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そんなこんなで建物を出て、長耳のエレナさんと手を繋いで街中をゆく。
順調すぎるよ。
森を歩いたら人間に出会って町まで送ってもらえて。
急ぎで仕事を探そうとしたら一時的に住む場所まで与えられた。
これは地下に閉じ込められても文句言えないな。
少し汚れていて、小さな魔物くらい出てくれるとさらに嬉しいのだが。
連れてこられたのは小さな庭付きの一軒家。
付近の街並みと同じく、外壁は塗ってあり隙間風の心配もない。
暖炉の熱も逃げない人間には快適な環境だ。町の外にあった砦とは大違い。これで個人所有なんだからエレナさんは金持ち確定だな。
板を打ち付けた窓だけでなく、硝子の内張りがあるよ。
日当たり良し、家に入ると掃除もパッチリな内観だった。
小物が少ない居間に来ると、エレナさんは軽く指を振る。
棚にあった食器が宙を移動して厨房に火が付き、水が運ばれて、どうやら飲み物の準備が進められている。この家では生活を便利にするために魔術が使われているらしい。勝手に魔術陣を書いたら生活の邪魔になりそうだ。
洗面所の場所を教わり、少々身だしなみを整える。戻ってきた時には、テーブルの下にあった丸椅子二つが取り出されており、向かい合うように席が用意されていた。
この家、木製の家具が多いようで、使い古した見た目でも匂いが残っている。
お茶と共に小菓子が机に並べられ、そんな席に着く。
「悪魔は絶滅したと聞いた」
「まじですか?」
「……まじ」
単刀直入、エレナから衝撃的な発言を聞いた。
「ちなみにどのような理由か知っていたり?」
「ある時期から召喚陣が使えなくなった。
呼び出されず不発に終わるばかり。
今は、もう再検証も行われていないと思う」
わお、悪魔は死んじゃったのね。
直接指名しても、特徴指定や条項による選別を試しても実現しなかったのだろう。
「今、地上にいる者だけが生き残りになる。原因に心当たりがあったりしませんか?」
「原因かは分かりませんが、関係しそうなものに心当たりがあります。
……ちなみにいつから?」
おおう、三〇年前だとさ。
人間側の契約事情も深刻ではないだろうか。契約途中に悪魔から反応が失せる。国境の守護とか任せていたら大変だな。
「生き残っている悪魔から原因を聞いたことは?」
エレナが首を振る。
断られたか。
さすがに悪魔から直接聞きだすのは無理か。
生き残っている奴となると、本当に受肉した奴くらいだ。
魔界に心残りもなければ弱みを見せるわけもない。おそらく、自分のように魔界穴を作って痛い目を見た奴もいただろう。魔界と地上を繋ぐ門を構築して地上に煉獄を作ってそう。
地上は魔素がスッカスカだもんな。魔界から昇るだけでも大変なのに、緊急で移動したところで、魂の器を維持するための贄が大量に要求される。
才能があっても準備がなければ受肉は選べない。結果、地上で暴れまわって地上勢力に消滅させられるんだ。
「なんと言っていいのか、
魔界に繋がる穴を作ってみたら、そこから熱波が噴出しました。
絶滅とは断言できませんが、契約の管理もできない状態だと思います」
第一、生き残ったような悪魔が地上の工作活動に向いているとは限らない。
魔界の平定のためというのか、勢力争いに力を注いで対応窓口も再開されていないのだろう。
「熱波ですか……」
人間側から呼び出しを受けても、向かう悪魔がいなければ魔術陣は無反応だ。
下手に逃げ込む輩がいなくて人間も助かったか。いや魔界と繋がった結果、丸焼きになった可能性もあるな。
「穴を空けた近くに可燃物があれば、普通に燃えます。
木々が一瞬で炎に包まれて、周囲が灰と黒煙に包まれる。
大地も溶けて、石から泡が吹き出たりしますよ」
「木々。森の不審火の調査依頼があったような……」
「ギクリ」
「……貴方が原因ですか」
大丈夫デスヨ。
植物だってお強いデス。
直撃した範囲はともかく、延焼くらいは雨を待たずに止めてくれマスヨ。
決して現行犯で捕まりたくなくて逃げたなんて言いませんヨ。
「魔界なんて変動が激しい場所デスヨ。
権力闘争に明け暮れて、全土が凍土や灼熱に包まれたことも一度や二度ではありません。
誰かが環境を区切る封でも壊して、皆死ねアタックを狙ったのでしょう。
きっと百年もすれば契約サービスも復旧してマスヨ……」
こうして魔界の知識が記憶にある以上、その歴史の中に自分もいたはず。
あれか知識を司る悪魔か。
猊目の一族とか領地を範囲として大規模魔術で備忘録を共有しているらしいし、その辺りの末端だったのかも。
依然として受肉の件は疑問だが、知識には納得できる。
良いな、妄想がはかどるわ。
私は高貴な血を受け継いでいるのだわ。
「……まあ、いいでしょう。
それよりも、どうして冒険者になろうと考えたのですか?」
「儀式用の素材を集めるついでに、生活費を稼ごうと思いまして」
「儀式ですか」
「【魔力循環】の魔術を少々……」
「その魔術は、禁術指定です」
「他人を材料にした場合、ですよね。私の場合は自分の血を触媒に使えますから」
「……」
まあ、他の生命という意味では代償を用いるけど、人間種でなければ実際は寛容だ。
受肉の場合でも肉体の元となる素材は考えない方針らしい。三〇年もあれば規定が少々変わるかもしれんが、絶滅した悪魔を規制する意味もないだろう。
私、何製だろうね。
廃棄肉とかなら悲しいよ。
「血、……分けてもらえませんか?」
「ニャーです」
「フィリア……」
「うぐ。ちょっとだけ、ちょっとだけだかんね」
採血してくるなら、こちらからはお菓子を要求するぞ。
補充可能とはいえ有限なんだ。定期的に求めてくるなら金銭による商談も要求する。
もったいぶって名前を使いやがって。私欲全開じゃないか。
嘘なんて名付けられていたら通り名による縛りも通用しなくなるのに。もちろん拒否してたけど。
「それにしても、妙に悪魔に詳しくありません?」
「以前は、国立の魔術研究所に勤めていました。
専門ではありませんが知識はそれなりにあります」
おう。この方、研究者だわ。
専門外とか言いつつ悪魔召喚の経験あるんだろうな。対応に慣れているもんね。
「話を戻しますが、力を溜める意図は何ですか?」
「単純に力を得る以外にも、習慣的に欲しいものなんです。
どちらかといえば魔素側の存在なので、
全身を巡らせるという意味では水浴びみたいなものですから」
緩やかな消滅を求めるなら、魔力的な供給を絶つべきなんだろうね。
別に【魔力循環】って世間で言われるほど脅威じゃない。
悪魔個人だって蓄える量に限度があるし、自身に適した形へ制御するために得られる力の大半が消費されてしまう。倍倍ゲームにはならない。
そもそも、人間で言う食事みたいなものだ。
ただ、悪魔向けに多少効率が良くするというだけ。
魔術を使わない人間には不要だから意識されないのだろう。
長耳先生だって一度は試したことはあるはずだ。
高位の生物の血液に鉱石と霊薬を溶け込ませる。触媒から用意すればいい。魔術的な状態を保つ意味では定期的に行っておるやもしれん。
悪魔はそのまま血を流用できるけど、禁術指定されているとおり人間でも再現できなくない。
手軽に行おうとするから同種の生物に走ってしまうだけなのだ。
「素材は、床下のねずみでもいいんです。
魔物なら、家畜用の鳥でも何でも、材料にしますよ」
意外に思えるだろう。
知識があるのに今日まで行っていない。
普通なら上質を求めていくものだ。
地上で活動するような用意の良い奴が、そこらの材料で満足するはずがない。
死亡後にも力が残っているような特定種族の臓器とか、高純度の魔力結晶とか。大枚たたいて買い込んだ素材を用いる姿を想像してしまうのだろう。
残念ながらうちは倹約主義だ。
おままごとをするにも、木の端材に名前を書くだけで終わる。
「そこまでですか……」
「儀式用の空間はあったりしません?」
「地下室を空けておきます」
心配させちゃって悪いね。