第79話:「誠」の旗を掲げし者たち
瑠璃亜に代わる新たなる魔王カーミラを召喚する為に、転生術を発動させたドノヴァン。
…なのですが、今回から何故か幕末が舞台です。
時は幕末。
戊辰戦争の最中、江戸幕府が政策を担っていた古き時代が、終わりを迎えようとしていた頃。
新たな風が吹きつつある時代に逆行していると知りながらも、己の中の『誠』を貫き幕府軍の中に身を置き続け、激動の歴史の中を駆け抜けようとする男たちの姿があった。
その名も、江戸幕府直属の独立治安維持部隊『仁戦組。』
江戸幕府の命の下に『仁義』の為に刀を振るい、幕府への反抗勢力に対して、この国の未来と平和の為に命を賭けて立ち向かう。
蒼白の隊服の背中に描かれた『誠』の文字…それは何があろうとも決して揺らぐ事が無い、彼らの幕府への絶対的な忠義の心の証だ。
そして1864年7月8日の22時。京都の旅館『池川』にて事件が起こる。
前日に逮捕した反幕府連合の浪士に対し、仁戦組副隊長・菱川敏郎が、世にも恐ろしい拷問を実施。
その結果、反幕府連合の幹部の潜伏先が、池川である事を浪士に自白させた菱川の報告を受け、幕府は仁戦組に池川への襲撃を命じたのである。
後に『池川事件』と呼ばれ、歴史の教科書にも載る事になる、国家転覆を企て潜伏していた反幕府連合に対する、仁戦組による襲撃事件である。
「仁戦組、御用改めである!!」
仁戦組隊長・権藤功率いる5名の隊士たちが、反幕府連合の上層部が潜伏していた部屋へと突撃を敢行。
その中には唯一『誠』の文字を掲げた隊服を着用せず、着物姿で居合刀を腰に掲げる1人の40歳の…しかしとてもそうは思えない程の美しい女性がいた。
太一郎と真由、雄太の先祖にして、夢幻一刀流の正当継承者…渡辺鈴音である。
「ええい、一体何の騒ぎなのだこれは!?」
「そこまでだ。」
「なあっ!?」
権藤率いる他の隊士たちが次々と襖を開け各部屋に突撃する最中、鈴音もまた威風堂々と襖を開け放ち、目の前で酒を飲んでいた浪士の男性を見据えていた。
「反幕府連合の幹部・宮城健三殿とお見受けする。」
「そうだが、貴様は一体何者だ!?」
「私は仁戦組に雇われし、夢幻一刀流の渡辺鈴音と申す者。そなたに私怨は無いが幕府より課せられた任務故、貴殿の命を奪わせて頂く。」
「なっ…仁戦組だとぉっ!?」
まさか自分たちがここに潜伏していた事が、バレたとでも言うのか…!?
慌てて窓から脱出しようとする宮城だったが、既に仁戦組の大勢の隊士たちに、建物の周囲を完全に包囲されてしまっていた。
焦りの表情で宮城は立ち上がり、鞘から刀を抜いて身構える。
「渡辺鈴音…貴様の噂は耳にしているぞ。女ながらに男顔負けの居合の達人だと聞いているが、まさか仁戦組などに与するとはな。」
「私は雇われ者故に正式な所属では無く、彼らの思想理念にも興味は無いが、それでも彼らと共に戦っているという事実に変わりはない。」
「ならば我が柳生心眼流の真髄、とくと貴様に味合わせてくれるわぁっ!!きええええええええええええええええっ!!」
凄まじい威力の剛剣が、情け容赦なく鈴音に襲い掛かる。
並の使い手ではそのあまりの威力の剛剣に全く反応出来ず、一瞬の内に胴体を真っ二つにされてしまう事だろう。
だが、相手が悪かった…そう、あまりにも相手が悪かったのだ。
鈴音が鞘から刀を『抜いた』次の瞬間。
「夢幻一刀流奥義、疾風!!」
ほとばしる『閃光』。
一瞬にして宮城の背後に回り込んでいた鈴音が、静かに血を振り払い刀を鞘に納めたのと同時に、宮城の身体から鮮血がほとばしったのだった。
「おのれ、仁戦組が…!!幕府の犬共めが…っ!!」
「せめて安らかに眠るがいい、宮城殿。」
「今更徳山家などに従って…何になると言うのだ…!?貴様程の…女が…っ!!」
どうっ…と、驚愕の表情のまま床に倒れ込んでしまった宮城。
そのまま事切れてしまった宮城の両目を、鈴音は静かに閉じて冥福を祈ったのだった。
自らが命を奪ってしまった誇り高き武士に対し、敬意を払いながら。
「鈴音殿、こっちは全て片付いた!!そっちはどうだ!?」
「問題無い。見ての通り反幕府連合幹部の宮城殿は、私が討ち取った。」
「おお、そうか!!ならばこれで無事に任務完了だな!!」
他の幹部たちを討ち取り、慌てて駆けつけてきた権藤たちだったのだが、鈴音の無事な姿を見て全員が安堵しているようだ。
こうして鈴音たちの活躍によって反幕府連合の幹部は討ち取られ、仁戦組はまたしても幕府に対しての貢献を果たしたのである。
だが反幕府連合は巨大な組織だ。彼らが今日討ち取ったのは、所詮は何十人もいる連合の幹部たちの一部に過ぎない。
反幕府連合に連なる者たちを全て根こそぎ排除し、幕府によるこの国の統治を実現する。
その悲願を達成するまで、彼ら仁戦組の戦いは終わらないのだ。
だが宮城の死体を目の当たりにさせられた若い隊士の1人が、興奮しながら宮城に対して侮蔑の言葉を投げかけた、次の瞬間。
「はっ、俺たちに勝てるとでも思ってたのかよ!?この浪人共が…っ!?」
突然鈴音が、隊士の頬を軽く平手打ちしたのだった。
「な、何するんですか鈴音さん!!」
鈴音に殴られた左頬を左手で押さえながら、とても不服そうな表情を見せた隊士だったのだが。
対する鈴音はとても真剣な表情で、隊士の顔をじっ…と見据えている。
「彼らは我々と思想を違えたが故に敵対する事となったが、それでもそなたらと同じくこの国の未来を憂い立ち上がった、紛れも無く『誠』の旗を掲げし誇り高き武士たちだ。」
怒鳴り散らすのではなく諭すような言い方で、隊士を静かに叱責する鈴音。
若気の至りという奴だろう。血気盛んなのは結構だが、それでも彼ら仁戦組は野盗ではない。
幕府を守る為、この国の未来の為、『誠』の旗を掲げて戦う武士なのだ。
この血気盛んな若手隊士に、その事を分かって貰わなければならない。
「そなたも真の武士ならば、命を奪った相手に敬意を払え。死者の魂を冒涜するな。分かったな?」
「…鈴音さん…。」
ポン、と、隊士の両肩を両手で軽く叩いた鈴音。
そんな鈴音の前に立ちはだかった権藤が、鈴音の言葉を代弁するかのように、目の前の隊士たちに呼びかけたのだった。
「鈴音殿の言う通りだ。それが出来なければ俺たちは犬畜生と何も変わらぬ。だが俺たちは犬畜生などではない。この国の未来の為に、徳山家の為に、そして仁義の為に戦う仁戦組なんだ。」
権藤の言葉に隊員の誰もが、とても真剣な表情で耳を傾ける。
「それだけは絶対に忘れないでくれよ?いいな?」
「「「はい!!」」」
「よし、今日はここで解散。皆、本当によくやってくれた。」
美しい月の光が京都の街を照らす夜の道を、任務を終えた隊士たちが次々と帰路に向かう最中、鈴音と権藤もまた2人で横並びで歩いていたのだった。
もうすっかり夜が深くなってしまっているが、京都の夜はまだまだ終わらない。
住民の多くが寝静まっている中でも、遊郭や賭博場、酒場などといった遊戯施設から、未だに提灯の明かりが溢れ出ている。
戊辰戦争が未だ終わらず、幕府と反幕府連合による死闘が今も繰り広げられている中でも、彼らはそんな事など関係無しに日々の日常を過ごしているのだ。
そんな彼らを自分たちの戦争に巻き込むような事だけは、絶対にあってはならない。
「鈴音殿、貴女のお陰でまたしても作戦が成功し、多くの隊士の命も守られた。貴女には本当に何から何まで世話になってしまっているな。心から礼を言わせて貰うよ。」
「私はそなたら仁戦組に用心棒として雇われている立場だ。そなたらや幕府の理念など私には関係無いが、雇われている以上は雇い主の為に尽力を尽くすのは当然の事だ。それ以上でもそれ以下でも無いさ。」
誰もが幕府への忠義の証として背中に『誠』の文字を背負う、お揃いの隊服を身に着ける仁戦組の隊士たちの中で、唯一『誠』の文字を背負わず着物姿で戦う鈴音。
それは鈴音が仁戦組の正式な所属ではなく、ただの用心棒のような立場だという事を表していた。
だからこそ鈴音は、彼ら仁戦組が掲げる思想理念には興味が無いし、別に幕府に忠誠など誓ってはいない。
極端な事を言ってしまえば、幕府の顛末が今後どうなるのか…それさえも鈴音の知った事ではないのだ。
それでも用心棒として幕府に雇われ、まとまった金額の給金を得ている以上は、雇い主である幕府からの命に従い、仁戦組の隊員たちを守る為に全力で戦う。
鈴音にとっては、ただそれだけでしか無いのだ。
そんな鈴音に対して幕府に絶対的な忠誠を誓う隊士たちの中には、
『徳山家の将軍様に対して、何だあの無礼な態度は』
『所詮は金の為に戦っているだけかよ』
『女は黙って家を守っていればいいんだよ』
などと侮蔑の視線を向ける者たちも、当然の事ながら大勢いるのだが。
それでも多くの反幕府連合の浪士たちを討ち取り、多くの隊士たちの命を救った、鈴音がこれまでに残してきた圧倒的な実績と恩義。
そして他の隊士たちを遥かに凌駕する実力故に、誰も鈴音に因縁をつける事が出来ないのであった。
「そう言えば、真美ちゃんが小鳥遊家に嫁ぐ事になったんだって?おめでたい話じゃないか。あの名家に嫁ぐのなら真美ちゃんの将来も安泰だな。」
「うむ。後は心太の奴が嫁を貰いさえすれば、ようやく私も直樹も親として一安心出来るのだがな。」
「心配せずとも心太君は男前で性格も良いし、あんなにも気配りが出来る奴だ。嫁ぎたがっている女子なんて幾らでもいるだろうよ。」
「何にせよ、これで私に何かあったとしても夢幻一刀流が途絶える事は無い。必ずや真美と心太が新たな伝承者として、後世に夢幻一刀流を伝えてくれる事だろう。」
こんな仕事をしているのだ。鈴音はいつ戦場で命を落としてしまうか分からない。
だからこそ自宅に遺書を置いているのだし、万が一自分が戦死してしまった場合に備えて、自分が死んだ時は遺された家族の面倒を見てやってくれと幕府に頼んでいるのだが。
「何を言っているんだ。貴女はこんな所で死ぬ事は許されない人だ。この戦いが終わってからも生き続けなきゃ駄目だ。」
そんな鈴音に権藤が、とても真剣な表情で食ってかかってきたのだった。
確かに隊士たちの中には鈴音に対して、あまり良い印象を持たない者たちも大勢いるのは事実だ。その事は権藤も隊長として充分に承知していた。
だがそれでも鈴音のお陰で、これまでに一体どれだけの隊士の命が守られたというのか。
隊士たちが鈴音に対して侮蔑の視線を向けようが、その事実だけは決して揺らぐ事は無いのだ。
だからこそ権藤は鈴音に対して、これ以上無い程の恩義を感じているのだ。
「無論だ。そなたに言われるまでもない。私の愛する家族の為にも、私はまだ死ぬ訳にはいかぬよ。」
「とは言え、貴女を殺せる人がこの世にいるとは、俺には到底思えないんだけどな。」
「いや、心当たりが1人いる。」
「ほう、貴女が強敵だと認める程の者がいるのか。まさか貴女のお師匠様とかいうオチでは無いよな?」
「違う、師匠では無い。彼女は既に引退した身だしな。私が言っているのは…。」
鈴音が言いかけたのだが、いつの間にか交差点に辿り着いてしまった。
話の途中になってしまったが、ここから先は権藤とは別れ道だ。
「…おっと、俺の家はこっちだな。鈴音殿は明日は久しぶりの休日だ。家族水入らずで、のんびりと休んでくれよ。」
「うむ。そなたも調子に乗って飲み過ぎないようにな。」
「はっはっは。肝に銘じておくよ。それじゃあな。」
豪快に笑いながら、鈴音に手を振って歩き去っていく権藤。
その後ろ姿を鈴音が、苦笑いしながら見送っていたのだが。
「…もしあの男が反幕府連合に与するような事になれば…果たして今の私に隊士たちを…そして幕府を守り抜けるのだろうか…。」
権藤の姿が見えなくなった後、鈴音はとても厳しい表情で、彼女にとって因縁深い『あの忌まわしい男』の事を思い出していたのだった…。
仁戦組での用心棒の仕事から久しぶりに解放され、休日に家族水入らずの一時を楽しむ鈴音。
真美の嫁ぎ先である小鳥遊家の者たちも交え、結婚祝いとしてささやかな宴会を開くのですが…。