第81話:神剣の申し子
ラスボス登場。
仁戦組との戦いで劣勢に追い込まれている反幕府連合ですが、その状況を打破しようと、ある人物を切り札として招聘します。
その人物が浪士たちに語った事とは…。
仁戦組の勢いは、止まる事を知らなかった。
隊長の権藤、副隊長の菱川という仁戦組が誇る強大な2枚看板の存在に加え、さらに鈴音という絶対的なエースの存在が、反幕府連合と比べて数で劣る仁戦組を完全に勢い付かせてしまっているのだ。
特に鈴音の活躍は圧倒的であり、その『閃光』がほとばしる剣閃から、いつしか彼女は反幕府連合の浪士たちから『閃光の魔女』などと呼ばれるようになってしまっていた。
連日の激しい戦いの最中、1人、また1人と、反幕府連合の浪士たちが仁戦組によって打ち倒されていく。
仁戦組にも被害は当然出ているのだが、鈴音の八面六臂の活躍もあって、反幕府連合の被害はそれを大きく上回っていた。
このままでは反幕府連合は仁戦組との戦いで激しく消耗させられた挙句、幕府軍の本軍に飲み込まれる事になりかねない。
「先日、池川にて潜伏中だった宮城殿が仁戦組の襲撃に遭い、『閃光の魔女』との戦いで討ち死にしたとの報告が入った。」
そんな中、反幕府連合の大勢の浪士たちが集まる朝の集会の冒頭にて、幹部からの突然の衝撃の一報を聞かされ、浪士たちの誰もが唖然とした表情になってしまっていた。
あの柳生心眼流の宮城殿でさえも、『閃光の魔女』には勝てなかったというのか。
そんな化け物を相手に、俺たちなんかに本当に勝ち目があるのか。
幕府を転覆させて真の理想郷を作り出す事など、所詮は夢物語だったのではないか。
これから先、俺たちは一体どうなってしまうんだ。
そういった不安の声が浪士たちの口から漏れ、やがて不安がさらなる不安を呼び、浪士たちは大騒ぎになってしまう。
「皆、落ち着いてくれ。まだ我々には切り札が残されているのだ。」
その浪士たちの不安を打ち消すべく、幹部が浪士たちに落ち着いた態度で呼びかけたのだった。
ここで幹部たる自分が動揺した態度を見せてしまえば、他の浪士たちの動揺がさらに大きくなってしまうのは間違いない。
「切り札?あの『閃光の魔女』に対抗しうる策が、何かあるというのですか?」
「うむ。君たちの不安はもっともだ。確かに『閃光の魔女』は強い。何しろ柳生心眼流の宮城殿でさえも敗北を喫した程なのだからな。」
鈴音が先日、池川で討ち取った宮城は、強者揃いの反幕府連合の中でも最強クラスの実力を有していた。
その宮城でさえも鈴音に勝てなかったというのだから、浪士たちが不安になってしまうのも仕方が無いと言えるだろう。
この悪い流れを断ち切るべく、反幕府連合が用意した切り札…それは…。
「そこで我々は『閃光の魔女』に対抗すべく、この者に助力を頂く事になった。どうぞ入ってくれ。」
果たして幹部に呼ばれて襖を勢い良く開け放ったのは、とてもチャラチャラした容姿の20代前半の男性だった。
自分に注目する反幕府連合の浪士たちを、まるで見下すかのようにニヤニヤしながら見つめていたのだが。
「やあやあ始めまして反幕府連合の皆様方。この度、反幕府連合に用心棒として雇われる事になった、真野神也という者だ。以後よろしくちょんまげ〜。」
「な、何だ貴様のそのふざけた態度は!?我々は遊びで戦ってるんじゃないんだぞ!?」
自分たちを馬鹿にするかのような神也のふざけた態度に、浪士たちの誰もが怒りの形相で罵声を浴びせたのだった。
当然だろう。彼ら反幕府連合は決して遊びで戦っている訳でも、まして愉悦欲しさで戦っている訳でも無い。
真にこの日本の未来を憂い、幕府を討伐してこの日本に真の理想郷を作り出すという、強い『信念』と『想い』の下に命を賭けて仁戦組と戦っているのだ。
それがこんな、よろしくちょんまげ~などと…浪士たちが激怒するのも当然だろう。
だがそんな彼らの怒りなど知った事じゃないと言わんばかりに、神也はヘラヘラしながら浪士たちの怒声を軽く受け流したのだった。
「俺はさ。アンタらの至極どーでもいい理想になんか、これっぽっちも興味無いのよ。俺がアンタらに手を貸すのは、アンタらが『閃光の魔女』とかイカした名前で呼んでる、鈴音たんとガチの殺し合いをしたいからなのよねん。」
「な、何だと!?」
「いやいやいやいやいや、だってだってだってだってだって、鈴音たんは幕府に雇われてるんだろ?だったら幕府と敵対してるアンタらに味方をすれば、嫌でも鈴音たんと戦えるって訳じゃん。」
「では貴様が我々に手を貸すのは、『閃光の魔女』と戦いたいからだとでも言うのか!?そんなふざけた理由でか!?」
「そそ。俺にとっては、ただそんだけなのよ。そこんとこ勘違いしないで欲しい訳ね。ぷぷぷ~っ(笑)。」
つまり神也は仮に鈴音が反幕府連合に加入したのであれば、鈴音と戦う為に逆に仁戦組に加入していたという訳だ。
神也にとっては彼ら反幕府連合の理想など別にどうでもいい。幕府がこの国を牛耳ろうが幕府が転覆しようが、そんな物は神也の知った事ではない。
せいぜい勝手に仁戦組と潰し合ってくれとしか思っていないのだ。
ただ単に鈴音を相手に、楽しい楽しいガチの殺し合いをしたいから…その為に、その為だけに、反幕府連合に加入したのである。
そんな神也たちに対して怒りが収まらない浪士たちを必死になだめようと、幹部が神也を庇うように皆の前に立ちはだかったのだが。
「ま、まあ見ての通り性格はアレだが、彼は『神剣の申し子』との異名を持つ程の凄腕の剣士で、実力は間違い無く本物だ。どうも彼は『閃光の魔女』と因縁があるみたいでな。」
「因縁っつーか、俺が一方的に目を付けてるだけなんだけどねん。」
自分を庇ってくれた幹部を右手で制し、神也は自分を怒りの形相で睨みつける浪士たちを見下しながら、ニヤニヤしながら自慢話を始めたのだった。
「俺って天才だからさ。この人が『神剣の申し子』とかイカした名前で呼んでくれてるように、どんな剣術も簡単に習得出来ちゃう完璧超人な訳よ。」
自分の事を天才などと自称する神也に対し、さらに侮蔑の視線を向ける浪士たちだったのだが。
「それで最強の抜刀術とか噂で聞いた夢幻一刀流も、一丁俺の物にしてやろうかと思って、道場の門を叩いたんだけどさぁ。何故か道場主のBBAに門前払いされちゃったのよね。」
次の瞬間神也は誰もが思いもしなかった、とんでもない事を口にしたのだった。
「だから俺はその場にいた門下生の連中を、どいつもこいつも半殺しにしてやったのよ。でへっ(笑)。」
「な、何だとおおおおおおおおおおおっ!?」
へらへら笑いながらとんでもない事を言いだした神也に、浪士たちの誰もが大騒ぎになってしまう。
半殺しって。仮にも弟子入りしようと考えている道場の門下生たちに…これから自分の兄弟子になる仲間たちに、何という下劣な真似をするのか。
怒りの形相で浪士たちの多くが、神也に対して罵声を浴びせたのだが。
「別に皆殺しにしてやっても良かったんだけどさぁ。俺って慈悲深い男だからさぁ。俺と言う存在を思い知らせる為に半殺しで済ませてあげたのよねん。ヒュ~ッ!!俺って優しい~(笑)!!」
「き、貴様は…!!一体どういうつもりで、そのような馬鹿げた事をしでかしたのだぁっ!?」
「え~?俺、なんかおかしい事言ってる~?」
きょとんとした表情で、神也は浪士たちに反論したのだった。
何故自分が怒られないといけないのか、理解出来ない…そう言わんばかりに。
「だって俺の方があんな雑魚共よりも余程優秀だって事を、あの道場主のBBAに思い知らせてやったんじゃないか。」
「な、何だとぉっ!?」
「それなのにあのBBAはさぁ、俺の存在が危険だから夢幻一刀流を教える訳にはいかないとか、訳の分からない事を言いだしてさぁ。」
神也は不服そうな態度を示してはいるが、鈴音の師匠の言い分は100億%正当な代物だ。
当然だろう。こんな男に夢幻一刀流を伝授してしまったら、一体この国でどれだけの惨劇が繰り広げられてしまうのか。
強大な力を持つという事は、今度は力を得た者が誰かを傷つける側に回ってしまう。
そして強大な力を与えるという事は、与える側にもそれ相応の責任が伴う物なのだから。
だからこそ道場主というのは、どこの流派だろうと例外ではなく、自分の技を伝授する者の人柄という物を厳格に見極めなければならないのだ。
そしてこの神也の数々の暴言、そして他人を馬鹿にするかのようなふざけた態度に、浪士たちの誰もが思い知ったのだった。
神也は善人だとか悪人だとか、最早そういうレベルを完全に超越してしまっている人物だという事に。
そう…人としての『倫理観』という物が、完全に欠落してしまっているのだ。
もっと分かりやすく例えるならば、『子供のまま大人になってしまった』人物と言えばいいだろうか。
「それでも俺がボコボコにしてやった門下生たちの中で、唯一俺と善戦出来た女がいたのよ。」
「まさか…その女というのが…!!」
「そそ。鈴音たんって訳。今から大体半年位前の話になるのかな。まぁ鈴音たんも俺がボコしてやったんだけど。でへへっ(笑)。」
「馬鹿な!?あの『閃光の魔女』を相手に勝利しただとぉっ!?」
『閃光の魔女』に勝利した…その事実に浪士たちは愕然となってしまう。
あの柳生心眼流の宮城でさえも、反幕府連合の中でも最強クラスの実力者でさえも太刀打ち出来なかった、あの『閃光の魔女』を相手にだ。
「鈴音たんは門下生の雑魚共と違って、随分前に夢幻一刀流を免許皆伝してたらしくてさ。たまたまなんか用事があって、道場主のBBAに会いに来てたらしいんだけど…あの雑魚共と全然違って滅茶苦茶強かったわ。俺に手傷を負わせるって相当なもんだよ。」
その事実に浪士たちの誰もが驚きを隠せない最中、そんな事は知った事じゃないと言わんばかりに、神也は半年前の鈴音との死闘を恍惚しながら、アヘ顔で思い出していたのだった。
「楽しかったなぁ…鈴音たんとのガチの殺し合い…夢のような時間だったわぁ。もう一度ガチで殺し合いたいなぁ…鈴音たんと…でへへへっ(笑)。」
一体こいつは何を言っているんだと。浪士たちの誰もが神也に対して侮蔑の視線を向けてしまっていた。
武士である以上は、自らが殺した相手に対して最大限の敬意を払わなければならない。まして死者の魂を冒涜するなど言語道断だ。
それが出来なければ自分たちは、ただの殺戮を倒しむ為の愚物に…殺人鬼に成り果ててしまうのだから。
そう…今、自分たちの目の前にいる神也のように。
『殺し合いが楽しかった』などというのは、武士であるならば口が裂けても絶対に言ってはいけない言葉だろう。
「じゃ、そういう訳なんで、今度の仁戦組との戦には是非是非俺も連れて行ってよね。鈴音たんとは俺が戦うからさぁ。そんじゃ、まったね~ん(笑)。」
それだけ告げて、ヘラヘラ笑いながらその場を去っていく神也。
そんな自分に対して向けられる侮蔑の視線と怒声…それさえも神也は心の底から楽しんでいるようだった。
雑魚共の分際で俺様という存在を相手に、偉そうに吠えてやがるわ…そう言いたげな余裕の表情で。
そしてそんな神也を幹部が必死に庇わなければならないという事実が、今の反幕府連合の戦力不足という実情、そして仁戦組との戦いで押されているという劣勢の戦況を現わしてしまっていたのだった。
「と、とにかく彼が言うように、『閃光の魔女』は彼に任せておけばいい。我々が手を貸した所で、かえって彼の邪魔になるだけだろうからな。」
「本当にあのような愚物の力を借りなければならないのですか!?」
「悔しい気持ちは勿論理解している。だがそれでも我慢して欲しい。我々が『閃光の魔女』に挑んだ所で、無駄に死体が増える結果になるだけだからな。」
「くっ…!!我々は大義の為に戦っているというのに…!!それなのに、あの男は…!!」
あの『閃光の魔女』の異名を持つ鈴音を相手に、手傷を負わされながらも勝利した経験がある。
戦力不足に悩む反幕府連合にとって、神也の存在は喉から手が出る程の…それこそ救世主と言ってもいい程の存在だろう。
だがそれでも仁戦組に勝利し幕府を転覆させ、真の理想郷を作り出す為に、こんな下衆な男の力を借りなければならないとは。
自分たちでは『閃光の魔女』には到底太刀打ち出来ない。神也の力を借りなければ、浪士たちの力だけでは仁戦組との戦いに勝利する事は叶わないのだ。
浪士たちの誰もが、そんな自分たちの不甲斐なさと力不足に、心底悔しさを顕わにしていたのだった…。
次回。
局中法度。