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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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数日後、勇樹の姿は、皇城の賑やかな広間にあった。腕には気持ちよさそうに眠る三女を抱いて。

皇帝の退位式と皇太子の戴冠式の日だ。

皇城には皇国内の全ての貴族が集まり、皇城外でも賑やかなお祭りが開催されている。

小さな国が一気に騒がしくなる日だ。

「おとうさま」

「とーしゃま、とーしゃま」

そこへかわいらしく着飾ったマリアルーナとカトレアが駆け寄ってきた。

「ルーナ、レア、今日は走らないってお母さんと約束しただろう?」

「……ん」

マリアルーナはコクンと頷くが、カトレアは

「かーしゃま、いないよー?」

と首を傾げる。皇女は貴族たちの間に溶け込んで、娘たちからは離れていた。

「お母さんはお仕事なんだ。ここで大人しくして」

「ん」

「あーい!」

口数が少なく頷くだけのマリアルーナに、返事だけは立派な無邪気なカトレア。どちらもかわいい娘たちだ。

「おとうさま」

「ん?なんだ?」

「おじいさま、おめでとうのひ?」

「そうだな。あとで挨拶に行くから、ちゃんと挨拶するんだぞ」

「あいしゃちゅ、しゅるー!」

「でも、おじいさま、あんまりいいおかおじゃない……」

「……そうだな」

長年の苦労を労う退位の日。全ての皇帝としての職務を皇太子に引き継げる日。

それなのに、皇帝の顔は暗い。まるでこの退位を望んでいないかのように。

望んでいないのだ。国の一大事とも言えるこの時期に退位するというのは、責任感が強い皇帝には悔しいのだろう。

「とーしゃま……」

「レア?どうした?」

突然カトレアの声に元気がなくなり、慌てて視線を落とす。

「しー……」

「あぁ……マリアンヌ」

「はい。カトレア姫様、参りましょうか」

アメジスト宮の宮女長であるメイドを呼び、カトレアの世話を任せた。

「ユウキ」

「あ、おかあさま」

そこへ皇女がシャンパングラスを片手に歩み寄ってきた。

「ルーナ、いい子にしていたかしら?」

「ん。してたよ」

「……そう。いい子ね。まだもうしばらく頼むわよ」

「ん」

「ユウキ、レアは?」

「トイレだって。マリアンヌが連れて行った」

「そう……。オムツしてるんだから、出せばいいのに」

「トイレトレーニングが成功してるんだから、いいだろ」

「それより、そろそろ時間よ」

「……あぁ……」

それを聞いて、勇樹の背筋が自然と伸びた。その直後、

「皇帝陛下のお言葉でございます!」

皇帝の側近、カルティエート公爵の言葉が響いた。広間が一斉に静かになり、まるで波のように最敬礼が広がっていく。

「皆よく集まってくれた」

今まで数度と聞いたことがない皇帝の低い声。勇樹もその場に膝をついて最敬礼をし、その言葉を聞いた。

「とーしゃ……」

そこへカトレアが戻ってきた。慌てて手を伸ばして引き寄せ、隣に座らせる。

「即位から20年、この国を維持できたことを誇りに思う」

口数が少ない皇帝からの、短い一言だけの挨拶。

「カルセイン皇太子殿下、ルビラス第二皇子殿下、ラキエル第三皇子殿下、並びにリリアンローズ皇女殿下、壇上におあがりください」

皇女が壇上に上がることなど、滅多にない。

前例のない皇女であるリリアンローズは、堂々と胸を張って兄たちの隣に並んだ。

「カルセインに皇帝の名ウィクダリアを授ける」

「ありがたく拝命いたします。父上、今までお疲れ様でした」

皇帝から皇太子へ、皇帝の証である王冠が渡された。

「ルビラスにアルムクヴィストの名と公爵の地位を授ける」

「拝命致します」

「ラキエルにポジェプラトの名と公爵の地位を授ける」

「ありがとうございます。拝命致します」

皇子たちが次々とこれからの地位を与えられる中、注目を集めていたのは皇女だけだった。

本来皇女であれば、貴族家に嫁ぐのが当たり前。この国で地位のない人間と結婚したリリアンローズは、これからどうなるのか。

さらに彼女は、3人の娘全員が魔法士という強みもあるのだ。

「リリアンローズに……」

広間の空気が一瞬にして固まる。誰かの唾を飲む音が聞こえてきそうなほどだ。

「ランヴェスターの名、そして女公爵の地位を授ける」

一気に空気が揺れた。おそらく史上初の女公爵の誕生だ。それがこの国にどう受け取られるのか。人気のある皇女だからこそ否定されることはないと思うが、勇樹は心配だった。

「……ありがとう存じます、お父様。拝命致します」

皇帝の手から公爵の証である家紋付きの短剣を受け取り、リリアンローズは笑顔を見せた。

勇樹は密かに腕につけた補助具のスイッチを入れた。

魔法士で会場の聞こえない声たちを聞き取りたかった。

『女公爵か……』

『納得だわ。あの皇女殿下ですもの』

『皇女殿下の姫君は3人揃って能力者だ。純血統になる可能性のある方を、貴族家から外すわけにはいかないよな』

『やはり皇帝陛下は最後まで立派な判断をなされた』

一通り聞いたところ、反発する意見はなさそうだった。

直系の皇族とカルティエート公爵家しか受け継がないはずの、魔法を受け継ぐ血を皇女が持っているのだとしたら、女公爵という異例を受け入れてでも、貴族家に残るということに異論は聞こえない。

「それでは新皇帝陛下より、お言葉を頂きます」

カルティエート公爵のおかげで、ざわついた空気がまた一瞬で静かになる。

勇樹は補助具のスイッチを切り、再び壇上の声に耳を傾けた。

「我がウィクダリア皇国の代々の皇帝は、変化のないことを良しとする体質だった。しかし、私は違う。この国をよりよくするためには、変化を受け入れる必要があると思う。だから、ぜひ皆の声を聞かせてほしい。皇国をよりよく繁栄させるために、皆で知恵を絞ろう!」

反乱分子がその場にいることを理解した上での、変化という挑発的な言葉。

異例なのは皇女だけではなかったようだ。皇太子らしい言葉に、勇樹は心の中で笑った。


「お父様、今までお疲れ様でした。これからはゆっくり休まれてください」

「先帝陛下、お疲れ様でした」

皇女に続き、勇樹も義父に労いの言葉をかける。

「おじいさま、おつかれさまでした」

「でちたっ!」

マリアルーナとカトレアも揃って祖父を労い、先帝の無言の頷きを見て、流れるように隣へ移った。

「お兄様、ご即位おめでとうございます。これからは責任ある立場として、ぜひ国民の模範となる行動をお願い致します」

「それをリリィに言われるとは思わなかったな」

新しい皇帝は笑いながら答えた。

「リリィこそ、一般人になったわけじゃないんだからね。貴族家の当主になった以上、今までと同じようにとはいかないよ」

「えぇ、よくわかっていますわ」

「皇帝陛下、ご即位おめでとうございます」

「ユウキくんも、ありがとう。三姉妹の世話に加えてリリィもとなると大変だと思うけど、よろしく頼むよ」

「はい」

「セインおじさま、おめでとーございます」

「おじちゃま!」

「おぉ、ルーナ、レア。お前たちはお母さんのようにはなっちゃいけないよ。お父さんの言うことを聞いて、いい子にね」

「はーい!」

妹に振り回された兄の願いは、この姪たちに届いたのだろうか。

おそらく何もわかっていないだろうが、カトレアの元気な返事を聞いて、皇帝は嬉しそうに笑った。


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