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「“ただいまー”」
勇樹が玄関を開けると、すぐに元気な足音が聞こえてくる。
「とーしゃま!」
まず飛び出してきたのはカトレア。そしてその次には、マリアルーナも。
「ただいま、レア、ルーナ。いい子にしてたか?」
「うん!レア、いいこよ!」
「ん。いいこ」
スーツ姿のまま2人を抱き、リビングに入っていく。
「“ただいま、母さん。面倒見てくれてありがとう”」
「“おかえり。かわいい孫たちだもの、嬉しいよ。それで?面接はどうだったの?”」
「“あぁ、合格だって。来年からだけど”」
「“そう……よかった……”」
今日はこれから務める会社の面接の日。田舎の工場の倉庫管理業務だったが、給料がよく、時間にも自由が利いた。
「とーしゃま、へんなおよーふくー」
「んー?これは特別な時の服なんだ。お母さんの特別な時のドレスと同じ感じだな」
「うん!とーしゃまのとくべつとしょっくぃ!」
皇国にも特別な時の礼服というものはあり、特にパーティーの時のドレスコードは年に何度も着るものだった。
日本のスーツとはまた少し別のものだが、子どもの目には似たものに映っても仕方がないだろう。
「アイもいい子にしてたかー?」
リビングで座布団の上に寝かされていたアイリスを覗き込むと、かわいらしい笑顔で手足を動かす。
「じゃあ、着替えてくるから、まだもうちょっと待てるか?」
「いいよー!」
カトレアはまた笑って、リビングの机のそばに座った。それを見て、勇樹は部屋に戻っていく。
「……おとうさま」
しかしマリアルーナは、なぜか部屋までついてきた。
「どうした?ルーナ」
こちらはなぜか元気がなさそうだ。何か不安なのだろうか。
「おいで」
畳の上に膝をついて手を広げると、マリアルーナはその腕の中にすっぽり収まる。
「どうしたんだ?お父さんに話せるか?」
「……おとうさま」
「ん?」
「おかあさま、おむかえ、こないの?」
「あぁ……、そうだな。遅いな」
「あたし、ちゃんとまてるよ。いいこにできるよ。でも……、おとうさま、おかあさまのとこ、もどらないの?ずっとこっちにいるの?だから、おうちさがしたり、おしごとしたり、するの?」
涙に染まる声。ずっと不安だったのだろうか。
「……おうちに、かえりたい……」
「ルーナ……」
「おかあさまのおうちがいい。おかあさまといっしょがいい。……こんなとこ、きたくなかった……」
5歳の子どもにこれだけのことを言わせてしまった。
「ルーナ、ごめんな。大人の都合で振り回して、なんにも説明しなくて、ごめんな」
勇樹は娘を強く抱きしめ、そう呟いた。
妻と同じ銀色の長髪に緑色の瞳。妹たちとも違う、彼女だけが持つ完全なモニーク皇国の皇族の姿。
「お前はもう5歳、お姉さんだ。わかることもあるかもしれないな」
「わかるよ。おおきくなったら、おかあさまのあとをつぐの。こうしゃくけだから、あたしかレアちゃんかアイちゃんがそうしないといけないの。でも、レアちゃんもアイちゃんもちいさいから、あたしがするの。それで、カイラードにいさまのおてつだいをするの」
「……よく、知ってるな。でも、お父さんもお母さんも、絶対そうしてほしいって思ってるわけじゃないぞ。今はまだわからないかもしれないが、ルーナが大きくなって別にやりたいことができたら、それを応援する。レアやアイもそうだ。公爵家っていっても、カルティエート公爵家と違って純血統ではないからな。お母さんの代で途切れても、大丈夫なんだ」
「……でも……、あたし、おかあさまがすき。おかあさまとおんなじこと、したい」
「今はそれでいい。でも、絶対とは思わないでほしい。ルーナにはまだ無限の可能性があるんだ」
「……うん……」
なんとなく不服そうな顔だ。納得できないのだろう。
「この国で家や仕事を探しているのはな、お母さんにお願いされたからなんだ」
「おかあさまに?」
「あぁ。この国で目立たないように、ずっとここに住むつもりで過ごしてほしいって」
「なんで?」
「わからないな。お母さんの考えることは、皇帝陛下にもわからないだろう?」
「うん。おかあさま、すごいの」
今までにない大きな嵐が通り過ぎた後、自分は生きていられないからという思いからだとしても、そうは思っていなかった。
彼女は生きている。そして必ず、迎えに来てくれる。
大きな革命だ。皇帝や妻の反応からして、おそらく長い時間、彼らと闘うことになるのだろう。
それでもいつか、何年、何十年と経っても、いつか必ず。勇樹はそう信じていた。
「ルーナ、出かけようか」
「おでかけ?」
「あぁ。魔法の練習も必要だろう。ここに来て、ずっと使ってないもんな」
「うん……」
「皇国に戻ったら、魔法は必要になる。お前が公爵家を継ぐなら、なおさらだ。人が誰もいないところで、練習しておこう」
「……!うん!」
それを聞いたマリアルーナの顔は、今までにないほど明るく輝いていた。




