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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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ついに勇樹の里帰りの日が来た。召喚の間に入れるのは、皇族と公爵家の人間のみ。

全員が魔法士だが、召喚魔法が使えるのは皇帝だけと決まっている。

神官や巫女といった神職がない皇国では、皇帝だけが最上位の魔法士なのだ。

「お父様、準備は整いました。お願いします」

皇女が言った。召喚の間の中心に描かれた円の中にいるのは、皇女と勇樹、そして荷物が入った小さなバッグが1つだけ。

このバッグは、備品庫で管理される補助具の一種で、制限なく物が入るもの。

皇女は自らの魔法を使って必要なものを収納しているが、勇樹は自分の荷物を皇女に任せる気にはなれず、これを借りることにした。

円から離れたところの玉座に座る皇帝が、何やら口を動かす。すると円が青い光を放ち始めた。

勇樹がここに召喚された時に見た光と同じ色。その時はわからなかったが、その光に包まれると何とも言えない心地よい温もりを感じられた。

そしてその光が強くなり、周りが見えなくなったと思った次の瞬間には、周りは全く違っていた。

「ここは……」

「知ってるの?」

「あぁ、いや……」

なんとなく記憶にある程度の場所。小さい頃によく遊んだ裏山の景色によく似ていた。

いや、似ているのではない。その場所に間違いないのだ。

何度も見ていた景色なのだから、久しぶりに見たものでもわかる。

そう確信すると、足は自然に動き出した。

「どこに行くの?」

「とりあえずもう暗いからな。近くに実家があるから、そっちに」

「暗いなら光を出せばいいじゃない」

「あ、ちょ……!」

手を光らせて魔法を使おうとする皇女を、慌てて止める。

「こっちにいる間、魔法を使うのは禁止だ」

「わたしに指図しないで」

「お前、こっちのこと知らないだろ。俺の言うことを聞いている方が安全だと思うんだけど」

「……わかったわ」

さすがの皇女もそれには納得したらしく、大人しく手から力を抜いた。

「でも緊急時はいいのよね?」

「こっちではそんな緊急時なんてないけど、本当に必要な時ならな」

暗くなり始めた田舎の道を、2人は仲良く並んで歩く。

着いたのは、田舎にはよくある大きな一軒家だった。

「ここがユウキのお屋敷?」

「屋敷っていうか、家な。大学時代から出てるから、たまに帰ってくる程度だけど」

「別荘ってことね」

「実家だって。親が住んでるんだ」

「よくわからないわ」

正確に言うと親だけではない。さらにこの時間に予告なしの帰省。いろいろ面倒になりそうだと思いながら、一応チャイムを押して玄関を開ける。

「“ただいまー”」

何気なく出た言葉にぎょっとした。今まで使っていたものではない言葉が、サラリと流れるように口から出たのだ。

皇女に説明を求める前に、すぐ近くの居間から女性が飛び出してくる。

「“勇樹!”」

知らない言葉なのに、理解ができる。

「“あんた、今までどこにいたんだい?!この3ヶ月連絡もしないで、会社にも行ってないって……!”」

「“ご、ごめん、母さん。ちょっといろいろあって……”」

「“いろいろって何?!説明しなさい!”」

「“する!するから!とりあえず入れてよ”」

知らない言葉なのに喋れる。しかしここで詳しく聞いている場合ではない。

喋れるなら、母親に説明する方が先だ。

「リリィ」

背後の闇に紛れていた皇女を呼ぶと、母親の顔が驚きに満ちた。

「“まず、彼女を紹介させて。リリィって名前で、交際していて……、うん、結婚も考えているんだ”」

「“結婚って、あんた……。いつの間にそんな……”」

居間の座敷に座った皇女は、まるで人形のように動かない。変に動かれると困るのだが。

勇樹はその場にいた両親と姉に皇女を紹介した。

「“この3ヶ月連絡しなかったのは悪かった。仕事が辛くてさ、現実逃避したかったんだ。でも会社をやめる勇気もない。そんな時に、彼女に出会った。彼女は日本で一人旅をしていたんだけど、通勤途中で死にそうな顔をしていた俺に声をかけてくれてな。それで、3ヶ月、一緒に日本中を旅してた。会社からの連絡とか怖かったし、現実を思い出したくなかったから、スマホの電源は落としてたんだ”」

全くウソだが、おそらく現実主義の家族にも信じてもらえそうな内容を、事前に考えていた。

夢のような運命的な話だが、突然異世界に召喚され、しかし異世界ではなくこの国のどこかに存在している国だと言うよりも、ずっと現実的だろう。

「“そ、そう……。それで?急に帰ってきて、いったい……”」

「“彼女はもうすぐ国に帰らないといけないんだ。それで、俺も心機一転ってことで、一緒についていこうかなって”」

「“まぁ……!”」

「“3ヶ月も無断で休んだんだ。会社はクビだろうし、そうじゃなくてもやめる。それで、新しい場所で新しく始めたいんだ。だから、彼女と結婚することを許してほしい”」

「“そりゃあ、あんたももう大人なんだから、自分で決めたことなら反対はしないよ。なぁ、父さん?”」

「“あぁ。けど、覚悟はできているか?言葉も通じない文化も違う国だろう”」

「“もちろんわかってる。それでもいいから、彼女と一緒にいたいと思った”」

「“そうか……。好きにしなさい”」

「“リリィさん、うちのバカ息子をよろしくお願いします。……って、これ、通じるのかしら?”」

状況は全くわからないが、この意味不明な言葉が日本語で、今まで使っていた言葉がウィクダリア皇国での言語だとすると、彼女に日本語が通じているはずがない。

通訳しようとすると、

「“日本語はわかります。少しですが、勉強したので”」

皇女が日本語で答えた。

「“ユウキさんはとても素晴らしい方です。こんなにも素晴らしい人がこの世に存在していいのかと思いましたが、育てられたご両親にお会いしてわかりました。ご両親が素晴らしい方で、お2人の愛情を受けて育ったからこそ、彼は素晴らしい人になったのだと”」

「“ふふふ、そう言ってくれるとうれしいわねぇ。失礼ですけど、リリィさんはおいくつでしょうか?”」

「“今年20歳になりました。ユウキさんの2歳下です”」

「“まぁ、そう。20歳で外国に一人旅なんて、ご両親も心配されているでしょう”」

「“家族は放任主義なので、自由にさせてもらっています”」

「“ご家族はどちらの国に?”」

「“小さな国で日本とは国交もありませんから、おそらくご存知ではないかと。北欧の近くにある小さな島国です”」

「“まぁ、そうなのね。息子はそんなところで暮らせるかしら”」

「“ユウキさんを嫌うような人間は、わたしの国にはいませんよ”」

あくまで自然に、流暢な会話が繰り広げられる。勇樹は驚くしかない。

皇女が日本語を喋れることも、南米という言葉が出てくることにも。

「“あー、母さん、明日には一度東京に帰って、あっちでいろいろ終わったら、すぐにでも日本を発つ。日本からだとかなり距離あるし、国際電話とかお金かかるし、あんまり連絡も取り合えないと思うけど……”」

「“そんなのいいわよぉ。あんたが幸せになるのが一番!”」

おおらかな性格でよかった。

「“じゃあ、今日は彼女も疲れてるだろうから、もう休むよ”」

「“えぇ、そうね。ゆっくりしてらっしゃい”」

次は皇女から説明を聞く番だ。さっさと居間を離れ、出て行った時のまま残されていた勇樹の部屋に入った。

「どういうことだ?」

「何が?というか、ここがユウキの部屋?随分狭いのね」

「お前の部屋を基準にするなよ。あそこが広すぎるんだ。それより、言葉だ。俺はずっと日本語を話しているつもりだった。それがお前たちにも通じていたから、同じ土地にあるっていうし、同じ言語だとか……そうじゃなくても、魔法が働いて、とか……」

「どちらかというと後者ね。召喚された時から、ユウキはずっと皇国語を話していたわ。無意識だったのが不思議なくらいね。口の動きは違うはずなのに」

「そっちの言葉がわかったのも、召喚された時に魔法が働いていたのか?」

「そういうこと」

確かにそれなら納得がいく。理論的には全く説明がつかない魔法というものが加わっただけなのに。

そして、日本語が知らない言語のように思えたのは、今度の逆召喚には言語に関わる魔法が何も働いていなかったのだろう。

それでも理解できて話すことができたのは、元々の母国語だからなのか。

「で、お前が日本語を喋れる理由は?」

「わたしは魔法士よ。皇国と言葉が違うと思った時点で、自分自身に魔法をかけただけ。知らない言語が理解できるようにね。だから、さっきの日本語も、わたしが喋っていたのは皇国語。それを魔法が働いて日本語に変換してくれたの」

「……なるほどな」

「それより、もう疲れたわ。寝室はどこ?」

「あるわけないだろ。ここに布団を敷いて寝るんだ」

「ベッドは?」

「ないって。黙って端に避けてろ」

本当にこのお姫様は困ったものだ。

「そういえば、シャワーはいいのか?」

「あら、ここにもシャワーがあるの?こんなにみすぼらしいから、そんな便利なものはないと思って、浄化の魔法を使うところだったわ」

「……お前、庶民の認識間違いすぎだからな。シャワーもお風呂もあるけど、風呂に入ると足を伸ばせないとか文句言いそうだからな。シャワーで我慢しろよ」

皇城のあのプールのように広い浴槽しか知らないとすると、一般家庭の浴槽には文句しかなさそうだ。

結局皇女を浴室に案内し、能力を使わないシャワーの使い方を教えて、一応浴室の外で待つことにした。

「“ふぅん……。お世話もできるのね”」

「“姉貴”」

5歳上の姉がニヤニヤと笑いながら近づいてきた。

「“なんだよ”」

「“いや~?お姉ちゃん、嬉しくてねぇ。こんな弟が、あんな綺麗なお嫁さん捕まえて”」

「“別にいいだろ。姉貴も早く結婚して、父さんたち安心させてあげろよ”」

「“へ~?勇樹がそんなこと気にするなんて、成長したねぇ”」

「“うるせぇ”」

いちいち絡んでくる姉をうっとうしく思いながらも、一応相手をする。

「“半年前のあんたより、今のあんたの方が生き生きしてて、わたしは好きだな~”」

「“急に何”」

「“別に~。幸せになんなよ、勇樹。あんなブラック企業は忘れて、ついでに故郷のことも忘れてさ”」

「“さすがに故郷は忘れないって。頻繁には帰ってこれないと思うけど、いつか絶対顔見せにくるから”」

「“孫の顔?”」

「“……どうだろうな”」

また再び逆召喚が行われるのがいつになるのか、勇樹には全くわからない。

今回は突然の召喚のお詫びで、必要なものを取りに帰るための帰省として逆召喚が成立した。それくらいの理由がなければダメなら、おそらく何年後にもなるだろう。

その時に両親に見せられる孫がいるのか。そんな未来が来るのか。

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