第77話:プロとして
依頼主のヴァースが戦死した事で、もう太一郎たちと戦う理由が無くなったからと、突然戦闘行為を中断して降伏したダリアら『ラビアンローズ』。
呆気に取られる太一郎に対し、ダリアは傭兵の何たるかを語るのですが・・・。
「…う~ん…。」
戦闘開始直後に太一郎に吹っ飛ばされ、気絶してしまったイリーナだったのだが。
とても心地良い温もりに包まれながら、ゆっくりと目を覚ましたのだった。
イリーナを膝枕している『ラビアンローズ』の女性が、とても穏やかな笑顔でイリーナの髪を優しく撫でている。
「あ、イリーナ、目を覚ましたのね。」
「…ローレライ…?」
一体全体何がどうなっているのか。起き上がった直後で寝ぼけているのか、今の状況を全然理解出来なかったイリーナだったのだが。
「…っ!?戦闘は!?どうなったの!?『閃光の救世主』は!?ダリアは!?皆は!?」
すぐにイリーナは慌てて身体を起こし、状況を即座に理解したのだった。
自分が太一郎に無様に吹っ飛ばされて、戦闘中に気絶してしまったのだという事を。
とても心配そうな表情をするイリーナだったのだが、そんなイリーナを『ラビアンローズ』の女性が苦笑いしながら見つめていた。
「もう戦いは終わったよ。イリーナが『閃光の救世主』の遠距離攻撃で吹っ飛ばされて気絶してる間にね。」
「終わったって、一体どういう…。」
「さっきね、上空にフォルトニカ王国騎士団の信号弾が上がったの。敵の総大将を討ち取った事を示す、青色の信号弾がね。」
「青色の信号弾…まさか…!?」
「うん、ヴァース陛下は戦死なされたみたい。」
慌ててイリーナがダリアの方を振り向くと、そこにいたのは戦闘行為を中断して太一郎に対して笑顔で両手を上げているダリアの姿だった。
他の『ラビアンローズ』の女性たちもダリアからの指示を受けて、一斉に戦闘行為を中断して両手を上げ、シルフィーゼに対して降伏の意思を示している。
敵の総大将を討ち取った事を示す、サーシャが放った青色の信号弾…当然フォルトニカ王国騎士団に所属する太一郎も、その意味を理解しているのだが。
だからといって先程まであれだけ狂喜乱舞の笑顔で自分と戦ってた癖に、それがまさかこんな突然に、いきなり降伏の意思を示すとは。
予想外の出来事に、流石の太一郎も呆気に取られてしまったのだった。
「これは一体どういう事なんだ?」
「さっきも言ったけど、アタシらの依頼主はヴァース陛下だ。そのヴァース陛下が戦死した以上は、もうアンタと命を賭けてまで戦う義理も義務も無いんだよ。」
ダリアの言葉の意味を、太一郎は持ち前の聡明さで即座に理解したのだが。
「…僕個人としては正直ホッとしているけど…ちょっと拍子抜けだな。」
「おいおいアンタ、もしかしてアタシの事を、ただの戦闘狂か何かと勘違いしてるんじゃないかい?」
「それは…。」
「ま、そう思われるのも無理も無いけどさ。」
呆れたような表情で、ダリアは深く溜め息をついたのだった。
「アタシらはプロであって、ボランティアなんかじゃないんだ。依頼主のヴァース陛下が戦死したっていうのに、何で命を賭けてまでアンタと戦って、タダ働きなんかしないといけないのさ?」
そう…ダリアら『ラビアンローズ』は百戦錬磨のプロの傭兵集団だ。
金さえ貰えば誰とでも、人間だろうが魔族だろうが魔物だろうが、それこそ勇者だろうが魔王だろうが、どんな相手にも勇猛果敢に立ち向かう。
だが彼女たちはあくまでも『仕事として』戦場に身を置いているのであって、決してボランティアで戦っている訳では無いのだ。
依頼主のヴァースが死んで報酬が支払われる見込みが無くなった以上、最早彼女たちには命を賭けてまで太一郎たちと戦う義理も義務も無くなったのである。
それが彼女たち『ラビアンローズ』がプロだからだ。決してボランティアで太一郎たちと戦っていた訳では無いのだから。
「まぁ前金はたんまり貰ったからね。今回はそれで良しとするよ。アンタを討ち取れば前金の3倍の額が入るはずだったんだけどねぇ。」
相手が『閃光の救世主』だという事、そしてダリアの実績と武勇伝を踏まえた結果、ダリアはヴァースから前金としては相当な額を貰っていたのだが。
今回の戦いでは太一郎にここまで苦戦を強いられ、あわや敗北という所まで追い詰められてしまったのだ。
それを踏まえれば今回の依頼の報酬の額としては、まぁ妥当といった所だろうか。
そんな事を考えていたダリアの下に伝令役のシャーロット王国騎士団の兵士が、血相を変えて慌てて馬に乗って駆けつけてきたのだが。
「ダ、ダリア殿!!国王陛下がサーシャ王女との壮絶な一騎打ちの果てに…せ、戦死なされましたぁっ!!」
「ああ、分かってるよ。さっき信号弾を確認したからね。しかしそうか、王女殿下に殺されたっていうのかい。あの嬢ちゃん可愛い顔して中々やるじゃないか。」
「国王陛下の戦死の一報を受け、我が軍はフォルトニカ王国に全面降伏致しました!!これ以上の戦闘継続は無意味です!!どうか『ラビアンローズ』の皆様も…。」
「そうだね。それじゃあ陛下との契約通り、このゲイボルグはアンタらに返すよ。」
「ええええええええええええええええええ(泣)!?」
何の迷いも躊躇も一切無く、ダリアは魔槍ゲイボルグを兵士に手渡したのだった。
まさかの予想外の出来事に、ダリアにゲイボルグを渡された兵士は驚きを隠せない。
重い。ダリアから突然手渡された魔槍ゲイボルグが、物凄く重い。
いや、物理的に重いのだが…それ以上に魔槍ゲイボルグが『伝説の武器』であり、シャーロット王国が厳重に管理している『国宝』であるという事実と、そんな物騒な物を国に持ち帰らなければならないという『重圧』が、兵士の心に重くのしかかってしまっているのだ。
いきなりこんな超重要ミッションを課されてしまった兵士の心臓が、バクンバクンと派手に高鳴ってしまっている。
「その槍を持ってさっさと国に帰りな。早くしないと、その槍目当てに野盗に襲われても知らないよ?」
「ししししししし失礼致しましたあああああああああああ(泣)!!」
なんかもう泣きそうな表情で、魔槍ゲイボルグを手に慌てて馬で走り去って行った兵士の後ろ姿を、太一郎が呆気に取られた表情で見つめていた。
彼はただ単に、ダリアにヴァースの戦死を伝えに来ただけだろうに。
それがいきなり『国宝を国に持ち帰れ』だなんて重過ぎる責任を負わされてしまったのだから、その心中は察するに余り有る。
「あの槍をこのまま持ち逃げしようとは思わなかったのかい?仮にも伝説の武器なんだろう?」
「アタシが陛下と交わした契約の中には、ゲイボルグの扱いについても含まれていてね。今回の依頼が完了したら、陛下にゲイボルグを返すっていう契約になっていたんだよ。」
「そのヴァースが死んでしまったというのに、わざわざ馬鹿正直にシャーロット王国に返却したっていうのか。」
「ああ。アタシらはプロの傭兵集団だからね。依頼主との契約は絶対に守る。それがアタシらのプロとしての信念さ。」
今回の戦いが終わったら、魔槍ゲイボルグをシャーロット王国に必ず返す。
そういう契約になっている以上は、ダリアは契約内容を必ず守り、絶対に持ち逃げせずに魔槍ゲイボルグをシャーロット王国に返す。
それがダリアら『ラビアンローズ』の、プロのプロたる所以なのだ。
ここで依頼主のヴァースが死んだ事をいい事に、魔槍ゲイボルグを持ち逃げしようなどと考えてしまうような連中など、ダリアに言わせればプロ意識など欠片も持ち合わせていない、所詮は三流、四流、五流のアマチュア集団でしか無いのだ。
「…ダリア…。」
そこへ回復魔法で『ラビアンローズ』の女性たちの治療を終えたイリーナが、ダリアの下に歩み寄ってきたのだが…とても申し訳無さそうな表情をしてしまっている。
無理も無いだろう。戦闘開始直後にいきなり太一郎に吹っ飛ばされて退場し、何の役にも立てなかったのだから。
だがダリアはそんなイリーナを責めるどころか、とても穏やかな笑顔で見つめている。
何の役にも立たなかったなどと、ダリアはこれっぽっちも思っていない…むしろイリーナのお陰でダリアは命拾いしたと言ってもいいのだから。
「おおイリーナ、無事だったんだね。心配したんだよ?」
「その…御免なさい…私、何の役にも立てなくて…。」
「何言ってるんだい。アンタが継続回復魔法を掛けてくれてなかったら、アタシは今頃『閃光の救世主』に負けていたんだよ?」
それだけ告げて、ダリアはイリーナを優しく抱き寄せたのだった。
鎧越しにも伝わってくる。ダリアの温もりが。イリーナへの優しさが。
「…あ…。」
「アタシが今こうして無事でいられるのは、間違いなくアンタのお陰だ。ありがとな、イリーナ。」
「ダリア…。」
自分の身体をぎゅっと抱き締めるイリーナの温もりを、ダリアは存分に噛み締めていたのだった。
いきなり太一郎に吹っ飛ばされた時はどうなる事かと思ったが、大した事は無かったようで何よりだ。
それにシルフィーゼと交戦していた他の『ラビアンローズ』の仲間たちも、何とか全員が無事で済んでいるようだ。
自分が太一郎と話し込んでいる間に、イリーナがせっせと全員に回復魔法を掛けてくれていたのだろう。
もしイリーナがいてくれなかったらと思うと。ダリアは本当にゾッとする。
太一郎はダリアに対して、こう言っていた。
『貴女たちの中で一番の脅威は貴女ではなく、彼女だ』と。
そう、まさしくその通りだ。太一郎の推察は決して間違ってなどいない。
ただ戦う事しか能の無い自分と違い、イリーナは回復魔法、補助魔法、攻撃魔法による多方面でのサポート役として絶大な能力を発揮し、それに戦闘以外での家事全般、交渉や経理といったマネジメント方面でも多大な貢献を見せてくれているのだ。
今回の一件で、ダリアは改めてそれを思い知らされてしまったのだった。
単純な戦闘能力という観点から見れば、イリーナは『ラビアンローズ』の中でぶっちぎりの最弱だ。
だがそれでもイリーナは『ラビアンローズ』において、単純な戦闘能力だけでは測れない程の優れた手腕を発揮してくれている。
まさしく『ラビアンローズ』においてのワイルドカードといってもいい存在であり、だからこそ太一郎はイリーナの存在を危険視し、真っ先に維綱で退場させたのである。
「さて…アタシらは傭兵だ。昨日まで背中を預けていた奴と、翌日には殺し合うなんてのは日常茶飯事…そしてその逆も然りだ。」
そんなイリーナをとても大事そうに優しく抱き寄せつつ、ダリアがニヤニヤしながら太一郎に話しかけたのだが。
「次にアンタと出会った時は、アタシらは果たしてアンタの敵か味方か…どっちだろうねえ?」
「…出来れば、貴女とはもう二度と戦いたくは無いんだけどな。」
「だったら女王陛下にアタシらを雇うように進言する事だねぇ。あっはっはっはっはっは。」
さり気なく太一郎に対して、営業活動を行ったダリアなのであった…。
「『閃光の救世主』…いいや、アンタ確か太一郎とか言ってたね。このアタシをここまで苦戦させるとは本当に大した奴だ。いやマジでアンタの事を気に入ったよ。」
ダリアたちが馬に乗り、せっせと帰り支度を始める。
依頼主のヴァースが死んでしまった以上、もう太一郎と命懸けで戦う意味が無いし、最早ここに長居は無用だ。
「アンタに死なれちゃ、アンタに勝てなかったアタシの立場が無いからねぇ。だからせいぜい長生きするんだよ?それじゃあな。」
それだけ告げて、ダリアたちは馬に乗って走り去って行ったのだった。
つい先程まで自分を殺す気マンマンだった相手に、今度は逆に長生きしろなどと言われるとは。
ダリアの傭兵という立場故なのだろうが、これはもう皮肉だとしか言いようがない。
「太一郎、大丈夫?怪我は無い?」
「僕なら大丈夫だよ。それよりもサーシャたちが心配だ。早く合流しよう。」
「そうね。信号弾が上がったんだから大丈夫だとは思うけど。」
こちら側にも負傷者が何人か出たようだが、それでもシルフィーゼの活躍のお陰で死者が1人も出なかったようで何よりだ。
自分がダリアと話し込んでいる間に、シルフィーゼが兵士たちに回復魔法をかけてくれていたのだろう。
こういう小隊での任務においてシルフィーゼやイリーナのようなヒーラーは、まさに小隊の『命その物』だ。
だがそれよりも今は、サーシャたちの事が心配だ。
シルフィーゼが言うように信号弾が上がったのだから、もう戦いは済んでいるのだろうが…それでも何があるか分からないからだ。
というより作戦上仕方が無かったとはいえ、サーシャと結婚して彼女直属の近衛騎士になってからというもの、ここまで長時間サーシャと離れ離れになる事は無かったもんだから、早くサーシャの無事な姿を見て安心したくなったというのもあるのだが。
「それじゃあ皆、行こうか。」
「ええ。」
シルフィーゼたちを引き連れて、太一郎はサーシャたちがいる敵の本陣へと馬を走らせたのだった。
次回は第9章完結です。
専守防衛を掲げ人間たちとの融和を推し進めようとし、とうとう敵であるはずのルミアさえも魔王軍に加入させた瑠璃亜に対し、とうとう堪忍袋の緒が切れたドノヴァン。
抗戦派の魔族たちを率い、瑠璃亜に対して反乱を起こすのですが…。