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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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目の前が暗い。でも、体が軽い。

意識を取り戻した勇樹は、はっきりしない頭で、ぼんやり考えた。

まるで数日間眠ったかのように、信じられないほど体が軽い。やがて頭も働くようになった。

「……!」

その瞬間、思い出した。あの山で起きたこと全てを。

慌てて目を開けると、そこは山ではなかった。見慣れた天井と畳、そして心地よい布団。

「“あら、起きたの?”」

その時、すぐ横の襖が開き、母親が入ってきた。

「“子どもたちは?!”」

母親に尋ねてすぐ、襖からマリアルーナとカトレアが飛び込んでくる。

「おとうさま!」

「とーしゃ!」

「ルーナ!レア!」

体を起こし、小さな2つの体をしっかり受け止める。

「よかった……。アイは?アイはどこだ?」

「あっちでねてる」

「……そっか……」

なんとか子どもたちはみんな無事のようだ。

自分が気を失った後何があったのか、どうして手を出さなかったのかわからないが、とにかく無事だ。それだけでよかった。

「ルーナ、アイを連れてきてくれるか?」

「やぁ……」

マリアルーナに頼もうとしたが、彼女は目に涙を溜めて、父にしがみつく。

「あぁ……驚かせてごめんな。もう大丈夫だから」

「おとうさま……!」

「とーしゃぁ……っ」

「レアもごめんな」

2人とも泣きじゃくり、説明してくれそうにはない。あとでマリアルーナの記憶でも見せてもらおう。

「“感謝しなさいよー。ルーナちゃんが、お父さんが倒れたって知らせてくれて、わたしとお父さんで山を登ってみたら、本当に山の中で倒れてるんだもの。びっくりしたわよ”」

「“……そっか。心配させてごめん。ちょっと疲れが溜まってたみたいで”」

「“いったいどこで疲れるのかしらねぇ”」

母親にはわからない。あの時、何が起こったのか。

そして勇樹も、補助具を使おうとした瞬間に現れたあの頭痛の意味は、全くわからなかった。


その日の夜、子どもたちを寝かしつけた勇樹は、一度部屋から出た。

今日は興奮していたらしく、子どもたちはなかなか眠ってくれなかった。

おかげで、いつもは1つで済むはずの寝物語を、今日は3つも読んだのだ。

キッチンで水を飲んで、もう一度部屋に戻る。

すると薄暗い部屋の中で光っているものを見つけた。

「……ルーナ?」

小さな背中に呼びかけると、長い髪が揺れて振り返る。

「まだ起きてたのか?早く寝ないとダメじゃないか」

「……だめじゃない」

「何してるんだ?」

暗い顔をしているのが気になって、手元を覗き込んでみる。

そこには、勇樹が補助具を保管していたあのアタッシュケースがあった。

「おとうさま、これ、つかっちゃだめ」

「なんで?」

「……だめなの」

「えーっと……お父さんは使わせてほしいな。これがないと、ルーナたちを守れないだろう?」

「……でも……」

できるだけ否定はせずに、マリアルーナの言葉を聞く。

「……これ、つかったら……おとうさま、くるしい……」

「あぁ、今日のは違うんだ。ちょっと調子が悪かっただけで、いつもはちゃんと使えてるだろ?だから、もう大丈夫だぞ」

「ちがうの」

「何が?」

「んっと……わかんない、けど……ちがうの……!」

「大丈夫だぞ、ルーナ。ルーナの話、ちゃんと聞くから。知ってる言葉だけでいいから、ルーナが何を思ってるのか、教えてくれないか?」

「……あのね……おとうさまね、これ、つかったら……えっと……まほうが、いっぱいになるの。おとうさま、まほうしだから……、だから、これ、つかったら、ダメ」

いろいろとぶっ飛びすぎてついていかない。が、マリアルーナの語彙力ではこれが精いっぱいなのだろう。何とか今の言葉を理解しなければ。

「えーっと……、ルーナ?一応確認だけど、お父さんは魔法士ではないぞ?元々はここの……魔法がない国の出身なんだ。だから」

「ちがうよ」

「ん?なにが?」

「おとうさま、まほうしだよ。あのね、とちゅうから、でてきたの」

「途中から?って、いつから?」

「……わかんない」

肝心なところがわからない。本当に自分が魔法士なのかも、これでは怪しいところだ。

皇国だったら、妻や皇帝に確かめることもできるのに。

それでも娘にこれ以上の説明を望むのは無理だろうと、諦めるしかなかった。

「わかった。ルーナ、ありがとな」

「ん……」

「ルーナ、嫌だったら答えなくていいんだけど……、お父さんが倒れた後、あいつらはどうしたんだ?追ってこなかったのか?」

「んーん。こわかった」

「……ちょっと、記憶を見せてもらってもいいか?」

「ん」

マリアルーナは頷いて、手を伸ばしてきた。その手を取ると、すぐに頭に映像が流れ込んでくる。

目の前に倒れている自分。頭に響く声。

その直後、視界に移りこんだのは、疲れ切った顔に笑みを浮かべたあの男。

涙で歪む視界の中で、その男は手を伸ばしてくる。

しかし次の瞬間、その男は顔を歪めて手を引いた。

『なんだ……?』

男は再び手を伸ばしてくる。しかし何かに手を弾かれていた。

苛立った男は、続いてそばで泣いていたカトレアに伸びる。

すると男が触れそうになった瞬間、カトレアを守るように壁のようなものが現れた。

その壁に手を弾かれて、男はカトレアに触れることもできなかった。

アイリスにも同じように弾かれてしまい、男たちは憎々し気な顔を残して去っていった。

「これは……」

全てを見ても、何が起こったのかわからなかった。

わかるのは、魔力のようなものが子どもたちを守ったということだけ。

「あのね、おかあさまのまほー、かんじた」

「お母さんの?……なるほどな」

リリアンローズが子どもたちを守る魔法をかけていたのだろう。

確かにそう聞けば、なんとなく納得はできる。

「ありがとな。助かったよ」

「ん」

「じゃあ、ほら、早く寝ようか。明日は新しいお家に行くからな」

「うん」

マリアルーナが布団に潜り込むと、勇樹はその隣に横になって再度寝かしつけた。


娘たちが全員寝ても、勇樹は寝付けなかった。

マリアルーナの言葉が気になる。自分は魔法士だと、あとから魔法を持ったのだと。

子どもの言葉だと聞き流すことはできるが、魔法士の言葉だと思うとそれもできない。

月明りだけの薄暗い部屋の中、試してみることにした。

補助具を外し、両手に魔力を集中させてみる。すると、両手がぽうっと淡い光を放った。

確かに魔法だ。が、なぜ自分に魔法が?

確かにかつて、魔法の素質はあると妻に言われた。しかし、それは補助具が適用しやすいだけだとも。

後天的に魔力を授かることはできるのだろうか。

そんな勇樹の疑問に答えを出せるものは、ここには何もなかった。


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