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「とーしゃま、こぇなーに?」
「この国の食器だな。かわいいのを買おうな」
食事を終えた勇樹たちが向かったのは雑貨屋。
子ども用の食器がなかったため、子どもたちの食欲を刺激できそうな食器を買うためだ。
「レア、こぇがいー!」
さっそくカトレアは、子どもらしいキャラクターもののプレートを見つける。
「かわいいな」
「うん!かわいー!」
「これはご飯を載せるものだから、スプーンとフォークがいるな」
「ないふはー?」
「ここではナイフを使うようなものは食べないんだ」
2歳といえど、食事マナーはある程度習っている。それが皇族の務めだったからだ。
「ルーナ、お前も好きなのを選んでいいんだぞ」
「……ん」
マリアルーナは、少し離れた先を指した。そこにあったのは、どちらかというと大人っぽい、高級感溢れる食器のセットだった。
おそらく彼女は、母と過ごした皇城の食器に近いものを選びたいのだろう。
「……わかった。じゃああれにしよう。お父さんも同じのを買おうかな」
「ん」
それを聞いて、マリアルーナは嬉しそうに笑った。
「とーしゃま、アイちゃのは?」
「アイはまだ赤ちゃんだから、食器は使わないだろ?」
「んーん。アイちゃ、すぐおっきくなぅよー」
確かにもう生後半年だ。子どもの成長はあっという間というのも、上2人の育児で充分実感している。
「……じゃあ、アイの分も買っておこうかな」
幸いお金がないわけではない。会社員時代の貯金もあるし、リリアンローズからもらった高額な宝石もまだ全て残っている。
だからアイリスの分の子ども用のかわいらしい食器を買った。
その後も洋服やおもちゃなど、子どもに必要なものを中心に買いそろえていった。
そうして最後は、地元の近くの住宅街に行く。
「“姉貴、これ、助かった”」
「“これくらいのことなら別に。それで?今度はお守り?”」
「“あぁ。不動産屋とハローワークに行きたいからさ。こいつらがいると、ゆっくり選べないし。頼めるか?”」
「“いいけど……。お父さんと離れて大丈夫?人見知りは?”」
「“レアとアイは大丈夫だ。ルーナがちょっとするかもしれないが、大人しくはできるから”」
「“そう”」
姉に説明し、続いて後ろで不思議そうに立っているマリアルーナとカトレアを見る。
「2人とも、お父さんは今から行くところがあるから、伯母さんと待っててくれるか?」
「いーよー!」
カトレアは元気に手を挙げて応える。が、やはりマリアルーナは、不安そうだ。
「ルーナ、大丈夫だ。することが終わったら、すぐ戻ってくるから」
「……あたし、いいこに、するよ」
「あぁ、ちゃんとわかってる。でもな、お父さんはいろいろすることがあるから、ルーナが一緒にいるとルーナを守れないかもしれない。だから、ここにいてほしい」
「……おしごと?」
「お仕事……みたいなものだな。ほら、お母さんもお仕事に行くことはよくあったけど、ちゃんと帰ってきてくれただろう?それと一緒だ」
「……わかった。あたし、いいこにできるよ」
「頼むな。カトレアは、伯母さんにわがまま言わないこと。アイの世話も頼むぞ」
「うん!とーしゃま、ばいばい!」
マリアルーナのように不安そうにされても心配だが、カトレアのように全くされないと少し寂しく感じる。そんな複雑な親心を感じながら、勇樹は娘たちを姉に任せた。
まずは不動産屋で子どもたちと暮らせる家を探す。
「この辺りに家族4人で暮らせる家とかってありますか?」
「一軒家をお探しですか?」
「……そう、ですね。はい。一軒家で」
「ご家族というと、奥様とお子様……」
「あぁ、いえ。妻はいなくて、子どもが3人。5歳から生後半年まで3人いるので、この辺りが育児に向いていると聞いて」
「そうですね。幼稚園や保育園、小学校も徒歩で通える距離にありますし、中学校や高校へも交通のアクセスがいいので、おすすめですよ」
担当の男性はそう言いながら、希望に合う家を探していく。
「あ、こちらとかどうでしょうか?間取りはこんな感じで……、4LDKですから、お子様が成長された時の子ども部屋もありますし、お父様のお部屋もあります」
「……えーっと……これって、隣はすぐ隣家ですか?」
「えぇ、そうですね」
「だったら、もう少しスペースがある方が……。あ、や、やっぱり子どもがいると、騒音とか気になりますので」
「あぁ、それはそうですね。ちなみに、ご予算はどれくらい……」
「どれくらいが妥当なのかわからなくて決めていません。ただ、庭つきですぐに入居できるところがいいですね」
「そうなりますと……、この辺りで一軒家ですと、2000万円から3000万円くらいでしょうか。ローンを?」
「あ、えっと……そうですね。ローンで」
一括でも払えるが、今のところ無職の人間が一括払いでそれだけの大金を出せば、何かと目立ちそうだ。
余分な金がかかってしまうのはもったいないが、分割払いでローンを組んだ方が自然である。
そうして希望に沿う家が見つかり、その日のうちに内見を済ませて契約をした。
続いてハローワークでいくつか仕事のあてを探すと、もう夕方になっていた。
思ったより時間が掛かってしまった。急いで子どもたちが待つ姉の家に行くと
「“おかえり”」
姉はなぜか疲弊していた。
「“……ごめん。うちの子たちが何かした?”」
「“父親がいなくなって寂しかったみたいよ。あとお昼寝させてないんでしょ?”」
「“あ、うん。今日はいろいろ買い物もあったから……。子どもたちも眠そうにはしなかったし、いいかなって”」
「“そのせいね。すぐに眠そうにして、ほとんど泣き寝入り”」
昼寝をするとは思わなかった。確かに皇城でも昼寝は絶対で、その間も必ず誰かがそばにいる。
勇樹に仕事さえなければ、リリアンローズの代わりに寝かしつけることも多かった。
「“ごめん……”」
「“わたしは別にいいわ。でも、これから大丈夫?あんた、仕事なんかしたら、この子たち”」
「“なんとかするよ”」
柔らかい絨毯の上に並んで眠る娘たちのそばに座り、そっと頭を撫でた。
寂しい思いをさせてしまった。リリアンローズの『子どもたちに苦労はさせたくない』という言葉を思い出す。
本当に全く苦労させずにとは無理だろうが、せめて寂しい思いはさせたくなかった。
それが妻との約束だと思っていた。いつか妻と再会した時に、胸を張れるように。
「“で?何も説明はないわけ?”」
「“え?”」
「“急に帰ってきて、子どもがいるからチャイルドシート貸してくれとか、子どもたち預かってくれとか、勝手なことばっかり言って?いったい何がどうなってるの?リリィさんは?”」
「“あれ?母さんから聞いてないのか?”」
「“ないわよ”」
「“ご、ごめん……。リリィは単身赴任中。それがどれくらいかわからないから、俺1人で3人も面倒見るのは大変だろうって、日本の頼れる人が近くにいる環境で育児をすることを勧めてくれたんだ”」
「“リリィさんの家族は?”」
「“もちろん国にいるけど、義実家は頼りづらいだろ。そりゃいろいろ良くしてもらってるし、仲もいい方だとは思うけどさ”」
「“まぁね。そういえば、どこの国だっけ?”」
「“ヨーロッパのイギリス領ウィクダリア皇国。日本での知名度は皆無”」
「“そんな国、あったっけ?”」
「“ネットで調べたら出てくると思うぞ”」
今日の午前中、役所で得た情報だけでなんとかそう言った。
帰ったら買ったばかりのスマホで調べてみなければ。
久しぶりの姉弟の会話はしばらく止まらず、結局夜ご飯ギリギリまで姉と話し、それからようやく帰途についた。




