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それから電車や船を乗り継ぎ、着いたのは小さな島だった。
国土の中央に位置する巨大な広場のような場所が、イギリス領ウィクダリア皇国の皇城。
勇樹の子どもたちを気にせずにゆっくり話を聞きたいという気持ちが通じたのか、子どもたちはこの皇国の皇女たちと遊びに行った。
かなりの好待遇に、勇樹は安心して子どもたちを任せ、話すことができた。
応接間に通された勇樹が待っていると、ボトウィッドがある男性を連れて来た。
「こちら、我が皇国のアウグスト・ルシャーナ・ウィクダリア皇帝陛下にあらせられます」
それを聞いて、勇樹もその場に立ち、最敬礼の姿勢を取る。
「皇帝陛下、拝謁致します」
「お客様にそのようなことをされると困りますね。どうぞごゆっくりなさってください」
日本の皇国で身に付けた礼儀作法だったが、ここでは必要ないのか。
といっても、相手が皇帝なら、簡単に作法を崩すわけにはいかない。
一応言われて頭を上げ、皇帝の向かいの椅子に座る。
「日本の皇国の方とお聞きしました」
「ユウキ・ルシア・ランヴェスターと申します。妻が日本の皇国の先皇帝陛下の皇女で、今は女公爵を名乗っております」
「あぁ、なるほど。それでは、今のそちらの皇帝は、あなたの義兄に当たる方と」
「その通りでございます」
日本名ではなく皇国名で名乗ったのが正解だったようだ。
「アールグレーンから聞きました。日本の皇国は、大変な状況のようですね」
「はい。内部でテロ活動が活性化し、皇族と貴族が対応に当たっていると聞いています」
「ユウキさんはどこまでご存知ですか?」
「正直なところ、ほとんど何も知らないのです。私たちの皇帝陛下のご命令を受けて、私は娘たちとともに国外へ亡命しておりますので」
「皇族の血縁を国外へ逃がす程の状況ということですか……」
「……」
それについては、勇樹も口をつぐむ。詳しいことがわからない以上、余計なことは言わない方がいいと思った。
「あの、すみません。ウィクダリア皇国は、世界中に分散しているということでしょうか?」
「あぁ、そうですね。その話からしなければいけませんね」
そう言って、アウグストは隣に立つボトウィッドを見た。
彼は笑顔で頷き、後ろにいたメイドから分厚い本を受け取る。
「これは、この国に残る最も古い記録です」
その本を開くと、そこにはまるで魔法石のように、映像が浮かび上がった。
「魔法石、ですか?」
「よくご存知ですね。その通りです。この本の紙には魔法石が刷り込まれていますので、文字を読むことも映像を見ることもできます」
映し出された映像は、おそらく中世と思われるものだった。
写真すらない時代のものを、映像で見るというのは、なんとも不思議な心地だ。
「我がウィクダリア皇国の始まりは、記録には残っていません。記録にあるのは、16世紀からです。この頃、この辺りでは魔女狩りが頻発しました。我々の先祖である多くの魔法士も魔女狩りによって命を落とし、それまで残っていた皇国の記録も多くが焼かれたそうです」
教科書の絵でしか見たことがない魔女狩りが、まるで映画のように、目の前で繰り広げられる。
おそらく当時のウィクダリア皇国だったらしい巨大な建物は、火に包まれて崩れ落ちていった。
「それまで、皇国という存在はありましたが、魔法士と人間の交流は盛んで、国境などあってないものだったと伝え聞いています。しかし、魔女狩りが始まり、当時のウィクダリア皇国はあっという間に侵略されました。そうした社会情勢から身を守るために、魔法士たちは散り散りになったのです」
多くの魔法士たちが、難民のように身を寄せ合って故郷を離れていく姿。
「我々は本土を離れて島に移住することで、難を逃れた者たちの子孫です。そして先祖代々、その時に散った仲間たちをもう一度集めようとしてきました。が、当時のことがあるせいか、仲間たちがどこにいるのかもわからず……。世界大戦後、私の祖父の代でイギリス政府と話し合い、イギリス領となることでその存在を明かすことを許されました。ウィクダリア皇国が存在しているということに気づいてくれれば、かつて離れた仲間の子孫たちの方から、この国に近づいてきてくれると。……あなたが、初めてでしたが」
まだ100年も経っていないのだが、待ち続けた側の人間からすれば長い時間だったはずだ。
「我々はあなたを待っていました。あなたが来てくれて、本当によかった……」
「……ですが、私は、日本の皇国との連絡手段がありません。亡命中の身で、あちらから召喚されない限り戻ることができないのです」
「それでもかまいません。仲間がどこにいるのかもわからなかった数百年からすれば、日本に仲間がいるとわかったこと自体が、大きな進歩です。我々の方から日本の皇国にコンタクトを取ってみます。何かわかれば、あなたにも必ずお伝えしましょう」
「ありがとうございます」
親切な皇帝でよかった。そのことに、勇樹はホッとした。
「イギリスにはどれくらい滞在されますか?」
「皇国を探すことが目的で来たので、当初の予定は1ヶ月でした。こんなに早く見つかるとは思わなくて……」
「でしたら、1ヶ月、ぜひこの城に留まられてください。日本の皇国について、そしてこの国についても、語り合いましょう。アールグレーン、どこかいい部屋はないか。大切なお客様だ。丁重におもてなしするように」
「かしこまりました、皇帝陛下。それでしたら、我が屋敷にご招待しましょう」
「あぁ、それがいいだろう」
日本の皇国に戻ってきたかのような体になじむ空気に、勇樹は心の奥から安心するのを感じた。
皇帝と話しが終わると、勇樹はボトウィッドとともに応接間を出て、皇城内を歩いていた。
中庭に出てみると
「いらっしゃいましたね」
そこでは、元気に駆けまわる子どもたちが。
「あ、とーしゃま!」
「おとうさま!」
「あー!」
勇樹が中庭に出てきたことに気づき、三姉妹が駆け寄ってくる。
なぜかこの笑顔を見るのも久しぶりのように感じた。
「お友達ができたみたいだな」
「うん!」
あのおとなしいマリアルーナまでも、子どもらしい笑顔で元気に頷く。
「あなたが日本の皇国からのお客様ですね?」
そこへ美しく着飾った女性が、恥ずかしそうな2人の女の子たちを連れて、勇樹に近づいて来た。
「日本の皇国で女公爵の位を頂いているランヴェスターの夫です。娘たちがお世話になりました」
「ふふふ、元気でかわいらしい子たちで、うちの子たちと遊んでくれて助かったわ。皇女ともなると、簡単に他の子どもたちと関わらせてあげられないでしょう?」
「……!皇妃殿下でしたか……」
目の前の女性の正体に気づき、慌ててその場に膝をつく。
「あぁ、いいのですよ」
しかし女性は、穏やかに止めた。
「同じ魔法士、仲間ではありませんか。そんなにかしこまられても困ります。私のことはエステルとでも呼んでください」
「……エステル様」
「さ、リズベット、レーナ。お客様にご挨拶なさい」
「……こんにちは」
「んー……」
皇女たちは母親の背中に隠れるようにしながら、顔だけを出す。
「おじさん、ルーナたちを連れて行っちゃうの?」
そう聞いたのは、大きい方の少女、リズベットだった。
「まだ遊んじゃダメ?」
「えっと……」
「リズベット、そんなことを言ってお客様を困らせてはいけませんよ」
「……リズ」
母親に注意されて不満そうな彼女に、ルーナが手を伸ばした。
「明日、また来る」
「……ほんと?」
「うん。おとうさま、いいでしょ?」
「あぁ、いいよ。リズベット皇女殿下、また明日、娘たちと遊んでやってください」
それを聞いて、彼女は嬉しそうに笑う。
「おー、おー」
アイリスが足元から両手を伸ばしてきたため抱き上げて、皇妃たちと別れた。
「バイバーイ!」
「バイバーイ!」
皇女の元気な声に、マリアルーナとカトレアも勇樹の服の裾を握って歩きながら、何度も振り返って大きく手を振る。
魔法を使う子どもたちを見て、周りに気を遣うことがなくていいのも、ここが皇国だからなのだ。




