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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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新しい家は、住宅地の中の一角。

念のためにと周りの家とは若干の距離がある、おしゃれな家だ。

引っ越したその日に、勇樹は自らの魔力でその家の敷地全てに結界を張った。

結界石に魔力をこめて、敷地の四隅に置くだけ。

この結界石は1つなら半径1m以内、2つならその間を平面状に、3つ以上はその範囲内に、魔力を込めた人間に悪意を持つものを入れないというもの。

あの男たちがまた訪ねてこないとは限らない。

勇樹が留守にしている間に子どもたちに接触しないためだ。


「おとうさま、これ、こっち?」

「あぁ、ありがとな、ルーナ。そこに置いておいてくれるか?」

子どもにも持てる小さなバッグを、マリアルーナは一生懸命抱えていた。

「とーしゃまぁ、ここ、おうち?」

「あぁ、そうだぞ。新しいお家だ」

対してカトレアの方は、手伝う様子も見せずにずっと話しかけてくる。

「レアちゃん、あっちいって。アイちゃんとあそんでて」

「いいよー!」

「ルーナ……」

見かねたマリアルーナが、そばの和室で寝かされているアイリスの世話を任せるために、カトレアを追いやった。

実家に置いてあった荷物はそれほど多くなく、全てを車で運び終わると、片付けはほどほどに、届いたばかりのソファに座る。

「とーしゃまぁ、おさんぽ、いく?」

「行きたいか?」

「うん!おやま!」

「山?あぁ……」

正直、もう連れて行きたくはないところだ。あの男に出会わないとは限らないのだから。

「レア、あの山はな、もう行かないでおこうと思うんだ」

「なんでー?」

「じぃじの家と比べてちょっと遠くなったから。ここには、じぃじやばぁばもいないだろう?山に行かなくても、この家でなら魔法を使っていい。それじゃダメか?」

「いいよー!」

魔法を使えればいいらしかった。カトレアが納得してくれたことにホッとし、振り返ると、マリアルーナが不安そうに立っていた。

「ルーナは、山に行きたい?」

「……んーん。おやま、こわい」

こちらは怖い記憶に怯えているようだ。山に行こうとは言わないだろう。

「そうだな。もう行かないから、大丈夫だぞ」

勇樹はそんな娘の頭を撫でた。

「あぁ、そうだ。ルーナ、レア、おいで。アイも一緒に行くか」

「んー?」

「なぁに?」

アイリスを抱き、子どもたちを連れて、勇樹は階段を昇り、最奥の部屋に入った。

何もない部屋。当然だ。まだ何も置いていない。

「ルーナ、アイを抱っこしてくれ」

「ん」

「とーしゃま、なにしゅるのー?」

「いいから。いい子に待ってるんだぞ」

引っ越したら一番にやろうと思っていたことだ。

部屋の隅に置いておいたアタッシュケースを開き、そこからまずは大きな布を取り出す。

アメジスト宮の壁にかかっていた皇族の紋章のタペストリーだ。

子どもたちもそれに気づき、ハッと目を見張る。

カーテンをつけた窓をしっかり施錠し、そこにそのタペストリーを飾る。

そしてその前の床に、魔法石を3つ並べた。

子どもたちが黙って見守る中、その魔法石に均等に魔力を送る。

「おかあさま……!」

その瞬間、マリアルーナが声を上げた。

「かーしゃ!」

カトレアは叫ぶとともに飛び出す。が、当然ただの立体的な映像だ。抱き着けるはずはない。

「かーしゃ!かーしゃ!」

「ごめんな、レア。ただの映像だ。抱っこはできないんだ」

「やああぁぁぁ!」

せっかく母親の顔が見られたのに。なぜいつものように抱きしめてくれないのか。

カトレアが泣き出してしまい、勇樹は慌てて抱きしめる。

まだ見せない方がよかったのか。せっかく新しい生活を楽しみ始めた子どもたちに、また思い出させてしまったのか。

「……おかあさま」

そんな勇樹の不安を、マリアルーナが一声で拭った。

「おかあさま、あいたかった……」

「……ルーナ……」

ずっと心の中にしかいなかった母親の姿が、目の前にある。

それが、マリアルーナは嬉しかった。静かに綺麗な雫を流す。

「ルーナ、寂しくなったか?」

「んーん。うれしい。おかあさまにあえた」

「本物じゃないぞ?」

「しってるよ。まほうせきなの。それでも、うれしい」

「そ、そうか……」

「おかあさま、いいこにしてるよ。レアちゃんも、アイちゃんも、みんなでいいこだよ。だから、はやく、おむかえきてね」

映し出された映像に向かって微笑む娘の横顔は、妻によく似ていた。


続いて勇樹は、食材の買い出しに出かけた。

カトレアはなんとか落ち着いたが、まだ離れようとしない。

そのためアイリスを背中に負ぶい、カトレアは抱っこしていた。

マリアルーナは母の姿を見て落ち着いたらしく、無邪気さを取り戻し、それでもよく手伝ってくれた。

「おとうさま、これ?」

「あぁ。そのカゴを、そのカートに載せてくれ」

「ん」

「ありがとな」

買い物カゴをカートに載せ、そこにカトレアを座らせようとしたが、

「やぁ……とーしゃぁ……」

泣きそうな声でそう言われれば、抱っこをやめることもできない。

仕方なく片手で押そうとすると

「あたし、おす」

とマリアルーナが言ってくれた。

「ありがとう」

何度目かわからないお礼を言い、スーパーの中に入っていった。

「なにかうの?」

「今日のご飯だな。何食べたい?」

「なんでもいい」

「レア、何か食べたいものあるか?」

「んー……やぁ、のぉ……」

まだ機嫌は直らないようだ。

その方がよかったかもしれない。なにせ勇樹は、まともな料理ができないのだ。

皇城で食べていたような料理名を言われれば、作れる自信は当然ない。

「“引っ越し蕎麦でも作るか……”」

簡単で無難そうなものを選び、他の食材も選びながら、目的のものを選んだ。

最後にお菓子コーナーに行き、

「ルーナ、好きなの選んでいいぞ」

と言うと、マリアルーナはすぐにお菓子たちを選び始めた。

「レアも、ほら、お菓子だぞ。何かほしいのあるか?」

「……とーしゃ」

「お父さんはここにいるだろ?どこにも行かないからな」

「……んー……」

「あ、ほら、美味しそうだな。これ食べるか?」

近くにあったチョコレート菓子を見せてみるが、それでもカトレアの機嫌は直りそうにない。

「……お母さんに会いたいよな」

「……かーしゃ……」

「お父さんも会いたいよ。でも、今は仕方ないんだ。お母さんは頑張ってる。だから、レアも頑張って我慢しような」

「……がまん……」

「そう、我慢だ。お父さん、知ってるぞ。レアがすごくいい子だって。我慢できる強い子だって。違ったか?」

「レア、いいこ」

「そうだよな」

「……かーしゃ、おむかえ、くる?」

「当たり前だろ。こんなにかわいい子と離れて平気なはずはないからな。お母さんはな、ああ見えて、すごく寂しがり屋なんだ。だから、ルーナやレアを早く呼び戻せるように頑張ってるんだぞ」

「……かーしゃま、さみしい?」

「そうだぞ。レアと同じ気持ちだ。レアが寂しいって泣いてると、お母さんもきっと泣いてると思う」

「……!」

それを聞いたカトレアは、ハッと目を見開いた。涙に濡れた緑色の瞳が、大きくなる。

「……レア、がまんしゅる」

「我慢できるか?」

「ん。かーしゃま、ないちゃ、らめ」

「そうだな。お母さんが泣くと、レアも悲しいよな」

「かなし」

「お母さんもレアが泣いたらきっと悲しいはずだ。でもな、我慢ばっかりはよくない。お母さんのことは我慢してほしいけど、それ以外はしなくていいからな。悲しくなったら泣いていいし、怒っても笑ってもいい。お前の気持ちは、お父さんが全部受け止めてやるからな」

「ん」

もうその顔に悲しみはなかった。

「いい子だ。じゃあほら、お菓子を選んでおいで」

床に下ろすと、カトレアは先にお菓子を選んでいた姉の下に駆け寄っていった。


その日の夕食は、スーパーの総菜の天ぷらを載せた天ぷらそばが並んだ。

実家で暮らしていた時も、子どもたちは天ぷらを美味しそうに食べていた。

だから大丈夫だろうと思ったが、

「……これ、いらない」

「レアも、やー」

マリアルーナとカトレアは、なぜかそれを拒否した。

「ど、どうした?天ぷら、好きだろ?」

「こっちのはしゅきー。れも、こっちはやー」

天ぷらはいいが、その下の蕎麦がイヤらしい。なぜだろう。

確かに皇国にそばというものはなかったが、生魚を食べる習慣がなくても刺身は喜んで食べていたはずだ。

しかし、本人たちがそう言うのだ。無理強いすることはできない。

「じゃあ、食べられる分だけ食べろ。お父さんの天ぷらもあげるから」

蕎麦アレルギーというものもあると聞く。もしかすると、蕎麦は魔法士の身体に良くないのかもしれない。

しかし子どもたちは、気にすることなく蕎麦の汁に浸かった天ぷらを食べ始めた。


蕎麦以外のものは特に嫌がることもなく、食欲は旺盛だった。

蕎麦アレルギーかとも思ったが、蕎麦粉が入ったお菓子も食べる。

それならなぜと、疑問は全く解決しそうになかった。


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