第87話:新たなる魔王カーミラ
第10章完結です。
茂重の死後、新たなる時代『明治』が幕を開け、それぞれの道を歩む事となった鈴音と菱川。
そして魔王軍の転生術によって、新たなる魔王カーミラが召喚されるのですが…。
こうして今回の幕府軍と反幕府連合による戦争は、幕府軍の敗北で幕を閉じた。
徳山家唯一の生き残りだった征夷大将軍・徳山茂重の戦死によって、徳山家は滅亡。
幕府軍は解体され、権藤を初め数多くの戦死者を出した仁戦組も、生き残った者は菱川を含めてたったの9人となってしまった。
この戦いの終結をもって仁戦組は解散。隊士たちは散り散りとなり、それぞれの道へと歩み始める事となる。
そして時は流れ、滅亡した江戸幕府に代わり、新たに祀り上げられた明治天皇が日本を治める事となる。
これを機に年号は『明治』へと改められ、明治天皇の善政の下、この国は新時代へと歩みを進めていく事となる。
明治天皇によって様々な政策が推し進められ、人々の暮らしは大きく変わっていった。
解体された幕府軍に代わる新たな治安維持部隊として、全国各地に『警察』が設立。
新たに設けられた『廃刀令』によって、正式な許可を得た一部の警察官以外は、正当な理由も無しに刀を所持して外出する事を一切禁じられるようになり、従わなければ銃刀法違反の刑事罰に問われる事となった。
これが契機となり、鈴音から心太と真美へと継承された夢幻一刀流も、時代の流れの中でこれまでの『殺人剣』から、人を守り活かす為の剣へと…『活人剣』へと姿を変えていく事となるのである。
そして今回の戦いで生き残った鈴音と菱川は、それぞれ新しい道を歩み始めていた。
鈴音はこの戦いの終結をもって、現役を引退。
愛する家族の下へと帰還し、今後は刀を捨てて専業主婦として静かに生きる事を決めた。
この時をもって反幕府連合にとっての最大の脅威であった、『閃光の魔女』渡辺鈴音の名前は、表舞台から姿を消す事となる。
菱川は周囲に勧められて自宅の敷地内で剣術道場を開き、師範として第2の人生を歩む事となった。
彼の熱心かつ真心に溢れた指導によって、多くの教え子たちが立派な剣士として育っていく事になるのである。
そんな2人の剣の腕を高く評価した明治天皇は、2人を直属の護衛剣士として雇用する事を決定。
かつての敵という事もあって流石に周囲は猛反対したのだが、それでも戦争は既に終わっている事、何よりも今は1人でも多くの有能な人材が欲しい状況だと主張した明治天皇は、周囲の反対を押し切り2人の下に使者を派遣したのである。
だが2人が今回の戦争で無様に生き恥を晒した敗残兵だという事、何よりも自分たち上流階級よりも立場が下の平民だという事が、派遣された使者たちを増長させる結果となってしまった。
異世界におけるリゲルたちにしても、そうなのだが…なまじ重役の地位を得てしまったが故に、自分たちが特別な存在であるという愚かな勘違いを生んでしまったのだろう。
大勢の部下たちを引き連れ突然押しかけてきた使者たちから、
「これは天皇様直々の勅令であり、貴様ら下民共に拒否権など無い。感謝の心をもって有難く拝命せよ。」
などと一方的に通告された鈴音と菱川ではあったが、このあまりの無礼極まりない態度故に、当然ながら両者共にそれを断固拒否。
そもそも菱川にとって明治政府の前身であった反幕府連合は、幕府を滅亡させ権藤を初めとした数多くの同志たちを死なせた仇でもある。
その明治政府の下で働くなど言語道断だと、そもそもそれが人に頼み事をする者の態度なのかと、貴様らは一体どういう神経をしているんだと、菱川は押しかけて来た使者を鬼の形相で追い出したのだった。
そして鈴音も今回の戦争終結をもって既に現役を引退しており、もう二度と刀を持つ事は無いと心に決めていた。
今後は愛する家族と共に専業主婦として静かに生きていくつもりだと、一方的に押しかけて来た使者に語ったのだが。
「貴様ぁ、天皇様直々の勅令を無下にするなど、何だその無礼な態度は!?」
「困ったな。どうやらそなたは、人に物を頼む時の態度という物を知らんようだ。」
「たかだか農民の分際で、天皇様直々の拝命を携わった私を侮辱するか!?かくなる上は貴様の夫や子供たちがどうなるか…!!」
「直樹はともかく、そなたら如きに心太と真美をどうにか出来るとは、私には到底思えぬのだがな。」
「何だと!?たかがあんなガキの1人や2人…!!」
「…それにだ。」
全身から凄まじいまでの剣気を放ちながら、使者を凄まじい眼光で威圧する鈴音。
『心の一方』…達人クラスの実力者になると、その凄まじい剣気だけで相手を威圧する事が出来るとされている。
そのあまりのプレッシャーに、使者は思わず情けない表情でへたり込んでしまったのだった。
現役を引退したと言っても、鈴音の実力は未だ衰えてなどいないのだ。
たかが剣気で威圧した程度で、この醜態。
この程度の愚物を追い払う程度なら、わざわざ鈴音自らが刀を手にするまでも無い。
「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
「私の家族に、ほんの掠り傷1つだけでも付けてみよ…!!その時はそなただけではなく、明治天皇もただでは済まぬと思い知れ…!!」
「き、貴様、天皇様に対して何だその無礼な態度はぁっ!?」
完全に鈴音に気圧されてしまった使者はすっかり腰を抜かしてしまい、鈴音に罵声を浴びせながら部下たちの肩を借り、その場を去って行ったのだった。
「この事は天皇様にご報告しておくからな!!貴様ら下民共に果たして天皇様からどのような天罰が下るのか、今から楽しみで仕方が無いわ!!」
「そもそも引退した私如きを相手にそのザマだ。そなたでは心太と真美に指一本触れる事すら叶わぬよ。」
「抜かせ!!このままでは決して済まさぬからな!!覚えておくがいいわぁっ!!」
明治天皇は心の底から鈴音と菱川の力を高く評価し、純粋に戦力として手を貸して欲しいと願っていたというのに。
自分たちに与えられた地位と権力に溺れた、馬鹿な部下たちが引き起こした暴走のせいで、御覧の有様だ。
これが最初から明治天皇自らが2人の下に足を運び、頭を下げて誠心誠意2人に懇願していれば…結果はまた違っていたのかもしれないが。
そして鈴音は大正元年に家族に看取られながら85歳で穏やかに病死するまで、専業主婦として愛する家族と共に静かに暮らし、もう二度と刀を手にする事は無かったとされている。
そして物語の舞台は、再び異世界へと舞い戻る。
瑠璃亜に反逆の意志を示し、新たに召喚した魔王カーミラの手で瑠璃亜を始末させようと企てるドノヴァン。
召喚した新たなる魔王カーミラに謀反を起こされないように、太一郎たちと同様に『呪い』を掛ける事を画策していたのだが。
もしこの異世界に運命の神とやらが本当に実在するのであれば、そいつはどれだけ残酷でひねくれ者なのだろうか。
確かに鈴音は神也を討伐し、幕府軍と反幕府連合の戦争を終結へと導いた。
だが皮肉にもそれが引き金となり、最強最悪の厄災が魔王軍の転生術によって異世界へと転生させられ、異世界全土を巻き込む動乱の引き金となってしまうのである…。
「…光…あったけえ光だ…もしかして俺の事を導いてるのかよ…!?」
鈴音に首を刎ねられてから、一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
数秒しか経っていないように思えるし、もう何年も経っているような感覚も感じる。
何もない暗闇の中を彷徨っていた神也だったのだが、そこへ一筋の光が神也を優しく包み込んだのである。
流石の神也も戸惑いを隠せなかったのだが、それでも即座に理解したのだった。
理屈は分からないが自分が何者かの手によって、蘇生させられようとしているのだという事を。
「…ククククク…!!あひゃひゃひゃひゃひゃ!!何故だかよく分からねえが、俺は復活出来る!!」
本来なら鈴音はあの戦争で神也に殺され、魔王軍の転生術によって異世界に転生させられ、新たなる魔王カーミラとして祀り上げられ、可愛い子孫である太一郎との殺し合いをドノヴァンに強要される運命だった。
だがそれでも自らの手で『呪い』を捻じ伏せてドノヴァンを叩きのめし、愛する家族と無理矢理離れ離れにさせられた事を瑠璃亜に罵倒しながらも、それでも事情を知った鈴音は瑠璃亜と和解し、太一郎がいるフォルトニカ王国で静かに暮らす。
本来ならこの異世界では、そういう歴史になるはずだったのだ。
だが鈴音は自らの刀で運命を切り開き神也を討伐し、自らに課せられた『神也に殺される』という運命を、自らの手で変えて見せた…いいや、『変えてしまった』。
そのせいで運命の歯車が狂ってしまい、その代償として異世界にさらなる混迷をもたらす結果になってしまったとでも言うのか。
勿論、鈴音は単に自らに課せられた使命を見事に全うしてみせただけであって、当たり前の話だが鈴音は何も悪くは無いのだが。
それでも結果的に鈴音が自らの運命を捻じ曲げて神也を『討伐してしまった』せいで、異世界に住む可愛い子孫である太一郎が、とんだとばっちりを受ける結果となってしまったのである…。
『とにかく始めるぞ!!これより新たなる魔王カーミラを召喚すべく、転生の儀式を開始する!!』
ドノヴァンの喧しい声と共に、神也の意識が光の中へと飲み込まれていく。
パンデモニウム城の地下施設で魔王軍の転生術が発動する最中、新たなる肉体が再構築され、神也の魂がそこに宿り、肉体に生命が芽生えていく。
やがて魔王軍の転生術が無事に成功し、神也に謀反させない為に『呪い』の発動も終えた所で、神也が勢いよくガバッとベッドから起き上がったのだった。
「よし、これで無事に転生の儀式が完了し…!?」
「ぱんぱかぱ~ん♪ぱんぱんぱん、ぱんぱかぱ~ん♪」
「なっ!?」
ドノヴァンの興奮する声を遮りながら、立ち上がった神也は派手なガッツポーズを見せる。
「復っ活(笑)!!」
狂喜乱舞の笑顔で高々と宣言する神也を、唖然とした表情で見つめるドノヴァンたち。
「折角手にした二度目の人生だ!!楽しまなきゃ損ってもんだよなぁ!?ひゃはははははは!!ひゃははははははははははは!!ひゃあああああああああああああああああああああっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃっひゃ(笑)!!」
これがこの異世界全土を巻き込んだ、破滅への序曲へとなってしまうのだという事を、今のドノヴァンたちは知る由も無かったのであった…。
真野神也→まのかみや→まおうかーみら→魔王カーミラだというオチなんですわwwww
次回から物語の舞台は再び異世界へ。クライマックスが近付いてまいりました。
新たなる魔王カーミラとなった神也は、いきなりドノヴァンに反逆するものの、それを見越したドノヴァンが仕掛けた『呪い』によって苦しめられる事になるのですが…。