをバカにしないでよ! この人殺し!」
シルヴィアが怒気と共に、風竜機に命じる。
「コイツをやっつけて、風竜機シルフィード!」
「承知ッ!」
風竜機は、巨腕をランディの頭上に叩きつけた。
「えっ!?」
だけど、ランディはその一撃を両手で受け止める。に、人間業じゃないわ。
「へぇ~、痛え。俺が悪魔王の血を引いていなきゃ、今のでペシャンコだったな」
「悪魔王の血ですって?」
「【薔薇十字団】の連中は、みんな神の血を引いているが、俺は例外。悪魔王の血を引いているのさ。そのおかげで、暗殺やら汚れ仕事ばかり押し付けられているって、訳さ。まぁ、ストレス解消も兼ねて、楽しんでやっているがな」
「ぬっ!?」
ランディが力を込めると、風竜機が吹っ飛ばされて、木々をなぎ倒して転がった。
すごい、怪力だわ。な、なななんなのよ!?
「安心しろ、すぐに殺しはしない。お前らには、人質になってもらう。それで、ヘルメスの抵抗を封じて、ジ・エンドって筋書きだ」
「いっ、いい、今すぐヘルメス様に連絡を!」
コイツには私の力じゃ、かないこないわ。
私は【クリティオス】を取り出して、ヘルメス様に連絡を取ろうとした。
一瞬、ロイがヘルメス様であることが浮かんで、なんて呼びかけようか躊躇してしまうけど……
「ああっ、無駄だぜ。俺の作製したS級ダンジョンは特別製でな。最下層には、外からの連絡を遮断し、空間転移を阻害するトラップを仕掛けてある。ちょうど、ヘルメスたちか最下層に到達したのを見計らって、ことを起こしたって寸法さ」
「ひゃあ!?」
通信魔法を起動しようとしたら、【クリティオス】から、ドス黒い瘴気が溢れ出てきた。思わずタブレットを取り落としてしまう。
「なっ、な、ななんなのよ、コレ!? 強力な呪いッ!?」
圧倒的呪力が、ヘルメス様との通信を妨害していた。私の力じゃ、これを解除するなんて無理よ。
そ、それに……
「俺の作製したS級ダンジョンですって……?」
「俺は魔獣、悪魔系のボスモンスターを創造、使役できるのさ。ダンジョンはボスモンスターを核にして形成される。正確には、俺の下僕が生み出したダンジョンだな」
ランディが指を鳴らすと、ねじ曲がった角を生やした巨大な怪物が出現した。踏みしめられた大地が揺れる。
「はぅ!?」
その怪物が放つ威圧感に、私は一瞬にして飲まれてしまった。
「こいつは、ヘルメスたちが攻略に向かったS級ダンジョンのボスモンスター【ベヒーモス】だ。わかるか? コイツがここにいるってことは、ダンジョン攻略は不可能だ。ヘルメスたちは、ボスがいないことに気づくまでダンジョン最下層をさまよい続けるってこった。万が一にも、ここに駆けつけてくる心配はねぇ」
ランディが高笑いする。
周到に用意された罠だった。
「ならソイツをやっつければ、ダンジョンは消滅して、お兄ちゃんと連絡が取れるってことでしょ!? 風竜機、お願い!」
「うむ!」
風竜機が身を起こして、巨大モンスター【ベヒーモス】と対峙する。
「ハハハハハッ! 言っとくが、コイツは魔獣ケルベロス以上の強さを誇るモンスターだぜ? 合体もしてねぇ状態で、勝てると思っているのか?」
風竜機から強烈な風の刃が放たれるけど、ベヒーモスの体表には傷ひとつ付かなかった。
悪魔系モンスターだけあって、魔法攻撃の効果が薄いんだわ。
「ベヒーモス。その小娘、シルヴィアを痛めつけろ。ただし殺すなよ? ボロボロになった妹の姿を見れば、ヘルメスも戦意を無くすだろうからな」
「くっ……バカにして!」
シルヴィアは抵抗する気のようだけど、とてもじゃないけど勝ち目は無いわ。
わ、私がなんとかしないと……
だけど逃げるにしても、シルヴィアは足が不自由だし……っ! ど、どうしたら良いの!?
その時、私は閃いた。
「シルヴィア、これを! あなたは逃げるのよ!」
私はロイから贈られた【空を自由に飛びたいな腕輪】をシルヴィアの右腕に嵌めた。
「えっ? ティア!?」
「魔力を通すだけで、スゴイ勢いで空を飛べるわ! ロイが造ってくれたものなのよ!」
この村にいる中で、ロイに対する最大に価値の高い人質はシルヴィアよ。
彼女さえ逃せば、逆転の目はあるハズ……
ロイはいつだって私を守ってくれた。
なら今度は、ロイの大切な人を私が守り抜くのよ!