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翌日、一家の姿は、イギリスでもかなりの規模を誇る公園に来ていた。
昨日聞いた宮殿のそばの公園だ。
あの話を全て信じたわけではない。が、何かの手がかりがわかればいい。
「わぁああ!」
「きゃああぁ!」
カトレアとアイリスは、遊歩道を歩くだけで楽しそうだ。
宮殿の門が見える前で噴水の縁に腰掛けると、子どもたちはそばの噴水を眺めたり走り回ったりと、遊び始めた。
「ねーしゃま!ねーしゃま!これ、しゅごいよー!」
「しゅーいねー」
マリアルーナも妹たちとともに噴水の水を眺めている。
日本ではないからなのか、姉妹の口から飛び出すのは皇国語だ。
「とーしゃまぁ!」
満面の笑みでカトレアが駆け寄ってきた。その後ろから、マリアルーナとアイリスも。
「どうした?」
「おみじゅ、ちょーらい!」
バッグに入れておいたペットボトルを開け、落とさないように支えてあげながら飲ませる。
「あー、あー」
「アイもな」
手を伸ばしてきたアイリスにも飲ませてあげていると
「ねぇ、とーしゃま」
とカトレアが甘えたような声で言った。
「ん?」
「ここ、かーしゃま、いるのー?」
「いや、ここにはいないな。でも、お母さんのことが何かわかるかもしれないんだ」
「どーやって?」
「……どうやればわかるんだろうな」
「んー?」
そんなこと、勇樹の方が聞きたいくらいだ。幸いカトレアは、それ以上追及することなく、今度は姉にすがる。
「ねーしゃま!かーしゃまのおうた、うたって!」
「……ん。ちょっとまって」
マリアルーナもペットボトルから水を一口飲んで、噴水の縁に腰掛けた。
その両隣に妹たちが集まり、マリアルーナが静かにメロディーを口ずさみ始める。
リリアンローズがよく歌っていた、皇国語の子守唄だ。
アイリスはほとんど覚えていないだろうが、カトレアはなんとなく覚えているのか、それに合わせて歌う。
それはまるで、1年前の光景がよみがえりそうなものだ。
中央に妻がいて、その腕の中にアイリスがいて、両隣から甘えるようにその歌に耳を澄ますマリアルーナとカトレアがいる。
そんな当たり前の光景を、もう1年も見ていないことに、勇樹は驚いた。
日本にいる間、マリアルーナが妹たちの母親代わりのように、中央の役を引き受けてくれているおかげだろうか。
いつかまたあの懐かしい姿を見られる日はくるのか。胸の内にじんわり広がる苦い汁を飲み込んだ時だった。
「あの……」
男性の声が、勇樹に降ってきた。
「ウィクダリア皇国をご存知ですか?」
まるでどこかの宗教勧誘のような言葉。だが、その言語は、間違いなく皇国語だった。
「あなたは……」
驚いた勇樹は、ほとんど声が出ないまま、なんとかその声に応える。
隣で三姉妹が不思議そうに見つめているのも、気づかなかった。
「その言葉は、どちらで?」
間違いなく流暢な皇国語。イギリス人のような風貌の男性に、勇樹は目を見張った。
「……私たちは、日本のウィクダリア皇国の人間です」
固まりそうな唇を震わせながら、皇国語で答える。
「おぉ……日本にも皇国があるのですね……!」
男は感嘆の声を漏らした。
「ぜひ我が皇国にいらしてください!皇帝陛下が喜ばれることでしょう……!」
「ぜ、ぜひ!……と、ルーナ、レア、アイ、行くぞ」
「あ……」
「とーしゃ……!」
「あ、あー」
父に声をかけてきた男を茫然と見ていた三姉妹が、慌てて駆け寄ってくる。
「あなたのお嬢さんですか?」
「はい。この子たちは、日本の皇国の皇帝筋に繋がる子どもたちなんです」
「そうですか」
父親の後ろに隠れてそれでもなお不思議そうに見つめてくる三姉妹に、男は目を細める。
「しかし、珍しいですね。黒髪の魔法士は初めてです。やはり日本の魔法士には多いんですか?」
「あ、いえ、これは……。私は元々ただの日本人で、皇国とは何の関係もない人間でした。いろいろとあって、日本の皇国の先皇女と結婚することになりまして」
「……しかし、貴方からもわずかですが魔力が……」
「詳しいことはわからないのですが、娘が言うには、後から現れたものだと。妻や皇国に確認することができていないので、正確なことはわかりません」
男の顔が理解できていなさそうに固まるのを見て、勇樹はハッとした。
肝心なことを話していなかったのだ。
「私はユウキと申します。日本名はユウキ・ミヤノ。皇国名はユウキ・ルシア・ランヴェスター。私の妻は、日本の皇国の皇女でした。1年程前に義父の退位と義兄の即位式がありまして、それからは女公爵を名乗っています。娘たちはその皇女の娘です」
「これは、これは、ご丁寧にありがとうございます。私はイギリスの皇国で侯爵位を頂いております、ボトウィッド・ル・アールグレーンと申します。我が家門は代々かつて魔女狩りの際に他国へ散った同胞たちを探すよう皇帝陛下より命を受け、その任に就いておりました」
「魔女狩りで散った……って……」
「詳しいことは、皇国についてから落ち着いてお話いたします。しかし、同胞に出会えてよかった……。日本の皇国は、どのような国なのですか?」
「こちらの皇国は日本という国に隠れて密かに発展してきた国で、日本国内にも皇国の存在を知る人間はいません。鎖国のような状態で、日本との交流も全くありませんでした。約1年前、皇国で内乱の可能性があるということで、私と娘たちは、皇帝筋の血を守るという名目で皇国を出、日本の私の実家に頼りながら生活をしています」
「内乱ですか……。失礼ですが、それはよくあることですか?」
「私も妻から聞いた話ですが、以前から小規模のテロ活動などはあったそうです。が、今回のような大規模なものは初めてだと。どれほどの被害になるのか想定できないため、帰省と称して亡命してほしいと頼まれました」
「なるほど。それから連絡は……」
「今のところはまだ。皇国から召喚されない限り戻ることはできないので、待つしかありません。それでも何か情報が得られないかと思って、イギリスのウィクダリア皇国をインターネットで見つけたので、子どもたちの夏休みを利用して探しに来ました」
「それでイギリスにいらしたんですね」
「んー、んー……」
移動しながらずっとボトウィッドとばかり喋っていたせいか、洋服の裾をカトレアが引いた。
「レア、どうした?」
「……とーしゃま、このおいちゃん、だれ?」
大きなエメラルドの瞳で見つめられ、ボトウィッドは微笑んで彼女の前に膝をつく。
「初めまして、プリンセス。私はイギリスのウィクダリア皇国の人間です」
「こーこく?かーしゃま、いる?」
「残念ながら、貴女のお母様はいらっしゃいません」
「……んー……」
母がいないと知り、カトレアは寂しそうに勇樹にすり寄ってきた。




