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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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懐かしい森の中。7年ぶりだ。が、気持ちのいいものではない。

久しぶりのせいか、偏頭痛のように、脈に合わせて頭が痛む。

「……ルーナ……レア……」

頭を抑えながら、歪む視界の中で娘を探す。しかし次の瞬間、頭の痛みはすっかり飛んでいった。

カトレアが腕の中でぐったりと倒れている。マリアルーナも、勇樹の手を握ったまま力なく地面に倒れていた。

「ルーナ!レア!」

慌てて両手を揺らす。

「……んー……?」

最初に小さな声を上げたのは、マリアルーナの方だった。

その場に膝をつき、マリアルーナを抱き上げて

「ルーナ!ルーナ!起きろ!」

と叫ぶ。

「……おとーさま……?」

すぐにマリアルーナは、薄く瞼を押し上げ、呟いた。

どうやら気を失っていたようだ。ゆっくりと目を開けたかと思うと、父の腕の中で周囲を見回す。

「……ここ、どこ……?」

「お父さんの家の近くだ。レア、起きろ。レア」

「……んー……」

カトレアも間もなく目を覚まし、初めて見る場所に怯えてしがみついた。

「ルーナ。悪いが、アイを見てくれるか?」

背中におぶっているアイリスの様子は、マリアルーナに見てもらう。

「アイちゃん、寝てる」

「そっか。ありがとう」

マリアルーナやカトレアのように気絶しているのではないかと思ったが、彼女たちは魔法士だ。おそらく異常を感じないから、こうして落ち着いているのだろう。

「かーしゃま……」

母親がいない世界に来てしまった。そう気づいたらしく、カトレアはさっそく泣き始める。

「レア、泣くな。大丈夫だ。お母さんは迎えに来るって言ってただろう?それまでいい子に待ってような」

「かーしゃまぁ……っ!」

2歳児が母親と離されて、簡単に納得するはずがない。

どうやって泣き止ませようか悩んだ勇樹が顔を上げると、目の前にあの光景が広がっていた。

「レア。ルーナも。見てみろ」

泣きじゃくるカトレアと、妹につられて泣きそうになっていたマリアルーナに、視線の先を促す。

「……わぁ……」

マリアルーナは小さな声を上げ、カトレアも涙で潤んだ目を見開いた。

太陽の光に照らされた美しい田舎の風景が、眼下に広がっていた。

「ここからの景色はな、お母さんも見たことがあるんだぞ」

「おかあさまも?」

「あぁ。綺麗だと言っていた。お前たちはどうだ?気に入ってくれたか?」

「……すごく、きれい」

「きれー」

「そうか。よかった」

「とーしゃま、うれし?」

「あぁ、嬉しいよ。下に見える町は、お父さんが育った町だからな」

素直に喜んでいることを伝えると、2人とも照れてしがみついてきた。

「これからお祖父ちゃんとお祖母ちゃんの家に行くんだ。レア、歩けるか?」

「やぁ。らっこ」

「……わかった。ルーナ、手を離してもいいか?」

「ん」

「ありがとな。ゆっくり歩くから、疲れたら言っていいからな」

「ん」

荷物が入った大きなキャリーケースは、リリアンローズと来た時とは違うが同じ種類の補助具。無限にものが入るもので、この中にいくつかバッグも入れているくらいだ。

外国からの旅行客でも不思議に見えないように、これを借りることにした。

マリアルーナの歩幅に合わせてゆっくり山を下り、もうすぐで山を抜けるところまでくる。

身体を鍛えていてよかったと思った。

背中には生後半年のアイリス、片腕でカトレアを抱き、さらに空いた片手でキャリーケースを持つ。

皇国の騎士程とはいかないが、騎士に教わったおかげで、日本の一般男性よりも力はあるはずだ。そのおかげで、なんとか山を降りてきた。

「ルーナ、レア。山を出る前に、話を聞いて」

勇樹のまっすぐな目を見て、2人は何か感じ取ったらしく神妙な面持ちで見つめ返してくる。

「この世界にいる間、魔法は使わないって約束してほしい」

「なんで?」

さっそくカトレアからお決まりの「なんで?」が飛び出してきた。

「魔法が存在しない世界なんだ。もし知らない人がお前たちの魔法を見たら、怖い人たちのところに連れて行かれて、怖い事をされるかもしれない。お母さんと二度と会えなくなるかもしれないんだ」

「……やら……」

「おとうさま……」

さすがに怖がらせすぎたか。しかしこうでも言わないと、カトレアは特に何気なく使ってしまうそうである。

「ずっと使っちゃダメってわけじゃない。お父さんとルーナとレア、そしてアイだけの時は、使っていい。他に知らない人がいるところはダメ。わかるか?」

「わかった!」

「ん。わかった」

元気な返事だが、それで理解してくれたと信じて、笑顔を見せた。

「いい子だ。あともう1つ、約束して。知らない人にお母さんの国の話をするのもダメだ。この世界では、ウィクダリア皇国はないことになってる」

「ちがうよ、おとうさま」

マリアルーナが声を上げる。

「どうした?ルーナ」

「あのね、しらないひとにこーこくのこときかれたら、“ほくおーのくに”っていうの」

「誰に言われたんだ?」

「おかあさま。教えてくれたの。“ほくおーのくに”のウィクダリアこーこくって言っていいって」

「……そうか……」

5歳児の言葉をどこまで信じるかだ。が、ここは魔法補助具がある。

今は荷物の奥深くに入れているため、落ち着いた時にマリアルーナの記憶を見せてもらおう。

そういえばリリアンローズも、勇樹の母親に出身を聞かれた時「北欧」と答えていた。

「じゃあ、お母さんが言ったようにしよう。レア、わかったか?」

「“おくおーのきゅに”?」

日本語の発音は難しいようだが、カトレアは皇国語でもまだ舌っ足らずだ。

「じゃあおさらいするぞ。約束は2つ。知らない人がいるところで魔法を使わない。お母さんの国を聞かれたら、“北欧の国”って答える。わかった?」

「ん」

「あい!」

「お母さんが迎えに来てくれるまで、頑張ろうな」

「がんばる。あたし、いいこにしたら、おかあさま、はやくおむかえくるって」

「いいこしたら、かーしゃま、おむかえくる?」

「あぁ、来るぞ」

いつ迎えに来てくれるかわからないが、子どもたちにはそう言っておく方がいいだろう。

「もう1つ話がある。今度は約束じゃない、知っていてほしいことだ」

「……?」

「ルーナ、お前は自分の名前が言えるな」

「マリアルーナ・ミヅキ・ルシア・シャーナ・ウィクダリア」

「ちょっとだけ違うな。モニークは伯父さんのお名前になっただろう?」

「……あ。マリアルーナ・ミヅキ・ルシア・ランヴェスター」

「そうだな。レアは……言えるか?」

「うん!レア、カトレア!」

「おぉ、ファーストネームは言えるようになったんだな」

皇国では家族であればファーストネームも省略して愛称を使うのが普通だ。

2歳で愛称ではないファーストネームをはっきり言えるのは、なかなか優秀な方だった。

「でもな、2人とも別の名前があるんだ」

「……?」

「ルーナは宮野マリアルーナ翠月。レアは宮野カトレア紫苑。お父さんの国では、そう言うんだ」

「……ふぅん……」

「みゃーにょ。かわいいねー」

全然違う名前を教えると混乱させるかもしれないと思ったが、予想以上にあっさり受け入れてくれた。

「まず、ファミリーネームは宮野。で、ファーストネームは、ルーナは翠月、レアは紫苑。今までのファーストネームはミドルネームになるけど、好きな方を名乗っていいからな」

マリアルーナは銀髪に緑色の瞳、カトレアも黒髪ではあるが目は緑という、見るからに外国人の顔立ちだ。

外国の名前を名乗ったところで、ハーフだと言えば疑われることはない。

「じゃあ、長くなったな。そろそろ出発するか。ルーナ、疲れただろう?」

「……ちょっと」

「じゃあ……、レアはちょっと待ってな」

まずカトレアを地面に立たせて、マリアルーナを抱き上げ、キャリーケースの上に座らせた。

「しっかり掴まってるんだぞ」

「ん」

「レアも!レアも!」

「レアはこっちだ。おいで」

姉の真似をしたいと訴えるカトレアを同じように抱き上げ、一行は再び出発した。


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