第76話:それぞれの正義
太一郎とダリアが死闘を繰り広げている最中、敵の本陣へと奇襲を掛けるサーシャたち。
迎え撃つヴァースですが、何故転生術を欲しがるのかと問いかけるサーシャに対し、ヴァースが語った衝撃の真実とは…。
フォルトニカ王国とシャーロット王国の戦争が、遂に決着です。
時間を少し遡る。
太一郎たちとダリアら『ラビアンローズ』が壮絶な死闘を繰り広げている最中。
太一郎たちと別方向から別働隊の独立遊撃隊として、サーシャとケイト率いる一個小隊がヴァースが居座るシャーロット王国騎士団の本陣に対し、奇襲を仕掛けていたのだった。
本来ならば今頃は太一郎たちの部隊と合流し、挟撃を仕掛ける手筈になっていたはずなのだが、太一郎たちは未だに合流していない。
何者かと…それも相当な強敵と交戦状態に陥っている事は間違いないだろう。
戦場というのは常に何が起こるのか分からない場所だ。完璧に作戦通りに事が運ぶなんて事の方が珍しいのだ。
ならば太一郎たちが駆けつけて来るまでの間、サーシャたちだけでヴァースを何とかするしかない。
「へ、陛下!!サーシャ王女率いるフォルトニカ王国騎士団の一個小隊が、東側から奇襲を仕掛けて来ております!!」
「王女自らが前線に出てきただとぉっ!?」
「あまりにも強過ぎて、我々では到底太刀打ち出来ません!!」
「ならばサーシャ王女は私がやる!!お前たちは他の連中の迎撃をせよ!!」
「はっ!!」
国王らしく威風堂々とした態度で、刀を手にしたヴァースがテントから出ていく。
果たして彼の眼前ではサーシャ率いる一個小隊が、サーシャとケイトの活躍でシャーロット王国騎士団を相手に無双している光景が繰り広げられていた。
「光の矢よ!!敵を撃て!!」
「「「「「ぎぃああああああああああああああ!!」」」」」
サーシャの精霊魔法で、1人、また1人と、シャーロット王国騎士団の兵士たちが倒されていく。
そんなサーシャの背後から奇襲を仕掛けてきたシャーロット王国騎士団の兵士たちを、そうはさせまいとケイトが次々と斬り捨てていく。
サーシャとケイトの活躍によって、戦いの流れは完全にフォルトニカ王国騎士団に傾いていたのだが。
「姫様には指一本触れさせん!!」
「敵の本陣はもう目の前です!!皆さん、私に続…っ!?」
その流れを変えるべく、ヴァースが鞘に収めた刀から強烈な居合術を繰り出したのだった。
「暗黒竜隼牙刀奥義!!烈風斬!!キェェェェェェェェェ!!」
その瞬間、サーシャたちに向けて放たれた、凄まじいまでの『殺気』。
ヴァースが刀を『抜いた』瞬間、強烈な威力の衝撃波がサーシャたちに襲いかかる。
とっさにサーシャとケイトが超反応で、隼丸とロングソードで衝撃波を受け止めたのだが。
「「「「「ぎぃああああああああああああああ!!」」」」」
それでもフォルトニカ王国騎士団の兵士たちの何人かが全く反応出来ず、衝撃波の直撃を食らって吹っ飛ばされ、馬から振り落とされて地面に叩きつけられてしまう。
いきなりの出来事に戸惑いを隠せない、フォルトニカ王国騎士団の兵士たちだったのだが。
「かの者たちの傷を癒し給え!!」
それでもサーシャは落ち着き払った態度で、倒れた兵士たちに即座に回復魔法を掛けたのだった。
ここで王女であるサーシャが動揺してしまえば、兵士たちの士気に影響してしまう。
あっという間に回復した兵士たちが、慌てて起き上がって武器を構える。
こういった小隊での戦闘においてはサーシャのようなヒーラーは、まさに小隊の『命その物』だ。
「ケイトは皆さんの指揮を!!ヴァース殿はここで私が食い止めます!!」
「はっ!!」
死闘を繰り広げる両軍の兵士たちの傍らで、サーシャが馬から降りてヴァースを見据える。
隼丸を鞘から抜いて構えるサーシャを、ヴァースがとても厳しい表情で睨みつけている。
「今のは太一郎さんの維綱…!!どうしてヴァース殿が…!!」
「あの若造の専売特許だとでも思ったのか!?甘いわぁっ!!」
さらに立て続けに衝撃波を連発するヴァースだったが、それをサーシャは軽々と隼丸で全て弾き返してみせたのだった。
この異世界において居合術の使い手は希少だという事もあり、先程は流石にサーシャも驚かされてしまったのだが、それでも常日頃から居合術の達人である太一郎の傍にいるからこそ分かるのだ。
ヴァースの居合術は確かに凄まじいが、夢幻一刀流を極めた太一郎には及ばないと。
「我が暗黒流隼牙刀!!貴様如きに容易く見切れる代物では無いわぁっ!!」
さらに一瞬で間合いを詰めたヴァースが、サーシャに強烈な居合術の連撃を繰り出す。
「縮地法まで…!!」
「食らえぃっ!!暗黒流隼牙刀奥義!!乱れ桜!!キェェェェェェェェェ!!」
並の使い手では反応すら出来ないであろう居合術の連撃…だがそれをサーシャは涼しい表情で、軽々と隼丸で受け切ってみせたのだった。
この連撃も確かに凄まじいが、それでも太一郎の五月雨には及ばない。
「光の矢よ!!敵を撃て!!」
「ぬうっ、乱れ桜さえ通じぬとは…!!」
カウンターで至近距離から放たれたサーシャの精霊魔法を、バックステップで何とか避けたヴァース。
刀を鞘に納め、とても厳しい表情でサーシャを睨みつけていたのだった。
剣術と精霊術の達人だとは聞いていたが、いずれもが高いレベルで纏まっている。
全身全霊をもって挑まなければ太刀打ち出来るような相手では無いという事を、ヴァースは即座に理解したのだった。
曲がりなりにも王女という身分でありながら、自ら戦場の最前線に出てくるだけの事はあるようなのだが。
「ヴァース殿。答えて頂けますか?どうして貴方は我が国の転生術を欲するのですか?」
「な、何ぃ!?」
「こんな戦争を仕掛けてまで、大勢の兵たちの命を犠牲にしてまで…。一体貴方はどのような大義を持って転生術を手に入れようとしているのですか?」
そんな中でいきなり戦闘中にサーシャから予想外の質問をされた事で、戸惑いを隠せないヴァース。
隼丸を構えたサーシャが、とても厳しい表情でヴァースを見据えている。
アルベリッヒやチェスターのように転生者たちを戦術兵器として活用し、世界征服を企てるとでも公言するつもりなのか。
先日のフォルトニカ王国でのクレアとの対談では、それをヴァースは表向きには否定していたのだが…実際の所はどうなのか。
大勢の兵たちが傷つき、命が失われると分かった上で、戦争まで仕掛けて転生術を手に入れようとする理由は何なのか。それをサーシャは確認しておきたかったのだ。
だが。
「やはり腕は立つと言えども、貴様は所詮は世間知らずのヒヨッコよ!!何が正義で何が悪かも分からぬ子供の分際で!!」
「何ですって!?」
次の瞬間ヴァースは真剣な表情で、とんでもない事をサーシャに語ったのだった。
「よいか!?この世界は力こそが全て!!力こそが正義なのだ!!」
「なっ…!?」
いきなりのヴァースからの予想外の返答に、サーシャは戸惑いを隠せない。
対照的にヴァースは威風堂々と、一切迷わずに己の信念を貫き通す、国王としての『覚悟』をサーシャに見せつけている。
「転生者共の圧倒的な力を利用し、私はこの世界全土の統一を成し遂げる!!秩序を乱す者たちは転生者共の力でもって全てねじ伏せる!!それでこの世界から争いが無くなり、平和になろう!!」
「馬鹿な!?ではヴァース殿!!貴方は自分に逆らう者たちを、転生者たちを使って全て皆殺しにするとでも言いたいのですか!?」
「その通りだ!!それがこの世界から争いを無くす最善手なのだ!!」
そう…転生者たちの圧倒的な力を利用しての『力による統治』。それがヴァースが掲げる信念、そして覚悟なのだ。
この世界に未だに数多く跋扈する悪党共や凶悪な魔物たちを、転生者たちの力で全て皆殺しにする。
それに逆らう者たちも、転生者たちの力で無理矢理力尽くで黙らせる。
その大義実現の為に、この異世界全土を転生者たちの力によって統一する。
この美しくも残酷な異世界から争いを完全に無くす為に。完璧なる平和な世界を築き上げる為に。
確かにヴァースの理想が実現すれば、この世界から争いが全て消えて無くなり、平和な世界が実現するのだろうが。
ヴァースも1人の国王として、この世界の平和を真に願っているという事は間違いない。
アルベリッヒやチェスターのような愚物共とは断じて違う、正真正銘の武人なのだ。それをサーシャは充分に思い知らされたのだった。
だがそれでもサーシャはフォルトニカ王国の王女として、そんなヴァースの信念を真っ向から否定してみせた。
その理想を実現する為に、一体どれだけの血が流されてしまうというのか。
「力による抑止力で勝ち得た平和など、所詮は仮初めの物に過ぎません!!そんな世界に一体何の意味があるというのですか!?」
「仮初めだろうと意味など無くとも構わぬ!!霧崎一馬共のような愚物共をこの世界から一掃し、1人でも多くの罪無き命を救えるのであればな!!」
一馬の名前を出されたサーシャは、苦虫を噛み締めたような表情になってしまう。
シリウスの独断による物でサーシャもクレアも知らなかったとはいえ、フォルトニカ王国には太一郎たちを『呪い』で苦しめてしまったという、言い逃れが出来ない前科があるのだから。
それこそヴァースの言うような、『力によって無理矢理服従させる』行為なのだ。
まあ実際には太一郎には『呪い』の発動条件を全て完璧に分析されてしまったし、一馬たちの暴走を招いて謀反を起こされてしまうなど、結果的には何の抑止力にもなっていなかったのだが。
「力無き者がどのような大義名分を掲げようが、結局は力によってねじ伏せられるのみだ!!現に貴様の父親も、それによって愚物共に殺されたのだぞ!?」
「貴方の言う事が全て間違っているとは言えないのでしょう…!!ですが武力による統治の果てに真の平和な世界が訪れるとは、私にはとても思えません!!」
「ならば貴様の力でもって、貴様の正義を私に証明してみせよ!!」
そう…互いに譲らぬ信念がある以上、最早互いに言葉など不要。
自分の譲れぬ正義を押し通す為には、異なる正義を掲げる目の前の相手を、自らの手で退けるしか無いのだ。
戦場というのは、そういう残酷な場所なのだから。
「刮目せよ!!暗黒流隼牙刀究極奥義!!武御雷!!キェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!」
凄まじい威力の、まさに居合術による『無数の雷撃』が、情け容赦なくサーシャに襲い掛かったのだが。
「あぁん!?」
それをサーシャは隼丸で、いとも容易く受け止めてみせたのだった。
この技も究極奥義だか何だか知らないが、太一郎の朱雀天翔破には遠く及ばない。
普段から太一郎の傍に寄り添い、彼の夢幻一刀流をその目で見続けてきたサーシャにしてみれば、ヴァースの居合術など所詮は子供のお遊びでしか無いのだ。
予想外の事態に、ヴァースは驚きを隠せない。
「な、何だと!?そんな馬鹿な…っ!?」
「セラフィム・インストール!!」
そしてサーシャの身体からほとばしる、凄まじいまでの魔力。
サーシャの精霊魔法によって召喚された熾天使セラフィムがサーシャと一体化し、サーシャの背中から美しい白銀の翼が放たれる。
慌ててサーシャから間合いを離すヴァースだったが…しかし無駄な抵抗に過ぎなかった。
「光竜滅魔剣!!」
繰り出されたのは、お返しと言わんばかりのサーシャの究極奥義。
隼丸から放たれた無数の『閃光』が、情け容赦なくヴァースの全身に襲い掛かる。
「ぐあああああああああああああああああああああっ!!」
直撃を受けたヴァースは一瞬にして全身に無数の斬撃を浴びせられ、その場に崩れ落ちてしまったのだった。
セラフィム・インストールを解除したサーシャが隼丸を鞘に納め、何の迷いも無い力強い瞳で、全身打撲で大ダメージを受けてしまったヴァースを見据える。
「ば、馬鹿な…!!いかに王家の娘とはいえ…貴様の力がこれ程とは…っ!!」
「安心して下さいヴァース殿。峰打ちです。」
「み…峰打ち…だと…!?」
しかも暗黒流隼牙刀を極めた自分を相手に、そんな事まで出来る余裕さえも持ち合わせていようとは。
力こそが正義。確かにヴァースはサーシャにそう告げていた。
どんな大義名分を掲げようが、それに力が伴わなければ、より強大な力に潰されるだけなのだと。それによってサーシャの父親は殺されたのだと。
だからこそ戦争を起こしてでも転生術を奪取し、転生者たちの圧倒的な力を利用しての武力統一を成し遂げ、この世界から争いを無くそうとしたのだと。
サーシャの言うように、それが偽りの平和なのだとしても…偽りだろうが何だろうが、それで1人でも多くの罪無き命が救われるのなら本望なのだと。
だがまさか、そんな事を言い放ったヴァース自身が、よりにもよって逆にサーシャの圧倒的な『力』によって叩きのめされようとは…これはもう皮肉なブーメランだとしか言いようがない。
「そ、そんな…国王陛下が…負けた…!!」
「もう駄目だぁ…!!おしまいだぁ…!!」
そして国王であるヴァースがサーシャに無様に敗北した事で、周囲でケイトたちと戦っていたシャーロット王国騎士団の兵士たちは、誰もが戦意を喪失してしまったのだった。
全員が武器を捨てて両手を上げ、ケイトに対して降伏の姿勢を見せる。
組織というのはリーダーが倒されてしまえば、それだけで呆気無く瓦解してしまう物なのだ。
そんな部下たちの醜態を目の当たりにさせられてしまったヴァースは、流石に自らの敗北を認めるしかなかったのだが。
「ヴァース殿。貴方の負けです。私はこれ以上の無益な殺生をするつもりはありません。降伏して下さるのなら決して悪いようには…。」
「だから貴様は子供だと言ったのだ!!サーシャ王女!!」
そう、ヴァースは自らの敗北をサーシャに認めた。
だがしかし、それでもヴァースは、武士としての誇りまで曲げる訳にはいかないのだ。
「貴様の助けなど要らぬ!!まして敵国の王女に情けを掛けられた挙句、隷属するなどという屈辱を甘んじて受け入れる位ならば、私は自ら死を選ぶわ!!」
「なっ…!?」
鬼のような形相で、懐から脇差しを取り出したヴァースが。
「武士道とは、死ぬ事と見つけたりぃっ!!」
物凄い勢いで、自らの左胸を脇差で貫いたのだった。
「がはあっ!!」
「ヴァース殿!!」
どうっ…と、派手な音を立てて、ヴァースの身体が背中から地面に倒れ込む。
「何て馬鹿な事を!!かの者の傷を癒し給え!!」
慌ててヴァースに回復魔法を掛けたサーシャだったのだが、最早手遅れだった。
何故ならヴァースは、自らの自刃によって既に即死しているのだから。
いかに精霊魔法の達人であるサーシャと言えども、死んだ者を生き返らせる事など出来ないのだ。
自ら命を絶ったヴァースの亡骸を、サーシャが悲しみに満ちた表情で見つめている。
「死んでどうなるというのですか、ヴァース殿…!!生きてさえいれば、また別の道があったはずなのに…!!」
カッと見開いたヴァースの瞳を優しく右手で閉じたサーシャが、戦闘終了の合図を両軍に知らせる為、懐の銃で上空に青色の信号弾を放った。
青色の信号弾は、フォルトニカ王国騎士団の「敵の総司令官を討ち取った」という合図だ。
今頃は城下町を、そして別働隊の太一郎たちを攻めているであろうシャーロット王国騎士団の兵士たちは、これを見せつけられたのでは流石に降伏せざるを得なくなるだろう。
国王が死んでしまったのでは、これ以上の戦いなど何の意味も無いのだから。
かくして今回の戦争は、国王のヴァースがサーシャとの壮絶な一騎打ちの末に敗北。
ヴァースがサーシャからの降伏勧告を拒否し自刃した事で、主を失ったシャーロット王国騎士団は無様な敗北を喫する事となった。
だが自分の活躍によって戦争に勝利し、転生術を…そして多くの兵士たちの命を護り抜いたというのに、サーシャの胸の中には後味の悪さだけが残ったのだった…。
依頼主のヴァースが戦死した事で、戦う理由が無くなったとして突然戦闘を中断するダリアら『ラビアンローズ』。
呆気に取られる太一郎に対し、ダリアは傭兵の何たるかを語るのですが…。