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「“全く……何年も連絡しなかったと思ったら、急に現れて……”」
「“ごめん、母さん”」
突然現れた孫を連れた息子を、母親はぶつくさ言いながらも、温かく迎えてくれた。
「“それで?リリィさんはどうしたの?”」
「“ちょっといろいろあって”」
「“まさか喧嘩?!だったら、今すぐ戻りなさい!あんな綺麗な人があんたを選んでくれただけでありがたいんだから!どうせあんたが悪いんだろ!この子たちも、ママと離されてかわいそうに……!”」
「“母さん!母さん!違うから!話を聞いて!”」
話を聞かずに暴走する性格は相変わらずのようだ。
「“実は、リリィは仕事で外国に単身赴任することになって。正確な期間もわからないから、その間俺1人でこいつら3人の面倒を見るのは大変だろうって、頼りやすい日本で暮らしてって言ってくれたんだ”」
「“あら、そうなの?それを早く言ってよね!”」
言う前にまくしたてたのはどちらだろうか。そう思うが、心の中に押しとどめておく。
「“大変だったねぇ。ママと離れて寂しかったろう……って、日本語、通じてるのかね?”」
「“一応あっちでも日本語で話しかけたりしてたから、通じてるとは思うけど……緊張してるみたいだな。ほら、お名前は?”」
「“みゃの、マリアルーナ、ミヅキ……?”」
隣に固まって座っていたルーナに促すと、戸惑いながらだが答えてくれた。
「“何歳?”」
しかし年齢は、手のひらを見せただけで終わった。
「“これが長女。あっちではルーナっていう愛称で呼んでたから、そっちの方が反応しやすいかも。次が次女で……、レア、お名前は?”」
「“かちょぇあ、……しょん……”」
「“カトレア紫苑な。愛称はレア。で、何歳になったんだっけ?”」
「“しゃんしゃい!”」
「“こらこら、まだなってないだろ。2歳な”」
「“元気なのねぇ”」
間違いなのか見栄なのか、年齢を誤魔化そうとしたカトレアに、勇樹は笑った。
「“この一番小さいのがアイリス菖蒲。まだ半年だ”」
「“かわいいわねぇ。日本のばぁばとじぃじですよ”」
「“ばぁばー?”」
「“そうよ、レアちゃん。ママが帰ってくるまで、ばぁばと一緒になかよししましょうね”」
「“うん!”」
今回の召喚に、言語に関わる魔法が使われたのか。それとも彼女たちの魔法によって言語を変換しているのか。
勇樹に真相はわからないが、全く教えていない日本語も一応喋れているらしい。
「“あ、そうだ。夕飯は?もう食べたのかい?”」
「“いや、まだだ”」
「“もう!なんでそれを早く言わないかね!気が利かなくてごめんねぇ、すぐご飯にするからね!アレルギーは?!”」
「“な、ない……と、思う……”」
そういえばそこは盲点だった。皇国では基本的に何でも食べる。年齢相応の好き嫌いがあるくらいだ。しかしこことは食材も全て違うだろう。
「“え?!なに?!”」
「“ない!”」
母親に急かされて、なんとかそう答えた。
仕方がない。魔法士には、自らの身体に害を及ぼすものを見分けることができると言う。
幼い娘たちに任せなければいけないのは何とも情けないが、仕方がなかった。
「“荷物を部屋に置いてくるよ”」
母親にそう声をかけ、席を立つ。すると子どもたちも慌てて立ち上がった。
仕方なく、ぐっすり眠っているアイリスも抱き上げて、部屋に移動した。
懐かしい部屋に入り、すぐにキャリーケースを開けた。
アイリスのミルクの準備をするためだ。
「おとうさま」
「どうした?」
幼い声に振り返ると、マリアルーナが不安そうな表情をしていた。
「あのひとたち、わるいひと?」
「そんなわけがないだろ。お父さんのお父さんとお母さんだ」
「でも、おとうさま、うそばっかり……」
「あぁ……。それはな、魔法のこととか皇国のことを秘密にするために、仕方なくなんだ。混乱させたな、ごめんな」
頭を撫でてあげると、マリアルーナは納得したように頷いた。
「あのひとたち、おじいさまとおばあさま?」
「関係はそうだけど、お祖父様は先帝陛下だけだろう?こっちでは“じぃじ”と“ばぁば”でいいと思う」
「“じーじ”」
「“ばぁば”!」
怯える様子を見せないカトレアの元気な姿にホッと安心し、アイリスのミルク缶と哺乳瓶を取り出した。
皇国でも母乳で育てることはよくあるが、栄養価が完璧に計算された粉ミルクも併用する場合が主流だ。
皇国で市販されている粉ミルクには、魔法士が魔法の基礎となるエネルギーを身に付ける他、非魔法士には魔法から身を守るための魔法も使われている。
「うぇえええぇぇぇ……」
「あぁ、アイ。ミルクだな、すぐできるぞ」
お腹が空いたのかアイリスが目を覚まし、泣き始めた。
慌てて哺乳瓶に粉ミルクを入れ、アイリスを抱いてキッチンに行く。
「“母さん、お湯ある?”」
「“あぁ、チビちゃんのミルクだね。はいはい”」
さすがは母親だ、お湯の有無を聞いただけでミルクだとわかったらしい。
粉ミルクを溶かしたミルクを入れた哺乳瓶を見るだけで、アイリスは小さな手を伸ばす。
口に近づけると、夢中になって吸い付く。
「“そういえば、姉貴は?”」
「“もう随分前に出て行ったよ。美奈子ももういい年だからね。今じゃ男の子2人の母親だ”」
「“そうなんだ。どこにいるんだ?”」
「“朝日ヶ丘の方だよ。この辺じゃ、あそこが子育てしやすいからね”」
「“じゃあ今度遊びに行ってみようかな”」
「“珍しいね。あんたが美奈子のことを気にするなんて”」
「“いろいろ聞きたいことがあるんだ。家も買いたいし仕事も探したいし”」
アイリスにミルクをあげながら母親と話していると、居間にいたマリアルーナとカトレアが駆け寄ってきて、勇樹の足にしがみつく。
「“あぁ、ごめんね。パパ取っちゃったね。えーっと……”」
「“ルーナとレア”」
「“あぁ!ルーナちゃん、レアちゃん、すぐご飯できるからね”」
「“2人とも居間に行こうか。こっちは邪魔になるから”」
子どもたちを連れて居間に戻り、勇樹が座ると2人も隣にちょこんと座る。
やがてご飯ができると、2人とも喜んで完食した。
夕食が終わると、子どもたちは居間で眠ってしまった。
「“かわいらしいわねぇ”」
母親がブランケットを持ってきた。
「“あぁ、母さん。ありがとう”」
「“今日はここで寝なさいな”」
「“そうするよ”」
「“お風呂はどうする?”」
「“明日でいいかな”」
両親が寝室に行くと、勇樹はホッと息をついた。
リリアンローズの言葉は合っていた。実の両親だというのに、彼らがいると、勇樹ですら安心できない。
いつ子どもたちが魔法を使ってしまうか、ハラハラしてしまうのだ。
子どもたちも眠ってしまえば、勇樹は安心できる。
幸い今は夏の終わりで、多少寒くはあるが、ブランケットを着せていれば風邪を引くこともないだろう。
勇樹もかなり疲れていたため、子どもたちの寝顔を見つめていると、徐々に睡魔に襲われていく。ウトウトし始めた時だった。
「ん……うぅ……お、かー……いやぁ……」
「……ルーナ?」
小さな声だったが、勇樹はすぐに目を覚ました。隣でマリアルーナが顔を歪めている。うなされているのか。
「ルーナ、大丈夫。お父さんはここにいるぞ」
「……っ!」
緑色の目が見えた。
「お、とうさ……っ!」
涙で染まる、嗚咽交じりの声。小さな体をそっと抱きしめる。
「大丈夫、大丈夫だ」
マリアルーナをなだめていると
「んー……やあぁぁ……」
「んにゃっ、ふぎゃあぁ……っ」
カトレアとアイリスも起きてしまった。
「レア、アイ。大丈夫だ」
夜泣きだろうか。マリアルーナやカトレアも、そしてアイリスも、珍しいことだった。
環境が変わったため、それも仕方ないのだろうか。




