第三章 グロサム
「グロサム、2人だけの話しがあるんだ。」
夕食の後、父からそう声をかけられた。そんなこと初めてだったので、グロサムは心が高なった。
英雄セナの次男としてグロサムは生まれ、周囲に期待されながら育った。実際、長男で兄のアイナは14才にして剣の才覚を認められる存在だ。正義感も強く、時期当主としては申し分ない。
一方、グロサムは。
歩き出すのも話すのも、兄弟の中で一番遅く、両親に心配されたという。剣の練習はしているが、今一つぱっとしない。兄程には才能がないと自覚している。
その代わり、グロサムには魔法の素質があった。タク同様、アイナも共にコダの元で鍛錬しているが、光るものがあると評価されている。
もう、12才になった。自分のできることを精一杯やって、立派な人になっていこう、そう思っていた。そんな時、父から話しがあると言われた。
(どんな、話しだろう………?)
父の部屋に入ると座るように言われ、グロサムは従った。
「グロサム、実は、お前に頼みがある。」
「はい、何ですか?」
「お父さんからではなく、クリント王子からの依頼だ。クリント王子の使いとして、旅に出てほしい。」
頭の中が、???でいっぱいになった。クリント王子はミリヤ姉さんの夫ではあるが、次期国王だ。なぜ、僕に?
「行き先は、ルラルド村だ。知っているな?」
「はい。ユナ・リアがお生まれになった所です。」
ユナ・リアはタミアという名の、まだ3才の少女だが、もうすぐ4才の誕生日を迎える。そのお祝いを届ける使いとして、行ってほしいと言うのだ。
まだ小さな彼女と家族にとって、王族や役人といった偉い人ばかりが訪ねてくるのは、堅苦しいのではないか………と、クリント王子は考えた。せっかくの誕生日、楽しい思いをしてほしい。
だいぶ年上ではあるが、まだ子どものグロサムなら、タミアも親しみを感じるかも知れない。
「もちろん、付き添いの大人は同行する。しかし、ユナ・リアに会うのは遠慮してもらう。」
父の話しは良く分かった。そんなことなら母にも相談して、女の子が喜ぶ贈り物を自分も用意しようと思った。
しかも、王子の使いであるグロサムの他に、スニヤの使いである別の子どもも一緒に行くと言う。
「それはな、ルルの所のキリルだ。」
ガリルドのキリルと言えば、王都においても有名だ。義母となったルルは、スニヤにとって孫弟子にあたる。嫁いで6年、ルルはカムリファス以外にも薬効のある植物を発見し、それらを組み合わせることで数々の薬を発明し、成果をあげていた。
ユナ・リアの健康のため、良い薬を贈り物としたい。スニヤの名代でルルが準備し、グロサムと同じ理由で、キリルが届けることになった。
「わかりました。キリルと協力して頑張ります。」
グロサムは、明るく答えた。荷が重いと思うより、頼りにされたのが嬉しかった。
おやすみなさいと、グロサムが部屋を出てから、セナはしばらく、こぼれそうになる涙を堪えた。
(グロサム………。)
かつてタクを送り出す時、感じた。使命のためとは言え、危険な場所に行かせるのは、何と不安なことか。
止めたい。やめさせたい。
しかも、グロサムはまだ12才だ。おまけに、本当の目的は語れないのだ。
どうしたら良い?
どうしたら、愛する我が子を守れる?
もう涙は堪えきれず、セナは声を殺して泣き続けた。