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異世界結婚生活記  作者: 金柑乃実
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皇女の二度目の妊娠は、それから2年後のことだった。

「リリィ」

「おかえりなさい」

アメジスト宮に入ると、ソファに座って何やら刺繍をしながら、皇女が微笑む。

「ただいま。また作ってるのか?」

「えぇ。産着はいくらあっても足りないと思うわ。この子の人生はこれからなんですもの」

大きく膨らんだお腹では、新しい命が順調に進んでいるという。

「すぐ大きくなるから、入らなくなるのも早そうだけど」

「その時は魔法で大きくすればいいのよ」

皇女はそう言って、次にはお腹に手を当てる。

「どうかした?痛むか?」

「いいえ。お腹を蹴ってるの。きっとそうだよって同意してくれているんだわ」

「え、マジ?」

勇樹も慌てて皇女の隣に座り、大きなお腹に手を当てる。しかしもう動かなくなってしまった。

「ふふふ、お父様は嫌いみたいね」

「そりゃあ出てくるまで、触れ合えるのは母親だけだからな。産まれてからが大事だろ。おい、もうすぐ出てくるよな」

「急かさないで。この子のペースでいいの。この子がお腹の中を満喫するまで、いさせてあげるつもりよ」

「大丈夫なのか?辛くないか?」

「もうずっとこれだもの。慣れたわ」

「そうか。けど、さすがにこのままは俺が嫌だ。いい加減俺に抱っこさせろよ」

すっかり母親の顔になった皇女は、両手をお腹に当て、子どもを守る母親そのものだ。

「ユウキ、何を持って来たの?」

「あぁ、書庫で本を借りてきたんだ。そろそろ名前も考えないとだろ」

「そうね」

勇樹にはどういう意味かわからない名前が、皇国には多くいる。

子どもの名づけに使われるという本を取り寄せてもらい、それを参考にするつもりだった。

「ユウキ、名付けで提案があるんだけど」

「なんだ?」

「ミドルネームにユウキの国の名前をつけてほしいの」

「……いいのか?」

帰れるかもわからない近くて遠い国。皇国での外の国のイメージも考えると、あまり良くないのではないか。

そんな不安があったが、

「えぇ。この子には皇国以外にも帰る場所があるのよって伝えたいから」

皇女には皇女の想いがあるようだ。

「わかった。じゃあ、俺はそっち考えるから、リリィは皇国での名前を考えろよ」

「もちろん。というか、もう決めてるわ」

「え、何?」

「……ふふ、内緒よ。この子が産まれるまでね」

「なんでだよ……。ってか、男の子か女の子かって、まだわからないんだっけ?」

「知ろうとすればわかるだろうけど、知りたくないの。その方が楽しみじゃない?」

皇国では、事前に性別を調べるようなサービスはない。

独自で魔法を使って調べることもできるらしいが、皇女にはその意思もないようだ。

「あ……?」

その時、皇女が不思議そうな顔をした。

「リリィ?」

勇樹が目を向けると、皇女はお腹に手を置いたまま固まっている。

「どうした?」

何か異常なのか。勇樹が心配して皇女の肩を支える。

「……ユウキ」

「ん?」

「……破水、したみたい……」

「は?!」

唖然とした皇女から出た言葉に、勇樹もまた驚いてしまった。


「おめでとうございます、皇女殿下、ユウキ殿下。お元気な姫君でございます」

助産師の手から、まだネバネバしたものがついている赤ん坊を見せられる。

勇樹は、初めての命が誕生する場をその目に焼き付けた。

別の助産師が皇女の胸元をはだけさせ、そこに赤ん坊を載せる。

まだ目も明かない赤ん坊は、小さな口で乳首を探り当て、動物のように吸い付いた。

「……わたしの……赤ちゃん……」

皇女の口から荒い息に混ざって言葉が流れ出てきた。

疲れ切っているだろうに、その目はしっかりと幼い命を見つめ、白い手でその命を撫でる。

「わたしの、赤ちゃん……やっと、会えた……」

双眸から零れ落ちる綺麗な雫が、床に沁み込んでいく。

「ユウキ……ユウキ」

「……あ、あぁ……ここにいる」

「わたしたちの、赤ちゃん……赤ちゃんよ……」

「あぁ……」

産まれたばかりの小さな赤ん坊。簡単に握りつぶせてしまいそうな命が、生きようと必死に乳を吸う。

その姿はあまりにも神秘的で、勇樹も目を離せなかった。

この子が自分の子どもなのだ。ついに自分は父親になったのだ。

「皇女殿下、失礼いたします」

「あ……」

授乳を終えた赤ん坊を、助産師が一度抱き上げる。

「こちらの椅子にお座りください」

そばに準備されていたほぼ倒した形の座椅子に移動させた。

「ユウキ……、あなたも、抱いてあげて……」

「え、俺?」

「あなた、父親、でしょう?」

「いや、けど……壊れそう……」

「大丈夫よ」

助産師が再び皇女の胸元に戻そうとした赤ん坊を、皇女は柔らかく断り、勇樹に渡すように勧める。

「ユウキ殿下、どうぞ」

助産師からも言われ、勇樹はおそるおそる抱き上げた。

「……ハハ……やわらけぇ……ふにゃふにゃじゃねぇか……」

瞳の色はわからないが、産まれたばかりで額に張り付いた髪は皇女によく似た金色。

「……ルーナ……」

皇女が座椅子から手を伸ばしてきた。勇樹は慌てて娘を抱いたまま皇女のそばによる。

「マリア、ルーナ……」

「……この子の名前か?」

「えぇ」

皇女はもう決めていると言っていた。皇妃の名前の一部であるマリアに、皇国では月を意味する古典語であるルーナ。

「いい名前だな。こいつによく似合う」

「ユウキは?」

「あぁ……」

数時間前に突然言われて、考えている途中に陣痛が始まったため、まだ考えられていなかった。

しかし、皇女が考えた名前で、日本名はすぐに決まった。

「ミヅキ」

「みづき?」

「あぁ。翠月だ」

「……いい、名前」

皇女の瞳の色である翠。そして皇国での月とは、皇帝の妻である皇妃を現す言葉。

ウィクダリア皇国の皇族の一員であるという意味を、日本名に使いたかったのだ。

「殿下、皇帝陛下と皇太子殿下、並びにルビラス皇子殿下、ラキエル皇子殿下がお待ちのようです」

「……入れてちょうだい」

「かしこまりました」

マリアルーナを白い布に包み、皇女も乱れた衣服を直す。

「リリィ!」

外で心配していたのだろう第二皇子が、一番に飛んできた。

「ルブ兄上、静かにしないと、赤ん坊がびっくりするよ」

「あぁ、ごめん……。そいつか」

マリアルーナを抱いていた勇樹の下に、全員が集まってくる。

「お父様に」

皇女の指示で、勇樹はまず皇帝に娘を渡した。

「マリアルーナ・ミヅキです」

「……いい名前をつけたな」

「えぇ。お母様のお名前を頂きました。お母様のように身も心も美しく育ってほしいと」

「……そうか」

皇帝は目の横に皺を刻んで、孫娘をじっと見つめていた。


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