32話。妹がドラニクルの一員になる
王宮に戻った俺は、真っ先に妹のシルヴィアの元に向かった。
妹は【ドラニクル】の作戦司令室に通されて俺を待っていた。風竜機の主となったからにはシルヴィアも今日から、ここの一員だな。
「お兄ちゃん、お帰りなさい!」
「ただいまシルヴィア、元気そうで良かった……っ」
シルヴィアが体当たりするように、俺にダイブしてきた。
限界近くまで魔力を消耗したハズだが、彼女は思いの外、元気そうだった。もしかすると、俺と違って魔法の才能があるのかもな……
なにしろ、母さんは高名な魔法剣士だった。
シルヴィアは足が不自由なので、籠の鳥のように大事に育てられたが、それは才能の芽を摘んでいたかも知れないことに思い至った。
「あったりまえだよ! お兄ちゃんと一緒に冒険できる妹になりたいって夢が叶ったんだから!」
「お前はそんなことを考えていたのか。俺はシルヴィアが無事でいてくれるのが、心の支えだったんだが……」
俺は妹の頭を撫でてやる。シルヴィアは猫のように気持ちよさそうに目を細めた。
「……でも、お兄ちゃんは私の足のことを、ずっと負い目に感じていたでしょう? そんな風に、お兄ちゃんに負い目を与えている自分が嫌で、強くなりたかったの」
「そうか……」
俺は妹の気持ちをわかっているようで、わかっていなかったようだ。
「【機械仕掛けの神】ルドラを操っていたオデッセは、8年前の事件の関係者だったみたいだ。できれば、捕まえて情報を吐かせてやりたかったんだけどな」
それが今回の心残りだ。
ルドラは、完全に破壊してしまったため残骸すら残っていなかった。
【薔薇十字団】という組織のことも気になる。
「むぅ~! いいよ、お父さんとお母さんの仇を探すことより、私はお兄ちゃんと一緒にいられる方が大事だもん!」
甘えてくるシルヴィアは、もしかすると過去に囚われている俺よりも強いのかも知れないな。
思わず苦笑してしまった。
「ありがとうシルヴィア、これからは【ドラニクル】の一員として、よろしくな」
「うん!」
一方的に支えるのではなく、支え合う関係になる。
今回のことで、シルヴィアとの絆がより深まったと思う。
「えへへっ、お兄ちゃん。またシルヴィアと合体しようね。お兄ちゃんとの合体は、もう病みつきになっちゃいそう」
「お、おう……っ」
シルヴィアは頬を赤らめて上目遣いにそんなことを言ってきた。
「ヘルメス様! その娘は誰ですか? お兄ちゃんって……?」
ティアが嫉妬を顔に滲ませて、俺たちに詰め寄ってきた。
俺たちが兄妹であることは、もうバレてしまったようだ。事実を告げた上で、釘を刺しておく必要がある。
「……これは誰にも言わないんで欲しいんだけど、この娘は俺の妹なんだ」
「えっ、妹……!? は、はじめまして。私は聖女ティアよ。ヘルメス様の本来の婚約者で……」
ティアは猫なで声に豹変した。
「知っています。よろしくする気はありませんので、話しかけて来ないでください」
しかし、シルヴィアはプイッとそっぽを向いて、突っぱねる。
「はぁ!? い、いや、でも……」
「本来の婚約者って、なんですか……? あなたは、兄から婚約破棄されたんですよね? ご自分の立場をわかってらっしゃいますか?」
「うっ……!」
ティアは二の句が継げなくなっている。
シルヴィアは俺を振ったティアの嫌っているみたいだ。俺は慌てて間に入る。
「シルヴィアよせ。ティア、今回、魔導システムの呪い解除をしてくれた件、本当に助かった。ありがとう」
「は、はい! 愛するヘルメス様のためなら当然です! 私もヘルメス様のお役に立てて、うれしいです!」
ティアは頬をバラ色に染めて頷いた。
好きな男の前では、こんな殊勝な態度を取るんだな。
「ヘルメス様、お疲れ様です! 後日、シルヴィアさんの歓迎会も兼ねて、みんなで祝勝パーティをしませんか!?」
レナ王女が提案をしてきた。
「えっ! ホント!?」
シルヴィアが乗り気で応じる。
レナ王女とは、ここ数日で打ち解けたようだ。
「レナ総司令、それは良いアイディアですね! ヘルメス様の妹なら、私たちも大歓迎です!」
「よろしくね! シルヴィアちゃん!」
【ドラニクル】のメンバーたちからも賛同の声が上がる。
「シルヴィアさん、ここではわたくしの付き人や男爵令嬢としてでなく、ヘルメス様の妹として、ありのままでお振る舞いいただいて、大丈夫です」
「うわっ! 王宮生活の息抜きもできちゃうなんて、最高! ありがとう王女様!」
これならシルヴィアが、みんなと仲良くなれるのも早そうだ。
だが、ひとりだけ浮いている娘がいた。
「パーティ、楽しそう! あっ、王宮内だし、ドレスコードとかあるのかしら!? レナ王女どうなの?」
はしゃぐティアに、他の少女たちは白けた目を向ける。
「ティア様。婚約パーティへの乱入は、ジャミング魔法解除の功績をもって、不問とするようお父様にお願いいたします。なので、祝勝会への参加はご遠慮いただけないでしょうか?」
レナ王女が申し訳無さそうに断った。
「そうよ、もう帰って。そして、お兄ちゃんと私の愛の巣に、二度と足を踏み入れないで……!」
シルヴィアが怒気を発する。
「図々しいにも、程があるわよ!」
「まだヘルメス様に未練があるなんて、ストーカーじゃないの!?」
他の少女たちも一斉にティアを非難した。
「ス、ストーカーって……」
ティアは笑顔を凍らせる。
「ティア、Aランク冒険者に昇格したら、ここのメンバーになりたいという話だったな。ティアがここのメンバーになるための条件は、A級ダンジョンを攻略することだ」
「A級ダンジョン!?」
ティアは目を白黒させた。
A級ダンジョンを攻略するのは、Aランク冒険者でも難しい。Aランク冒険がパーティーを組んで力を合わせて、ようやく達成できる偉業だ。
Aランクに昇格するより、さらに難易度が高いといえた。
単に断っても食い下がってくるだろうから、ティアをもう関わらせないために、この条件を課した。
さすがに、これは達成できないだろう。
Dランクのティアが、今から地道に努力しても、何年もかかる話だ。
「ぐっ、ぐぅうううう……っ! わかりました。今回は、これで帰ります」
ティアは悔しそうに唇を噛み締めた。
「絶対にA級ダンジョンをクリアしてみせますから、それまで待っていてくださいね。ヘルメス様!」
なぬ……っ?




