表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
33/41

33

夏休みの初日、勇樹は子どもたちを連れて、空港にいた。

「“パパ、ひこーきー”」

「“しこーちー”」

「“あぁ、飛行機だな。あれに乗るんだぞ”」

子どもたちの夏休みと重なるように長期休暇を取り、ずっと考えていたある計画を実行しようとしていた。

それは、日本のインターネットで調べて見つけた『イギリス領ウィクダリア皇国』という国名。

地図にも詳しい場所はなく、ただイギリスの国土のどこかにあるということだけだった。

皇国を出てもう1年が経とうとしている。

もちろんまだまだだとはわかっているが、疑問が次から次に溜まり、このままではいられなくなった。

皇国に戻ることはできないが、それでも皇国に関することを調べることはできる。

じっと待っているよりはマシだ。

夏休みの1ヶ月を使ってのイギリス旅行。そう考えて、イギリスに行くことを決めた。

両親や姉には、子どもたちを母親に会わせてくると説明して。

「“パパー、おしっこー”」

「“え、おしっこか?”」

「“おしっこー、でるー”」

「“だからジュース飲みすぎるなって言ったろ……。ほら、トイレ行くぞ。我慢できるか?”」

「“もれるー、もれるー”」

慌ててカトレアを抱えて、トイレに急ぐ。

アイリスの手を引いたマリアルーナも、後をついてきた。

多目的トイレに入り、手早くトイレをさせる。

「“出たか?”」

「“しー……しゅっきり~”」

「“よかったな”」

子どもは本当にのんきだ。こちらは飛行機の時間が気になって仕方ないのに。

「“アイ、お前もオムツ替えようか”」

「“きゃーう!”」

「“ルーナもトイレしとけ。飛行機に乗ったら長いぞ”」

「“うん”」

アイリスとマリアルーナにもトイレを済まさせ、なんとか飛行機には間に合った。

12時間以上のフライトに加え、約9時間の時差。

子どもたちが飛行機で騒ぎ出さないようにと、出発を夕方にした。

日本時間の夜なら、子どもたちの体内時間では眠っていてくれるはずだ。

イギリスに着く頃には、今度はイギリスが夜になるのだが。

幸い空港からほど近いホテルを取れた。空港からホテルに直行し、そのままホテルの室内で大人しくさせていればいい。

勇樹の願いは子どもたちに通じたようで、飛行機に乗って夕食を食べると、子どもたちはすぐに寝てしまった。

アイリスを腕に抱いたまま、子どもたちの寝顔を見つめる。

勇樹も今のうちに寝ておきたいが、それよりも興奮していた。

皇国の秘密に触れてしまうかもしれないという恐怖と歓喜。相反する感情が並ぶ不思議な心情。

インターネットで知れる情報は、もう集めた。

起きていても何もできないと、無理やり眠った。

翌朝は機内食を食べ、ついに飛行機が到着した。


英語に自信はなかったが、そこは補助具のおかげだ。無事に通訳してくれた。

まずはホテルにチェックインする。

ホテルマンの感情も読み取れるため、イギリスでのマナーもわかった。

「“ミスターミヤノ、部屋番号は2322です。お荷物、お持ち致します”」

「“ありがとうございます”」

子どもたちの存在が騒音にならないようにと、それなりに高いホテルを選んだせいか、サービスは抜群だ。

「“イギリス旅行は初めてですか?”」

「“えぇ、まぁ……”」

ホテルマンが荷物を持って案内しながら、にこやかに聞いてくる。

世間話は好きな方ではないが、今回は別だ。確かめておきたいことがある。

「“すみませんが、あなたはイギリス領モニーク皇国という地名をご存知ですか?”」

「“えぇ、もちろん知っていますよ。日本人からその地名を聞いたのは初めてですが”」

「“そこに興味があって、イギリスに来たんです。どこにあるのかとか、どうやって行くのかとか、何かご存知のことがあれば教えてほしいのですが”」

「“えぇっと……すみません、なんて答えればいいか……。その国は、イギリス人でも行ったことがある人はいません。特別な申請が必要なんです”」

「“特別な申請ですか……”」

「“はい。噂では、バッキンガム宮殿のそばの広場に銅像があるのですが、その銅像に手紙を置いておくと、モニーク皇国人が来るらしいのです。そのモニーク皇国人と話ができると、モニーク皇国に連れて行ってくれると。もちろん噂でしかないのですが”」

「“……なるほど。わかりました”」

騙されているのか。外国には、観光客をからかう現地の人もいるという。

それを信じていいのか迷うが、しかしそれが今持っている唯一の手掛かりだ。

イギリス領モニーク皇国につながるものなら、試してみる価値はある。

「“もしよければ、その手紙、今から書いてくれれば、僕が持っていきますよ”」

「“え、いいんですか?”」

「“えぇ、もちろん。僕の帰り道にバッキンガム宮殿を通りますから”」

親切な人なのか、何か他に意図があるのか。

「“……わかりました。じゃあすぐに書くので、お願いしてもいいですか?”」

初めての海外旅行で、最初に出会った現地の人だ。信じたい。その気持ちが勝った。

が、当然手紙には、英語でも日本語でもない、皇国語で文字を書く。

皇国人でなければ解読できないものだ。

そうしてホテルマンにたくすことにした。

「おとうさま」

ホテルマンが出て行ってすぐ、マリアルーナが呼びかけた。

「どうした?」

「あのひと、うそつきだよ」

魔法士の勘ともいうべき直感が働いたらしく、教えてくれた。

「あぁ、わかってる。でもな、親切心が全くないことはないって、信じたかったんだ。大丈夫。中身は皇国語だ。あの人には読めないからな」

「よかった」

マリアルーナなりに、魔法士よりも弱い父親を心配してくれたらしい。

「きゃああ!」

「たあああ!」

ベッドの上で飛び回るカトレアたちに、勇樹は歩み寄った。

「レア、アイ。寝る時間だぞ」

「やだ!レア、ねむくないもん!」

「やー!」

「やだじゃない。ほら、外を見て。もう夜だろ?早く寝ないと、怖いおばけが来るぞ」

「おばけ、やー!」

「やー!」

「じゃあ早く寝るんだ。ルーナもな。……って、ルーナ、何してるんだ?」

「ねむくないから、なつやすみのしゅくだい、するの」

「せめて朝になってからにしような。今日はもう終わり。早くベッドに入って」

勇樹の忙しさは、まだまだ終わりそうになかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ