第74話:逆恨みの果てに
転生術を巡って遂に始まってしまった、フォルトニカ王国とシャーロット王国の戦争。
自ら戦場の最前線に出て部下たちを鼓舞するクレアですが、そこへリゲルの魔の手が…。
そして、遂にシャーロット王国騎士団による、フォルトニカ王国への侵攻作戦が開始されたのだった。
魔王カーミラ、そして一馬ら『ブラックロータス』という危険な存在を生み出した転生術を、フォルトニカ王国に独自運用させるのは危険であり、この世界の恒久和平実現の為に我々シャーロット王国が厳重に管理、運用しなければならないという名目によって。
ヴァースはフォルトニカ王国内でのクレアとの対談において、上記の口実を盾に
「転生術の技術提供をすれば、今回の侵攻を取り止める。」
などと強く迫ったものの、それでもクレアは毅然とした態度で断固拒否したのだった。
理由は明白だ。エリクシル王国の前国王アルベリッヒや、サザーランド王国の前国王チェスターという悪しき前例があるからだ。
もし他国に転生術が渡ってしまおう物なら、この2人のように転生者を戦術兵器として活用し、世界征服を企てようなどと考える者たちが現れかねない。
それを防ぐ為にも、クレアは絶対に転生術を他国に技術提供する訳にはいかないのだ。
ヴァースは絶対にそのような事はしないなどとクレアに公言していたが、それでもクレアの意思は変わらなかった。
そもそも自分たちの正義を振りかざしながら、転生術の技術提供をしなければ軍事介入するなどと脅しをかけてくるような者を、どうして信用する事が出来ようか。
クレアとヴァースの対談は物別れに終わってしまい…その結果、こうして両国による戦争が引き起こされる事になってしまったのである。
「我が勇敢なるシャーロット王国騎士団の兵士たちよ!!此度の戦は正義の戦である!!我々は決して忘れない!!先代の魔王カーミラが、そして霧崎一馬ら『ブラックロータス』が、どれだけ数多くの罪の無い人々を傷つけてきたのかを!!」
フォルトニカ王国の城下町から2km程離れた平原に設置された陣地の中で、兵士たちに威風堂々と演説をするヴァース。
兵士たちの誰もがヴァースに傾注し、とても真剣な表情で演説に耳を傾けている。
「転生術という物はそれだけ危険な存在なのだ!!だからこそ悪意ある者たちに悪用されない為にも、我ら強国たるシャーロット王国が厳重に管理、運用しなければならない!!だがクレア女王はそれを断固拒否し、あくまでも我々に対して徹底抗戦するという愚行を犯したのだ!!」
ヴァースの言っている事は、果たしてヴァースの真意なのか。それとも建前なのか。
そんな物はダリアの知った事では無いが、それでもヴァースに雇われた以上は傭兵として尽力するだけの話だ。
「我々は奴らの転生術によって霧崎一馬たちのような愚物共が再び召喚され、この世界に再び混迷がもたらされる事を防ぐ為に、何としてでもフォルトニカ王国城下町を制圧し、転生術を生み出したシリウスの身柄を確保しなければならないのだ!!」
そして決意に満ちた表情で、遂にヴァースが兵士たちに号令を下したのだった。
「フォルトニカ王国侵攻作戦、開始せよ!!」
ヴァースの出撃命令と共に、兵士たちが一斉にフォルトニカ王国の城下町へと突撃する。
その様子をダリアたち『ラビアンローズ』が、馬に乗りながら見据えていたのだった。
そしてダリアの傍らには、ダリアのスカウトを受けて宮廷魔術師を辞めて『ラビアンローズ』の一員となり、ダリアの8人目の恋人となったイリーナの姿も。
ダリアの傍に寄り添うイリーナは、とても幸せそうな笑顔をダリアに見せている。
先日、突然イリーナに辞表を叩き付けられたヴァースは、流石に動転してしまったようなのだが…こうなる事は必然だったのかもしれない。
何故ならヴァースが嫌がるイリーナに対して、本来なら国際条約で使用を禁じられているはずの禁呪の使用を強要したのに対し、ダリアは本当にイリーナに対して優しく接してくれて、優しく抱いてくれて、心の底から身も心も愛してくれたのだから。
元々イリーナがレズビアンだというのもあるが、イリーナがヴァースに失望し、自分を必要だと言ってくれたダリアに心酔してしまうのも仕方が無いと言えるだろう。
「さーて、いよいよ始まったようだねぇ。アタシらもヴァース陛下との契約通りに『閃光の救世主』を狙うとするか。」
ダリアたち『ラビアンローズ』は金さえ貰えればどんな相手とも戦う、フリーランスの傭兵集団だ。
だからこそヴァースの意向や信念などダリアたちの知った事では無いが、それでもプロの傭兵として契約は必ず守り、与えられた仕事は必ず全うするのだ。
『閃光の救世主』と戦えと命じられたのであれば、全身全霊を持って戦う。
ダリアたち『ラビアンローズ』にとっては、ただそれだけだ。
「アンタたち、馬から降りて一列に並びな。出撃前の恒例のアレをやるよ?」
「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」
言われた通りに馬から降りて横一列に並んだ『ラビアンローズ』の女性たちに対して、ダリアが次々と立て続けに唇を重ねたのだった。
いきなりの出来事に予備戦力として待機していたシャーロット王国騎士団の兵士たちは、誰もが思わず顔を赤らめてしまう。
新加入のイリーナも含めた団員の8人全員がダリアの恋人で、しかも8人全員が他の団員たちと固い絆で結ばれている…確かにそう噂になってはいたのだが。
しかし目の前の有り得ない光景を目の当たりにさせられてしまった事で、シャーロット王国騎士団の兵士たちの誰もが唖然としてしまっていたのだった。
「イリーナ。アンタはアタシたちと組んで戦場に出るのは今回が初めてだから、取り敢えず今回は連携とか気にせずに、補助魔法でアタシたちをサポートしてくれればいいよ。」
「ええ、分かったわ。ダリア。」
「よし、いい返事だ。アンタの働きぶりに期待しているよ?」
「じゃあ早速だけど、新しく皆の恋人になったばかりの私からの、皆に贈るささやかなギフトよ。」
とても穏やかな笑顔で、イリーナは先程ダリアがやったのと同じように、ダリアたちと次々と立て続けに唇を重ねたのだった。
この人たちは一体、戦場で何をやっているんだろう…。
やがて全員とのキスを終えたイリーナが舌をペロッと出しながら、悪戯っぽい微笑みをダリアに見せた。
「補助魔法というのはね、口移しで直接魔力を流し込んだ方が効率よく掛けられるの。私のリジェネレーションで皆に継続回復効果を付与しておいたわ。1時間位は持つから安心して戦ってね。」
「こいつは有難いねぇ。これで思う存分戦えそうだ。」
やはりイリーナを8人目の恋人として『ラビアンローズ』に迎えたのは正解だったと…ダリアはそれを存分に思い知らされたのだった。
戦闘能力という観点『だけ』で見れば、イリーナは並の魔術師と同程度でしかない。
『ラビアンローズ』の中ではぶっちぎりの最弱で、むしろ全力で守ってやらなければならない程の脆弱な存在だ。
だがそれでもイリーナの魔術師としての優れた手腕と豊富な知識、そして太一郎にも引けを取らない聡明さと冷静な判断力は、単純な戦闘能力以上の貢献をダリアたちに見せてくれているのだ。
それに家事全般が得意だし、経理や交渉などと言ったマネジメントにおいても優れた手腕を発揮してくれる。
この戦いが終わった後もイリーナは『ラビアンローズ』のサポート役として、間違いなくダリアたちの大きな力となってくれる事だろう。
「イリーナ、『閃光の救世主』はどこにいるか分かるかい?」
ダリアに促されたイリーナが近隣一帯の地図を広げて、鎖で繋がれたネックレス…先日ダリアがイリーナに8人目の恋人の証としてプレゼントした物なのだが…それを使ってダウジングの要領で、太一郎の居場所を探知魔法で即座に的中させてしまったのだった。
「ここから約1km先。西側から一個小隊を率いて、独立遊撃手として国王陛下を直接狙ってるみたいね。」
「ふふふ…イリーナの探知魔法からは絶対に逃げられないよ?『閃光の救世主』。」
もうプライパシーも何もあった物では無かった…。
「ちょっと待ってダリア、もう1人凄腕の魔術師を同伴させてるみたいよ…これはまさか…賢者シルフィーゼ!?」
「随分と大物じゃないか。そう言えば宮廷魔術師に復帰したとか新聞に載っていたねぇ。だけど邪魔をするなら一緒に叩きのめすだけの話さ。」
「油断したら駄目よダリア。彼女は相当な使い手よ?」
「分かってるよイリーナ。戦場において油断なんてのは、絶対にしてはいけない事さね。」
『余裕』と『油断』は似ているが、その本質は全く違う。
特に命のやり取りをする戦場においては、ほんの僅かなミスが死を招く事も充分に有り得る話だ。
だからこそ格下の敵に対して余裕の態度を見せるのは別に構わないが、油断だけは絶対にしてはいけないのだ。
死線を何度も潜り抜けてきたプロの傭兵として、ダリアはそれを充分に思い知っていた。
これまでダリアは傭兵として様々な者たちと組んで戦場で戦ってきたのだが、格下の敵を相手に油断をして想定外の深手を負ったり命を落としてきた馬鹿な連中を、ダリアはこれまでに一体何人見てきた事か。
「それじゃあイリーナからの最高のプレゼントも貰った事だし、そろそろ出撃するよ!!アタシたちの今回の標的は、あくまでも『閃光の救世主』だ!!他の連中には目をくれるなよ!?いいね!?」
「「「「「「「「イエス、マム!!」」」」」」」」
「『ラビアンローズ』、出撃だ!!」
ダリアたちが馬に乗って太一郎とシルフィーゼに向かって全速力で駆け抜ける最中、城下町の正門前でフォルトニカ王国騎士団とシャーロット王国騎士団の死闘が、遂に開始されていたのだった。
今回のフォルトニカ王国騎士団の作戦は、主力部隊が城下町に進軍するシャーロット王国騎士団を食い止めている間に、太一郎とシルフィーゼ、サーシャとケイトがそれぞれ率いる各一個小隊が、左右から独立遊撃隊としてヴァースに対して挟撃を仕掛けるという物だ。
「近衛騎士の名において、ここから先は猫一匹たりとも通さん!!」
重装備を纏ったロファールが先陣を切って突撃し、部下たちと共に正面からシャーロット王国騎士団を迎え撃つ。
1人、また1人と、ロファールの剣によって命を落としていく。
そして城下町を取り囲む壁の上から近衛騎士たちの指揮の下、ロファールたちを援護しようと一斉に矢と魔法が放たれる。
それでも流石は軍事強国の名を誇るシャーロット王国騎士団だ。
数も多いが兵士たちの練度も相当な物であり、ロファール隊を突破した多くの兵士たちが矢と魔法による援護射撃をかいくぐり、次々と正門へと突撃していく。
だが。
「バレストキャノン、てー-------------っ!!」
この戦いの流れを一気にフォルトニカ王国騎士団に引き戻す為、瑠璃亜からの技術提供を受けて設置されたバレストキャノンから、無数の光弾が城から一斉に放たれたのだった。
「「「「「ぎぃあああああああああああああああああああ!!」」」」」
まさかの予想もしなかった魔導兵器による一撃に、シャーロット王国騎士団の兵士は次々と倒されていく。
「馬鹿な!?これはパンデモニウムの魔導兵器ではないか!!何故奴らがこんな物を持っているのだぁっ!?」
「何故って、私たちはそのパンデモニウムと同盟を結んでいるのよ?瑠璃亜から設計図を渡されたからに決まっているでしょう。」
「な、何ぃっ!?」
「行きなさい、エンゼルビット。」
さらに追い打ちを掛けるかのように、自ら戦場に出てきたクレアが10個の光弾「エンゼルビット」を射出。
「う、うわああああああああああああああああああああ!!」
10個ものエンゼルビットから放たれた精霊魔法によるオールレンジ攻撃に全く対応出来ず、シャーロット王国騎士団の兵士たちが次々と倒されていく。
あっという間にクレアの目の前に、無数の死体の山が築かれていったのだった。
「「「「「死ね!!クレア女…っ!?」」」」」」
それでも不意を突いて背後から襲い掛かった、シャーロット王国騎士団の兵士たちだったのだが。
クレアが表情1つ変えずにソードレイピアを『抜いた』途端、いつの間にか兵士たちが死んでいた。
クレアの剣閃を目で捉える事すら出来ず、自分が斬られたのだという事さえも認識出来ないまま即死してしまったシャーロット王国騎士団の兵士が、驚愕の表情で地面に倒れ伏してしまう。
「…は…!?」
一体何が起きたというのか。シャーロット王国騎士団の兵士たちの誰もが唖然とした表情で、目の前の信じられない光景を見せつけられてしまっていた。
太一郎が『閃光の救世主』と呼ばれている所以は、彼の剣閃の凄まじさ故に『閃光がほとばしる』からにある。
だがクレアの剣閃はそれさえも完全にすっ飛ばしており、『あまりにも速過ぎて目視自体が出来ない』のだ。
それに加えて全方位から精霊魔法によるオールレンジ攻撃を繰り出すエンゼルビットも、相当な脅威だ。
何という圧倒的な実力なのか。これはもう太一郎やサーシャに匹敵…いいや、最早それ以上ではないのか。
シャーロット王国騎士団の兵士たちの誰もが、あまりのクレアの強さに驚愕してしまったのだった。
「おおっ、女王陛下自らが戦場に出向かれるとは!!」
「皆、ここが踏ん張り所よ!!フォルトニカに住まう民たちを、そして彼らの標的であるシリウスを守る為に、絶対にここを死守するわよ!!」
「「「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」」」」」
クレアの存在が味方であるフォルトニカ王国騎士団に希望を与えて士気を高め、逆に敵であるシャーロット王国騎士団には絶望を与えて士気を下げる。
一体こんな化け物を相手に、どうやって戦えと言うのかと。
いや、クレアだけでなく、ロファールを筆頭とした近衛騎士たちや、彼らに指揮される兵士たちの実力も相当な物だ。
「女王陛下、何も貴女自らが戦場に出て来なくとも!!どうかここは、このロファールめにお任せを!!」
「自らの手で国や民を守れないような者に、女王を名乗る資格など無いわ。それにたまには身体を動かすのも美容に最適なのよ?」
「は、はぁ…。」
自ら戦場のど真ん中で指揮を出してハッスルするラインハルトも大概なのだが、こういった戦場の最前線に女王自らが出てくるというのは、あまり好ましい事では無いのだが。
心配するロファールに穏やかな笑顔を見せるクレアなのだが、この戦いの流れをシャーロット王国に一気に傾けようと、リゲルの魔の手がクレアに迫ったのである。
「はぁー------------っはっはっはっはっはっは!!」
「「「「「ぐあああああああああああああああああ!!」」」」」
ガシャン、ガシャン、と派手な音を立てながら、立ち塞がるフォルトニカ王国騎士団の兵士たちを次々と蹴散らし、一体の全長8m程の巨大なゴーレムがクレアに殴りかかった。
「女王陛下!!危ない!!」
慌ててゴーレムのパンチを大盾で受け止めるロファールだったが、あまりの威力に吹っ飛ばされてしまう。
「ぬううううううううううううううううううう!!」
「ロファール!!」
何という凄まじい威力なのか。壁に叩きつけられたロファールを、クレアがとても心配そうな表情で見つめていたのだが。
「よくも私の事をコケにしてくれたなクレア…!!この時をずっと待っていたぞ!!このインパルスで貴様に復讐を果たす、この時をなぁっ!!」
インパルス…かつてクレアがリゲルに開発を命じていた(第51話参照)新型魔導兵器で、後は最終調整を残すのみだとリゲルがクレアに語っていた代物だ。
それをリゲルはシャーロット王国に亡命した際、ヴァースへの手土産…と言うかクレアへの復讐の為の手段として盗み出したのである。
インパルスのコクピットに搭乗したリゲルが全方位モニター越しに、怒りと憎しみに満ちた形相でクレアを睨みつけていたのだった。
「君たち。ここから先は私に任せてくれたまえ。あのクソビッチ女にインパルスの力を存分に思い知らせてくれるわ。」
「「「「「はっ!!」」」」」
インパルスから聞こえてきたリゲルの呼びかけによって、シャーロット王国騎士団の兵士たちが次々と下がっていく。
フォルトニカ王国騎士団の兵士たちが慌ててクレアの護衛の為に立ちはだかろうとするものの、それをクレアが右手で制したのだった。
「ここは私が引き受けるわ。貴方たちは下がっていなさい。」
「し、しかし!!」
「私なら大丈夫よ。貴方たちは負傷者の救護を。」
「しょ、承知致しました!!」
クレアの指示で、フォルトニカ王国騎士団の兵士たちも一斉に下がっていく。
城下町の正門前で、クレアとインパルスが一対一で向かい合う形になっていた。
自業自得とは言え、かつてクビにした部下が盗み出した新兵器を使い、自分に牙を向く…クレアは今、どんな気持ちなのだろうか。
「最早剣も魔法も時代遅れだ!!これからは兵器の時代なのだよ!!それを貴様の身をもって存分に思い知らせてくれるわ!!」
「…リゲル…。」
「貴様が自ら私に開発を命じたインパルスによって、貴様自身がボロ雑巾のように叩きのめされるがよいわぁっ!!」
目の前の全周囲モニター越しに、とても厳しい表情で自分を見据えるクレアを狂喜乱舞の形相で睨みつけながら、リゲルが右手のスティックのボタンを押す。
「死ねえええええええええええええっ!!」
次の瞬間、インパルスの右手から強烈な雷撃魔法が放たれた。
それをクレアは太一郎の縮地法にも劣らない高速移動術によって避けまくり、ソードレイピアを抜いてインパルスの右足に斬りかかる。
クレアによる『目に見えない剣閃』…だがクレアのソードレイピアが乾いた音を立てながら、インパルスの強固な装甲の前に弾かれてしまう。
「ふはははははは!!そんなへっぽこな攻撃など、このインパルスにとっては蚊に刺されたも同然よ!!」
「ならばこれはどうかしら?雷迅剣!!」
ソードレイピアに雷撃魔法を込めたクレアが、再びインパルスの右足に斬りかかるものの…またしてもインパルスの強固な装甲の前に弾かれるだけだ。
「これは…!!」
「無駄だ無駄だ無駄だ!!対魔法処理を施したインパルスは絶対無敵なのだぁっ!!」
繰り出されたインパルスのパンチを咄嗟にバックステップで避けたクレアが、一旦間合いを離してインパルスを見据える。
その光景を見せつけられたシャーロット王国騎士団は、一斉に歓喜の表情でリゲルに歓声を浴びせたのだった。
自分で開発を命じておいて何だが、成程確かにとんでもない兵器だと…クレアは改めてリゲルの持つ知識と技術力に感心させられてしまう。
サーシャと結婚し、この国の新たな王になるなどという変な野心など持たず、この技術力をフォルトニカの民の為に活かしてくれていれば、と。
だがそれでもクレアは表情一つ変えず、女王らしく威風堂々とリゲルを見据える。
ソードレイピアを鞘に収めたクレアが、10個ものエンゼルビットを自らの周囲に展開したのだった。
「無駄な事を!!貴様のエンゼルビットの威力も既に織り込み済みだ!!」
「さて、それはどうかしら?」
「そうやって減らず口を叩いていられるのも、今の内だけ…っ!?」
だが次の瞬間、いつの間にかクレアがインパルスの背後に忍ばせていた5個ものエンゼルビットが、インパルスの右足…先程クレアが斬撃を浴びせた箇所に向けて、一斉に正確無比にビンポイントで突撃したのだった。
自爆するエンゼルビット。次の瞬間インパルスの右足が粉々に吹っ飛んでしまう。
「…だあああああああああああああああああああああああ!?」
右足を失った事でバランスが取れなくなり、派手な音を立てながら後ろに転倒してしまったインパルス。
まさかの事態にリゲルは、先程までとは一転して絶望の形相になってしまう。
「な、何でだああああああああああああああああああ!?」
「どれだけ強固な装甲だろうと、流石に関節部までガチガチに固めてしまう訳にはいかないでしょう?そんな事をすれば動けなくなってしまうもの。」
「そんな馬鹿な!?その対策として私は対魔法処理を施して…!!」
「だから私の雷迅剣で右足の関節部に傷を付けておいたのよ。コーティングを剥がして関節部をむき出しにする為にね。」
「ふ、ふざけるなぁっ!!貴様の雷迅剣の威力も織り込み済みだぁっ!!何度も斬られたのであればともかく、たかが雷迅剣で1回斬られた程度で、こんな…!!」
「…1回?」
きょとんとした表情を見せながら、クレアがリゲルに対して絶望的な言葉を口にしたのだった。
「私はさっきの雷迅剣で、関節部を10回斬ったのだけれど?」
「…じゅ…じゅう…!?じゅううううううううううううううううう!?」
クレアの『目に見えない剣閃』は、常人にはあまりの速さ故に目で捉える事すら出来ない。
だからこそリゲルは、関節部を『1回しか斬られていない』と誤認してしまったのだ。
そう…クレアはあの一瞬で、右足の関節部に10回もの斬撃を浴びせたのである。
いかに対魔法処理を施していようが、リゲルの言うように一撃だけならまだしも、クレアの雷迅剣の威力の前では何度も耐えられるようには出来ていないのだ。
そこへ対魔法処理が剥がれた所へ、クレアが密かに背後に忍ばせておいたエンゼルビットをぶつけて爆裂魔法を発動させ、右足を吹っ飛ばしたという訳なのである。
「ちょちょちょちょちょ、ちょちょちょちょちょ、ちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょちょ!!」
動けなくなってしまったのであれば、最早インパルスなど鉄クズも同然だ。
先程までのクレアに対しての、勝ち誇った態度はどこへやら。
なんかもうリゲルはコクピットの中で、泣きそうな表情でクレアに対して怯えてしまっていた。
何故だ、何故こんな事になってしまったのだと。
そんなリゲルの無様な醜態に、クレアが呆れたように溜め息をついたのだった。
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!」
「さてと…リゲル。命まで取るつもりは無いから、大人しく投降しなさい。」
「ふ、ふざけるなぁっ!!何故私が投降などしなければならんの…だあああああああああああああああああああああああああああああ!?」
クレアが放った無数のエンゼルビットが次々とインパルスに襲い掛かり、あっという間にコクピットハッチを爆裂魔法でぶっ壊してしまう。
「ひぎゃあああああああああああああああああああああ!?」
インパルスさえも余裕で圧倒してしまう程のクレアの戦闘能力に、リゲルは涙目になりながら情けない表情で怯え切ってしまっている。
そんなリゲルを、クレアが呆れたような表情で見下していたのだった。
「ひ、ひいいいいいいいいいいい!!たたたたたた助けてくれ!!私が悪かったああああああああああああああ!!」
突然コクピットから飛び降りて、クレアに対してジャンピング土下座をしたリゲル。
何という無様な醜態なのか。これが仮にも貴族であるリゲルが、人の上に立つ者として周囲の下々の者たちに見せるべき態度なのか。
周囲にいた両軍の兵士たちの誰もが、呆気に取られた表情でリゲルの醜態を見つめていたのだった。
「だから命まで取るつもりは無いって言っているでしょう?誰か、リゲルに縄を…。」
リゲルに背を向けて、部下たちに指示を出すクレアだったのだが。
一転してリゲルが、狂喜乱舞の笑顔になってしまう。
戦場で敵に背中を向けるなど、この女は何という愚かな事をするのかと。
懐に隠し持っていたナイフで、背後からクレアを不意打ちしようとしたリゲルだったのだが…あまりにも身の程を弁えない愚行だとしか言いようが無かった。
クレアの言うように大人しく投降していれば、無駄に命を散らせるような事にはならなかっただろうに…。
「…馬鹿がっ…!?」
クレアがソードレイピアを『抜いた』瞬間、リゲルは既に死んでいたのだった。
どうっ…と派手な音を立てながら、自分が斬られた事さえも認識出来ないまま、驚愕の表情でその場に倒れてしまうリゲル。
またしても、クレアによる『目に見えない剣閃』…シャーロット王国騎士団の兵士たちの誰もが戦意を喪失してしまい、一斉にクレアに対して降伏してしまった。
何しろあのインパルスでさえも、クレアには全く歯が立たなかったのだ。最早クレアは自分たち如きがどうこう出来るような相手では無い。
それをシャーロット王国騎士団の兵士たちの誰もが、心の底から存分に思い知らされてしまったのである。
「リゲル。苦しまないよう即死させてあげたわ。せめて安らかに眠りなさい。」
カッと見開いたリゲルの瞳を右手でそっ…と閉じたクレアが、心の中で静かにリゲルの冥福を祈ったのだった。
予想以上に長くなってしまい、危うく1万文字を超えてしまう所でした…。
次回は太一郎VSダリア。
ダリアと魔槍ゲイボルグの圧倒的な力の前に、苦戦を強いられる太一郎ですが…。