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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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里帰りまでの1ヶ月、勇樹はまた新たなことを始めようとしていた。

事の始まりは数日前、皇女に連れられて備品庫を訪れた時のことだ。

「そういうことで、夫にもここの仕事に協力してもらうわ」

皇女はそれだけ言うと、自分の席に座る。勇樹はどうしていいか戸惑ったが、一度ここで働いたことがある。それ通りにすればいいと、動き出した。

「あ、ユリリアンさん」

「……!」

以前連れ回された男を見つけて声をかけると、なぜか彼の顔は怯えていた。

「も、申し訳ございません!」

そして次の瞬間、彼は青い顔で勢いよく頭を下げる。

「え……え?ちょ……なんで……」

「皇女殿下のご夫君とは存じ上げず、大変失礼な態度を取ってしまいました!どうかお許しを……!」

どうやらここでも身分らしい。

そういえば彼は、公爵家の次男と言っていた。つまり、あの公爵夫人の息子なのだ。

「えーっと……ユリリアン?」

「……」

「顔を上げてくれ」

「……は……」

小さな返事とともに、彼はゆっくりと顔を上げる。

「あの時は俺も何も言わなかったし、正直、あそこまで親しくしてくれて嬉しかった。こっちに来て初めてできた友達だと思ったからな。だから、これからも仲良くしてほしい。身分に関係なく……っていうのは無理みたいだから、ユリリアンが気にしない程度に緩く、な。俺は気にならないし、もしリリィから何か言われたら、その時は直せばいいさ」

必要なことをしてくれれば、それ以外は何をしようが勝手だと言っていたくらいだ。皇女が口を出してくるとは思えないが。

「ユウキ、何をしているの?早く来て」

「あぁ、ごめん。じゃあ、また」

驚きで茫然としているユリリアンに笑顔を向け、勇樹は皇女の下に行った。

「なんだ?」

「あなたの仕事を教えてあげるわ」

「あぁ。それは助かるな」

一応皇女にも、新人に仕事を教えるという感覚はあったらしい。

「知ってると思うけど、ここにあるものは全て魔法補助具。非魔法士が魔法を使うための道具よ。市販されているものより副作用が強く、訓練を受けた人間でないと扱えない代物が多いわね」

「訓練を受けていない人間が使うと、どういう副作用が起こるんだ?」

「体の不調よ。頭痛や腹痛、吐き気に倦怠感、ひどい時は使っただけで意識がなくなることもあるみたいね」

風邪の症状にも似たものだが、おそらくその比ではない強い症状なのだろう。

「いろんな種類があるんだな」

「そうね。薬のように体内に取り入れるもの、装飾品のように身体に取り付けるもの、武器のように携帯するものまでいろいろ。皇城では、国の運営に関わる全ての部署で何らかの魔法補助具が使われているのよ」

「その魔法補助具が使えるようになる訓練というは、俺でもできるのか?」

「……使いたいの?」

「できるならな」

皇女の夫という複雑な立場である自分が、その役目を果たすためには、できることは全てやりたかった。

「できなくはないわ。でも、あなたには体力もないだろうし、先に騎士団でトレーニングを受けた方がよさそうね」

「騎士団って……、確か2つあるんだよな」

魔法士の集団である光騎士団と、非魔法士の集団である闇騎士団。

それは公爵夫人からの講義で教わっていた。

補助具を使わない光騎士団は、皇族方のすぐそばで身を隠して守っているということも、

反対に魔法補助具を使って光騎士団と同等の実力がある闇騎士団は、皇族ではなく皇城を守る役目であることも。

「じいに伝えておくから、明日からは闇騎士団の団長に身体を鍛えてもらいなさい。補助具を渡せるのはそれからよ」

「わかった。どれくらいかかる?」

「トレーニング期間は個人差が大きい。でも、あなたはそれほどかからないかもしれないわね」

「なんで?」

「ユウキの身体から微量の魔法が感じられるもの。素質はあるんでしょうね」

「……素質……?」

今まで魔法とは無縁の世界で暮らしてきた自分が、魔法士の素質がある?

そんなありえない言葉に、勇樹はまず耳を疑った。

「俺、今まで魔法とか使ったことないんだけど」

「それはそうでしょう。使えるとは言ってないわ。素質があるだけ。まぁ、今の皇国では素質がある人間も珍しいんだけど」

「使えるのと素質があるのは違うのか?」

「そうね。全然違うわ。だいたい使える魔法士というのも、使おうと思わなければ魔法が出ることもないから、魔法の存在も知らないような環境で育った人間なら、自分が魔法士だということも知らないものなの。そして素質があるというのは、使える魔法はなくても、補助具が適応しやすい人間ということなのよ」

「そういう人間でも、トレーニングは必要あるのか?」

「当たり前でしょう?そんなにサボりたいの?」

「あ、いや、そういうのじゃなくて……ただ知りたいっていうか……」

「別にいいけど。あなた、耳がいいでしょう?」

「耳?まぁ、地獄耳とはよく言われるけど……。それが何?」

確かに生まれつき耳がよかった。小さい音にも反応し、普通は気にならない音が気になる体質だった。まさかそれが魔法の一種だったとは。

「それ、たぶん意思伝達魔法、テレパシーの一種なの。今は魔法がないから、実際聞こえる音だけが拾いやすい状態。その状態で何も対策をしないまま魔法を使うと、聞こえてはいけない音まで耳が拾ってしまう可能性があるのよ」

「聞こえてはいけない音って例えば?」

「わたしがよく聞くのは、人の心の声。わたしの場合は能力のコントロールができるから、ずっと聞こえているわけではないけどね」

「……なるほどな。身体を鍛えることで、魔法をコントロールする力を得るってことか」

「簡単に言うとそういうことね」

「わかった。それなら、早く取り掛かりたいな」

「今日は備品庫の仕事を手伝って。覚えてもらわないと困るわ」

「わ、わかった……」

皇女が何を考えてそう言っているのかわからないが、元々異世界人を婿にするということは、夫が非魔法士でも気にしないということなのだろう。

皇女にとっては、夫が魔法士になるよりも、この忙しい備品庫の人手を増やす方が先決らしかった。


翌日、皇女の指示通りに、テオドールが甲冑姿の男性を連れてきた。

「ユウキ殿下に拝謁致します。ウィクダリア皇国に繁栄を」

膝をついて最敬礼を取った男は、皇族への挨拶でもある決まり文句を言った。

勇樹はそばに控えているトムシエルに視線を送り、彼の頷きを見て、

「頭を上げてくれ」

と告げた。凛々しい顔立ちで、甲冑の下にはかなりガッシリした体が想像できる。

「闇騎士団長のアルヘン・スプリングスでございます」

「スプリングス、よく来てくれた。職務に代わりないか?」

「お気遣いありがとうございます、殿下。異常はありません」

笑顔を見せることもなく、厳しい顔で淡々と答える姿から感じられるのは、誠実さだけだ。

彼が皇女の夫をどう思っているのか不安だが、それは魔法を習得すればわかるものだ。

「スプリングス将軍、キミに頼みがある」

「なんなりと」

「武術を教えてほしい」

「……武術、ですか……。失礼ですが、ユウキ殿下には光騎士の護衛がついていると思います。そのようなもの、不必要では」

「スプリングス将軍、無礼ですよ。お控えなさい」

「申し訳ございません」

テオドールに指摘され、スプリングスはすぐに頭を下げた。

「いや、いい。確かに将軍の言う通りだ」

自分に光騎士の護衛がついていることも初めて知ったが、皇族を守るのが光騎士の役目と考えると、それも頷ける。

「皇太子殿下はもちろん、第二皇子殿下や第三皇子殿下も、武術の心得はあると聞いている。私が武術を覚えるのはおかしくないと思うが?」

「仰せの通りでございます」

「それから、私が守りたいのは自分ではない。詳しいことは言えないが、力をつけたいのだ。そのために、将軍の力を借りたい」

「……承知致しました。仰せの通りに」

「あぁ。厳しく頼む。いつから始められる?」

「殿下がお望みでしたらいつでも」

「それでは、今日の午後から頼む」

「承知いたしました」

皇族からの命令だからなのか、すんなり引き受けてくれた。

「下がってくれ」

「失礼致します」

スプリングスが出て行くと、勇樹は深く息を吐いた。

「お上手でしたよ、ユウキ様。さすがでございます」

テオドールは、勇樹が無理やり威厳を保つ言葉を選んでいたことを察し、微笑みかける。

「よかった……少し緊張していたんだ」

皇女が信頼している彼になら、こんな弱音も吐ける。

「テオドール、午後に使うものの準備を頼みたいんだが。何を使うかわからないから」

「お任せください。しかし、守りたいお相手というのは、皇女殿下ですか?」

「……皇族侮辱罪にされそうだから、言いたくないんだけどな」

「とんでもない。愛する女性を守りたいと願うのは、男の性でございますから」

魔法士である皇女を自分が守るなど、皇女が聞けば不快感を示すだろう。

それでも、皇女だけではない、将来的なことを考えればもっと守るべき存在が増えることも想定し、武術を学ぶことを選んだ。


訓練の間に備品庫の仕事も手伝い、そしてさらに公爵夫人からの講義の時間もあり、忙しい時間が流れるように過ぎていった。

皇女との仲が深まったのかはわからないが、勇樹だけは皇女への愛情が徐々に増していくのを感じた。

最初に言われた浮気をしてもいいという言葉を取り消すこともない。

しかし、たまに勇樹のトレーニングを見ていたり、勇樹が備品庫に来る時はそばで自分の仕事を見て学ぶようにと言ったりと、何かと勇樹に寄り添おうとする。

いびつではあるが、夫婦の形は少しずつ積み上げてきていた。


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