28話。海竜機、出撃不能。風竜機シルフィード、出撃せよ
機神のコックピットシートに座ると、システムオールグリーン。全武装セーフティー解除の文字が、スクリーンに浮かんだ。
武装の使用制限は度重なる凶悪モンスターの襲撃に対応すべく、最初から解除されていた。
「うぉおおおおお──っ! 【ドラゴン・ブレス】!」
現在使用可能な最強の手札を切った。
機神ドラグーンの口腔より、灼熱のブレスが放たれる。天をも焦がす一撃だ。
「遅い。しょせんは【資格無き者】よな」
だが、ルドラはそれを残像を残す高速移動でかわした。
「なんだ、あのスピードは……!?」
風の魔法だけでは、あんな速度は絶対に出ないぞ。
『ヘルメス様! 敵魔法の解析結果が出ました! ど、どうやら重力制御魔法によって、飛行しているようです!』
「なにぃ!?」
作戦司令室から、少女オペレーターの助言が届く。
重力制御魔法は理論上は可能とされているが、歴史上誰も使った者がいないオーバーテクノロジーだ。無論、機神ドラグーンや竜機シリーズにも実装されていない。
俺もまだ研究中だった。
『敵の飛行速度は、機神ドラグーンのそれを大きく上回っています。こ、こんなスピード、古竜クラスの風竜でもなければ追いつけません!』
空中は敵の独壇場。攻撃を当てるのは、ほぼ絶望的ということか。ムチャクチャな相手だな。
「ハハハハッ! では、今度はこちらから行くとしよう!」
「くそッ!」
王宮を攻撃される訳にはいかない。
俺は不利と知りながらも機神ドラグーンを空へと飛び立たせた。
同時にルドラから放たれた風の刃が、ドラグーンを切り刻もうと迫る。
「【空間歪曲コート】、展開!」
『了解』
周囲の空間を歪ませて、ルドラの魔法攻撃を逸らす。
だが、次の瞬間、突っ込んできたルドラに蹴られて、ドラグーンは近くの森に叩き落とされた。
「ぐはッ!? 【空間歪曲コート】で防げなかっただと!?」
すさまじい衝撃がコックピットを襲い、俺は一瞬気を失いそうになる。
『ヘルメス様! 敵も【空間歪曲コート】を使って、こちらの防御を突破したようです! 接触しての物理攻撃に注意してください!』
少女オペレーターの悲鳴に近い声が届く。作戦司令室は騒然となっていた。
まだ世間一般には公開していない、究極の防御兵装である【空間歪曲コート】を敵も使えるのか。
ルドラは明らかに既存の錬金術、魔法技術の数世代先を行っている。
「レナ! 海竜機の出撃はまだか!? ヤツに勝つには【竜融合】しかない!」
『ヘルメス様! そ、それがぁ……っ! なぜか海竜機の格納庫のロックが外れず、空間転移カタパルトも起動しません! 海竜機、出撃不能です!』
レナ王女の動転した声が響いた。彼女は、すでに作戦司令室に到着しているようだが……
『解析出ました! どうやら近くから強力なジャミング魔法による妨害を受けているようです。作戦司令部の魔導システムの一部が、それによって使用不能になっています!』
「王宮に侵入した敵兵の仕業か!? 敵兵の排除とシステムの復旧を急いでくれ!」
『は、はい!』
敵の狙いは、婚約パーティの妨害なんてチャチなモノじゃなかった。王宮地下の作戦司令部の機能を麻痺させることだったようだ。
『ヘルメス様! ジャミング魔法というのは、呪いの一種ですよね? それなら、聖女の私の出番です! 呪いの解除は聖魔法の得意分野よ!』
喜々としたティアの声が届いた。
『はぁ!? 聖女様、余計なことはしないで下さいって、前回も言いましたよね!?』
『そーですよ! ヘルメス様をレナ総司令に取られた腹いせに振り回される私たちの身にもなってください!』
『あなたなんて、しょせんDランクじゃないですか!?』
『ぐっ……余計なことじゃないわ! 私に任せて! 確かに私は弱いけど、私にだってやれるのよ!』
「レナ、まさかティアが作戦司令室にいるのか!?」
少女たちが言い争う声が聞こえてきて、俺は頭痛を覚えた。
『すみません! 王宮内は敵兵がうろついておりましたので! アゼル公子も一時、こちらに避難してもらっておりますわ!』
作戦司令室に降りるための昇降機は、王宮内に点在している。ふたりの安全を考えるならば、それが最良だったのは理解できた。
『お願いですヘルメス様! 私を信じてやらせてください! 敵のジャミング魔法を解除してみせます!』
スクリーンに映ったティアが両手を合わせて、真摯な顔で願い出る。
その時、ルドラが撃ち出す風の刃が、俺のいる森に降り注いだ。
大木が吹っ飛び、大地が抉れ、土砂が降り注ぐ。まるで怒れる神のもたらす天変地異だ。
「コイツ……俺ごと森を滅ぼすつもりか!?」
オデッセは周囲の被害など、まるで頓着していなかった。動物たちの悲鳴が轟き、森の生命が刈り取られていく。
【空間歪曲コート】を全開にして耐えているが、そう長くは保たなそうだ。このままのペースだと魔力が3分で尽きる。
『クハハハハッ! 貴様を倒した後、アーディルハイド王国にも地上から消えてもらうつもりだ。王宮は徹底的に破壊してやるとしよう。各国の使者を死なせたとなれば、もはや再興の余地はない』
オデッセの嘲笑が聞こえてきた。
『これは我らが偉大なる盟主の決定なり!』
王宮にはレナやティアだけでなく、妹のシルヴィアもいる。そんなことは、この俺がさせるものか。
『ヘルメス様、どうか、どうかお願いします! 私にチャンスをください!』
ティアが頭を下げて、懸命に俺に訴えた。
プライドの高いティアが、みんなの前で頭を下げるなんてな。
ぐっ、本当はティアをこれ以上、ヘルメスに関わらせたくないが、迷っている暇はない。
なにより、こんな危険な敵を、のさばらせてはおけない。
「わかった。ティアに任せる。聖女の力を貸してくれ……っ!」
『ありがとうございます! ヘルメス様のためにがんばります!』
『ぐむむむむっ! ヘルメス様がそうおっしゃるのなら! でも聖女様、もし余計なことをしたら、すぐにここから叩き出しますからね!』
少女オペレーターが悔しそうに告げた。
『もちろんよ!』
『ご助力感謝しますわ、ティア様! 誰か、彼女を海竜機の格納庫に案内してあげてください。戦闘部隊は、ジャミング魔法を使う敵兵の排除を!』
レナ王女がテキパキと指示を送る。
これで希望が出てきた。
ティアが呪いを解除するまで、なんとか時間を稼がなければ……
「フハハハハッ! なにやら小細工をろうしておるようだが、機体スピードの差は歴然であるぞ。例え海竜機とやらと合体しても、我がルドラには対抗できん! その程度のこともわからんか!?」
オデッセがあざ笑う。
『ぐっ! ヘルメス様は勝ちますわ、絶対に!』
レナ王女がみなを鼓舞するが、ヤツの指摘は正しい。
逆転の可能性があるとすれば、風竜機シルフィードを使うことだが……それには妹シルヴィアの身を危険にさらすことになる。
『ああっ! こ、これは……!』
歯軋りしていると、レナ王女の驚愕の声が届いた。
「どうした……!?」
『大変です。風竜機シルフィードが起動しています!』
『風竜機、格納庫のロックを無理にこじ開けようとしています! ダメです! このままでは機体が損傷します!』
『魔力反応を検出! 風竜機、格納庫内から王宮内に魔法を撃っています! こ、これは、侵入した敵兵を攻撃しているの!?』
『じょ、状況確認を急いで下さい! 一体誰が風竜機を動かしているのですか!?』
レナ王女が泡を喰って指示を飛ばす。
一体、何が……?
『お兄ちゃん! 私だよ! 私、風竜機シルフィードの主になったんだよ! これでお兄ちゃんの役に立てるね!』
スクリーンの小型ウィンドウに、瞳を輝かすシルヴィアが映った。




