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前編



 平原にはもう死臭が漂い始めていた。大規模な戦闘が行われたのだろう。大量の死体が散在している。誰と誰が味方で敵だったのか一見しては区別がつかないほど。

 戦闘の余波で荒れた地面を裸足の少女が呑気に歩いていた。


「人間は相変わらず殺し合うのが好きじゃのお」


 無造作に伸びた赤髪を揺らしながら、感心とも呆れともつかない声音で少女は呟く。飛び抜けて背が高いわけではないが、すらりと伸びた四肢と胸を張った歩き方が合わさって少女を長身に見せている。しかし、ぼろ布で出来たローブのようなものを着ているせいで粗野な印象が拭えない。

 少女の名はパイロープといった。誰が名付けたのかもはや思い出せない。けれども、その名前だけは今も忘れずに自分のものにしていた。

 パイロープは折り重なって倒れる人馬の亡骸を平然と踏み越えながら戦場跡を闊歩する。剥き出しの足が泥や血で汚れるのも、石ころや欠けた刃で傷付くのも気に留めずに。傷が出来る端から流血の間もなく元通りに治っていく。


「死んでも死んでも何処から湧いて出てくる。凄まじい繁殖力じゃ」


 パイロープがすんと鼻を鳴らした。肉と髪と皮と金属の焼ける臭いが濃密に入り混じってパイロープの鼻孔に押しかけてくる。常人であれば吐き気を催すそれにもパイロープは眉ひとつ動かさない。人間が好んで飾る下品な色合いの花が放つ腹の足しにもならない臭いよりもこちらの方がよほど馴染みがあった。

 歩みを止めないままパイロープは周囲を見回す。柘榴色の瞳が太陽の光を鋭く反射していた。縦長の瞳孔がより細く狭まる。


「死にたて新鮮の人間が多いが……喰うか?」


 パイロープは自問した。歩調が緩やかになる。しかし、すぐさま元の速さに戻った。


「いや、いらぬな。さして腹も減っておらぬし……そもそも人間は不味い。雑味が酷くて喰えたものではないぞ」


 パイロープの眉根がきゅっと寄る。

 人間を口にしたのはもう随分と前のことだ。それなのに思い出すと今でも人間の味の染みた部分を根元からこそげ落としたくなる。生はもちろん焼いても食べやすくならなかった。

 それに人間はどこにでも生きているから調達は楽だが、調子に乗って同じ場所で狩りすぎると義憤に燃える討伐隊がやって来る。そうやって逆に人間たちに狩られることになった魔物たちは数知れない。


「……ふん」


 パイロープは嘲笑した。人間に危害を加えなくとも狩られるときは問答無用で狩られるのだ。パイロープはその身をもって知っていたから。


「……久しぶりにクバン山の溶岩が食べたいのお」


 想像するだけで唾液が溢れてくる。パイロープは唇をかたく結んだ。

雲ひとつない空を見上げて懐かしの故郷に思いを馳せる。随分と長く帰っていないから、きっとクバン山やその周辺は人間に好き勝手に使われているだろう。

 そんなことをつらつらと考えていたときだった。


「……う……うぅ……」


 パイロープは瞬時に立ち止まった。二三歩進んだ先にある死体の小山から呻き声が聞こえている。パイロープの目線よりも下にある小山に大股で近寄った。


「生き残りがいるのか?」


 呼びかけのようで、その実ただの独り言だった。

 敗残兵か。それとも勝ち馬に乗りながら置き去りにされた薄幸の輩か。この戦場で誰が戦って誰が勝ったのかはパイロープには知る由も興味もないけれど。


「…………し……い……」

「何ぞ言っておるな」


 独り言でしかないそれに対して健気に返事をした何者か。パイロープの口角が僅かに上がる。


「ふむ。興が乗ったぞ」


 胸の方までだらしなく下がっていた赤髪を背中へ払い流す。そしてパイロープは上から順に死体を退かし始めた。死体の頭なり足なりをむんずと掴んで力任せにぶん投げる。放り出された死体は無残に地面へ激突していった。死者はいい。骨がおかしな方向に曲がっても泣き喚くことがない。

 死者を悼む気持ちを持つ生き物がこの光景を目撃していたらきっと激怒して「この人でなしめ」とパイロープを謗っただろう。パイロープには決して届かない罵倒だけれども。

 死体を四つ退かしたところでパイロープの動きが止まる。銀の鎧に身を包んだ男がうつ伏せになっていた。兜は既にない。

 やや癖のある金髪を真ん中で分けている。男は端正な顔立ちをしていた。傷付き泥に塗れてもなお異性を惹き付ける甘い美しさがあった。ただしパイロープは無関心だ。


「……こやつか」


 パイロープは死体を動かすときとほぼ同じ適当さで男を掴んで軽々と持ち上げた。それから仰向けになるように地面に落とす。


「うぐっ」


 男が弱々しく声を上げた。もちろんパイロープが申し訳ないと思うはずもなく。

 傍らに立ちながらパイロープは男を見下ろしていた。すん、と再度鼻を鳴らす。続けてしゃがみ込んだ。


「血が沢山流れておるの」


 パイロープの言う通りに男は流血していた。本来なら日光を浴びて美しく輝いているだろう金色の髪も焦げて乱れて血に汚れている。

 立派な造りの鎧は一部が欠け、そうでないところにはひびが入っている。見えている部分だけでもあちこちから血が滲み出していた。加えて、濃い血の臭いは見た目以上の出血をパイロープに伝えていた。


「直にそこらの死体どもの仲間入りじゃな。死体漁りに殺されるのが先か?」


 死体漁りたちはまだパイロープの周辺までは来ていない。豆粒のような人影が蠢いているのが確認できる程度だ。しかし、それも時間の問題だろう。死体漁りたちがやって来るまで男が生き延びていたとしても助かる可能性は限りなく低い。助命よりもむしろ止めを刺されて身ぐるみを剥がされる方が想像に容易かった。


「余にはまったく関係のないことじゃが」


 パイロープはすっかり冷めた目で男を見ている。気まぐれにしても時間の無駄だったなと自省しながら立ち上がる、その直前。

 男が口をかすかに開いた。


「…………し……い……」

「何じゃ? さっきと同じことを言っておるな」


 パイロープは男へにじり寄った。長い髪を右耳にかけてから男の顔の辺りに上半身を傾ける。耳にかかり切れなかった何房かの赤髪が男の頬をくすぐった。

 パイロープは耳を澄まして再び男が喋るのを待った。


「……しに……たくな……い」


 そよ風に掻き消されそうなか弱い声。けれどパイロープはしっかりと聞き取っていた。パイロープが嘲笑する。


「死にたくない? それなら殺し合いなどしなければ良かろうに」


 と吐き捨てて、パイロープは離れる。しかしそれを阻むものがあった。


「……人間。無礼じゃぞ。許可なく余に触れるでない」


 男がパイロープの髪を掴んで引っ張っていた。死に損ないにはもったいない力強さだ。

 パイロープは即座に髪を掴む男の手首を握りしめる。あとほんの少し力を込めれば鎧ごと男の手首は砕けるだろう。明確な脅しだった。

 けれども、死に瀕し意識の朦朧とした男にそんな警告を読み取る余力などあるはずもない。男が頭を動かす。そんな些細な動作にすら何度も何度も力尽きそうになりながら。

 小刻みに震えながら瞼を開く。瑠璃色の目がうつろに、しかし懸命にパイロープを捉えた。男が囁く。


「しにたくない」

「余の知ったことか!」


 パイロープが声を張り上げるのと同時にその口から炎が噴き出した。炎はパイロープと男を繋ぐ赤い髪を器用に焼き切る。男の手は千切れた髪を握ったまま地面に落ちていった。

 だが、パイロープの異様な振る舞いに反応を示さないまま男はうわ言を呟き続ける。


「……たすけ……て…………」

「しつこい人間じゃな!」


 パイロープは起立して地団駄を踏んだ。地面がパイロープの足の形に深く沈んでいく。男を睨み付けながらパイロープが愚痴る。


「そもそも余には人間を癒やす力なんぞ……ない……が……?」


 と言い終わる頃にはパイロープの首はすっかり右へと傾いていた。腕を組んで熟考する。

 その間にも男は順調に死へと向かっていた。何事か呟いてもいる。


「そう言えば前に余の血を薬と求める人間どもがいたの。たわ言じゃと思っておったが……いや今も思っておるのだが……彼奴らが正しかったのか……?」


 パイロープが何もしなくとも。ただ溶岩を食べては寝て起きては溶岩を食べてと繰り返していただけでも人間はパイロープに攻撃を仕掛けてきた。ある者は貯め込んだ金銀財宝を寄越せと。そんなものパイロープは持っていなかったのに。

 そして、またある者はその血を寄越せと。血では飽き足らず肉も皮も骨も内臓もパイロープのありとあらゆるものが高く売れるのだと言って。それさえ手に入れば家族は助かるのだと縋って。最後には皆等しく灰になった。


「むむむ。貴様のせいで余計なことを思い出してしまったではないか!」


 パイロープは苦い顔で両腕を摩る。人間に受けた古傷の数々がむず痒くなってくるようだった。不快だ。不愉快だ。一刻も早くこの場を立ち去るべきだ。心底そう思っているのに足を動かせない。

 理由は分かっている。パイロープは人間の与太話が真実なのかが気になって仕方がないのだ。他ならぬ自分のことなのに人間の方が知識が深いことも大変に気に食わない。けれども、それらを素直に認めたくもなかった。何か負けてはいけないものに負けた気がするから。


「……! ……! ……!」


 踵を軸にして何度も何度も足先で地面を踏みつける。更には頭を掻きむしった。パイロープの髪はすっかり乱れてしまっていた。

 強烈な舌打ちを一つして、パイロープは吠えた。


「……まったく仕方がない!」


 ビリッビリリッと。薄い布地が弾け破れる味気ない音がした。


「ここでは落ち着かん。場所を移るぞ」


 パイロープの背中からごつごつとした翼が生えてきていた。翼はぼろ布を突き破ってみるみるうちに巨大化していく。

パイロープは自身の体躯よりも何倍も大きい翼を軽くはためかせた。たったそれだけでパイロープの周辺に砂埃が舞い踊る。


「ふむ。もう翼は容易に使えるのお」


 と満足そうに呟いて、パイロープは男のもとへ進んでいった。

 パイロープが葛藤している間に男のささやかな気力も尽きてしまったらしい。青白い顔をして眠っていた。死んではいない。死人の臭いはしていないし、弱々しいが鼓動も聞こえる。とはいえいつ途絶えても不思議ではなかった。


「殺さぬように運ぶのは骨が折れるな……」


 男を前にパイロープはしばらく悩んだ。

 その結果、パイロープは男の背と膝の裏に手を差し込んで抱えあげることにした。鎧の重量など物ともしない。一度、二度。パイロープは翼を動かす。三度、四度。力強く。

 世が世ならお姫様抱っこと呼ばれる抱え方をしてパイロープは羽ばたいた。ふわりと地面を離れてからは早かった。滞空する鳥たちを散らしながらパイロープは空を飛ぶ。

 人でも鳥でもない異形が戦場から飛び立っていく。ひたすら俯いて手足を動かしていた死体漁りたちが一斉に空を仰いだ。目をまん丸にして。ぽかんと口を開けたまま。



◆◆◆



「ここで良いじゃろ」


 パイロープは戦場からそう遠くない場所に流れる川の岸辺にゆっくりと着陸した。すると翼の先から徐々に縮んで、ぼろ布が破れて剥き出しになった背中へと消えていく。


「はあ」


 大仰にため息をつきながらパイロープは何度も首を回す。凝った筋肉を解すためだろうか。人間らしい仕草はしかしパイロープには無意味なものだった。

 パイロープは男を地面に仰向けになるよう置いた。

 なかなかの勢いだったせいか鎧ががちゃがちゃと音を立てる。抱えた位置からそのまま落下させなかっただけまだ丁寧なのだが、傍から見れば十分雑だろう。少なくとも瀕死の人間を扱う所作ではなかった。

 男はもう呻く元気すらないようだ。けれども、死んでいないのならパイロープが気にする余地はない。パイロープは男の頭の近くにしゃがんだ。


「それで……余の血をどうすれば良いのじゃ? 傷口にかけるのか? 飲ますのか? 生でか? 沸かすのか?」


 パイロープの独り言が止まらない。記憶のそこここをひっくり返して人間たちの言葉を掘り出してみても役に立つ情報は思い出せなかった。パイロープのなかで段々と好奇心を煩わしさが上回ってくる。

 深く深く息を吐いた。


「……そもそも何で余が人間のためにこんなに悩まねばならぬのじゃ!」


 パイロープの声が岸辺に響き渡った。脅威を感じたのか数匹の川魚が水面から飛び出してくる。ぽちゃんぱちゃんと水音が立つ傍らパイロープは左手を掲げていた。右手の爪が硬く尖る。


「生で飲め生で! わがままを言っておる場合ではないぞ!」


 と叫ぶやいなやパイロープは長く尖った爪で左手首を躊躇なく掻き切った。筋肉も血管も無遠慮に抉られる。緑色の血が激しく噴き出した。


「稀に見る大盤振る舞いじゃぞ。飲め」


 血まみれの手を男の唇に押し付ける。どんどん溢れてくる血を、しかし男は飲もうとしない。それどころか頑是ない子どものように嫌々と首を振る素振りさえ見せた。口の端から血が垂れて無駄になっていく。

 パイロープの瞳孔が一際細くなった。


「何をしておる! 死にたくないのではなかったのか! この場で余が殺してやっても良いのじゃぞ!」


 鎧、しかもひびが入って脆くなった鎧などパイロープの爪に適うはずもない。男の胸に鋭利な爪を突き付ける。一、二、三、四、五。爪の先が胸当てに沈んでいく。

 あとひと押しもすればパイロープの爪は男の心臓を貫くだろう。しかし。


「これじゃから人間は……!」


 と唸りながらパイロープは右手を引いた。胸当てには五つの穴が出来ている。貫通はしていない。

 パイロープは現在進行系で流血を続ける左手首を口に持っていった。すぐさま勢い良く傷口に吸い付く。頬がぷっくりと膨らんだところで左手を下ろした。男を睨み付けてから顔を寄せる。右手で男の顎をしっかりと固定し、左手で男の口をこじ開ける。

 そして、パイロープは男と唇を合わせた。口内に溜めた血を男へ強引に流し込む。異物の侵入に男がひ弱にもがいた。けれどもパイロープはそれに気が付いたふうもなく、舌を使ってどんどん血を嚥下させていった。

 男の喉が二度三度と動いたのを確認してパイロープが顔を上げる。


「念のためにもう一度飲ませておくべきじゃな」


 先ほどと同じ動作を繰り返して、今度こそパイロープは男から離れた。パイロープの口元は緑色に染まっている。パイロープはローブの端で血を乱暴に拭った。

 一方で、男の鼻から下はパイロープの比ではないほど緑色に汚れている。無論パイロープがそんなものを気遣うわけがない。

 パイロープは呟いた。


「これだけ飲ませれば問題ないか? 余の血に本当に効果があれば、じゃが」


 男の頬にやや赤みが差してきているような気がした。これがパイロープの血の持つ人を癒やす効果なのかは分からない。どのくらいで効果が出始めるのかもまったく分からない。そもそも効果があるかもまだ分からないのだけれど。

 こうも分からないこと尽くめだと早々に興味が失せても仕方ないのではないだろうか?

 パイロープは大きく口を開けて欠伸をする。


「もうこのまま放置していっても良いか?」


 背中をむずむずと動かす。間隔はそんなに空いていないが飛べないこともなさそうだった。


「いや……せっかくここまでしてやったのじゃ。結末を見届けるのも余の役目か……」


 パイロープは男の生死が決するまで留まることにした。

 伊達に人間より長生きしているわけではない。ここで去ってしまえば、後から男がどうなったか、正確に言うと血の効果があるのかないのか気になって暴れる羽目になるのは明らかだったからだ。

 男から五歩ほど離れたところでパイロープは横たわった。男に背を向け目を閉じて呼吸を静める。間もなくパイロープは膝を抱え丸くなって眠った。



◇◇◇



 昔々のお話です。とある国の北端にある炎の山に真っ赤なドラゴンがいました。

ドラゴンという種族は人間が地上に繁栄するずっと前から存在していて、たびたび人間と敵対してきました。ドラゴンに攻撃されて滅んだ国もあります。人間にとってドラゴンは災厄の象徴でした。

 真っ赤なドラゴンが炎の山から離れることは滅多にありません。しかし、人々はいつドラゴンが暴れ出すのかと恐怖に震えていました。ドラゴンが炎の山を爆発させてそこら中に火の雨を降らせて焼け野原にしてしまうのだと信じている人もいました。


 そこで時の王がお触れを出しました。

 ドラゴンを退治する勇気のある者はいないかと。見事ドラゴンを葬り去った者には褒美を取らせるとも。巷はドラゴン退治の話題で持ちきりになりました。

 けれども、待てども待てども我こそはと手を挙げる者は現れません。

 王も民衆も諦めかけていたそのときです。

 四人の人間がドラゴン退治に名乗りを上げました。


 一人は剣士。卓越した剣技と速さで敵に斬り込みます。

 一人は戦士。鍛え上げられた肉体と頑強な鎧と盾をもって守りの要となります。

 一人は聖職者。聖なる魔法で傷を癒やし、邪悪なるものを祓います。

 一人は魔法使い。多種多様な魔法で敵を攻撃し、時には呪いをかけて敵を弱らせます。


 王は大喜びで四人を歓迎し、盛大な宴でもってドラゴン退治へと送り出しました。

 道中ではそれはもう色々なことが起こりましたが、四人は無事に炎の山へと辿り着きます。炎の山の頂上にドラゴンはいました。燃える岩の上ですやすやと眠っています。


 四人は息を潜めてドラゴンに近付きました。先陣を切ったのは剣士です。続けて魔法使いも動きました。

 しかし、ドラゴンの艶々した赤い鱗がどちらの攻撃も弾いてしまいます。おまけにドラゴンが目覚めて反撃を始めました。

 戦士が雄叫びを上げてドラゴンの気を引きます。聖職者は剣士や戦士の負った傷をすかさず治していきます。戦力は拮抗していました。


 死闘の終わりは呆気ないものでした。

 まず剣士がドラゴンの炎に焼かれました。一瞬の油断をつかれた剣士は聖職者の治療すら追いつかないほど一瞬で黒焦げになってしまいました。

 次に戦士がドラゴンに鎧ごと噛み砕かれました。ドラゴンが戦士の肉片を不味そうに吐き出します。

 三番目は聖職者です。眼前の出来事に混乱して立ち竦んでいる間にドラゴンの爪に引き裂かれてしまいました。

 最後に残ったのは魔法使いです。

 もはや魔法使いに勝ち目はありませんでした。しかし、今更逃げ出せないことも魔法使いは理解していました。魔法使いは残った力を振り絞ります。

 ドラゴンが魔法使いに向かって炎を吐きました。魔法使いは逃げません。むしろ、炎に自ら突っ込んでいってドラゴンとの距離を詰めます。魔法使いの燃え盛る身体が黒い光を帯びていました。

 魔法使いが倒れます。もうほとんど骨も残っていませんでした。


 ところが、黒い光はますますその輝きを増して雷光のようにドラゴンを貫きました。剣や魔法を跳ね返すドラゴンの鱗も黒い光の前では形無しです。

 魔法使いは炎で焼け死ぬ前に自らの命を引き換えにしてドラゴンに呪いをかけたのです。

 ドラゴンの命を奪うことは叶いません。けれど、間違いなくドラゴンの強大な力を奪う呪いでした。

 四人が炎の山から戻ってくることはありませんでした。


 同時にドラゴンも炎の山から姿を消しました。人々はもう二度とドラゴンの襲撃に怯えなくとも良いのです。人々はその身を賭してドラゴンを退治した勇者たちの活躍を後世まで称え、平穏な日々を享受しています。


 めでたしめでたし。



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