第66話:瑠璃亜の想い
第8章完結です。
無事にフォルトニカ王国との同盟和議を締結させた瑠璃亜は、自らの想いを市民たちに伝える為に演説を行います。
瑠璃亜の平和を願う慈愛の心は、優しさは、果たして市民たちの心に届くのか…。
こうしてクレアと瑠璃亜による和平交渉の結果、フォルトニカ王国とパンデモニウムとの…人間と魔族による同盟和議が遂に成立したのだった。
この衝撃的なニュースは、王都に集まった各国の記者たちが飛ばした無数の伝書鳩によって、緊急速報として瞬く間に世界中に広まる事となる。
王都内でも号外が一斉に配られ、配達員たちに市民たちが一斉に殺到し、兵士たちによって行列の整理、統率などが行われる事態になってしまった。
サザーランド王国に続いて2例目となる、人間と魔族との同盟締結…この衝撃的なニュースは、この動乱の異世界に何をもたらすのだろうか。
その騒動の最中の午後1時…昼食を終えた瑠璃亜がイリヤとエキドナを護衛として引き連れ、先日リゲルが演説を行い自爆した広場へと足を運んだのだった。
その目的はリゲルと同様、市民たちに対して演説を行う為だ。
ただしリゲルと決定的に違うのは、己の欲望丸出しだったせいで自爆したリゲルとは正反対で、瑠璃亜がこの異世界の平和を真に願っているという自らの想いを、市民に100億%馬鹿正直に伝える為だという事だ。
「皆、今日は忙しい中集まってくれて、本当にありがとう。」
壇上に上がった瑠璃亜が、広場に集まった多数の市民たちに対して、とても魔王と名乗るのには相応しくないような、慈愛に満ちた優しい声色で語りかけたのだった。
演説を行う瑠璃亜の護衛として、イリヤとエキドナが瑠璃亜を守るように、彼女の前方に立ちはだかっている。
さらに瑠璃亜の後方にもサーシャとケイトが陣取り、瑠璃亜を絶対に襲撃などさせまいと、全方位に鉄壁の布陣を敷いている。
そして瑠璃亜の隣には太一郎とクレアが寄り添い、太一郎が真由から受け継いだ『敵意感知【ホストセンサー】』の『異能【スキル】』を発動。
いつ瑠璃亜に対しての襲撃者が現れても対処出来るように、万全の体制を敷いていたのだった。
「既に皆も報道で知っていると思うけれど、私たちパンデモニウムはフォルトニカ王国を相手に、同盟条約を締結したわ。」
太一郎に左手を優しく右手で握られながら、市民たちに必死の表情で訴える瑠璃亜。
彼女の演説を広場に集まっている誰もが、とても真剣な表情で耳を傾けている。
「いきなりこんな事になってしまって、戸惑っている人たちも当然大勢いるでしょうね。だけど私は先代の魔王カーミラとは違う。この国と互いに手を取り合い、協力し合っていきたいという気持ちは真実よ。」
瑠璃亜が話題に出した、先代の魔王カーミラ。
彼は自分たちを人間たちからの理不尽な迫害から救って欲しいという魔族たちの願いを卑下し、邪な野心を丸出しにし、自らが宿した『異能【スキル】』の強大な力に溺れ、その圧倒的な力によって多くの国々に侵攻し、多くの人々を苦しめてきた。
その先代の魔王カーミラは、太一郎たちの先代の転生者である明日香と相打ちになり戦死したのだが。
彼の愚行によって引き起こされた数多くの惨劇は、今も人々の心の中に深く刻み込まれているのだ。
「これも報道で知っている人も多いと思うけれど、シリウス君は私を討伐する為に太一郎君たちを転生術でこの国に召喚した際、謀反される事を恐れて『呪い』を掛けてしまったわ。」
兵士たちの統率を行いながら瑠璃亜の演説を聞いていたシリウスが、とても厳しい表情になる。
「シリウス君も決して邪な野心を抱いた上で、こんな酷い事をした訳じゃない。だけど結果的に太一郎君たちは3ヶ月もの間、理不尽に酷い目に遭わされてしまったのは事実よ。だけど…。」
意を決した表情で、瑠璃亜は市民たちに自らの想いを、100億%馬鹿正直に伝えたのだった。
「ここで私がシリウス君を憎んで、傷つけた所で、何も変わりはしない。太一郎君の義理の母親として彼に事情聴取をした上で抗議はしたけれど、彼を傷つけた所で太一郎君たちが苦しめられたという過去を変えられる訳でも無いし、真由ちゃんやアリスが生き返る訳でも無いから。」
一体どうしてこんな事になってしまったのか。
一体どこで歯車が狂ってしまったのか。
だが今更そんな事を考えても仕方が無い。瑠璃亜が言っていたようにシリウスを恨んだ所で、過去を変えられる訳では無いのだから。
今、瑠璃亜がやらなければならないのは、今後このような悲劇を無くすにはどうすればいいのかを考える事、そして自らの想いを目の前の市民たちに伝える事だ。
その決意を胸に秘めながら、瑠璃亜は太一郎の右手を左手で優しく握りながら、市民たちへの演説にさらに力を込めたのだった。
「私は聖地レイテルに転生者が向かっているとの情報を得てから、イリヤとアリスに彼らとの対話を命じたわ。だけど一馬君たちの身勝手な暴走が引き金となって交戦状態に陥り、フォルトニカ王国の転生者は太一郎君以外全滅、アリスも太一郎君に殺されるという、最悪の結果を招いてしまった。」
瑠璃亜は直接その場に出向いた訳では無いので、実際にどれ程の惨状だったのかは知る由も無い。
イリヤと太一郎からの口頭での事情聴取で、一連の出来事の詳細を知らされただけだ。
だがそれでも太一郎がイリヤやアリスとの対話に応じる姿勢を見せていた事、それを一馬ら『ブラックロータス』の身勝手な暴走のせいでぶち壊されてしまった事だけは、瑠璃亜もしっかりと理解したのだった。
「だけど今私がやるべき事は、身勝手な暴走を犯した一馬君たちを責める事でも、真由ちゃんを殺したイリヤを責める事でも、アリスを殺した太一郎君を責める事でも無い。こんな惨劇をもう二度と繰り返させない為に尽力を尽くす事よ。」
起きてしまった事は、もうどうにもならない。
失ってしまった過去は、もう二度と取り戻せない。
だからこそ瑠璃亜は前を向いて、死んでしまった真由やアリスの想いを無駄にしない為にも、先に進まなければならないのだ。
「今まで私が身につけていたこの仮面は、私が魔王カーミラとして生きる覚悟を決めた、私自身の決意表明の証のような物よ。」
その決意を胸に秘めながら、胸元から仮面を取り出した瑠璃亜が、それを遠くの市民たちにも見えるように、右手で天高く掲げたのだが。
「だけど私は今後、この仮面を再び身に着けるつもりは一切無いわ。」
それだけ告げて、瑠璃亜は取り出した仮面を再び胸元にしまったのだった。
「誤解の無いよう言っておくけれど、この仮面を身に着けるのを止めたからと言って、私は魔王の座を降りるつもりはない。乗りかかった船だもの。パンデモニウムの魔族たちを守る為に、私がこれからも魔王カーミラとして皆を導いていく事に変わりは無いわ。」
魔王カーミラを辞めるつもりは毛頭無いが、これからは渡辺瑠璃亜として、太一郎の継母として、この異世界で生きていく事を決めたから。
だから瑠璃亜は魔王カーミラとして生きる決意表明の証だった仮面を、もう二度と身に着けない事を決めたのだ。
「私の先代の魔王カーミラのやらかしも含めて、私たちが互いに失ってしまった物は計り知れない。それらを全て無かった事にしろとは言わない。だけど私たちはそれでも互いに手を取り合い、前に進まなければならないのよ。」
市民の誰もが真剣な表情で、瑠璃亜の一挙手一投足に注目している。
瑠璃亜もまた太一郎の右手を優しく左手で握りながら、自らの想いを市民たちに伝え続けたのだった。
そして瑠璃亜の想いが込められた演説は、終局を迎え…。
「だから皆、どうか私たちを受け入れて貰えないかしら?この美しくも動乱に満ち溢れた異世界に平和と秩序をもたらす為に、フォルトニカとパンデモニウムの光溢れる未来の為に、どうか皆、私に力を!!」
うおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!
高々と宣言した瑠璃亜に対して、広場に集まった市民たちが一斉に大歓声を浴びせたのだった。
ドノヴァンら交戦派の魔族たちから何を言われようが頑なに専守防衛を貫き、自分たちからは他国に対して、侵略行為を一切仕掛けなかった瑠璃亜。
その瑠璃亜の平和を願う想いは、慈愛の心は、確かにフォルトニカの人々の心に響いていたのだ。
瑠璃亜が今までやってきた事は、決して無駄では無かったのだ。
やがて演説が終わり、人々が広場から去っていった後、瑠璃亜は城の大広間でクレアに同席して貰った上で記者会見を開き、記者たちに自らの想いを語ったのだった。
瑠璃亜は今後も専守防衛を貫く意思は変わらないが、人間たちが今後も自分たちに襲撃を仕掛けてくるのであれば、理由の如何を問わずパンデモニウムの魔族たちを守る為に、一切合切容赦はせずに叩きのめすと通告。
また今回のフォルトニカ王国のように同盟和議を結びたいというのであれば話を聞くが、転生術に関しての技術や知識は例えどのような事情があろうとも、100億%提供するつもりは無い事も重ねて通告したのだった。
かつて転生術を目当てにフォルトニカ王国を襲撃した、エリクシル王国の前国王アルベリッヒ。
そしてパンデモニウムを襲撃した、サザーランド王国の全国王チェスター。
アルベリッヒはサーシャに、チェスターはセレーネに、高々と宣言していたのだ。
転生術を使って召喚した転生者たちを戦略兵器として活用し、この世界を支配するつもりだったのだと。
彼らのような欲にまみれた人間が転生術を手にしてしまったら、この異世界は一体どうなってしまうというのか。それを瑠璃亜は危惧しているのだ。
だからこそ瑠璃亜は周囲から何を言われようが、絶対に転生術を外部に流出させる訳にはいかないのだ。
記者たちからも当然その事に関して色々と厳しい意見を追及されたものの、それでも瑠璃亜はこの異世界の平和と秩序を守る為に絶対に応じる訳にはいかないと、自らの揺るがぬ信念を記者たちに伝えたのだった。
そして無事に記者会見が終わった後の、夕方5時。
「それじゃあ太一郎君。私たちはそろそろパンデモニウムに帰るけど…。」
「ああ、いつでもフォルトニカに遊びに来てくれよな。母さん。」
「ええ、是非そうさせて貰うわね。」
「母さんも身体には気をつけてな。これから色々大変だろうけど、あまり無理はしないでくれよ。」
城門前でとても穏やかな笑顔で、互いに抱き合う太一郎と瑠璃亜。
フォルトニカ王国騎士団の近衛騎士と、パンデモニウムを統べる魔王カーミラ。
互いの置かれている立場故に、2人はようやく再会出来たというのに、これから離れ離れにならなければならない。
だがそれでも同盟条約を締結した以上は、もう太一郎が魔王カーミラと…瑠璃亜と戦う理由は無いのだ。
それにその気になれば瑠璃亜は『転移【テレポート】』の『異能【スキル】』を使って、今後はいつでも太一郎に会いに行く事が出来るのだから。
そして。
「イリヤ。」
瑠璃亜とのしばしの別れを済ませた後、太一郎は真剣な表情でイリヤに向き直ったのだった。
いきなり太一郎に話しかけられて、イリヤは思わずドキッとなってしまう。
「な、何よ。」
「聖地レイテルで僕はアリスを殺した。君も真由を殺した。だからそれで互いにチャラにしろだなんて、そんな無責任な事を僕は言うつもりは無いよ。この件に関しては僕も君も、一生背負っていかなきゃならない事だ。」
そもそもの話、この件に関しての元凶となったのは、一馬ら『ブラックロータス』の身勝手な暴走による物だ。
そんな事は少なくともフォルトニカ王国に住まう誰もが、心の底から分かり切っている事だ。
だが太一郎は、それを言い訳にするつもりは微塵も無かった。
経緯はどうあれ、互いに互いの大切な存在を殺してしまったという、残酷な現実は変わらないのだから。
「だけど、これだけは言わせてくれ。死んでしまった真由やアリスの分まで、君は生きてくれ。不格好でも生き抜いて、2人の分まで生きて幸せを掴んでくれ。」
「…アンタ…。」
「僕が言いたいのはそれだけだよ。それじゃあ、またな。」
それだけ告げて、太一郎はサーシャたちと共に城へと帰っていく。
その後ろ姿をイリヤがエキドナに肩を抱き寄せられながら、複雑な表情で見つめていたのだった。
こうして瑠璃亜の想いは、平和を願う慈愛の心は、フォルトニカの民たちにも無事に受け入れられた。
だが人間というのは、一体どこまで愚かな存在なのだろうか。
この異世界に住まう人々の平和を心から願い、瑠璃亜はフォルトニカ王国と同盟和議を締結した。
しかしこの騒動の後、表向きには今回の同盟締結を口実にしながらも、本心では両国が独自運用している転生術を手に入れる為に、周辺各国の幾つかがフォルトニカ王国とパンデモニウムに戦争を仕掛ける事になるのである。
瑠璃亜の優しさを、平和を願う想いを、慈愛の心を…それらをまるで理解しようともせず、全て踏みにじるかのように。
皮肉な事に心からの平和を望んだ上で行った今回の瑠璃亜の行動が、逆に周辺他国によって『戦争を引き起こす為の口実』にされてしまったのである。
そして先立ってパンデモニウムと同盟和議を締結したサザーランド王国に対しても、今回のフォルトニカ王国とパンデモニウムによる同盟和議が締結した事が引き金となって、各国からの厳しい圧力がより一層強まる事となる。
この世界の平和と秩序を守る為という建前を主張し、サザーランド王国への侵攻をちらつかせながら、パンデモニウムとの同盟条約を直ちに破棄しろと、各国の使者たちがラインハルトに執拗に迫る。
各国によるパンデモニウムへの…そしてサザーランド王国への侵攻作戦の準備が着々と進められる最中、サザーランド王国に住まう人々を守る為に、国王としてラインハルトが下した決断とは。
瑠璃亜の必死の想いも虚しく、転生術を巡っての戦乱が、今まさにこの異世界で繰り広げられようとしていたのだった…。
次回から新章開始です。
第32話で名前だけ出てきたバルガノン王国からの使者が、パンデモニウムとの同盟和議を破棄するようラインハルトに通告。
同盟破棄に応じないのであれば「魔族と手を組む危険な存在だ」という事を口実に、サザーランド王国への侵攻さえもちらつかせてきます。
国と民を守る為に同盟を破棄するべきだと、ラインハルトにしきりに訴える大臣たちですが…。