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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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「おとうさま、どこいくの?」

その日、子どもたちを連れて外出することにした。

「新しいお家とお家に必要なものを探しに行くんだ」

「おうちかえる?」

「お母さんがまだ迎えに来てないから、まだだな」

「きゃああああ!」

父と手を繋いで確認する長女とは対照的に、父親から離れて鳥のように両手を広げて走り回る次女。ちなみに三女は、今日も勇樹の背中で熟睡中だ。

まず立ち寄るのは、その地域の役所だ。

リリアンローズに言われた通り、周りに怪しまれないように永住するつもりで準備をするとすれば、子どもたちの戸籍を作るところから始まるのだ。

「とーしゃま!とーしゃま!」

「レア、静かにして」

役所のソファで順番を待っている間、マリアルーナは1人で絵本を読むが、カトレアはまだ文字が読めないせいか元気に話しかけてくる。

「次の方、どうぞー」

ついに順番が来た。

「“すみません、子どもの戸籍を作りたいのですが”」

「“は……?”」

役所の受付の女性は、戸籍を作りたい旨を伝えると、まず訝し気な目を見せた。

当然だ。まだ幼いとはいえ、マリアルーナで5歳。日本では戸籍を持っていないとおかしい年齢なのだから。

「“あ、すみません。7年以上海外に住んでいて、先日戻ってきたばかりなんです。これからは日本に永住する予定なので、子どもたちに日本の国籍を作っておこうと”」

「“あぁ、わかりました。それでは、こちらの用紙に必要事項を記入してください”」

差し出された3枚分の紙にうんざりしながら、それでもさっそくペンを持つ。

勇樹のそばから興味津々に覗き込んでいたカトレアに、女性が微笑んだ。

「“こんにちは”」

「“ちゃー”」

カトレアは元気に片手を挙げて応える。

「“あ、日本語わかる?”」

「“ちょっとよ”」

「“そう、すごいね。パパが教えてくれたの?”」

「“うん!”」

「“お名前は?”」

「“かとれあ!”」

「“カトレアちゃん?かわいい名前だね。そっちのお姉ちゃんは?”」

「“……マリアルーナ、ミヅキ……です……”」

「“ミヅキちゃん。お姉ちゃんもかわいいね”」

褒められて照れたのか、それとも単に警戒しているのか、マリアルーナは勇樹の背中に隠れてしまう。

「“あら……。人見知りさんかな?”」

「“すみません”」

「“いえいえ、大丈夫ですよ。今までどちらにお住まいだったんですか?”」

「”北欧の方の小さな国に。妻がそっちの人間で“」

「“そうなんですね!”」

人当たりがいい女性だ。なんとなく好感を抱きながら、ペンを進めていく。

「“あの、この辺りで家と仕事を探そうと思っているんですけど、どこに相談したらいいとかありますか?”」

「“お仕事でしたらハローワークですね。併設されているので、話をしておきましょうか”」

「“あぁ、いえ。もうしばらく落ち着いてからと思っているので。子どもたちの保育園や学校も探さないといけませんし”」

「“あ、そうですね!だったら、朝日ヶ丘辺りがいいかもしれません”」

「“母もそう言っていました。姉がその辺りにいるそうなので、後で顔を見せに行こうかと”」

「“あ、こちらご出身の方だったんですね!”」

「“えぇ、まぁ……。あ、これでいいですか?”」

「“はい!ありがとうございます。受理しました”」

ようやく3枚分を書き終え、女性に渡す。

「“あんねー、おうち、しゃがしゅのよー”」

「“そうなんだね。いいお家が見つかるといいね”」

「“うん!”」

「“レア、おいで。お姉さんはお仕事があるんだ”」

「“おしごとー?ママとおんなじね!”」

「“そうだな。すみません……”」

「“いえいえ”」

仕事の邪魔をしてしまうことを謝り、目の前で記入した内容がパソコンに入力されていくのを見る。

「“奥様の国籍はわかりますか?”」

「“あ、はい。えっと……北欧の、ウィクダリア皇国っていう……”」

「“え?”」

当然きょとんとした顔だ。この世界には存在しない国なのだから。

「“しょ、少々お待ちください”」

女性は慌ててパソコンを操作する。おそらく調べているのだろう。

「“あ!あぁ!ありました!イギリス領ウィクダリア皇国!こちらですね!”」

「“あ、はい”」

あった?まさか。わからないが、役所の人間を納得させられたなら、それでいい。

「“奥様の日本国籍は取得されないのですか?”」

「“今は単身赴任中で外国にいるので、帰ってから話し合おうと思っています”」

「“わかりました”」

これでいいのか戸惑うまま、元々決めた設定通りに答えていく。

「“これで以上ですね。お嬢さんたちは無事日本国籍を取得されました”」

「“ありがとうございました”」

どうにか騙せたらしい。安心しながら役所を出た。

「ふぅ……」

「おとうさま、たいへん?」

「ん?あぁ、大丈夫だ。さて、買い物に行くか」

「いくー!」

カトレアの元気な掛け声とともに、一行は歩き出した。


かつて取得した運転免許は、なぜか更新されていた。おかげで車が使える。

が、チャイルドシートやベビーシートがあるはずはない。

まずはそれを借りるために、姉が住む家へ向かうことになった。

「“姉貴、突然ごめん”」

「“別にいいわよ。ほら、ベビーシートとチャイルドシート。どっちも1つずつしかないけど”」

事前に連絡をしていたおかげで、準備をしてくれていたらしい。

「“助かるよ。今日揃えに行くから、夕方には返せると思う”」

「“……にしても、あんたが父親ねぇ……”」

「“何を今さら……。俺からすれば、姉貴が母親なのもびっくりだ”」

「“いうわね、弟のくせに。うちの子たちは男の子だから、仲良くできるかしら”」

「“次女は大丈夫だろうな。上の子が人見知りなんだ”」

「“そういうものね。じゃあほら、早く行きなさい”」

「“ん、助かった”」

この後の予定もあるため、とりあえずは簡単な挨拶だけで、車に戻る。

「とーしゃま!きた!」

「ルーナ、レア、ちょっと降りて。ルーナ、アイを抱っこしててくれるか?」

「ん」

「あー!」

カトレアはさっそく勇樹の姉美奈子を見つけて、駆け寄っていく。

マリアルーナも、アイリスを抱っこしたまま、妹の後を追った。

その間に助手席と後部座席に手早くシートを設置していく。

ようやく終わり、子どもたちを呼びに行った。

「“おばちゃ、おばちゃ”」

「“伯母ちゃんかぁ……。ミナちゃんって呼んでくれない?”」

「“みなちゃ?”」

「“そうよ。伯母ちゃんのお名前、美奈子だから、ミナちゃん”」

「“ミナちゃ!”」

さっそく懐いたようだ。本当に人見知りをしない子である。

「“ありがとな、ルーナ。レア、伯母ちゃんにバイバイして。お買い物に行くよ”」

「“誰が伯母さんよ”」

「“いや、伯母さんだろ、関係的に”」

「“まだおばさんじゃない!ミナちゃん!”」

「“あー、はいはい。じゃあ、あとでな”」

まだ遊びたがるカトレアを連れて、姉と別れた。

「アイ、大人しくしてくれよ」

「うきゃあ!」

とりあえずはまだご機嫌だ。

「れあ、こっちー?」

「あ、レアはまだだ。そこはルーナ。レアはまだ待って」

後部座席にベビーシートと、アイリスの世話ができるマリアルーナ。そして助手席のチャイルドシートにカトレアを乗せることにした。

ようやく子どもたちを座らせて、それぞれシートベルトを確認して、車が動き出す。

子どもはシートを嫌がることが多いと聞いて不安だったが、見慣れないものが楽しいカトレアとアイリスの2人は、特に嫌がる様子も見せずに座っている。

久しぶりの運転に加え、子どもたちを乗せているという緊張感のせいで、安心はできないまま、近くのショッピングモールへ繰り出した。


まずはお昼ご飯にと、ショッピングモールのファミレスに入る。

「とーしゃま、ここ、なーに?」

「ご飯を食べるところだ。お前たちは“お子様ランチ”でいいな」

「“おちょしゃま”?」

「子ども用のご飯だ」

勇樹も適当に選び、店員に注文する。お子様ランチにはドリンクバーがついているということで、注文が終わると子どもたちをドリンクバーに連れて行く。

子どもの目線では少し高かったため、我慢ができなさそうなカトレアから抱き上げた。

「ジュースは何がいい?」

「こぇー!」

カトレアは一番目を引いたらしい炭酸ジュースを指す。

「それは飲めないだろ……。本当にこれでいいのか?口の中が痛くなるかもしれないぞ」

「こぇがいいの!」

「あぁ、わかった、わかった」

追加料金がないドリンクバーだ。飲めなければ、おそらく飲めるであろうオレンジジュースやリンゴジュースを代わりにすればいい。

「ルーナ、待たせてごめんな。ほら、どれがいい?」

「……こっち」

マリアルーナはまず、メロンソーダを指す。母の瞳と同じ色だったからだ。

物珍しいものに目を引かれるのは姉妹の共通点のようだ。

だから勇樹は、まずその2つをコップに入れた。

席に戻り、料理が来るまでそのジュースで我慢させる。

「少しずつ飲むんだぞ」

マリアルーナにはコップを渡し、隣に座るカトレアのコップは持ってあげる。

「んー……っ」

カトレアが顔をしかめた。

「こぇ、やぁ……」

「……やっぱり……。だから無理だって言ったろ。ルーナは?」

ストローで1口吸い込んだマリアルーナも、知らない味に驚き、一瞬顔をしかめる。

「別のを持ってくるから、2人とも待ってろよ」

子どもたちを残したまま席を立ち、それぞれジュースを入れたコップを洗い、皇城でもよく飲んでいた100%のオレンジジュースを入れる。

「ほら、オレンジジュース。これなら飲めるだろ?」

「レア、おぇんじ、しゅきー!」

「ん」

見慣れたオレンジ色に、カトレアはすぐに飛びつき、マリアルーナも手を伸ばした。

しかし一口飲むと、2人ともまた顔をしかめる。

「こぇ、ちぁう」

「ん?何言ってるんだ?オレンジジュースだろ?」

「ちぁうよー。こぇ、おぇんじ、ちぁう」

「……おいしくない……」

マリアルーナにも言われるくらいだ。皇国のオレンジと種類が違うことが、味でわかるのだろうか。

しかしこれでは、何も飲ませられない気がする。いったい何なら飲めるのか。

「おとうさま」

その時、マリアルーナが隣のテーブルを指した。

「あたし、あれがいい」

隣のカップルらしいテーブルにあったのは、おそらく紅茶の類。ミルクティーのようだ。

そういえば、皇城では紅茶までなら子どもたちも飲んでいた。

特にリリアンローズが好んで飲むことが多く、その流れで勇樹まで飲んでいると、自分たちもとほしがることもあった。

「わかった。じゃあ、持ってくるからな。レアは……、一応リンゴジュースでいいか?」

「おいしーの!」

「はいはい。いい子にしてるんだぞ」

マリアルーナにはミルクティー、そしてカトレアにはリンゴジュースと、念のため飲めるかもしれないミルク。

そうして席に戻ると、ようやく落ち着けた。

「こぇがいい!」

カトレアが納得したのはリンゴジュース。ミルクも飲めるようだが、リンゴジュースが好きなのは皇国にいた頃からだ。

「これは味が似てるのか?」

「んーとね、ちぁうけどね、おいしーの」

オレンジジュースは美味しくなかったのか。確かにリンゴジュースよりは酸味があるかもしれないが。

「ルーナは?ミルクティーで大丈夫か?」

「ん。おかあさまと、おんなじ」

「あぁ、そうだな」

5歳児が紅茶を飲む姿は、おそらくこの国では珍しいだろうが、仕方がない。

やがて運ばれて来た料理は、2人とも見たことがないもので、大はしゃぎで完食した。

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