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翌朝、皇女はメイドが運んできた朝食を食べてすぐに備品庫に行ってしまい、勇樹は1人で片付けをすることになった。といっても昨日まででほとんど終わらせていたため、今日中には片付きそうだ。
「珍しく人の気配がすると思ったら、キミか」
入ってきたのは、昨日会った第三皇子、ラキエルだ。
「随分綺麗になったな。これはキミが?」
「まぁ、ほとんどは。昨日は皇女……殿下も、手伝ってくれましたし」
「殿下なんていらないだろ、結婚するんだから。というか、すごいな。あのリリィに掃除させるなんて」
確かに絶対に掃除なんてしそうにない性格だ。そうであったから、あんな部屋になっていたのだろうが。
「誰もさせなかったんですか?」
「ボクはもちろんだけど、セイン兄上も父上も、何度も言ったんだ。部屋に人を入れるのが嫌なら、リリィが自分で掃除しろって。でも誰もさせられなかった」
誰も皇女には強く言えなかったのか、その全てを跳ねのけるほど皇女が強かったのか。
昨日の皇女の様子と、皇帝や3人の皇子たちの様子からおそらく前者だろうと感じた。
「ここが異世界なら、魔法とかないんですか?こう……、一瞬で綺麗にする、みたいな」
「ないことはないけど、ボクらは使わないよ、その程度のことでは。この国は元々魔法士の国なんだ」
「魔法士……ってことは、国民全員が魔法を持っていたということですか?」
「そう。今ではほとんどいないんだけどな。皇族と公爵家のみが血統として魔法を受け継ぎ、あとは時々魔法士が産まれるだけ。けど、元が魔法士の国だからな。非魔法士が暮らしやすくするために、いろいろな魔法補助具が開発されてきた」
「魔法補助具、ですか?」
「あれ?リリィから聞いてない?」
「……何も……」
「あいつ……。魔法補助具は市販されているものもあるが、どうしても副作用が出てしまってな。副作用が強すぎるやつは、皇城の備品庫で管理している。リリィが管理している備品庫な」
あの備品庫はそういう場所だったのか。確かに見たことがないものばかりだった。
異世界ということで魔法があることは予想できたが、それを科学的に出す道具まであるらしい。
「……そういえば」
もう1つ気になることがあった。
「彼女が部屋に人を入れたがらない理由は宝石を盗まれたくないから、と言っていたんですが、盗まれたことがあるんですか?」
「あぁ、15年前だな。この部屋じゃなくて離宮にな、盗賊が入ったことがあったんだ。当時離宮にいたのは、リリィを出産した後体が弱くなって療養していた母上と、その侍女や騎士たち。全て惨殺された。リリィはまだ5歳で、今の皇女宮になっているアメジスト宮もあったんだけど、離宮で暮らしていてな。ボクらと遊んでいたから現場にはいなかったんだけど、自分の生活空間から大切にしていた物たちがなくなって、同時に母上まで失って……。そのショックは、忘れられないだろうな」
「……その、盗賊って……」
「悔しいけど、まだ捕まっていない。目撃者は亡くなってるし、気づいた時には全てが終わっていた」
やはり、と思った。昨日の彼女の悲しそうな目、悔しそうな光は、母を殺した盗賊たちに向けたものだったのだろう、と。
「でも、それは外部からの侵入者ですよね?身元が知れていれば」
「それも無理だな。その時盗賊の手引きをした侍女がいたんだ。今は行方不明になってる。遺体が見つかってないだけだから、殺された可能性も否定できなかったんだけど。内部に協力者がいなきゃ、この皇城に盗みに入るなんて、できるはずがない」
昨日の彼女の態度と言葉、全てがつながった。
幼少期の事件がトラウマになって、皇国で働く人間まで信用できないらしい。
母を殺し、その遺品までも奪っていった盗賊団がまだ捕まっていないとなると、それも頷ける。
「1つだけ、お母さんの遺品があると言っていました。そこの戸棚に」
「あぁ、エメラルドのネックレスだろ。あれ、国宝なんだぞ。父上が母上に送ったものらしいな。盗賊が来た時それだけは守ろうとしたみたいで、母上の遺体の下から見つかったんだ」
母の遺品といって大切そうにしていたが、あれは国宝だったのか。
確かに盗まれれば大変な値段になりそうだし、盗賊にも狙われそうだ。
「いろいろ難しい子だけど、根はいい子だと思うから。頼むな」
「はぁ……」
「あ、そうだ。ルブ兄上には注意した方がいい。探してたから」
「なぜですか?」
「リリィに手を出したかどうかじゃないか?あの人のシスコンは病気だから。ボクとしては、リリィの子も早く見たいけどな」
「子ども、ですか……」
結婚したばかりというか、まだしてもいない段階で、そんなことを言われても。
「おかしくはないだろ。ボクも妻が妊娠中だし、セイン兄上もルブ兄上ももう子どもがいるからな」
「え、そうなんですか?」
昨日は見なかったが、全員結婚していたらしい。
「あぁ、そっか。この国ではな、だいたい15歳から20歳までが結婚適齢期って言われてて、多くがそれくらいに結婚する。というか、20歳を過ぎると結婚できなかった変人っていう目で見られるんだ。だから、誰もがその間に結婚しようと必死になる。うちの妹を除いてな」
「15歳って……」
勇樹からすれば、まだ全然子どもじゃないのか。
「この国に学校はあるんですか?」
「あるよ。6歳から18歳まで。だから中等学校では婚活、高等学校では結婚や育児に対応したプログラムが多く組まれている。学生時代に子どもを産んでいた方がいろいろ生産的でね。ほら、貴重な働き盛りの人口を減らさなくて済むだろ?」
確かにそうかもしれないが、さすがにこの考えには納得できなかった。
「といっても、皇族は高等学校を卒業してから結婚するのが通例。まぁそれまでに婚約者くらいは作っておくんだけど。だいたい20歳で結婚して、それからすぐに後継者が産まれる。ボクも兄上たちもその慣例に従ってきて、高等学校で婚約まで済ませてたんだけど、リリィだけは嫌がったんだ。今はそんな気分じゃないって」
「……それでなんで、異世界人と結婚する気になったんですか」
「詳しいことはリリィに聞かないとわからないけど、卒業してからボクらがうるさく言っていたからかな。早く結婚しろ、そうじゃなくても婚約くらいはって。だったら異世界人を連れてこいって騒ぎ出して、こういうことに」
「……」
自分はとばっちりじゃないか。もちろんそうだろうとは思っていたが。
「あ、リリィは言ってないだろうから、一応言っておく。あいつ、備品庫に通って仕事してるけど、あれ義務じゃないからな。リリィが勝手にやってるだけ。だから他にやってほしいことがある時は、そっちを優先させていいから」
「わかりました」
それはぜひもっと早く聞きたかった。できれば今日、彼女が仕事に行く前に。
「あ、いた!」
その時、第二皇子ルビラスが飛び込んできた。
「おい、お前!リリィに手出してないだろうな?!」
「夫婦なんだから、手を出すのはいいと思うけど」
「ダメに決まってんだろ!」
「だったらルブ兄上は、エーファさんに手を出すなって言われて従える?」
「結婚してるんだぞ!なんでそんな指示をされないといけないんだ?!」
「そういうことだ」
「いや、違う!」
「一緒だろ」
「リリィはまだ結婚してない!式も挙げてないんだから!」
第二皇子は勇樹につかみかかったまま、第三皇子と言い争いが始まる。
「昨日は何もしていませんよ。片付けだけで朝になりましたし、自分が片付けているうちに彼女は寝ていましたし」
「昨日はってなんだ!これからもダメだからな?!オレの許可を取れ!」
夫婦の営みに許可がいるのか。これからもこの義兄には苦労しそうだ。
勇樹はのんきにそんなことを考えていた。
夜になり、皇女が帰ってきた。
「あら、綺麗になったのね」
まるで我が物顔で部屋に入ってきて、今までたくさんのもので押しつぶされそうになっていたソファに座る。
そうやって育ってきたのだろう。おそらくこの性格を直すのは無理だ。
「今日、第二皇子と第三皇子が来た」
「お兄様たちが?わたしに用があるなら備品庫に来るはずだけど……」
「お前に用がある様子ではなかったな。いろいろ話した。魔法のこととか……お前の母親のこととか」
「……あぁ……。だから何?あなたも言うの?かわいそうにって」
「かわいそうだとは思うが、それは昔のお前に対してだな。こんな生意気でわがままな女、誰がかわいそうとか思うか」
「ふぅん……」
決していい言葉ではないはずなのに、皇女は満足そうに笑う。
「まぁいいわ。あなたは夫になるわけだし、我慢してあげる。そんなことより、今日は話ができるのよね?こんなに綺麗になったんだもの」
「ほとんど俺がやったけどな」
「わたしは仕事があるのよ」
「義務じゃないと聞いたぞ」
「誰から?」
「第三皇子」
「……ラキエル兄様……余計なことを……」
確かに勇樹もこれからのことというのは気になる。お茶を淹れてソファに座った。
「まず、結婚式は来月。それまでに皇女の夫としての知識と作法を身に付けて」
「来月?随分余裕があるんだな」
「あら、余裕ね。じきにそうも言えなくなると思うけど」
楽しそうな意地悪な笑顔だ。勇樹が苦しむ未来を想像してのことだったら、質の悪い嫁である。
「それまでは好きにしていいわ。必要なら講師もつけてあげる。この部屋には誰も入れないけど」
「そのことなんだけど、提案があるんだ」
「何?」
「ドレスや装飾品の管理は全て俺がやる。だから、信頼できるメイドだけでも、この部屋に入れる許可をくれないか?この広さだ。今の状態を俺1人でキープできるとは思えない。それに、ここ、浴室があるだろ。入浴の世話は俺じゃ変われないぞ」
「別に入浴くらい独りでできるわよ。でも……そうね。考えておくわ」
許可を得ることはできなかったが、即答で拒絶されなかっただけマシだ。
「それと、結婚後はわたしの仕事を手伝ってもらうわよ」
「備品庫を?」
「えぇ。わたしの夫ですもの。どう使おうとわたしの勝手でしょう?」
「そりゃ働くことに反論はないけど……。備品庫の管理はお前の義務じゃないんだろ。そこまでしてやる意味あるのか?」
「あるわ。あそこは皇室や国にとって大切なものの倉庫。最も紛失が許されない部署であり、最も紛失が報告される部署なのよ。そんなの、皇室の手腕を疑われるわ。わたしは許せない」
「……なるほどな。わかった。そういうことなら、俺も手伝わせてもらう」
そういうちゃんとした理由があるなら、皇族の一員として手伝わないわけにはいかない。
「そう言ってくれて嬉しいわ。あと今日のところは疲れたし、次で最後にしたいんだけど」
「なんだ?」
「ユウキは、子ども、何人くらいほしい?」
「……っ」
まさかのここでこの話か。すかさず第二皇子の顔が脳裏によぎるが、慌てて振り払う。
「何?どうして驚くの?夫婦になるんだし、当たり前のことだと思うけど」
「まぁ……」
確かにその通りだ。うぶな男子中学生のような反応をする方がおかしい。
「わたしは2~3人が妥当だと思うの。少なすぎると皇族が人口増加政策に従わないのかって反感を買うし、多すぎると相続問題でいろいろ面倒だもの」
「……まぁ、それくらいでいいと思う」
「そう。よかったわ。ちなみにこれは余談なんだけど、女の子と男の子、どっちがいい?」
「……どっちでもいい……」
「あら、そうなの?まぁ詳しいことは結婚式を挙げてから決めましょう」
決めるって、子どもの性別を?それとも妊娠計画を?
勇樹が全く理解していない中、彼女はベッドに倒れ込み、さっそく眠ってしまっていた。