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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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一晩を実家で過ごした勇樹は、翌日、すぐに発った。

するべきことはたくさんある。タイムリミットもあるのだ。

「ひどく揺れる乗り物ね」

「電車はそういうものだからな。これでも揺れない方だぞ」

電車に揺られながら、皇女は不満そうだった。

乗馬をたしなむくらいはしているが、普段は魔法で揺れを補正している。それができないのが嫌なのだろう。

「これから行くところは人多いから、迷子になるなよ」

「わたしは皇女よ」

「ここでは一般人だ。能力も使えないんだから」

連絡手段もない。一度はぐれてしまえば、見つけられる自信はない。


たくさんの人で埋め尽くされた東京駅で電車を降り、それからバスに揺られてまた数十分。

彼らは今にも崩れ落ちそうなアパートに来ていた。

「ここは……」

さすがの皇女も、これには眉をひそめて絶句している。

「崩れないから大丈夫だ。入って」

「……ユウキ、こんなところに住んでたの?」

「住めば都って言うだろ」

「知らないわ」

「こっちでは言うんだ。とりあえず、俺は今から出かけてくるから、お前はここで大人しくしてろよ」

「どうして?わたしも一緒に行くわよ」

「3ヶ月間無断欠勤した会社に謝罪に行くんだ。あと退職届も出さないと。そんなところに女連れで行けるわけがないだろ」

「そうなの?」

本当に世間知らずだ。それとも世界が違えば常識も違うのだろうか。

「だったら、一緒に行って近くでいろいろ見て回るわ」

「絶対迷子になるからやめろ」

「だって、時間は限られてるのよ。一時もじっとしてなんかいられないわ」

「はぁ……。わかった。とりあえず準備する」

荷造りは後でいい。とりあえず退職届を書き、数ヶ月ぶりのスーツに袖を通す。

召喚された時も仕事帰りでスーツだったが、それからは与えられたラフな服装ばかりで、結婚式では民族衣装のようなものを着ただけだった。

そして、皇女を連れて家を出た。

「あー、緊張する……」

「そんなにイヤなの?わたしが一緒に言って、黙らせてあげようか」

「いいから、お前は大人しくしててくれ。一緒に来るのはいいが、近くまでだからな」

「わかったわ」

ちょうど会社の近くにカフェがある。そこで待っていてもらえば、迷子にならずには済むだろう。ただ1つ、皇女がそこで大人しくしているかという不安を除けば、安心できるはずだった。


「“今更何しに来た!”」

鋭い怒号、今までは委縮するしかなかった怒鳴り声を聞いても、勇樹は全く反応しなかった。

その頭の中には、皇女のことしかない。本当に大人しくているのか。ちゃんと指定したカフェにいるのか。

「“申し訳ございませんでした”」

「“あぁ?!”」

早く終わらせたいのに、元上司の怒りはなかなか収まらない。

「“長期間の無断欠勤の責任を取って、今日付けで辞めさせていただきます”」

「“当たり前だ、バカ野郎!”」

長々と説教を受けて会社を出ると、早足で隣のカフェに入った。

「ごめん、リリィ」

「遅いわ」

皇女はかなり機嫌を損ねていた。

「何もなかったか?」

「何もって何が?」

「……いや、なかったならいい」

「知らない人にならたくさん声をかけられたけど、皇国語で返したらすぐに去っていったわ」

顔だけはいい。本当に大人しくしているなら、そういうナンパもあるだろうと心配していたが、ナンパ男たちを追い払う術は知っていたらしい。

「ほら、観光するんだろ」

「えぇ」

皇女の機嫌を直すためにも、早く観光に連れ出すことにした。


一日かけていろいろな場所を巡った皇女は、満足そうにアパートに戻った。

「ニホンってすごい国なのね。魔法がなくても便利に暮らせそうだわ」

「まぁ、発展している方ではあるかな。一応先進国だし。でも皇国には敵わないだろ。魔法があるだけで何でもできるんだから」

「魔法がない人からすれば不便な国よ。補助具を使わないと何もできないくらいにね」

皇女がこの経験をどう生かすのか。何か考えていそうな真面目な横顔は、絵になるほど綺麗だった。


それから約1週間、皇女が退屈しないように観光に連れ出しながら、勇樹は荷造りをした。

ボロアパートの薄い布団で身を寄せ合って眠る毎日。

最初は皇女も文句を言っていたが、3日目には慣れたのか、大人しくなった。

毎日観光に連れて回すおかげで疲れているのもあるのだろう。


そしてついに皇国に戻る日、人目がない場所ということで辿り着いたのは、結局実家近くの裏山の中だった。

少し時間があったため、皇女を連れて勇樹は裏山を昇っていく。

「ユウキ、どこに行くの?」

「いいからついてこい」

山登りといっても緩やかな坂道のせいか、皇女は疲れた様子を見せない。

何度も振り返って皇女の様子を見ていた勇樹も、いくらか安心していた。

幼い頃に遊んだこの裏山は、その時にはとてつもなく広い秘密基地のような感覚だったが、大人の足ではそうでもないらしい。

皇女が疲れる前に、目的地についた。

「見てみろ」

木々が開けたそこには、この小さな田舎町を一望できる展望台のようになっていた。

「まぁ……」

皇女もこれには目を輝かせる。

「とても綺麗だわ……」

「ここが、俺が育った町だ。皇国に比べれば小さいがな」

「綺麗な町ね。自然がいっぱいで、のどかで……」

「昼間の景色もいいけど、夜の景色もいいんだ。星がよく見えてな」

「そう。星を見られなかったのは残念ね。次の楽しみにしておくわ」

「次って……次があるのか?」

「あるわよ。なくても作ればいいんだから」

めちゃくちゃだが、皇女なら本当に作りそうだ。また皇子たちが振り回されるのだろう。

それには同情するが、勇樹も皇女を止めることはせず、ただ黙って故郷の景色を見つめる。

その瞬間、彼らの足元が淡く光り始めた。

再び青い光に包まれて皇国に戻る瞬間、勇樹の頭の中にはこの場所で育った記憶が走馬灯のように流れていた。


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