54話。無原罪の少女ルーチェ。マジ天使
「我が前で神を語るか! 驕るなよ錬金術師ぃいいいい!」
ラムザ枢機卿は激怒して、床を踏み鳴らした。
「敬虔な異端審問官が、懺悔して許しを請う。ルーチェが聖女である何よりの証だと思うんだが?」
「黙れ、黙れぇえええ! こうなったら、私自身の手で神の裁きを下してやる! 爆ぜろ小娘ぇええ!」
ラムザ枢機卿はルーチェに向かって攻撃魔法を放とうとしたが、その手が止まる。
「はっ……!? な、なんと美しいぃい!」
彼はルーチェに見惚れた。
天使の魂を持つルーチェに向き合えば、格の高い聖職者であるほど、その神聖さに圧倒されてしまうのだろう。
ラムザ枢機卿は異常な攻撃性を持っているが、目までは曇っていないらしい。
「お、おのれ! この私すらたぶらかすか、魔女めがぁあああ!」
ラムザ枢機卿は絶叫と共に、巨大な火球をルーチェに投げつけた。ティアが悲鳴を上げる。
ルーチェだけでなく、その周囲にいるティアや異端審問官たちまで吹っ飛ばす気か?
「来い、機神ドラグーン!」
『おう!』
ルーチェの目前の空間が歪み、機神ドラグーンの拳が出現する。その拳が火球を粉砕し、さらにラムザ枢機卿を殴りつけて壁に叩きつけた。
「げばらぁしゃあああッ!?」
ラムザ枢機卿は、奇怪な悲鳴を上げて気を失った。
ティアが目を見張る。
「ドラグーンの腕だけが!?」
「これは部分召喚だ。この通路は狭くて、機神を呼んだら大聖堂を壊してしまうからな」
空間転移の応用だった。一時的に機神ドラグーンのいる大聖堂前と、この場の空間を繋げたのだ。
「すごいわ、ヘルメス様! さすがは世界最高の錬金術師!」
「おおっ、へ、ヘルメス様……今のお話は。ルーチェ殿がホムンクルスというのは、本当なのですか?」
ジオス枢機卿が不安そうに目を瞬きながら、尋ねてきた。
事態を見守っていた聖騎士たちの視線も、厳しいモノになっている。
ここに至っては、変に隠しだてしない方が良いだろう。
俺は腹をくくった。
「ルーチェは俺が錬金術で生み出したホムンクルスです」
「はい。その通りです」
ルーチェも頷く。
「そ、それは確かですか。となれば、ルーチェ殿を異端だと非難する者が出てきても、致し方ないかと……」
ジオス枢機卿は苦虫を噛み潰したような顔になった。
生命の創造は父なる神の御業だ。それを人間ごときが模倣するとは、不遜であるという考えだ。
俺もそれは否定しない。
「それ故に、ルーチェは人類の祖先が犯した原罪とは無縁です。真に汚れ無き、【無原罪の少女】なのです」
「なっ!? た、確かに……!」
教会の教えでは、人類の祖先は悪魔にそそのかされて、禁断の知恵の果実を食べてしまったという。その原罪を人間は生まれながらに背負っており、故に邪悪な行いをするのだと言われている。
だが、人類の系譜から外れたルーチェは、原罪とは無縁なのだ。
「その証拠に、ルーチェは異端審問官たちを一切傷つけず、その誤ちを許しました。【汝の敵を愛せよ】が、神の教えではありませんか?」
これは一か八かの賭けだ。
俺は固唾を飲んで、反応をうかがうが……
「おおっ! 天の父は、悪しき者の上にも善き者の上にも、太陽をのぼらせ、正しい者にも正しくない者にも、雨を降らして下さる(マタイ5章45節)。敵すらも包み込む、その慈悲深さはまさしく聖女! 神の教えの体現者!」
ジオス枢機卿は感涙にむせんだ。
へっ……?
ちょっとオーバーリアクションすぎない?
「おお! 【無原罪の少女】、汚れ無き真の聖女、ルーチェ様!」
「聖女ルーチェ様、ばんざい……!」
聖騎士と異端審問官から、夢見るような喝采が上がった。
彼らはルーチェの信者になったかのようにひざまずく。
「そうだ! ルーチェ様こそ、天使だ!」
「ルーチェ様! ルーチェ様のためなら、俺は悪魔の軍勢とだって戦ってやるぅううう!」
すごい熱気だ。
これほど激烈な反応が返ってくるとは、びっくりだ。
「えっ、ちょっと……!」
ティアは高位聖職者たちの痴態に、軽く引いていた。
ルーチェは自分を取り巻く状況について行けないのか、呆然と立ち尽くしている。
『……マスター、どうすれば?』
ルーチェが念話魔法で、俺の心に語りかけてきた。
『ルーチェ、よく異端審問官たちを攻撃しないでいてくれた。偉かったぞ』
俺は思念を返しながら、ルーチェの頭をなでてやった。
『はい。この場で、私が問題を起こせば、マスターの目的が達成できないと判断しましたので……』
やはり、この娘は頭が良い上に、俺の気持ちを汲んでくれる。俺にとっても天使だった。
『では、一言だけ、しゃべってくれ。「顔を上げてください。みなさんは何の罪も犯していません」と』
『了解です』
ルーチェは素直に頷いた。
「顔を上げてください。みなさんは何の罪も犯してしません」
「おおっ! 我らの罪を許してくださいますのかぁああ!?」
その一言に、異端審問官たちが感動の声を上げた。
とりあえず、聖女っぽいことを言わせてみただけなのだが……
「ルーチェ様! ルーチェ様、バンザイ!」
「ルーチェ様、マジ天使!」
『ルーチェ様バンザイ』の大合唱コールが沸き起こる。予想以上の熱狂ぶりに、仕掛けた俺も引いてしまった
「ぐっ、確かに、健気だわ。かわいいじゃないの……!」
ティアもルーチェに魅了されてしまったかのように、口元を緩めた。
「だけど、ヘルメス様は渡さないわよ!」
「渡さないとは……? マスターは誰のモノでもありませんが?」
ルーチェはキョトンとしていた。
「……では、教皇様のところまで、案内していただけますか?」
「はい。もちろんで、ございます!」
ジオス枢機卿は勢い良く腰を折った。




