第88話:暴虐の魔王、再び
いよいよクライマックスが近付いてまいりました。
魔王カーミラとして異世界に転生させられた神也は、ドノヴァンから自分たち魔族を救って欲しいと懇願されるのですが、そんなドノヴァンを神也は見下した態度で嘲笑してしまいます。
そんな神也を無理矢理屈服させようと、『呪い』で苦しめるドノヴァンなのですが…。
目の前でガッツポーズを決めて勝ち誇る神也を、唖然とした表情で見つめるドノヴァンたちだったのだが、それでも今は一刻を争う事態だ。
瑠璃亜が反乱を鎮圧した今、一刻も早く神也に事情を説明し、瑠璃亜を討伐して貰わなければならないのだ。
圧倒的な力を持つ魔王カーミラに対抗するには、同じく圧倒的な力を持つ魔王カーミラをぶつける以外に勝機は無いのだから。
「それにしても復活したのはいいけどよ、ここは変な場所だな。あの光ってる石っころは金剛石か?一体どんな仕組みになってんだよ?松明や蝋燭を使わねえなんて変わってるなぁ。」
「転生したばかりで戸惑うのは分かるが、今は時間が無いのだ。済まないが俺の話を聞いては貰えないだろうか?」
う~ん、と呑気に伸びをする神也に対し、ドノヴァンは切羽詰まった表情で全てを語ったのだった。
この異世界は、かつて神也がいた元の世界とは違う次元に存在している世界である事。
ここはパンデモニウムと呼ばれている魔族の国であり、自分たち魔族が周辺諸国の人間たちに迫害されている事。
その人間たちに対抗する為に、向こうの世界で死亡した神也を、転生術で魔王カーミラとして転生させたのだという事を。
「右手で何も無い空間をかざして念じてみてくれ。そこにお前が所持する『異能【スキル】』の一覧が表示されるはずだ。」
「…うほおおおおおお!!何だよこれ!?出た出た出た!!なんか出た!!」
「それは俺たちの世界の住人では決して扱えない、お前たち転生者だけが持つ特別な力なのだ。」
目の前の空間に映し出された、自らの所持する『異能【スキル】』に興奮する神也。
取り敢えず試しに『帝王の拳【カイザーナックル】』の『異能【スキル】』を発動してみると、神也の拳が強烈なオーラに包まれる。
ドノヴァンに使い方を聞くまでも無く、神也は特に意識せずとも普通に『異能【スキル】』を発動する事が出来た。
それこそまるで、息をするのと同じように普通にだ。
「先程も話した通り、今の俺たち魔族は危機的な状況にある。この状況を打破する為には何としてもお前の力が必要なのだ。」
突然身につけた『異能【スキル】』という強力な力に興奮する神也に、ドノヴァンが必死に今の現状を熱弁するのだが。
「どうかその圧倒的な力でもって、俺たち魔族を救っては貰えないだろうか?その為にはまずお前の先代の魔王カーミラを…渡辺瑠璃亜を討伐して貰いたい。あの女のせいで我々は…!!」
だが次の瞬間神也は狂喜乱舞の笑顔で、ドノヴァンに対してとんでもない事を言い出したのだった。
「は?何言ってんのお前。何で俺がいちいちそんな下らねえ事に付き合わなきゃいけねえんだよ?馬鹿なの?死ぬの(笑)?」
「な、何だとぉっ!?」
「お前らの下らねえ事情なんざ俺の知ったこっちゃねえんだよ。折角手に入れた二度目の人生だからな。楽しまなきゃ損ってもんだよな。俺は俺で好きなように暴れさせて貰うわ(笑)。」
まさかの神也の狂喜乱舞の笑顔からの超ど級ストレートな返答に、ドノヴァンは戸惑いを隠せない。
ある程度難色を示される事は…それこそ断られる事さえも想定していた。
転生直後で事情もよく飲み込めないまま、こんな一方的な事を語ったのだから当然だろう。それ位の事はドノヴァンも理解していた。
だがしかし、こんな…ここまで理不尽な暴言を吐かれる事になろうとは。
これではまるで『俺専用のレズハーレムを作る!!』とか抜かして自分たち魔族を散々苦しめた、あの忌まわしい初代の魔王カーミラと何も変わらないではないか。
「…な、何故だ…!!」
「は(笑)?」
「あの男にしてもそうだが、何故こんな禄でもない者ばかりが召喚されるのだぁっ!?」
絶叫するドノヴァンを、ヘラヘラ笑いながら見下す神也。
転生術は対象を自由に選択する事は出来ないという最大の欠点があり、発動時に死亡した者を『ランダムで』転生させる代物になっている。
それ故に神也のような暴君が召喚させられる事を阻止出来ない仕様になっているのだし、フォルトニカ王国でも一馬ら『ブラックロータス』が生前に色々やらかしてくれた訳なのだが。
「ド、ドノヴァン殿…!!」
「ええい、慌てるな!!こういう事態に備えて、この者に『呪い』を掛けたのではないか!!」
そう、こうなる事もドノヴァンは最初から想定済みなのだ。
もし新たに召喚した魔王カーミラが自分たちに牙を向くなら、無理矢理従わせればいい。
だからこそドノヴァンは部下の魔術師に、神也に『呪い』を掛けるように命じたのだから。
「この者に『呪い』を発動しろ!!」
「はっ!!」
次の瞬間、神也の背後に顕現した『呪い』が神也を背後から抱き締め、神也の全身に凄まじいまでの『苦痛』を与える。
「う、うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
痛みは無い。ドノヴァンが魔術師に掛けさせた『呪い』は太一郎たちの時と同様、肉体的な苦痛は一切与えていないのだから。
神也に襲い掛かったのは肉体へのダメージではなく、あくまでも精神的な『苦痛』。
下手に肉体に損傷を与えて潰してしまい、使い物にならなくしてしまっては何もならないから…そうドノヴァンは考えていたのだが。
「そうとも!!最初からこうしておけば良かったのだ!!魔王カーミラがどれだけ暴虐を働こうが、無理矢理屈服させて…っ!?」
「ほいっとな(笑)。」
【ぎぃああああああああああああああああああああああああ!!】
「なあああああああああああっ!?」
だが次の瞬間、神也の身体を蝕んでいた『呪い』が、いつの間にか神也によって背負い投げで床に叩きつけられて、逆に顔を足蹴にされてしまったのだった。
『呪い』の美しい顔が神也の足によってグリグリと踏みにじられ、情け容赦なく傷物にされてしまう。
まさかの予想外の出来事に、戸惑いを隠せないドノヴァン。
【あ!!が!!そ、そなた、わらわに対して何という無礼な…や、止めろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!】
「ば、馬鹿なあっ!?自力で『呪い』を打ち破っただとぉっ!?」
だがしかし、こうなる事はある意味必然だったのかもしれない。
ドノヴァンが神也を『呪い』で屈服させればいいなどと安易に考えていたのは、実際にフォルトニカ王国で『閃光の救世主』の異名を持つ太一郎でさえも、『呪い』によって縛る事が出来ていたという実績があったからなのだが。
だがあの時の太一郎と今回の神也とでは、事情が全く異なるのだという事を、馬鹿で単細胞のドノヴァンはまるで理解していないようだった。
まず神也に『呪い』を掛けたのはいいが、肝心の『呪い』を掛けた張本人である魔術師が、フォルトニカ随一との異名を持つシリウスよりも、遥かに劣る実力と魔力しか持ち合わせていなかった事。
このせいで神也に取り憑かせた『呪い』はシリウスより遥かに劣る威力しか発揮させられず、神也を一瞬は怯ませる事は出来たものの、実際には大して効いてなどいなかったのだ。
そしてこれは事情を知らないドノヴァンの盛大な勘違いによる物なのだが、太一郎が3カ月もの間『呪い』に苦しめられ続けていたのは、決して『呪い』に対して手も足も出せなかったからなのではない。
シリウスの『呪い』が『連帯責任系』の代物であり、一馬ら『ブラックロータス』の連中が毎回毎回色々とやらかしてくれたせいで、とばっちりで『呪い』によって苦しめられ続ける羽目になってしまっていただけなのだ。
そして今回『呪い』の対象となったのは、神也1人だけだ。
ここまで言ってしまえば…後は言わなくても分かるな?
「おっ、この女、幽霊みたいな存在だとばかり思ってたけど、実際にはおっぱいに触れるんだな。柔らかい柔らかい(笑)。」
【そ、そなた、一体何を…っ!!や、やめて、そこは…あんっ!?】
「なっ…!!公衆の面前で一体何をやっとるか貴様ぁっ!!」
いきなり『呪い』に対して公開わいせつを始めた神也に、顔を赤くしながら殴りかかるドノヴァンだったのだが。
神也は狂喜乱舞の笑顔でカウンターをお見舞いし、逆にドノヴァンの顔面を殴り飛ばしたのだった。
あまりの威力に吹っ飛ばされ、壁に叩きつけられるドノヴァン。
「がはあっ!?」
「おいおい折角いい所だったのに邪魔すんなよ…って、何だこれ、刀かよ。」
殴られた衝撃でドノヴァンが思わず手放してしまった神刀アマツカゼを、とても興味深そうに手にした神也。
試しに鞘から神刀アマツカゼを抜いて構えてみた瞬間、神也は一瞬で感じ取ってしまったのだった。
この神刀アマツカゼに秘められた、あまりにも圧倒的な『力』を。
そうとも知らずに何とか立ち上がったドノヴァンは、神刀アマツカゼを手にした神也を思わず嘲笑したのだが。
「ふ、ふはははは!!残念だったな!!貴様は知らぬだろうがその神刀アマツカゼはなぁ!!大層な見た目に反して何もまともに斬れぬ鈍なのだぁっ!!」
「おいおいおいおいおい、お前の目は節穴かよ!?こいつがどれだけ凄まじい刀なのか、まるで理解出来てねえとはなあ!!」
そう…ドノヴァンは理解していないのだ。
この異世界で一般的に広く普及されている『剣』と違い、対象を『斬る』事のみに特化した『刀』という武器は、扱うのに非常に繊細で高度な技術が必要になるのだという事を。
太一郎やサーシャ、ケイトのように特別な訓練を受けた者でなければ、『刀』という武器はその威力を最大限に発揮する事が出来ない。
いかに伝説の武器である神刀アマツカゼといえども例外ではない。ドノヴァンのように単に力任せに振るうだけでは、へっぽこな威力にしかならないのだ。
だが…もし刀を扱う為の特別な技術を有する、それこそ神也のような達人クラスの実力者が、最強の刀である神刀アマツカゼを手にしてしまったら。
それは全てを一刀両断にする事を可能にしてしまう、最強の武器へと進化するのだ…!!
「見せてやんよ!!この神刀アマツカゼとやらの、本当の使い方って奴をなぁっ!!」
「くそがああああああああああああああっ!!貴様ああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!」
神也に対して斧で斬りかかったドノヴァンだったのだが、神也が神刀アマツカゼを振るった瞬間、太刀筋から『閃光』が放たれたのだった。
互いに斬りかかり交錯する2人の身体。次の瞬間ドノヴァンの胸元から迸る、凄まじいまでの鮮血。
「が…っ!?」
「弱っわ(笑)。」
「な…何故だ…!?何故…こんな事に…!?」
薄れゆく意識の最中、ドノヴァンの脳裏に浮かんだのは、自分に穏やかな笑顔を見せる瑠璃亜の姿。
自分たちを迫害し続ける人間たちに対して一向に侵略行為をしないばかりか、頑なに専守防衛を貫き、あまつさえサザーランド王国やフォルトニカ王国と同盟まで結んだ瑠璃亜。
そんな瑠璃亜に失望した事で、ドノヴァンはこうして新たなる魔王カーミラを召喚し、瑠璃亜を始末させようとしたのだが。
まさかそれによって神也のような『暴虐の魔王』が、この異世界に解き放たれる事になってしまうとは…これはもう皮肉だとしか言いようがない。
まだ瑠璃亜に魔王カーミラのままでいて貰った方が、自分たち魔族にとっては幸せだったのだろうか?
いや、あれだけ自分たちを理不尽に迫害した人間たちと、同盟和議を結ぼうとした瑠璃亜こそが愚か者だったのではないのか?
だがそれでも瑠璃亜は、少なくとも目の前にいる神也と比べれば、遥かにマシな存在だったのではないか?
いや、やはり瑠璃亜のような平和ボケ女に、自分たち魔族の未来を託してしまっては…。
だがしかし、それでも瑠璃亜のお陰で救われた命が何人も…。
ぐるぐるぐるぐる、ぐるぐるぐるぐると、目から大粒の涙を浮かべながら、死の間際に走馬灯のように考えを巡らせるドノヴァンだったのだが…。
「…お、俺が間違っていたとでも言うのか…!?俺はただ…魔族たちの…未来を…っ!!」
「んなもん知るか!!折角こうして生き返ったんだからよ!!俺は俺で好きなようにやらせて貰うぜ!!あひゃひゃひゃひゃひゃひゃ(笑)!!」
狂喜乱舞の笑顔で、ドノヴァンの首を情け容赦なく刎ねた神也。
首から上が無くなったドノヴァンの身体が、どうっ…と力無く床に倒れ込む。
【そ、そなた、このままでは決して済まさ…!!】
「邪魔(笑)。」
【ぎぃあああああああああああああああああああ!!】
そのまま『呪い』さえも神刀アマツカゼで無慈悲に斬り捨てて消滅させた神也が、床に転がったドノヴァンの生首の髪を無造作に掴み、目の前で怯えて腰を抜かして震えている魔術師を、興味が無いと言わんばかりに完全に無視し、地下室を去って行ったのだった。
「取り敢えず、そうだな…確か渡辺瑠璃亜とか言ったか?俺の先代の魔王カーミラとやらと戦ってみるか。」
鈴音と同じ苗字だというのが少しだけ気になるが、まあ渡辺という苗字自体、別に珍しくも何とも無い。向こうの世界でも反幕府連合に何人かいたのだから。
そんなどうでもいい事よりも、まずは先代の魔王カーミラである瑠璃亜との戦いだ。
神也にとって瑠璃亜との戦いは、向こうの世界での仁戦組や反幕府連合のように、互いに譲れない信念があって望む訳では無い。
単に強い奴と戦いたいから…魔王カーミラとして転生させられた自分の力が、どれ程の物なのか試したいから…ただそれだけなのだ。
こんな奴が『異能【スキル】』と神刀アマツカゼという、あまりにも強大な力を手にしてしまったのだから…。
後に歴史の教科書にも載る事になる、『閃光の救世主』と『暴虐の魔王』の壮絶な戦い。
そしてこの異世界全土を巻き込んだ『破滅への序曲』が神也によって奏でられ、世界中で大騒動を巻き起こす事になってしまうのである。
「あっちの世界では鈴音たん以外は、退屈極まりないカスばっかでつまらなかったからなぁ!!こっちの世界では俺を満足させられる奴が少しはいるんだろうなぁ!?あひゃひゃひゃひゃ!!ひゃああああああああああっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ(笑)!!」
ドノヴァンの生首の髪を無造作に左手で掴みながら、神也は狂喜乱舞の笑顔で、瑠璃亜との戦いを今か今かと心待ちにしていたのだった…。
新たなる魔王カーミラの誕生、そしてドノヴァンの死を目の当たりにさせられ、大騒動に陥ってしまうパンデモニウム。
そんな中で遂に始まってしまった、瑠璃亜と神也による魔王カーミラ同士の死闘。
圧倒的な神也の実力と神刀アマツカゼの力を前にしても、『異能【スキル】』を駆使して互角以上に渡り合う瑠璃亜ですが…。