第85話:運命を切り開く一撃
遂に始まった幕府軍と反幕府連合の最終決戦。
幕府の本拠地・徳山城で両軍が死闘を繰り広げる最中、鈴音は神也との決闘に挑みます。
圧倒的な神也の実力に追い詰められる鈴音ですが…。
鈴音VS神也、遂に決着です。
そして、3日後の17時…遂に決着の時が来た。
来たる最終決戦の地は江戸幕府の本拠地・京都の徳山城。
幕府に希望を見出し茂重を全身全霊で守るべく、万全の迎撃態勢を敷いて迎え撃つ幕府軍、そして仁戦組の隊士たち。
それに対抗するのは幕府が退いた新政権こそが、この国に希望をもたらすと信じて疑わない反幕府連合の浪士たち。
この戦いに正義も悪も無い。互いに譲れない理想の為に、互いの信念をぶつけ合う為の戦いなのだ。
そして反幕府連合は決死の覚悟で、この徳山城に全戦力を投入してきた。
泣いても笑っても、幕府軍と反幕府連合の戦いは、この戦いで最後になる事だろう。
そう…この戦いでどちらかが新時代の覇権を手にし、どちらかが滅ぶ事になるのだ。
「来たるべき新時代の為に、今日ここで徳山茂重の首を取る!!総員、突撃せよ!!」
「「「「「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」」」」」」」」
総大将からの号令で、一斉に徳山城の正門へと突撃する反幕府連合の浪士たち。
その大軍の中には菱川が提唱した局中法度に反発し、仁戦組から反旗を翻し反幕府連合へと寝返った、鈴音のかつての仲間たちの姿もあった。
迎え撃つ幕府軍たちが、城から一斉に放たれる矢による援護を受けながら、決死の覚悟で迎撃するのだが。
『ドノヴァンの所在はまだ分からないのかしら?』
『は、申し訳御座いません。総力を挙げて捜索させてはいるのですが、未だ発見には至っておりません。』
『そう…全くあの子ったら、どこに行ってしまったのかしらね。』
またしても鈴音の頭の中に、声が聞こえる。
先日、幕府からの招集を受け、徳山城を訪れた時からそうだ。
これまでは断片的な声がたまに聞こえる程度でしか無かったのだが、何故か今日になって声が鮮明に、そして頻繁に聞こえるようになってきているのだ。
一体鈴音の身に、何が起こっているというのか。
「また声が…!!」
「鈴音殿、どうされましたか!?」
「いや、何でも無い。」
隊士に声を掛けられて、ぶるんぶるんと頭を振って目の前の戦場を見据える鈴音。
声の事は確かに気になるが、今はそれよりも最優先でやらなければならない事がある。
それは恐らく鈴音と殺し合う為にこの戦場に来ているであろう神也を、幕府軍に危害が及ばない僻地までおびき出し、神也との決闘によって鈴音自身の手で神也を打倒する事だ。
今は鈴音がやるべき事を…与えられた任務を全うする事に全力を尽くすべきだ。
「どこだ、どこにいる、神也…!!」
「す、鈴音殿!!あれを!!」
「なっ…!?」
必死に神也を探す鈴音ではあったが、そこへ放たれたのは一発の大砲。
物凄い爆音を響かせながら城壁を破壊し、城壁の上から矢による援護射撃を行っていた幕府軍の兵士たちを、情け容赦なく吹っ飛ばしてしまう。
何という圧倒的な破壊力なのか。目の前の惨状を見せつけられた鈴音が厳しい表情を見せたのだが。
「茂重の奴が言っていた件の新兵器か!!あの武器は破壊力はあるが、次弾装填まで時間が掛かるはずだ!!今の内に私が…!!」
抜刀術による『斬鉄』が出来る鈴音ならば、あの大砲を破壊する事が出来る。
この機を逃すまいと、縮地法で一気に大砲まで接近しようとした鈴音だったのだが。
「見ぃ~~~~~~~つけた!!鈴音た~~~~~~~~~~~ん(笑)!!」
そうはさせまいと情け容赦無く鈴音に襲い掛かる、狂喜乱舞の笑顔でアヘアヘする神也。
「神也…!!くそっ!!」
神也の強烈な斬撃を、辛うじて刀で受け止める鈴音。
鍔迫り合いの状態で睨み合う2人。ギシギシと2人の刀が悲鳴を上げる。
鈴音の眼前では反幕府連合が、大砲の次弾装填を大急ぎで行っている。
神也に邪魔をされて、鈴音は大砲の破壊に向かう事が出来ない。
「おいおいおいおいおいおいおい鈴音たん!!あいつらに浮気なんて酷ぇじゃねえか!!俺の事だけを見ててよねっ(笑)!!」
「鈴音殿!!ここは我々が引き受けます!!鈴音殿はどうか真野神也を!!」
幕府軍の兵士が、決死の表情で鈴音に呼びかける。
そうだ、この戦いにおける鈴音の本来の役目は、あの大砲を破壊する事ではない。
目の前にいる神也を誰にも邪魔されない場所までおびき寄せ、神也との戦いに専念し、神也を討伐する事なのだ。
戦場において圧倒的な力を持つ敵軍のエースを討伐するというのは、そのエースが所属する陣営に、戦力的にも精神的にも多大な打撃を負わせる事を意味するのだから。
だからこそ、この戦いで鈴音が神也を討伐する事が出来れば、それで反幕府連合の戦意を喪失させ、降伏に追い込む事も可能なはずだ。
そして幕府軍の中でまともに神也と戦う事が出来る者は、ただ1人…鈴音だけなのだ。
「…死ぬなよ!!」
「はっ!!」
それを理解した鈴音は神也を弾き飛ばし、仲間たちの無事を祈りながら、断腸の思いで戦場を離れていく。
「こっちだ神也!!望み通り存分に相手をしてやる!!来い!!」
「うっほおおおおおおおおおおおおおお!!鈴音た~~~~~~~~~ん(笑)!!」
鈴音の思惑通り、アヘアヘしながら鈴音に食いついてきた神也。
やはり神也の目的は、鈴音と殺し合う事『だけ』なのだ。
仲間であるはずの反幕府連合の浪士たちがどうなろうが…いいや、この戦いの顛末がどうなるかすら、彼には至極どうでもいい事らしい。
事前に茂重と打ち合わせをしておいた、徳山城から離れた場所にある広大な草原…そこに鈴音は神也をおびき寄せる。
ここならば誰の邪魔も入らず、存分に神也と戦う事が出来る。
だが鈴音と神也が草原のど真ん中で、何度も刀をぶつけ合っている最中。
『瑠璃亜様。かくなる上は今回の反乱の首謀者であるドノヴァンを、見つけ次第処刑すべきだと私は進言させて頂きます。』
またしても鈴音の頭の中に直接響いた、謎の声。
右手で頭を押さえながら、鈴音はとても辛そうな表情で神也を睨みつけた。
「くっ…!!声が…!!より鮮明に…!!」
「いぃぃぃぃぃぃぃぃっやっほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉい(笑)!!」
瑠璃亜とは一体誰の事なのか。訳が分からないまま謎の声に翻弄されてしまう鈴音だったのだが、それでも神也は情け容赦なく襲い掛かってくる。
「夢幻一刀流奥義!!五月雨!!」
「あひゃひゃひゃひゃひゃ!!あぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ(笑)!!」
鈴音が放った無数の『閃光』をアヘアヘしながら、恍惚とした笑顔で容易く受け止める神也。
「ほっ!!ふっ!!はっ!!ふっ!!ほっ!!ふっ!!ほっ!!はっ!!ほっ (笑)!!」
「ぐあああああああああああっ!!」
カウンターで放たれた無数の斬撃を辛うじて受け止め続ける鈴音だったが、あまりの威力に捌き切れずに吹っ飛ばされてしまう。
『エキドナ。貴女の言い分も理解出来るわ。だけど私に逆らう者たちを全て皆殺しにしていては、それこそ私の先代のカーミラと何も変わりはしないわよ。』
まただ。また鈴音の脳裏に響き渡る、何者かの声。
今度はまるで鈴音の耳元で至近距離から言われたかのように、より鮮明にはっきりと聞こえてくる。
「また声が…!!ええいっ!!」
それでも鈴音は体勢を立て直し、神也を倒す為に究極奥義の構えを見せた。
やはり生半端な技では、神也には通用しない。
ならば鈴音の全身全霊の究極奥義でもって、神也を捻じ伏せるより他は無い。
医師からは決して乱発はしないように警告を受けてはいるが、今この場で何としてでも神也を倒さなければならないのだから。
神也の首を反幕府連合の浪士たちに見せつける事で戦意を喪失させ、この悲しい戦いを一刻も早く終わらせる為に。
「夢幻一刀流究極奥義!!朱雀天翔破!!」
凄まじい威力の居合斬りによる『暴風雨』が、情け容赦なく神也に襲い掛かるのだが。
「ああああああああん!!絶頂~~~~~~~~~~~~(笑)!!」
それを神也はアヘアヘしながら、興奮しながら刀で全て受け止めてしまう。
だがそれでも鈴音は、攻撃の手を緩めない。
「まだだああああああああああああああああああああああっ!!」
さらに繰り出される朱雀天翔破。
だがそれでも神也には全く通用しない。
「あああああ、そ、そんな事されたら俺、あああ、ああああああああ、あああああああああああああああああああああ(笑)!!」
「はあああああああああああああああああああああああああっ!!」
それでも諦めずに医師からの警告を無視し、朱雀天翔破を3連発する鈴音。
元々身体にかなりの負担がかかる究極奥義であるが故に、鈴音の全身がギシギシと悲鳴を上げてしまう。
技の反動で全身に襲い掛かる激痛に、鈴音の美しい表情が歪んでしまったのだが。
「あああああああああああああああああああああああん(笑)!!」
そこまでして発動した朱雀天翔破をもってしても、神也を倒すには至らなかった。
アヘアヘしながら恍惚の笑顔で、神也は朱雀天翔破を全て受け止めてしまう。
そして体勢を崩した鈴音に、カウンターで放たれた斬撃。
「ぐああああああああああああああああああっ!!」
神也の斬撃を鈴音は辛うじて刀で受け止めるものの、その凄まじいまでの『剣圧』まで防ぎ切る事が出来ず、吹っ飛ばされて地面にゴロゴロと無様に転がされてしまう。
何という凄まじい威力の斬撃なのか。刀を握る鈴音の両手に『衝撃』が響き渡ってしまっていた。
「ふうっ、気持ち良かった~。すっげえ楽しかったわ鈴音たん(笑)。」
「ぬ…ぐ…!!」
激痛が走る全身に鞭を打ち、何とか立ち上がる鈴音。
だがそこへ情け容赦なく迫る、神也の渾身の斬撃。
「だけどよ!!これで終わりだあああああああああああっひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃおうぇwヴぉdjvpうぇうぇmglのfん:ふじこ(笑)!!」
アヘアヘしながら放たれた刃が、鈴音の美しい首元に正確無比の精度で襲い掛かる。
『転生術を発動し、新たなる魔王カーミラを召喚する!!』
ドノヴァンの喧しい声が、もう鈴音の鼓膜を破りかねない程の大音量で、鈴音の耳元でガンガンに響き渡ってしまっていた。
だが目の前にまで迫った死への恐怖、そして死の脅威の前に、最早今の鈴音にはそれを気にしていられるだけの余裕など微塵も無い。
『とにかく始めるぞ!!これより新たなる魔王カーミラを異世界より召喚すべく、転生の儀式を開始する!!』
自分は今、ここで死ぬ…鈴音は今それを確信したのだった。
医師からの警告を無視して3連発した朱雀天翔破さえも神也に完璧に攻略され、朱雀天翔破の反動と神也の一撃で全身がギシギシと悲鳴を上げている今の鈴音には、神也の渾身の一撃を回避するだけの余裕が無い。
そして鈴音の足元に展開された、謎の漆黒の光を放つ魔法陣。
こうして鈴音が神也に殺され、魔王軍の転生術で異世界に転生させられ、新たなる魔王カーミラとして祀り上げられ、自らの可愛い子孫である太一郎との殺し合いをドノヴァンに強要されるのは、鈴音に課せられた逃れられない運命だと言うのか。
そう…あの時、鈴音がまだ15歳だった頃…鈴音の両親が野盗たちに殺され、自身も犯される寸前だった所を、鈴音の師匠に助けられた時と同じように。
ふと、死の瞬間の極限まで圧縮された時間の中で、鈴音の脳裏に浮かんだ走馬灯。
あの日、鈴音の目の前で突然起きた、理不尽な悲劇。
村人たちから迫害されて村を追放され、両親と共に安住の地を求めて旅をしていた所を、突然現れた野盗たちに襲われて両親を殺されてしまった。
そして鈴音自身も身ぐるみを剥がされ全裸にされ、危うく犯される寸前だった所を、間一髪の所で駆けつけた1人の女性に助けられたのだ。
『全く、どこにでもいる物よね。どうしようもないクズ共って言うのは…。』
無理矢理全裸にされた鈴音に取り敢えず布を一枚羽織らせた、気高さと凛々しさを感じさせられる、刀を手にした美しい女性。
鈴音は地面にへたり込んだまま、涙を流しながら嗚咽してしまっていた。
鈴音の目の前には女性が放った『閃光』によって無様に切り捨てられた、野盗たちの死体が転がっている。
『大丈夫…とは言えない状況ね。だけど貴女だけでも助ける事が出来て良かったわ。』
『ひっぐ…えぐっ…!!』
泣きじゃくる鈴音を強く優しく、ただ無言で抱き締める女性。
下手な慰めの言葉を掛けた所で、両親を目の前で殺されて自身も犯されかけるという、あまりにも凄惨な体験をしてしまった今の鈴音には決して届かないだろうから。
こんな15かそこらの少女が、どうしてこのような理不尽な目に遭わなければならないのか。女性は酷く心が痛んだのだった。
鈴音は涙を流して身体を震わせながら、女性の身体をぎゅっと抱き締め返す。
そして鈴音は女性の豊満な胸に顔を埋めながら、ただひたすら大声で泣きじゃくったのだった。
やがて落ち着きを取り戻した鈴音は、取り敢えず女性の住処である近くの剣術道場に保護される事になった。
女性から道着を借りた鈴音は提供された座布団の上に正座しながら、沈痛の表情で俯いてしまっている。
そんな鈴音の目の前に向かい合うような形で、神妙な表情で正座をして座る女性。
外の広場では門下生たちが必死に稽古に励んでいるのだが、今の鈴音にはそんな彼らの景気のいい掛け声など全く聞こえていなかった。
どうにか彼女を保護したのはいいが、これからどうしたものか。そんな事を考えていた女性だったのだが。
『貴女、これから…』
『これって…やっぱり運命なのかな…。』
女性が何か言おうとした所で、鈴音が俯いたまま静かに語りかける。
『私、忌み子だって村の皆に嫌われてるんです…この世に生まれてきてはいけない子なんだって…。』
鈴音が目を潤ませながら女性に語ったのは…女性が想像もしなかった、まさにとんでもない代物だった。
鈴音の両親は血の繋がった兄妹なのだが、若くして両親を野盗に襲われて亡くした事で、2人で力を合わせて何とか生きてきたらしいのだが…いつしか兄妹でありながら本気で愛し合うようになったのだという。
そうして何度もの近親相姦の果てに産まれた子供が鈴音だったのだが、それでも両親は鈴音に精一杯の愛情を込めて大切に育ててくれた。
鈴音も近親相姦の事は知らされていなかったのだが、そんな両親の事が大好きだった。
だが両親が今まで必死に隠し通していた、自分たちが実の兄妹だという事が、ふとした事がきっかけとなって村人たちにバレてしまう。
そして近親相姦という禁忌を犯したという事で、鈴音の両親は村人たちから迫害され、鈴音もまた忌み子だとして異物扱いされてしまったのである。
自分の想像の遥かに斜め上を行く、鈴音からのとんでもない告白に、女性は流石に唖然としてしまったのだが。
『だから私は殺されて当然なんだって…とっとと野垂れ死ねって…村の人たちに罵声を浴びせられて…それで私たちはあの村にいられなくなって…。』
『安住の地を求めて旅をしていた所を、あのクソ虫共に襲われたって訳なのね?』
『私が忌み子だから…?私がこの世に生まれてきたらいけなかったから…?父さんと母さんが殺されたのも運命だって言うの…?そんなの私…っ!?』
感極まった表情で、女性は鈴音をぎゅっと抱き締めたのだった。
その女性の温もりと優しさが、何だか鈴音にはとても心地良い。
目から涙を浮かべながら、女性の身体をぎゅっと抱き締め返す鈴音。
『運命なんて言わないで。そんな物はクソ食らえよ。』
近親相姦の果てに生まれた忌み子だから、何だというのか。
こんな15かそこらの少女である鈴音が、そんな事に翻弄されて人生を台無しにされるなど、そんな理不尽な事があっていいはずが無い。
ならば彼女に与えよう。運命を切り開く力を。女性は今それを決意したのだった。
『貴方の名前は?』
『…伊東鈴音。』
『鈴音。これも何かの縁…貴女にその気があるのなら、今日からこの道場で暮らしなさい。』
『本当に…いいんですか…?』
『ええ。そして私は貴女に授けるわ。貴方の言うクソッタレな運命を切り開く力を…夢幻一刀流を。』
厳しい稽古について来れなかった門下生たちが大量に辞めてしまったので、どの道新しく門下生を増やしたいとは思っていた所なのだ。
それで鈴音が運命から這い上がる事が出来るのかどうかは、全ては鈴音次第だ。
鈴音が剣術に向いていないというのであれば、その時は別の道を与えてやればいい。
『貴女のご両親が野盗に殺された事が、そして貴女が天涯孤独になってしまった事が、貴女に課せられた運命だと言うのであれば…。』
鈴音の目をじっ…と見据えながら、女性は決意に満ちた表情で鈴音に語りかける。
『私が貴女に授ける夢幻一刀流で、貴女を縛る運命を、貴女自身の手で斬り捨てなさい。』
目に涙を潤ませながら、鈴音は女性の言葉に力強く頷いたのだった。
「…そうだ!!師匠の言う通りだ!!運命などクソ食らえだ!!私はまだ死ねぬ!!」
意識が現実世界に引き戻された鈴音は、決意に満ちた表情で目の前の神也を見据える。
そして魔王軍が発動した転生術によって、一時的に鈴音が異世界との繋がりを得たが故に起きた奇跡。
無意識の内に『潜在能力解放【トランザム】』の『異能【スキル】』を発動した鈴音の全身から、凄まじいまでの真紅の光が放たれた。
「あへ!?」
「愛する家族の為に、私はまだこんな所で死ぬ訳にはいかぬのだぁっ!!」
そして自らの運命を切り開く渾身の一撃を、鈴音は神也に向けて放ったのだった。
満身創痍の鈴音の首に迫る、神也の高速の斬撃を上回る『神速』の速度で。
とっさに鈴音が左手で掴んだ鞘が、神也の顔面に向けて炸裂した。
「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」
「うわらばぁっ!?」
神也の刀が鈴音の首を刎ねるよりも早く、神也の顔面に鈴音が放った鞘が直撃する。
いきなり鞘で顔面を殴られた神也に対して、さらに追撃で鞘から情け容赦無く放たれる衝撃波。
「るあああああああああああああああああああああああっ!!」
「おぶえええええええええええええええええええええええ!?」
鞘による打撃に加え、強烈な威力の衝撃波を顔面にまともに食らった神也は、物凄い勢いで身体を空中で派手にクルクルさせながら吹っ飛ばされてしまったのだった。
どん!!どん!!と受け身も取れずに何度も地面に叩きつけられ、全身に襲い掛かる強烈な激痛と脳震盪で嗚咽する神也。
「夢幻一刀流奥義…陽炎…!!」
「…な…何で…!?さ…鞘から…い…維綱…!?」
まさかの予想外の鈴音の渾身の一撃に、神也は戸惑いを隠せない。
「こ、こんな技…俺、知らねえ…!!夢幻一刀流に…こんな技…存在しねえ…はずだろ…!?」
「そなたが知らなくて当然だ。何せ真美が独自に編み出した技を、私がとっさに見様見真似で繰り出した代物なのだからな。」
「な…何…だと…!?ま、真美…!?だ、誰だよそれ…!?」
「私の愛しい娘だ。」
間髪入れずに再び刀を鞘に納め、抜刀術の狙いを神也の首筋に定める鈴音。
何とか立ち上がる神也だったが、顔面を鞘と衝撃波で殴打された事による強烈な脳震盪の影響で、目の前の視界がグラグラしてしまっている。
この好機を逃してしまえば今の鈴音の実力では、神也を討ち取る機会など永久にやって来ないだろう。
神也を殺るなら今、この好機をおいて他に無い。
「済まぬな神也。弟弟子たちを痛めつけられた事に対するお礼参りとは言わん。だがこの凄惨な戦いを終わらせる為に、そなたの首を今ここで頂く。」
縮地法で一気に神也との間合いを詰めた鈴音が、神也の首筋に『閃光』を放つ。
強烈な脳震盪に苦しめられている今の神也には、鈴音のこの渾身の一撃に対処出来る余力は残されてはいなかった。
自らの死が確定した今の状況においてもなお、恍惚とした笑顔でアヘアヘしている神也。
「…ふ、ふへへへへ…!!やっぱ鈴音たんは最高だぁ…!!他の雑魚共とは大違いだわぁ…!!」
戦う事しか能の無い神也には、生死を賭けた戦いの中でしか、己の生きる価値を見出せないでいた。
そんな中で退屈極まりないカスしか居ないと思っていたこの国において唯一人、自分を打ち倒せる者が存在していた。それが神也には何よりも嬉しかったのだ。
今回の鈴音との殺し合いは、神也のこれまでの惰性に満ちた20年間もの人生の中で、最も輝きに満ち溢れていた時間だった。
その悦びを、全力を出し切ったという充実感を、神也が存分に噛み締める最中。
「最っ高に楽しかったぜ…ありがとな、鈴音たん。」
「せめて安らかに眠れ。神也。」
鈴音の渾身の居合から放たれた『閃光』が、情け容赦なく神也の首を刎ねたのだった。
神也を討ち取った鈴音は、その証明となる神也の首を反幕府連合の浪士たちに見せつける為、ボロボロになりながらも徳山城に帰還します。
ですが最早戦いの流れは、完全に反幕府連合に傾いていて…。
幕府の滅亡が迫る最中、菱川と権藤、そして茂重の運命は…?