56話。教皇から救世主と讃えられる
「おおっ! 身体の痺れが取れていくのじゃ……ッ! 信じられぬ!? おぬし、わらわ以上の大聖女じゃのう!」
少女教皇グリゼルダが身体を起こして、驚嘆の声を上げた。その顔は生気に輝いている。
「これほどの者が、まだ名も知られずおったとは! ルーチェよ、せめてもの礼じゃ。おぬしには【大聖女】の称号を授けようぞ。受けてくれるな?」
「おおっ! 教皇聖下がお認めになるとは、さすがはルーチェ様!」
「大聖女ルーチェ様、バンザイ!」
「ルーチェ様、マジ天使ぃいいいッ!」
ルーチェの信者と化した聖騎士たちが、歓声を上げた。
「……私のこの力は、マスターから与えられたモノです。私の行動の決定権もすべてマスターにあります。マスター、大聖女の称号を受けてもよろしいでしょうか?」
「マスターとな……?」
グリゼルダが、小首を傾げた。
「ルーチェは、俺が錬金術で生み出したホムンクルスなんです」
「なんじゃと!?」
俺はここでも正直に話した。
教皇グリゼルダにルーチェを認めてもらった方が、後々、問題にならずに済むだろう。
それは今、教皇を救ったこのタイミングが最良だ。
「教皇様、それを知った上で、ルーチェを大聖女にされるということでしたら、謹んでお受けいたします」
「ふぅむ。神の御業を行う者、大聖女の父であるなら……ヘルメス殿はまさに【救世主】と呼ぶにふさわしいのう!」
教皇グリゼルダは目を輝かせた。
「【救世主】ですと!?」
「【救世主】って、創造神の地上の代理人!? 大聖女や教皇より、ずっと格上の存在じゃないの!?」
ジオス枢機卿とティアが息を飲む。
異端者扱いから一転、まさか救世主と言われるとは、俺も驚きだ。
「ホムンクルスの研究については、わらわも知っておる。成功例は皆無なのじゃろう? では、成功には父なる神のご意思が介在したと考えるのが自然じゃ」
……なるほど。そういう解釈もあり得るのか。
異端とされるか、大聖女、救世主とされるかは、上位聖職者の胸先三寸だな。
「はい。マスターは、まさに神に選ばれた存在と呼ぶにふさわしいお方です」
「その通りよ! ヘルメス様は、アーディルハイド王国のみならず、世界の英雄なんだからね!」
ルーチェとティアが、教皇グリゼルダに賛同の声を上げた。
……って、おいおい。俺はそんな大層な存在じゃないぞ? 今まで、どれだけ失敗してきたと思っているんだよ。
「ふ~む……。ルーチェとやら、そなたの内包する聖なる力は、わらわどころか、これまでの聖女、聖者の常識をはるかに超えておるのじゃ。おぬし、わららが推挙する故に、次の教皇選挙に出てみぬか?」
「えっ、まさかルーチェに教皇になれとおっしゃるのですか?」
これには、さすがに面食らった。
戯れにも程がある。
「わらわはたまたま大聖女などともてはやされ、父上の勧めもあって教皇になったに過ぎぬ。もし、わらわよりも教皇にふさわしい者がいるなら、その座を明け渡すこともやぶさかでないのじゃ」
グリゼルダは肩をすくめる。
「なんと教皇聖下、それは……っ!」
ジオス枢機卿が咎めるような声を出した。
「心配するでない。半分、冗談じゃ。生前辞任などせぬわ。この身は神に捧げたモノである故にな」
「それを聞いて安心しました。お戯れは程々にしてください」
そうか教皇というのも、なかなかに難儀なものみたいだ。教皇選挙は、教皇が死んだ後に開かれるのが通例だ。
故に教皇に選ばれた者は、一生、教皇の職務から逃れることはできない。例え配下から裏切られ、命を狙われるような目に合ってもだ。
「マスターのご命令があるなら、私は教皇を目指しますが?」
「いや、さすがにそれには及ばない……ルーチェには俺をサポートしてもらわなくちゃだからな」
「了解です」
頭をポンポンすると、ルーチェは心なしか満足げに微笑した。
「ぐっ! ヘルメス様に必要とされるなんて、うらやましぃわ!」
ティアがなにやら悔しがっていたが、スルーする。
「教皇様、実は俺は、お願いがあって教国にやって来ました」
「ふむ……? 救世主殿の頼みであるなら、なんなりと応えようぞ。命を救ってもらった礼じゃ」
「ありがとうございます。実はアーディルハイド王国は悪魔の群れに襲われています。悪魔どもはゼバルティア帝国に出現したS級ダンジョンからやってくるのですが、他国ゆえに俺たちは攻略することができないのです。大聖女ルーチェに、この悪魔のダンジョン攻略依頼を出していただけないでしょうか?」
「ふむ……っ! なるほどの。あい、わかった。教皇として大聖女ルーチェに、悪魔討伐を依頼しよう。また、救世主ヘルメス殿の目的を阻む者は神敵とする。何人たりとも、その邪魔をすることは許さんと全世界に布告するのじゃ!」
グリゼルダは薄い胸を叩いて請け負った。
「ありがとうございます!」
これ以上ない成果だった。これで帝国の計略を阻止することができるな。
「なにより悪魔の群れが出現しているとなれば、捨て置けぬのじゃ。ジオス枢機卿、十字軍の準備じゃ! 聖騎士団を動員するぞ! 悪魔どもを一匹残らず叩き潰すのじゃ!」
「はっ!」
教皇グリゼルダの勇ましい号令に、ジオス枢機卿が腰を折った。
「帝国が悪魔と通じている可能性もあるのう。そうではないか、ヘルメスよ?」
「ご賢察の通りです」
俺は頭を下げる。教皇に選ばれるだけあって、この少女は、頭の回転が早いようだ。
「ふむ、なら教理省・異端審問局も動員して、皇帝を追求せい! 例え相手が誰であろうと、神罰を与えてくれようぞ!」
「わかりました!」
「おおっ! 大聖女ルーチェ様と、救世主ヘルメス様の名の元に、十字軍遠征だぁあああ!」
「神敵討伐! 神敵討伐!」
聖騎士たちが雄叫びを上げる。彼らは異様に盛り上がっていた。
なにかこの国の人たちは、攻撃的な感じがするが……
エーリュシオン教国が本格的に介入するなら、帝国も矛を収めるだろう。安心してS級ダンジョン攻略に乗り出せるな。




